「痛くなかった?」  
後ろから伸びて来た手が私のお尻を撫でる。  
 
ええと、と言いよどむ。  
痛いのは痛いんだけど。ううん。そう言うと傷つくかなあ。  
痛くなかった?という聞き方は的外れですよ。  
と思いつつ上手く返答が思いつかなくて、ぽんと頭に浮かんだ言葉を口に出す。  
 
「えぇっと、素敵、だったよ。」  
 
今度は向こうがええと、と言いよどんでいる。  
ふふふ。勝った。と思う。  
と、その瞬間、横合いから声が掛かる。  
 
「痛いのが良いんじゃないですか。もっと痛くしても良い位です。  
主人様はお仕置きの時に気を使われすぎるのが良くない所です。  
もっとこう、びしっと。ばしっと。無慈悲に。です。」  
 
私のお尻に置かれていた手が離れる。  
私の後ろでちゅっと何かが吸われる粘着質な音が響く。  
 
あ、こら。秋乃め。良い雰囲気だったのに。  
 
振り返ると上半身だけメイド服を脱いで裸になった秋乃が、主人様の胸元に舌を這わせている。  
 
「もう。」  
と言うと、こっちを見て悪戯っぽく笑いかけて来る。  
秋乃はスレンダーな身体を主人様に絡みつけるようにしながら真っ白で形が良い胸を主人様のお腹に押し付けた格好で、  
主人様の胸元から首筋に掛けて丹念に舌を這わせている。  
「もう。今年は私の番なのに。」  
もう一度言うと、今度は主人様が笑った。  
私より一つ年上の主人様だ。  
 
もう一度真っ赤に腫れ上がったお尻を撫でて欲しくて、  
スカートだけを脱いで上はメイド服、下半身は裸という格好の私は膝立ちの格好でゆっくりと主人様の方へ向かう。  
 
キスしようか、それとも秋乃と一緒になって体中嘗め回してあげようか。  
と迷う。  
 
@@  
 
いや実際問題のところ、自分で言うのもなんだけれども。  
本来私はこんなにいやらしい女の子ではない。  
自意識過剰と言われるかもしれないが、どちらかというと本来はお堅いタイプだ。  
女学生時代を振り返れば振るようなと言っても過言ではない回数申し込まれているデートのお誘いを片っ端から断ったのは、  
メイドの仕事があったから時間が取れなかったというのが主な理由の一つではあるけれど、正直言って男が怖かったというのが大きい。  
 
越智家のような所でメイドをしていると普段主人様以外の男性と触れ合うことなど物理的に無いし、主人様は主人様で元々男という対象ではなかった。  
子供の頃からの付き合いでもあり、主人様の事は年上だけれどどちらかと言うと可愛い弟のように思っていたからだ。  
つまり男というものに触れ合う機会が無いのだから、無論あまり話した事もなく、したがってデートに誘われてもどうして良いのか判らないという次第だ。  
 
挙句の果て越智家にはそれこそ学生時代には私などよりよっぽどもてた秋乃(大学出たての新人教師にプロポーズまでされたという伝説が残っている)がいて、  
そのくせこれまたその全てを袖にしてきたというので参考にはならないし、  
なによりも和子さんが目を光らせているから下手に誘いに乗ったりして後でばれるとこれまた怖い。  
 
そんな無理な事や、怖い事をするくらいなら、貞操を守った方がよっぽどマシだろう。  
というやや消極的かもしれないけれど近年の女学生にしては真面目な理由で正しく生きてきたつもりだ。  
それにどちらかと言うとそういう事に悩むよりも運動をしている方が好きだった事でもあるし。  
つまりそういう訳で当時、二年位前までは私は男性の性欲に関して基本的な知識は殆ど無かった  
 
だからこんな事になったのはひとえに秋乃の所為だ。と、私はそう思う。  
うん。きっとそうだ。あとご主人様の所為だ。きっと。  
 
@@  
きっかけはこんな感じだった。  
2年前、私が16歳の時だ。  
つまり主人様は17歳で、秋乃は19歳で学校を卒業したばかりだった。  
 
とある晴れた秋の日で、越智家の広い庭にある楓の木と銀杏の木が綺麗に紅葉に染まっていた。  
私はいつものように学友達とソフトボールをしてから家に帰り、屋敷の皆にただいま。と挨拶をした。  
 
ここで通常であれば学校から帰ったらメイドの仕事が始まるわけだ。  
 
しかしその日は暇だった。  
 
何故かというと他でもない。  
主人様付きのメイドである私や秋乃の仕事は主に主人様の側にいるという事が多い。  
子供の頃はひがな一日一緒に遊んだり勉強をしたものだが、長じて主人様が思春期を迎えるという時期になってから後は、  
中々ずっと一緒にいるという訳にはいかなくなって来たのだ。  
主人様が家督を継がれ、仕事をされるようになればまた話は別になるのだが、  
その頃は主人様も学生で、更に言えば1人の時間を好んでいるようだった。  
と云う事で、その頃の私や秋乃の主人様に関する仕事といえば食事のお相手やお風呂のお手伝いなんかに限定されていて、  
それ以外の時間は主に他のメイドと一緒になって掃除や、細々とした仕事なんかをしていたのだ。  
 
しかしながらそれぞれの仕事にはそれぞれの担当者がいる訳で、その人たちの仕事を全部取るわけにもゆかず。  
その頃私や秋乃はそれなりに暇を持て余し、  
それこそ普通の女学生のように自分の部屋で本を読んでいるなんて事も多かった。  
 
その日もそんな具合でメイド服に着替えたは良いもののどこに行っても手伝えるような仕事はなく、  
部屋に戻って学校の勉強でもしようかしら。と自分の部屋に戻りながらぼんやりと考えていたのだ。  
 
私の部屋と秋乃の部屋は仕事の都合上、他のメイド達の部屋とは棟ごと離れている。  
つまり、主人様つきなので主人様の近くにいる必要があり、  
この為に私と秋乃の部屋は主人様の部屋の真向かいにある部屋を使わせてもらっている。  
部屋の前に来た所、主人様の部屋からは明かりが漏れており、部屋にいらっしゃるのだな。とぼう、と考えた。  
 
通常、主人様に「ただいま。向かいにいるから何かあったら呼んでね。」と挨拶をする所で、  
(まあ無論こんな言い方は秋乃以外のメイドがいない時に限られるけれども。)  
その日もそうしようと思ってドアをノックしようとした所できゅい、と私は誰かに襟首を掴まれたのだ。  
 
@@  
 
びっくりして振り向くとそこにはなんだかやたらと真剣な顔をした秋乃がいた。  
秋乃はすらりと背が高いから、こちらが見上げる形となる。  
秋乃は一房だけ綺麗に三つ編みにした髪を弄りながらなんだか難しい顔をしていた。  
そして、なんだか奇妙な格好をしていた。  
奇妙な格好をしていたというよりも、目がなんだか違和感を訴えてくるような、そんな感じだった。  
いつものメイド服を着ているように見えるのだけれど、ぱっと見たところ何か違和感がある。  
 
はて、と思った瞬間、その違和感の元に気が付いて、私は声を潜めながら叫んだ。  
 
「ちょっと!それ、私の予備のメイド服じゃない!」  
しいっと秋乃が唇に指をあてる。  
こっちはそれどころではない。良く見てみれば秋乃は目も当てられないような姿なのだ。  
私より背の高い秋乃が私の体型に丁度合わせたメイド服を着るとどうなるか。  
スカートは太腿の真ん中位までしかない。  
ミニスカートとも言えない長さで立っていれば問題ないだろうが、  
そもそもふわりと浮くように作られたスカートだ。  
この長さでは座れば思いきり下着が見えてしまうだろう。  
上半身は更に酷い。  
かなり悔しい事だが、私と秋乃では背だけでなく、胸の大きさにもやや微妙に差がある。  
16歳のその頃は私だってもう少しすれば良い感じに育つ筈と思っていたが、  
それから3年経ってもその差は縮まっていないどころかやや開いてすらいる。  
まあいい。  
兎に角、その時秋乃は胸の第3ボタンまで開いて、胸の谷間が丸見えの格好だったのだ。  
どう考えてもサイズの合っていないメイド服姿。丈が短い所為で両脇からはお腹も見えそうになっている。  
つまりどう見ても痴女だ。  
秋乃はどちらかというと着物が似合うような涼やかな顔立ちな物だから余計にアンバランスに見える。  
 
「どうしたの?秋乃、気でも違ったの?」  
 
そう聞くと、秋乃は怖いような、なんだか泣きそうな顔をしながら私に向かってこう言った。  
「ちょっと良い?私の部屋に来て欲しいの。」  
と。  
 
@@  
 
秋乃は私を部屋に連れ込み、自分はさっさとベッドの上に座り込むと両手で顔を覆った。そして思い切り溜息まで吐いた。  
 
「なんなのよ。ていうか、服返してよ。伸びるじゃない。」  
主に胸の部分が延びそうで、スカートのウエストはあまり伸びなさそうな所がやたらと腹立たしい、などと考えながら言うと、  
秋乃は私の言葉には答えず、顔を上げながら絶望的な声を出した。  
 
「鈴子、これから私、大事な事聞くよ。良い?正直に答えてね。」  
「な、なに?ていうかまずその格好の説明をしてよ。」  
あまりにも真に迫った物言いなので、一瞬詰まりながら私は答えた。  
 
「いいから、こっちの方が先。鈴子、あなた、主人様に身体を触られたこと、ある?」  
「・・・」  
秋乃の言った事があまりに予想外で私は一瞬固まった。  
主人様が、あの主人様が身体を触る?  
そりゃ、昔から、その、普通に触れ合ったりする事はあるし、どちらかというと距離感は近いし、  
子供の頃は結構べたべたと抱っこしたりした気がするけれどつまり、秋乃の言っている事はそう言うことじゃないだろう。  
つまり、そういう意味で、触るって事だ。  
ええと、ある意図を持って、こう、触ったりするってことでしょう?  
「あ、あ、ある訳無いでしょう!そんな事!」  
と、私は叫んだ。  
 
「しっ!静かに!」  
 
「静かにするわけ無いでしょう!主人様がそんな事する訳無いじゃない!何馬鹿なこと言ってるのよ!」  
そう思いきり怒鳴ったのだけれど、秋乃ははあ、と肩を落としてくしゃくしゃと頭を掻いた。  
 
「そう…若しかしたら胸の小さい子供みたいなのが好みなのかも、と思ったのだけれど。それも違うみたいね。」  
「・・・良く判らないけど、私に喧嘩売ってる事だけは良く判った。いいわよ買うよ私。」  
腕を捲り上げる。  
 
「それ所じゃないわよ。ああ・・・もう・・・どうしたら。」  
悲嘆にくれたように首を振る。  
 
「何?何なの?」  
さっぱりと要領を得ないまま、問い詰めるようにそう言うと、秋乃はこう言った。  
「ああ・・・駄目だぁ…もしかしたら、主人様、男色だったりするのかしら。だったらもうお手上げ。」  
そう言ってがっくりと肩を落とす。  
 
「はあ?何言ってるの?」  
と私は答えるしかなかった。  
 
@@  
 
「鈴子には判らないかもしれないけれどね。17歳の男となれば、それはもう、  
普通はどんなものにでも穴があればやりたくなるというものだそうなのよ。」  
ちゃぶ台の前に二人で座り込むなり、秋乃は真剣な顔でそう言った。  
「……秋乃、下品だよ。あのね。主人様がそんな風な訳無いじゃない。」  
ずずず、とお茶を啜りながら答えると「判ってないなあ。」と、手を振ってくる。  
 
「あのね。主人様といえど男よ男。成績も良くていらっしゃるし、何事にも真面目に取り組まれる方だけれど、  
それでも男は男なの。主人様は17歳の男なの。そしてそれは別段何も悪いことじゃない訳。  
寧ろそういう事こそ普通じゃないほうが心配でしょう?」  
 
しばし考える。  
「そ、それは、まあ、そうだけど。確かにそう云う事も、それが普通なら主人様も普通の方が良いかもね。」  
 
「でしょう?ね。で、考えてみなさい。主人様の近くには、基本的に24時間、私と鈴子がいる訳よね。」  
 
「・・・だから?ずっとそうじゃない。」  
「普通だったら、どっちかを抱こうと思うに決まってると思わない?寧ろ、両方とか。」  
ぶふおっとお茶を吐き出す。  
繰り返すが当時私は男性の性欲に関して基本的な知識は殆ど無かった。  
 
「な、な、な」  
「だってね、自分で言うのもなんだけど私達、そこそこな筈よ。鈴子だってとっても可愛らしいし、  
私だって磨き上げられる部分は磨いてるし、そういう部分でならこのお屋敷のどのメイドよりも負けてないつもり。  
私達のどちらも趣味に合わないとはどうしても思えないの。  
だって私達主人様と二人きりになる事も多い訳だし、こうやって部屋だって向かい合わせ。当然夜に部屋に鍵だって掛かってない。  
普通だったらこう、部屋のドアをこう、夜中に開いてくださったって良い様なものじゃない?大体さ、」  
 
「・・・ちょっとまって、ちょっとまって秋乃。ごめん私ついていけてないわ。」  
「何?」  
「・・・その、さ、えーと何から話せばいいんだろ。」  
額を押さえる。ええと、混乱している。抱かれる、抱く?ええと、そういう事をする、という事だよね。  
ええと、普通はこう、手紙のやり取りとか、お互いの気持ちの確認とかをした上で、恋愛をして、  
結果として結納婚約へと進んでその上で、まあいいやその途上である事もあるかもしれないあれだよね。  
 
「その、なんだろ。ええと、うまくいえないや。まず、秋乃は、その、あの、うーんと、良い訳?  
その、主人様が仮に、部屋に来たとしたら。その、そういう目的で。」  
こう、なんだろ。いいのか?いいんだろうか。いいの?その、なんていうかね。  
結構真剣に聞いたつもりだが、秋乃は間髪入れずに答えてきた。  
 
「良いに決まってるじゃない。何言ってるの?私が何の為に学生時代誰の相手もしなかったと思ってるのよ。」  
くんと胸を張ってここまで堂々と答えられると何もいえない。  
何もいえない。のだが。  
 
「その、そのさ。主人様だよ。私最初に主人様に会ったの6歳の時だよ。秋乃だって9歳だったじゃない。」  
「だから?」  
「その、ほら、私年下だけどさ、こう、まあ勿論?仕事で?な訳だけどこう、10年も一緒に居る訳じゃない。」  
「そうね。」  
「こう、弟?みたいな?いや、勿論その、んーなんだろう。なんだろうね。  
あの、その、もしそうだったとした時にいやっとか絶対駄目!とかそう言う訳じゃないんだけど  
ただなんていうんだろうな。あの、順番とか、こう、色々さ。あるじゃない。それにほら、難しい訳じゃない。  
御互いこう、気持ちが仮にあったとしてもこう、なんだろ難しいなんていうかな」  
「あんたの悩みはどうでもいいの。どうせあれでしょ。立場が違うとか、そんなくだらない事考えてんでしょ。」  
 
「な・・・」  
ぴしゃりと言われて絶句する。  
と、秋乃はいきなりだん、と机を叩いた。  
 
「そーじゃないの。それはそれ!これはこれ!そんな事じゃなくて私は今、主人様の男の話をしているの!  
あのね、自分で言うのも何だけど私ね、結構異性にはもてるのよ。  
学校じゃ中等部から6年連続で男子生徒から選ばれる模範的女子に選ばれてた訳だし、鈴子も今年で4年連続だっけ?  
そうだろうけど。ラブレターとかもそれはそれは情熱的なのを一杯貰っている訳。  
秋乃様へ、僕は清純なあなたの事が日夜忘れられず、なーんて書いてあるのを一杯!  
それに結構胸だってあるし!腰だってこう、ほら、自分でも女っぽいかな?みたいに思う訳。  
その私がね、お風呂の際に裸になってこう、主人様の背中を流したりしてる訳じゃない。  
だったらこう、手の一つも引いて『秋乃、そこはもういい』とかなんとか言ったっていいじゃない?  
『いやっ恥ずかしいです!』とか私が言ったら『いいからこっちを洗うんだ』なーんていって  
『そんな困りますっでもっ!いやっそんな、すごい、主人様逞しいっ!』ってそしたら」  
 
「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って秋乃。今私すごく聞き捨てならない事聞いたんだけど。」  
「何よ。今いい話してるんだから。」  
「いやいやいやあのさ、て、いうかさ、お風呂場でのお手伝いはメイド服か水着でって言われてるでしょう?  
言われてるよね。言われてるよね?何か今裸って聞こえたんだけど。」  
 
「そんなの裸に決まってるじゃない。何、鈴子違うの?」  
しれっと答えた秋乃に眼前が暗くなる  
「はあ?メイド服か水着着てるに決まってるでしょう!?え、何?秋乃裸でやってるの?」  
「当たり前じゃない。そのまま私も入るし。」  
「信っじられない!何それ、何っそれ、私初めて聞くんだけど。  
そっか、だからか、だから主人様に前一回聞かれたんだ鈴子はここのお風呂は入らないのって、意味判んなかったんだけど今判った。  
何してんのよ!」  
両手を振り回す。なんだか微妙なショックを感じていてやたらと手持ち無沙汰な気持ちになって、  
お茶菓子に手を突っ込んで煎餅を一掴み取ってばりばりと齧る。  
 
「何してんのってお風呂はお風呂じゃない。何?鈴子、水着って何着てるの?持ってたっけ?」  
「学校の水着。髪の毛落ちるのやだから帽子も被ってる。」  
「だめよそれじゃ。色っぽくない。」  
「何言ってんの駄目なのはあんたでしょう!?知らなかった。うわ知らなかった私。  
何、秋乃一緒に湯船とか入るの?」  
 
「うううん。主人様湯船も碌につからずにすぐ出ちゃうのよ。昔は違ったのに今じゃカラスの行水ね。  
もういいから、僕上がるよとか言って。だから体拭いてあげて、その時とかもさ、こう、  
『そこは物で拭く所じゃないだろう?』なんて言ってくれれば、『え?でも?』とか言って『お前の口は何のためについているんだ?』なんて  
『そんな、恥ずかしいっ!でも寧ろ洗う前に仰っていただければ私のここで洗わせて頂きましたのにっ』みたいなそれでさ、」  
 
「だからかー。そういえば鈴子の番はゆっくりできるなあって湯船に浸かりながら言ってた言ってた。  
あーもう!迂闊だった。すっごい迂闊だった。何でって聞けばよかった。  
てか駄目だよ!ちゃんと湯船入らせないと風邪ひいちゃうじゃない!」  
 
「ちゃんと拭いてるから大丈夫よ。それよりもね。そんなことどうでもいいの。」  
「いやどうでも良くないって。あんたそれ和子さんが知ったらどんな事になるか判ってるの?大目玉食らうよ。」  
 
秋乃がびっとこちらに指を向ける。  
「あの婆さんに掛かったら何だってそう言われるに決まってるでしょうが。あのね、そんな事はどうでもいいの。  
私が言いたいのはそうじゃないの。お風呂もそうだけど、それだけじゃないの。私はね、  
主人様と二人でいる時とかもさりげなーく、さりげなくよ。  
こう、ちら、とか、ぴら、みたいな。ちょっとこう、胸のボタン一つ余計にあけてみたりとか?こう、高い所を掃除してみたりとかもしてるの。  
それとか話をする時もわざと押し倒しやすそうにベッドの方に腰掛けてみたりとか。脚とか組んじゃったり。  
でもぜんっぜん。ぜんっぜんなの!『秋乃、僕はもう、我慢できないよ!』『ご主人様っ!そんなっ!駄目ですっ!』  
『いいだろ、なあ、いいだろう?それとも嫌なのかい?』  
『・・・嫌じゃないですっでも!っでも・・・ああ、主人様、そんな、お辛そうな・・・判りました。  
でも秋乃、秋乃は初めてなんです。恥ずかしいっ!でも頑張りますから!』」  
 
身をくねらせる秋乃に指を向け返す。  
「そんなおっさんくさい主人様は嫌。ていうかさ、ていうかさ、  
初めて知ったんだけど秋乃、あなた、私に黙ってそれやってた訳?ね、いつからやってたのそれ?」  
 
「2年位前かなあ。」  
「2年も!?」  
全然知らなかった。私といる時は普通の顔をしていたくせに。  
それとも私がにぶいのだろうか。  
 
「そう、2年も経つの。2年前ったら私17よ。そろそろかなー。とか、思ったの。そりゃ思う訳じゃない。17よ17。  
大体主人様もさ、13歳位までは『秋乃ちゃんこの本一緒に読もうよ。』とか言ってさ。  
はいはい読んであげますよーってソファに二人で寝そべってたら『秋乃ちゃん良い匂いがするね』なーんて、  
んもう超可愛いくって『こぉら、くすぐったいですよ』とかいっても顔とか押し付けてきて  
『秋乃ちゃん、もうちょっとこうしてていい?』なんて言ってきて『秋乃は仕事があるんですよ。』なんて言いながら  
んもう!良いに決まってるじゃない!なのに急に14歳位になったら余所余所しくなってさ。  
本とかも1人で部屋で読んでてさ。これからじゃない!これから先があるってのに!  
どうすればいいのよ!私にどうしろっていう訳!?」  
秋乃も憤懣やる方ないという風情でお茶菓子から煎餅を取り出してばりばりと齧っている。  
 
「・・・あのさ、あんたのその身体を持て余した未亡人みたいな話はいいんだけどさ。大体話は判ったし。  
そうやって主人様に迫りまくった訳ね。私のメイド服まで持ち出して。でもちょっといい?」  
「何?」  
 
すう、と息を吸う。これから聞く事を考えて、少々顔が火照る。  
つまりはそういうことだと云う事は大体判っていた訳だが、一応聞いておく必要がある。  
「その、秋乃、秋乃はさ、主人様の事、好きな訳?」  
「好きよ。決まってるじゃない。鈴子だってそうでしょ?」  
あっけらかんと言う。  
 
「だからそういう好きじゃなくってさ。」  
「だからそういう好きでしょ。何?鈴子違うの?」  
 
しれっと言える秋乃が羨ましい。  
 
私達は別に奴隷じゃない。そりゃ勿論、越智家には恩がある。  
私も秋乃も昨今珍しくも無いけれど家族に恵まれない人間で、  
でもだからこそ私達を子供の頃から育ててくれて、  
学校まで出させて貰った事に言葉以上の感謝の念を感じている。  
 
でも別に必要以上の事を求められる事は無いし、する事も無い。  
その気になれば来月にでもお世話になりましたと言って、バッグ一つ持って出て行く事だって可能だ。  
私達は奴隷じゃないし、主人様を好きにならなきゃいけない義務なんてものは無い。  
 
だから、好きってのは本当に、その、好きッて意味になるのだ。  
その、メイドとか関係無しに。  
 
「えーと・・・だから、もう一回、ほんっとーに大真面目に聞くよ。今まで聞いた事無かったから。  
ん。  
秋乃、秋乃は主人様、じゃない、崇文君、越智崇文君の事が好きなの?」  
 
秋乃は少し小首を傾げた後、一度座りなおしてお茶を啜ってから私の目を見た。  
「だから好きって言ってるじゃない。何?真面目じゃないとか思ってる?  
大真面目よ大真面目。きっと鈴子と同じ位にね。」  
 
最後の言葉は聞かなかった事にしておく。  
「・・・・・・じゃあ、聞かせて欲しいんだけど。例えば、メイドが主人の事好きになったとするよね。  
でもさ、それが恋愛として成就する可能性なんて殆ど無い訳じゃない。小説の中ででも無い限りさ。  
身分の差とか、そんなのもあるけどさ。壁は高すぎる訳じゃない。  
使用人は使用人。もし万が一主人様がその気になったとしたって最終的に周りにはこう言われると思わない?  
育ててやった他人の子に母屋を乗っ取られたって。  
悪女扱いよ悪女扱い。言葉でそんな事なんでも無いって言うのは簡単かもしれない。  
でもそうなったらそのメイドだけじゃない。その主人様だって馬鹿扱いされるのよ。  
あの人たちの世界で馬鹿扱いされるって事がどういう事か、私達は知ってるよね。」  
 
「そんな事で悩む人間は馬鹿だと思うよ。」  
 
「なっ」  
さらりと言われて絶句する。  
秋乃が艶のある髪を一度梳くように撫でた。そしてふう、と呆れたように溜息を吐いた。  
「鈴子あのさ。そんな道は私が3年ほど前に通ってんのよ。私の方が年上だから、悔しいけど教えてあげる。  
そんな言い訳して、1人で部屋で悩んで。はっきり言って完全に無駄。無駄なの。  
私の場合は自分の方が主人様より年上だってだけ誰かさんよりも深かったと思うけど。  
あのね。誰かを好きになったら、それをやめるのなんて絶対に無理なの。  
私は悟ったわ。少なくとも好きになったその人がどんどん素敵な人に変わっていってる限りそんなのは無理。  
ネガティブな要素を何百個持ってきたって、好きって一つ気持ちがあればそんなもの全部どっかに行っちゃうの。  
少なくとも私はそうで、多分女の子なら誰だってそう。  
思い出が沢山あって、一緒に育ったご主人様の事、好きにならない訳ないじゃない。  
私にとって他の男なんてメじゃないの。ご主人様1人だけ。  
だったら私は片付けるわ。我慢できないものは片付けて我慢できるものやどうにも出来ない事は我慢する。  
メイドの仕事と一緒よ。目的は片付けられるものを一つづつ片付けて達成するのよ。」  
 
秋乃の言葉にはやたらと迫力があった。  
普段から無口にしてないでこんぐらい喋ればいいのに。  
 
「・・・で、その努力が痴女の格好って訳?」  
 
くっと秋乃の眉が上がる。  
「あのね、まあ方法は色々あるんだろうけど。まず私はもう19歳なの。  
鈴子と違って和子さんからも見合い話はどう?とか事ある毎に言われてるの。形が必要なの。のんびりやってる暇は無いの。  
そっちと違って主人様に襲われた時に『いやっ!恥ずかしいっ』とか言えるのはもうギリギリなの!」  
 
「なんかさっきより口調が切実だよ秋乃。」  
 
「うるさぁい!鈴子にはまだ判んないの!だんだんだんだん小さいメイド叱るのばっかり上手くなって、このままじゃまずいの!絶対にまずいの!  
でも私だって女の子なんだから向こうから迫られたいじゃない。  
判るでしょ?折角ここまで大事に取っといたんだから  
初めて位は大事に向こうから私の事欲しがってもらいたいじゃない。  
折角ご主人様、背だって伸びて、カッコよくなってるんだから  
『やさしくして下さいね』『ああ、判ってるよ』位のやり取りはしたいじゃない。  
そのギリギリが私にとっては今年なの!今年中に襲ってくれなかったらご主人様捨てて他の所に嫁に行ってやるんだから!  
鈴子には判んないわよ。きっと後3年して襲われなかったら私みたいに悩むんでしょうね。  
でも鈴子にはあと3年あっても私には今なの。今なの!  
あのね、2年間私がどんなに恥ずかしいと思いながら色々したか判ってる?  
初めてお風呂に裸で入った時、主人様に『昔みたいですね』とかいいながらどんだけ頭の中混乱してたか判る?  
私は2年前に鈴子の悩みなんかは乗り越えて、そして1人で頑張ってきたの!  
痴女みたいとかいうなあああああああ!」  
 
ずだあん。と湯飲みがちゃぶ台に叩き付けられる。  
「判った、判った。ゴメン。ごめんね。その服、まだ着てていいからさ。意外と似合ってるかも。何だったら他の服も。」  
 
「似合ってる訳無いじゃない!馬鹿見たいって自分でも判ってるわよ。  
それより鈴子、あんたここまで私が言ったんだから、鈴子も言いなさいよ。主人様の事好きなんでしょう?  
男として好きなんだよね?言いなさい!言わなかったら私取るよ。取っちゃうからね!取ったらあげないんだからね。  
今言わなかったら取ったらあげないからね!」  
ずずずずず、と秋乃が身を乗り出してくる。  
 
「・・・っ・・・まあ、う、うん。す、す、好き、だよ。」  
勢いに押されてつい言ってしまう。誰にも言ってなかったのだが。  
特に最近は主人様は弟や兄のようなもの、と自分に言い聞かせてきていたのだが。  
 
「もっとはっきり言う!」  
「・・・あのね、私は秋乃の部下じゃな」  
「はっきり言いなさい!」  
小さいメイドの子だったら一発で震え上がる秋乃の一喝が飛ぶ。  
 
「判ったわよ!私も崇文く、じゃない、主人様の事が好き!」  
私は叫んだ。  
そして、口に出してみて自分でも割とあっさりと納得した。  
うん。確かに、私はあの人、じゃない主人様の事が好きなのだ。  
 
きっと、秋乃がドアの方を睨む。  
「よし、覚悟決まったわ。まどろっこしいのは沢山。幸い今日はこの後仕事も無いし、二人で行きましょう。」  
がたん。と秋乃が立ち上がる。  
「は?」  
話の展開に付いていけない。  
見上げると、秋乃が立ちなさい。と、くいくいと手の平を私に向けて上下させてくる。  
 
「行って、主人様の気持ちを聞いてくるの。私もちゃんとした服に着替えるから。  
鈴子も着替えて来なさい。」  
ぽいぽい、と私のメイド服を脱ぐ。女の私が見てびっくりするくらい綺麗な肌が露出する。  
 
「ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待ってよ。秋乃。」  
 
「私達の気持ちを伝えて、それで雰囲気出たら、そのまま行くからね。」  
「ちょっと待ってよ!」  
 
「こんな可愛い子二人で迫って鼻血も出さないご主人様ならこっちから見限ってやるんだから。」  
「ちょっと待ってって言ってるでしょ!もし雰囲気って私、そんな事になったら初めてなんだから。」  
「大丈夫、私も初めてだから。」  
「大丈夫じゃなあい!全然大丈夫じゃないじゃない!」  
 
「じゃあ、私が主人様と愛し合ってるのを指咥えながら横で見てなさい。」  
秋乃が叫ぶ。  
 
そして勢いあまり、カチンときて私も叫び返したのだ。  
「な、何言ってんのよ!たかふみ、じゃないしゅ、主人様がやりたいっていうんなら  
そうしたら私だってやらせてあげるに決まってるでしょう!  
だって、私だって、嫌いじゃないんだから、崇文くん、じゃない主人様の事!」  
 
@@  
 
結局その後二人で主人様の所に行ったのだ。  
まあ、常々想像してたように主人様にリードしてもらうような感じじゃなかったけれど。  
いや、寧ろ襲い掛かるようにという感じだったけれど。うう。  
まあ、それはそれで素敵な思い出となった。うん。  
主人様だって、私と秋乃なら、初めての相手としては文句無い、筈だ。きっと。  
うん。  
 
結果的には。  
 
@@  
 
そして今に至る訳だ。  
 
 
秋乃と奪い合うようにして主人様のかちかちになったあそこを舐める。  
ご主人様が、顔を紅くしながら、でもなんとなく嬉しそうにしている。  
 
秋乃が根元を粘っこく舐めているうちに私が上から咥えてちゅうっと吸い込む。  
あ、こらっと秋乃が言う。  
 
ちょっとだけ、口を離して、私の大好きな主人様に向かって言う。  
 
「私の口の中に出してくれたら、すっごい事してあげるから。」  
 
主人様は私と秋乃にメロメロのように、見える。  
その、自意識過剰でなければいいのだけれど、それは多分、私が6歳、秋乃が9歳の頃からずっと。  
照れ屋な主人様だけれど、少なくとも私達をとても大事にしてくれている。  
そんな事位は判る。  
 
ただ、一時期、主人様がそういう事に恥ずかしがった時期があって、  
それに私達が不安になって、そして自分の気持ちに気が付いた、  
とそういう事なだけだ。あれはきっと。  
 
そして大事に思っているって事は勿論私達もそうで、  
だからこそこういう一つ一つが私達にとってとても楽しくて、大事な事で、  
秋乃のいう、片付けなきゃいけない何かを片付けているように思えて、  
下らない悩み事を片付けていっているように思えて、  
いつものメイドの仕事が片付いていくあの快感と同じ感覚を、  
幸せなあの感覚を、  
私に与えてくれているのだ。  
 
 
了  
 

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