皆様、お久しぶりです。お元気ですか。俺のこと覚えてますか。……覚えてませんかそうですか。
頑張って大学デビューしたら、新歓コンパではっちゃけすぎていきなりひかれちゃった宇野賢です。
どうしてでしょうね。四月に入学してすぐなのに、もうすでに合コンの盛り上げ役&恋の相談役なポジションになっちゃってるのは。
絶対に、秀と優子ちゃんの面倒を見てたせいだと思います。そうに決まってる。
その秀は大学入学と共に優子ちゃんとのラブラブ生活に入ったというのに、俺は未だ女の子と手もつなげないという。
……なんか不公平じゃね?
くそっ!俺も可愛くてらぶらぶな幼馴染みが欲しいーっ!……優子ちゃん以外で。
そしてご存知でしょうか。北山杉のせいで、京都の花粉量はかなり多かったりします。
今は五月初め、花粉症の人間にとっては地獄です。
そんなこんなで花粉症でブルーなシングルの俺はすっかり五月病です。
しくしくしくしくしく。
え?真面目に説明しろと?みんな宇野使いが荒いんだから。全く。
はいはいはい。どーせ俺なんて何にも面白みありませんよ。俺の話なんかどうでもいいんだよな。
何にもドラマないもんな。しくしくしく。でもちょっとでいいから聞いて。お願い。
この春、俺はめでたく百万遍大学医学部に入学し、念願の下宿を始めた。
聖護院近く、9畳バストイレセパレート洗面台つき、家賃6万8千円。水道代管理費コミ。
結構いい寝ぐらで気に入っている。。
しかし、実は一人暮らしなんだが、なんとなく一人暮らしではない状況が続いている。
つまり、一人住まいのはずの俺のマンションに入り浸っている人間がいるのだ。
もちろん、可愛い彼女……なわけない。おなじみ、智恵姉ぇだ。
1年早く同じ大学に来ている智恵姉ぇは2回生。
パンキョー……つまり一般教養のうちは授業が終わるのがそんなに遅くないため、二時間かけて家まで帰っていたのだ。
クラブの飲み会なんかで遅くなるときは、高校の同級生で下宿している子の家に泊めてもらったりもしていたらしい。
しかし、やはりそんなに頻繁に友人の家に泊まるのは迷惑だとかで、俺がこっちに来てからはほぼ毎日のように入りびたりだ。
親も俺なら安心とか言って、女の子の安全のために遅くなったらなるべく俺の家に泊めるように言ってくる始末だ。
俺の迷惑はどーでもいいのかね。まあいいけどさ。どうせ年下なんてどうせこういう扱いだ。
姉のいる人間ならば、ごり押しに逆らえないこの辛さを良く知っているだろう。
まあ、智恵姉ぇは従姉弟で正確には姉ではないが、似たようなものだ。
別に一人が寂しいとかじゃないし、帰って来たら智恵姉ぇがいるとほっとする、なんてことはない!断じて!
いやほんとだって。ご飯とかあんまり作ってくれないし部屋は散らかすし俺のゲーム勝手に続きやっちゃうし!
レベル上げしてくれるのは嬉しいけどさ!
閑話休題。
この春、秀も優子ちゃんも志望校に合格し、東京に行ってしまった。寂しい。
そして、俺たちのあずかり知らぬうちにこの二人はいつの間にか仲直りして、いつの間にかラブラブになってしまったのだ。こんちくしょう。
なんでも、受験日にインフルエンザで倒れた優子ちゃんの面倒を見て、お互いの熱い思いを確かめ合った(優子談)のだそうな。
そんな面白いもんが見られるなら、俺も赤門大受けにいくんだった。……嘘嘘。理Vなんて受からないから有り得ないって。
その後、秀と優子ちゃんの間にどんな会話が交わされたか、俺は全て知っているわけではない。
ただ、問題なく上手くいってるんだろうとは思う。
前に、1年の疎遠は長かったのではないかと聞いた俺に、眩しいほどの笑顔で、優子ちゃんは言ったのだから。
「そんなことないよ。だって私たちは13年間一緒にいたんだもん。1年くらい、単なる誤差だよ」
と。
まあ、優子ちゃんとの交友を隠していたことに対し、秀に思い切り文句を言われまくったがな!
あいつ機嫌悪くなると本気で扱いにくいんだ。駅前のスペシャルジャンボパフェを泣く泣く奢らされた俺を、誰か労わってくれ。あの甘党めが!
だって、優子ちゃんが言うなって言ったんだぞ?俺はちゃんと誠実に優子ちゃんとの約束を守っただけだ!
とはいえ、聞かれたら言ったかもしれないのにと言ったら、「お前が優子と知り合いなんて知らんわっ!」と思いきり
睨まれて、
それはそうかと納得したけどな。
でも、智恵姉ぇに、
「あんたに話を通したのは、あんたが自発的に優子ちゃんと秀くんをそれとなく取り持ってくれるのを期待したのに!
秀くんに全く話通してなかったの?!使えない子ねえ!」
とボロクソに言われたのは納得いかん。元はといえばこの騒動は智恵姉ぇのいらんおせっかいのせいじゃないか。なあ。
だからおせっかいは控えたのに。今度はそれで睨まれるとは。
世の中、中々上手くいかないものである。
世の中が人でごったがえすゴールデンウィーク初日。
実は今日は、一人では広いが二人では狭い我が家にお客さんが二人もいる。
もちろん一人は智恵姉ぇで、もう一人はなんと!優子ちゃんである。
「というか、二人ともなにやってんの。ここ、男の部屋だってわかってる?泊まるつもり?」
「じゃあ、あんたがいなきゃいいんじゃない。実家帰れば?」
「……もしもし智恵サン、アナタここが俺の部屋だって忘れてませんカ?」
くそう、そのうち絶対家賃取り立てちゃる。親にバレないように。
「決まってるじゃない、これからの二人のラブラブライフのために、頑張って知恵を絞ってるわけよ。智恵なだけに」
智恵姉ぇのギャグは関西人のくせに、いつもくそつまらん。
優子ちゃんが秀と仲直りしてからはすっかりお見限りだったのだが、一部屋に三人でぐだぐだ話すというのは、
懐かしい情景である。
去年1年、智恵姉ぇの部屋で、俺たちはこうやってよく一緒に話したものだ。
なんだかんだ言いつつ、俺も実はこういう時間は懐かしいし嬉しいし、前から楽しみにしてたりした。
……しかし、他人の部屋で延々ノロケるのはやめて欲しいと思うのは俺の心が狭いんだろうか。
いやそんなことはないよな。俺だけじゃないよな。そう思うよな!
その証拠に、智恵姉ぇもかろうじて笑顔を保っているが、口元がひくひくと引きつり始めている。
「それで、秀くんが一緒にお部屋探しをしようって言ってくれたんです。
女の子の一人暮らしって危ないから、オートロックがいいとか、大通りから近い方がいいとか
電灯がちゃんと明るい道か夜に行って確かめなきゃとか、いろいろ教えてくれたんです。
それで、不動産屋さんに行ったらちょうどいい新築物件があって、隣の部屋が空いてたんです!
隣りがいいなあって思ってたら、秀くんが隣りの部屋にするか?って……私は同棲でもいいなあってちょっと
思ってたんですけど、秀くんはさすがに親御さんに悪いからって。やっぱり一緒に住むなら結婚してからじゃないと
いけないと思うって。さすが秀くん、真面目に考えてくれてるんだなあって私、感動しちゃったんです!
それで今、隣りに住んでるんですよ!ご飯をうちで食べたりして、隣りに帰っちゃうのは寂しいんですけど、
勉強とかしたいみたいだし、秀くん真面目だから。でもほんとはべたべたしてたいなあーとか思うんですけど
そういうのはちょっと我慢ですよね!」
「……そお、よかったわねえ」
智恵姉ぇの相槌が棒読みだ。これはかなり、キてる。というかこの話、三回目。
俺は知っている。秀は自分の時間を確保するために、敢えて隣りの部屋という選択肢を選んだのだ。
考えてみろ。同棲しようものなら、秀のプライベートはほとんどなくなってしまう。また逆に遠くに住んでも同じ、
合鍵を手に入れた優子ちゃんは自分の家に帰らなくなるだろう。
優子ちゃんと一緒にいられて、かつ夜は自分の時間を得ることができる……。隣の部屋というのは、秀にとって
ベスト……かは知らんが、ベターな選択肢だったのだ。
勘違いして欲しくないが、秀は優子ちゃんが好きだし、一緒にいたいとも思ってる。
でも秀にとっては、プライベートは必須なのである。四六時中べたべたしていたら、どんなに好きな子相手だって息が詰まる。
そう、どんな二人にだって感覚の違いがある。それは、人と人が一緒にいる上での最初の、そして最大の難関なのかもしれない。
「でも……その、秀くん……実は、まだ……」
優子ちゃんが真っ赤になりつつ、口ごもる。
……まさか、この展開は……。
「手を出してこない……と?」
「はい。照れてるのかなーとは思うし、ゆっくり愛し合っていきたいっていう秀くんの気持ちも嬉しいんですけど
やっぱり早く愛の絆が欲しいかなーって」
やっぱり!恋バナの中でももっとディープなエロバナ!優子ちゃん、俺が男だって、もう完璧に忘れてないか?!
……正直、男の俺の前ではちょっとやめて欲しい。勘弁してつかぁさい!
智恵姉ぇのせいでかなり女性に対する夢は壊れまくってるけど、未だ残るささやかな夢を壊さないで欲しいというのはわがままか?
というか……もしかしてこの展開は……わざわざ俺の家にきたのはもしかして……。
「ねえ賢、あんた秀くんの性癖とか知らないの?これをやれば一発野獣化!とか」
やっぱりそうかあ!俺から秀の傾向と対策を聞き出そうってか。そんなもん言えるかあっ!
……本当は知っている。秀はメイドさんとか調教ものとか好きだ。コスプレとかすっごく好きだと思う。
でも俺は決してそれを言ってはいけないのだ。
秀に恨まれる。言ったが最後、優子ちゃんは実行する。それではダメなのだ。
だってそれってつまりもう調教済みってことじゃないか!
いやだいやだと言いながら快楽に逆らえなくなっていくというのが調教の醍醐味だろう?
……そう考えると、優子ちゃんって、ものすごく調教しがいのないキャラクターだな。
いや、そんなの全く俺には関係ないから心の底からどうでもいいけど。
「そんなもん知るか」
「嘘ね」
クールに言い放った俺の言葉を、しかし智恵姉ぇは真っ向否定した。
「あんた前に、男子校の男の会話なんて8割はエロトークだって言ってたじゃない。そういう話が出ないわけないでしょ」
出た……智恵姉ぇの無駄な記憶力の良さ。
しかしここでいらんことを言ったが最後、秀には恨まれ、俺は多大な羞恥心と引換えに男として大事な何かが失なわれる。
そう、男として、そして俺の平穏のために!ここでひくわけにはいかない。
俺は子供に言い聞かせるように、至極真面目な顔で言った。
「あのな、確かに男の会話はエロトークがほとんどだが、それは『他人に聞かせるエロトーク』だ。
本当の自分の性癖とかは、逆に恥ずかしいから隠しておきたいものなんだよ。
ドぎついネタをわざと振ることによってウケを狙うこともあるし、そういうネタをよく振るからと言って実際に
そういうのが好きなわけじゃないことだって往々にしてあるんだ」
まあこれは事実である。俺なんか変態キャラで売ってるけど、実際にそういう趣味なわけじゃないし。
「確かに俺は秀がどんなエロトークをしてるかは知ってる。でも、それを実行したいと思ってるかまでは知らない。
だから俺がその話をすることは、逆に秀を萎えさせる結果になるかもしれないんだ」
これも事実だ。
さっき調教だとかイヤだを快楽で変えるのが醍醐味とか言ったが、実際にそれを楽しめるかは別問題だ。
男ってのは結構純情だ。好きな子が『イヤだ』と言ったら、きっとそれを押してまで……とは思えない。
慣れた男ならそこら辺の見極めもできるかもしれないが、秀も俺も童貞だ。絶対見極めなんかつくか。
それに、俺が巻き込まれたくないという気持ちもあるが、また余計なことを言ってまた秀と優子ちゃんがモメたら
イヤじゃないか。
1年の冬を越えてせっかくラブラブライフを送ってるんだから、何の問題もなく幸せになって欲しいんだ。
しかし、俺の真面目で誠実な精一杯の友情の発露に対し、智恵姉ぇの答えは一言だった。
「つまり、賢はやっぱり役に立たない……と」
オイ。それだけかよ!しかもやっぱりって何だよ!最初からそう思ってんなら家来んな!
「賢くんったら、相変わらずだね」
にこにこと無邪気な笑顔で優子ちゃんまで言う。
なんだか優しげで温かい声でくすくすと好意的に笑いながら言ったが……つまり相変わらず『やっぱり役に立たない』
っていうことだよな?
優子ちゃんと付き合いの浅い人は彼女を楚々とした大人しく純粋な少女と勘違いしがちだが、これがどっこい。
彼女はさらっと毒舌でかなり気がキツく、けっこう図太い女の子なのである。
……本当のこと言うとひどいとか言って非難するしな……女ってズルいよな……。
まあ俺たちも本当のことを言われるとかなりヘコむから、非難したくなる気持ちはわかるけどな……。
というわけで、俺はすごくヘコみました。まる。
……どーせ俺は何の役にもたちませんよ。
優子ちゃんは、二日俺の家に泊まって京都を観光して行った。人がやたら多かったらしく、目を回していた。
京都の北の方というのは神戸からはちょっと時間がかかる。
同じ関西とはいえ、宿でもない限り中々行こうとは思えない微妙な距離なのだ。
驚いたことに、ゴールデンウィークの間、秀と優子ちゃんは別行動だった。
お互いに行きたいところが違ったというのもあったらしい。
しかし、秀についていくわけでも自分についてこさせるわけでもない、そのあっさりとした行動が、優子ちゃんが
1年で得た変化なのだろう、と俺は思った。
東京に行く前のこと。
「私、少し前まで一人でも生きていけるって思ってたんですけど、やっぱり秀くんを見るとダメです。
秀くんがいない時間なんて考えられないって思ってしまうんです……」
そう言いながら、少し哀しげな笑みを浮かべた優子ちゃん。
智恵姉ぇに言われた「秀以外空っぽ」の一言がよほど大きな衝撃だったのだろう。彼女はいつもその一言を気にしていた。
でも、好きな人を手放したくないと思うのは、きっと当たり前のことだ。それだけになってしまうと自分も相手も潰してしまうというだけ。
今の彼女はきっと、秀なしでも自分を得ることができている。
何か明確な形や生きがいでなくとも、秀以外の世界を知り、秀のいない時間を一人ですごしたことで積み上げた
『経験』がきっと彼女を埋めているのだ。
今の優子ちゃんなら、秀を幸せにして、自分も幸せになれるだろう。
誰かにしがみつくのではなく、誰かと支えあう、そんな関係を築けるだろう。
そう考えると、智恵姉ぇの思いつきでいきあたりばったりでいいかげんな台詞も、実は結構、正しかったのかもしれない。
……なんて思う。
「あー疲れたーっ!」
そう言いながら智恵姉ぇが俺の膝めがけて倒れこんできた。
俺はベッドに座っていて、智恵姉ぇはそのベッドの上で倒れこんできた。そう、俗に言う膝枕だ。
智恵姉ぇは俺の膝に頭を乗せたまま、うーんと伸びをしてしばらくじっとして……がばっと起き上がった。
「硬くて全然ダメ。男の膝って最低」
「……なんだよそれは。自分で勝手にやっといて最低はないだろ最低はっ!」
俺の至極もっともな抗議を完璧に聞き流した智恵姉ぇは、ベッドのしたからちびクッションを持ってきて俺の膝に置いた。
その上にもう一度倒れこむ。
「うーん、いまいちだけど、まあいっか」
「クッションしてまで俺の膝を使う意味はあるのかよ」
「高さが丁度いいの。だまって枕になってなさい」
「……いえーすまーむ」
智恵姉ぇのわがままに対抗する術なんて俺にはない。俺は黙って智恵姉ぇの枕になった。
膝の上でふわふわ揺れる茶髪を触りたいと一瞬思ったがそんなことをしたら何をされるかわからない。
女が男に触るのは許されるが、男が女を触ったらセクハラなんである。君子危うきに近寄らず。
レースのカーテンを通して、初夏の西日が部屋に差し込む。
西日の差し込む部屋ってなんか言葉だけでも情緒あるよな。なんて思いながら、ただゆったりと、流れる時間を
感じていた。
雛鳥のように心と体を寄せ合い、全部空っぽになれる瞬間。
俺と智恵姉ぇと。子供の頃から変わらない安らぎが、そこにはある。
ぽつり、と智恵姉ぇが言う。
「優ちゃん、幸せそうでよかったわね」
「そうだな」
なんだかんだ言いながら、あの1年、智恵姉ぇは本当に心を痛めていた。
無責任といいかげんと適当がモットーの智恵姉ぇだが、実はかなりお人よしで責任感は強い。
落ち込むところは決して誰にも見せないが、自分の言葉がきっかけで二人がこじれたことを、本当に気にしていたのだ。
「秀も幸せそうだった。あいつ、文句ばっか言ってたけど、本当にイヤだったらひたすら黙ってるからな」
秀もやっぱり、1年の疎遠は堪えてたみたいだ。
幸せというのは、その最中にいる本人にとっては、あまりに当たり前すぎて、中々気付かないものなのかもしれない。
失って初めて気付く人も多いのだろう。秀は一度失った幸せを、もう一度取り戻すことができたのだ。
「うらやましいでしょ?」
いたずらっぽく聞く智恵姉ぇの頭を軽くこづく。
「うっせえ。あー、俺も可愛い幼馴染みがいたらなあ……」
すると、智恵姉ぇは横向きだった体を仰向けにして、俺の顔をまっすぐ見上げた。
「……ねえ、時々あんたそれ言うけどさ、私は違うの?」
「え?」
確かに小さい頃から智恵姉ぇとはよく会ってたが……幼馴染み……幼馴染み?
「いや、違うだろ。だって俺と智恵姉ぇは『親戚付き合い』だって。
それを幼馴染みって言ってしまったら、世の中全部の親戚がみんな幼馴染みになっちまうだろ?」
「えー、だって1年に1回とかだったら違うけど、うちは1週間に1回とか、そんな感じだったじゃない」
「だから、それは親密な親戚付き合いってだけだろ。幼馴染みってのはつまり、他人同士だ。
俺と智恵姉ぇは身内だ。幼馴染みなんてそんなヤワなもんじゃない。全然違うぞ」
「ふーん、そんなもんなのかな」
智恵姉ぇは、また横向きになった。
「うん。そんなもん。
それに智恵姉ぇ、俺のこと起こしてくれないし、お弁当も作ってくれないし、俺のゲーム勝手にやるじゃないか。
メール一本で呼び出すし、俺の下宿勝手に宿代わりにするし、俺のこと枕にするしさ。
昔、結婚しようという話はしたけどな」
智恵姉ぇは真っ赤になって下を向いた。ごつん、と俺の膝を拳固で叩く。
「痛ぇっ!」
「……そんな昔の話持ち出すのやめなさいよ。ちょっとそういうマセたこと言ってみたかっただけなんだから!」
正直、かなり容赦ない痛さだった。俺、涙目。
ちょっとからかっただけなのに、全く智恵姉ぇってば、相変わらず大人気ない。
ああ、世の中ってなんて不公平なんだ。
友人と友人はラブラブで、俺に恋愛相談してきた好みの女の子は別の奴と上手くいってるのに、俺の部屋にいるのは横暴な従姉。
花粉症と五月病のダブルパンチは、俺の繊細なグラスハートを直撃さ。
全く、俺の幸せってどこに落ちてるのかね。どうやったら釣れるのかね。
ああ……誰か、俺に教えてくれないかな、幸せの在り処を。