-*  
 
「と、いうことで。今週の日曜日に日取りは決まりましたから。」  
 
「はあ。」  
と、答える。というか答えざるを得なくて、頷く。  
頷いた瞬間、不味いかな、と思い返す。  
 
「良かったですね。あなたは器量も抜群だし、何事にもよく気が付くし、私はきっと、こういう良いお話が来ると思っていましたよ。  
でも、まさか、姉小路様のご子息様からとは思いませんでしたけどね。」  
ふふふ、と笑いながらそう言う和子さんにかなり引き攣っているであろう笑みを返す。  
うん、やっぱりマズい。  
 
「その、あの、なんていうか、大変光栄なんですけれど、やはり身に余る話なので」  
「だめよ。」  
おそるおそる言った所でぴしゃり、と言われる。  
うぐ、と黙る。  
 
「あなたの言いたい事は判ります。  
姉小路家と言えば越智家までとは言わないまでも名家中の名家。  
そこに越智家主人様付きとはいえ、いちメイドの身分である  
自分などが嫁に行っても良いものかどうか。そう考えているのでしょう?  
悩むあなたの気持ちは私にもよく判ります。いえ、当然の事とも言えます。  
しかし、私の頃とは時代が違うのです。  
いえ、それは悪いことと言っているわけではありませんよ。  
こうやって変わっていかなくてはいけないのかも知れない事ですし、  
そうであればあなたのように若く、聡明な人が変えていく、  
世の中とはそういうものです。  
ねえ、主人様のご学友に見初められて、  
こうやって向こうからお話を頂けるなんて事は中々あるものではありませんよ。  
無論、それもあなたの日々の努力があったからこそです。  
遠慮をする必要は全くないのですよ。  
私も鼻が高いですし、ほっとしもしましたよ。  
あなたはもう21になるのですからね。  
あなたのような優秀な子はいつまでも手元に置いておきたい、勿論私もそうは思いますけどね。  
やはりこうやっていいお話を頂けるとなると、ほっとするものですよ。」  
 
最早これが、のっぴきならない状況である事だけは身に染みて判る。  
 
「これからが忙しくなりますね。無論、嫁に行くとなれば養子の手続きが一度必要になりますからね。  
それは私の方から姉川家にでも頼む事としましょう。それから・・・」  
 
「あの・・・」  
はかない抵抗だとは判っている。が、一応口を出してみる。  
 
「その、なぜ私が、なんでしょうか。姉小路家といえば和子さんの言う通り、名家ですよ、ね。  
その、なんでわざわざ私なんかを。 しかも後添いとからなら判りますが、  
その、私、お相手の方より年上になるんですよね。 私、お会いした事もないのに。」  
 
和子さんがぱちんとウインクをする。  
うげ。あるのか、会った事。  
 
「お会いした事はあるのですよ。忘れたのですか?  
この前、姉小路様が主人様の所へ遊びにいらっしゃったでしょう。  
その時あなたがお茶をお出ししたんでしょうに。」  
 
あー出した出した。お茶出した。と思い出す。あれが姉小路様か。  
そういえばそうだった。主人様がそんな事を言っていた。と思い出す。  
一月ほど前に来て、主人様と楽しそうにお話をされていた人だ。  
眼鏡を掛けて顎がしゅっとした印象の中々男前の人だった。  
何か若手のメイドがきゃあきゃあ言ってた。  
 
「向こうが言うには一目惚れ、だったそうですよ。  
背中に電撃が走ったようだった。あんなに美しい女性は僕は見た事が無い。  
なんて向こうでは言っていたようですよ。  
もう寝ても醒めてもあなたの話をしているらしくて、  
この話を持ってきた向こうの家令の方がもう笑う事笑う事。」  
 
「そ、そうですか。」  
と言うしかない。  
 
「ねえ、私も、立場もありますし、あなたの言うとおり姉小路様も主人様と同年齢ということで年下となる訳ですし、  
とは言ったのですけれどね、 そこはやはり若いと言ってもお偉い方ね。  
姉小路家でも同じような話になったそうなのだけれど  
昨今人の身分などというのは流行らないよ。結婚とは人と人とが心で結びつくものなのだよ。  
とぴしゃりと言われてその話はおしまいになったそうよ。  
情熱的で、素敵な方じゃないですか。」  
 
あら、それにあなた、姉小路秋乃なんて雅な名前じゃないの。  
なんぞと言いながら和子さんはぽう、とあらぬ一点を見つめている。  
 
「日曜日までに体調を崩さないようにして、できるだけね、身綺麗にしてお伺いするのですよ。  
あなたの事だからその点についても、向こうでの作法についても心配はしていないですけどね。  
でもあなたは時々抜けているところがありますからね。  
当日は服も出来るだけ控えめで、でも殿方の気を引くようなものにするのですよ。  
そうね、あなたなら着物が似合いますし、あの桜色の振袖があったじゃない。  
少しばかり派手ではあるかもしれないけれど、あれが良いわ。そうよ。そうなさい。」  
 
さあ、決まった。と部屋から送り出されながらそう耳打ちされ、  
もう上機嫌!という風に和子さんが私に手を振りながら扉を閉める。  
 
私はさてどうしようかしら、としばし扉の前で佇むのだ。  
 
@@  
 
あんの御節介婆が。と毒つくのは簡単なのだけれど。  
現実問題、うん、現実の問題なんだよな。と考える。  
 
21歳でございます。年下の貴族様から見初められました。  
和子さんが喜ぶのも判らないでもない。  
越智家にとっても名誉な事だろう。きっと。  
私にとってもきっと悪いことではない。というよりも望外の幸せと言っても良い。  
年齢としても私の年は結婚するには普通か、18で学校を出た身としては少し遅いかもしれない。  
同い年のメイドの仲間はそういえばもうあらかた片付いている。  
 
私もそろそろなのだ。  
そういう順番なのだ。  
そういう訳だ。  
 
学校まで出させてもらって3年間。  
いつの間にか厨房付きと和子さんを除けば、メイドの中で私が一番年上になっている。  
そう考えればそろそろ卒業するべき時なのかもしれない。  
 
というか、卒業させてもらえるのだ。こんな家が今時どこにあるだろう。  
使い潰せば良いものを、世間では当たり前のようにそうしているものをこの家では決してそうしようとはしない。  
 
和子さんは19歳、20歳あたりになったメイドに必ず嫁の世話をする。それがどんなに仕事の出来る子でも、出来ない子でも、  
例え18でこの家に来た子にすら、しつこい位に声を掛け、根負けした彼女達に見合いをさせ、そして送り出す。  
場合によっては今の私の話みたいに家格の問題を解消する為に一時的な養子の口まで探し出す。  
まだ働いていたい若いメイド達は御節介婆と和子さんの事を言うのだけれど。  
でもこれは正直言って私達にとって、とてもありがたい、  
いや、殆どありえない事なのだ。  
 
それどころか私などは学校まで出させて貰ったのだ。  
そう云った事について越智家に対して恩返しもまだ済んでいないというのに  
その上で給金まで貰っていて、そして今、私は見分不相応な嫁入り先まで用意してもらったという訳だ。  
 
 
「あ、秋乃、丁度良かった。今日さ、主人様のお風呂変わってくんない?  
急に女の子になっちゃってさ。換わりに私、食事の後片付けと掃除やっとくから。」  
 
部屋に向かって歩いている途中に私と同じく主人様付きのメイドをやっている鈴子が声を掛けてきたのを無視して通り過ぎる。  
なんだかあまり話をしたい気分ではなかった。  
 
「ねえ、聞いてんの!?」  
「聞いてるわよ。交換ね。いっこ貸しだからね。」  
背中でそう答えると鈴子のむくれたような声が返ってくる。  
 
「ん、な、何が貸しよ。いつもなら喜ぶ癖に!どっちかといえばこっちが貸しでしょう?」  
後ろを向いて、わかった、わかった、と言ってひらひらと手を振る。  
不思議そうな顔をする鈴子を尻目に部屋に入った。  
 
ふう、と息を吐く。  
 
@@  
 
でもね。と思うのだ。  
贅沢を言う訳じゃないのだけれど。  
 
それにしてもさ。  
主人様は何も言ってはくれなかったのだろうか。  
私としてはそう思う訳だ。  
 
主人様が7歳の時、つまり私が9歳の時から私は主人様をお世話している訳。  
贅沢を言う訳じゃないのだけれどもうちょっとこう、  
何かあっても良さそうなものじゃないだろうか。  
 
ねえ。  
 
だってさあ、ほら、主人様のお勉強も、ご飯も、遊んだりも、全部さ。  
一緒だったから。  
学校とかもほら、私と鈴子は通わせてもらってたから、なんていうんだろ。  
上手く言えないけどほら、一緒だったから。  
 
身体がどうとかって言うわけじゃないんだけど、そういうのもさ、あったし。  
私の気持ちとかも、伝えてはある、訳だし。  
その、ねえ、出し惜しみするわけじゃないんだけど。  
結構その、私としても覚悟とかも要った訳。  
 
まあだから将来的にどうなるとかってのは確かに避けて来た所はあったのだけれども。  
その結果としての主人様の判断がこれって事なんだろうか。  
 
まあ。というよりも、あの主人様がこういう判断を出来るようになったって事なのか。  
それはそれで凄いよなあ。と思う。  
なんか正直ずっと子供っていうか、弟みたいに思ってたからなあ。  
いつの間にか身体だけじゃなく、心も逞しくなったのかも。と思う。  
それはきっと、うん。良いことだとは思う。  
 
主人様のお世話はどうしようか。  
・・・まあ、どうしようも何も無いか。鈴子なら何の問題もないだろう。  
いまだにちょっと気の利かない所もあるけれど、でも別に何の問題も無い。  
というか鈴子はとても優秀な訳だし。  
私が抜ける分を補充するにしたって和子さんが優秀なのを入れるだろうし、  
鈴子は嫌がるかもしれないけれどその子ともちゃんとやるだろうし。  
 
あ、鈴子にも言わなくちゃいけない。鈴子こそ妹みたいなものなのだから、  
話が決まったら真っ先に言ってあげなければ。  
どうだろう、喜んでくれるだろうか。それとも、怒るだろうか。  
 
そうか。と気が付く。これと一緒だったのかもしれない。  
主人様は優しいから。そして少し心配な位に気が弱い所があるから。  
だから私の事を気遣って直接言えなかったのだ。多分そういうことなのだろう。  
怒ると思った?  
・・・それとももしかして、喜ぶ私を見たくなかった?  
なんてね。それは自意識過剰と言うものだろうけれど。  
 
でも、ちょっとは逡巡とかしてくれたのかなあ。  
そうだといいなあ、と思う。  
 
 
なんでだろう。  
何で泣いているのか。私は。  
 
つうつう、と頬に垂れる涙を拭う。  
しゃくりあげる。ひっく、と声が漏れる。  
 
お嫁さんにしてくれなんて言ってない。  
いいじゃないか。ずっとずっと隣にいたかっただけなのに。と思う。  
9歳の時からずっと一緒にいたのに。  
私が本を読んであげて、部屋を片付けてあげて、  
熱を出した時は一晩中一緒にいてあげたのに。  
勉強も教えてあげたし、一緒になってボール投げもした。  
あんなに小さかった背が、いつのまにか私を追い越して、  
いつの間にか何でも私が一緒にやってあげていたのが、私が手伝うっていう形になっていって。  
子供向けの冒険活劇のお話が、最近の流行の文学物の話に変わっていって。  
主人様とかそんな事関係なく、私がその間ずっと、一番可愛がって、一杯可愛がってあげたのだ。  
 
よりによってお友達を紹介する事なんて、ないじゃないか。  
私を邪魔にする事なんて無いじゃないか。  
 
 
主人様の馬鹿。  
 
@@  
 
「今日はなんだか、秋乃、優しいね。」  
 
そうかしら、私は優しくしているつもりはないけれど。  
湯船に浸かりながら腰だけをお湯の上に浮かせた格好の主人様の脚の間に身体を滑り込ませた格好でそう考えながら、湯船から突き出されたそれに唇を被せる。  
口いっぱいと言って良いほどの逞しさ。  
首を捻りながら舌を絡ませ、唇が湯面に付く位、口の奥の方まで飲み込ませる。  
 
どくんと、口の中のそれが脈打つことで嬉しくなる。  
自分でも健気だなあ、と思うような律儀なリズムでせっせと上下に首を振る。  
私の口の中に唾液が溜まって口の中のそれに絡みついて粘着質ないやらしい音を立てる。  
余った分が唇から漏れて、屹立したそれの側面を伝ってお湯の中へ溶ける。  
 
嬉しそうにそれがすっごく硬くなって、私の口の中でびくんと跳ねる。  
 
でもこれ、ご奉仕という割には私も気持良いんだよな。  
と悔しくなる。  
私の口の中で硬くなるそれはなんだかすごくいやらしい気分になるし、  
硬くなる度に先端から出てくる唾液に混ざる苦味のあるそれも、なんだかもう、すんごくやらしい気分になるし。  
それを必死で啜っている私自身もお風呂に浸かっているっていう以上に完全に身体が火照っていて、いやらしい。  
 
何だか悔しくて、引き抜きざま、私の唾液でぬとぬとになったそれが舌の先端に丁度当たる位の位置で軽く歯を当ててやる。  
 
「痛っ」  
と、声がして、ちゅぽん、と口から離す。  
「あら、ごめんあそばせ。」  
こくん、と口の中に溜まった唾液と先端から漏れたそれの混じった液体を飲み干しながら謝ると、こちらを軽く睨みつけてくる。  
 
「こら、秋乃。」  
と言われる。目が笑っている。  
うわあ、判ってるなあ。というか判られてしまっているなあ。  
と、考えて、自分でも顔が紅くなるのが判った。  
えーと、そういうつもりでは。  
 
「こっちに来て。」  
うわ。やっぱり笑っている。  
おねだりした格好になるというかそう思われている。  
 
「いや、ちょ、ちが、」  
「いいから。」  
 
ぐいと手を引かれて、ざばんと立ち上がる。  
 
「ううぅ・・・ええと、今のはそういうつもりじゃ」  
「ほら。」  
 
小さいメイドを叱る時の様に叱られるのが好き。  
悔しい位私の事を知っている。  
いつもは意識してやっていたから、今日のはなおの事恥ずかしい。  
 
覚悟を決めて、すうと息を吸い、背中を向けて湯船を跨ぐ。  
脚を思い切り開いて両足をそれぞれ湯船の淵に乗せ、顔にまたがるようにする。  
四つん這いの格好になるように両手もそれぞれ湯船の淵を掴む。  
 
ええと、つまりは、思いきり、凄く恥ずかしい格好になる。  
湯船に寝そべった主人様の上に、逆向きになって思い切り脚を開いた物凄く屈辱的な格好。  
 
湯殿自体は思い切り広いのに湯船が狭いからこそ出来る格好だ。  
まあ、この為じゃないと思うけど。  
 
バランスを取る為に両足はまるで無理やり広げさせられてるみたいに思い切り広げる格好になる。  
しかも両手も広げざるを得ないからカエルのような格好だ。  
初めてではないとはいえ、頭がめちゃめちゃになるくらい恥ずかしい。  
 
ちなみに鈴子はこの格好、1分と耐えられない。  
私は、ええとその、いや、えと、・・・まあ、その、大好きだ。  
 
ぴしゃん、とお尻を叩かれて、ひゃん、と声が出た。  
瞬間、指が私の中を割りながら入ってきて電流が流れたみたいな快感が走った。  
「んっ!」  
抵抗できない格好で、見ながら触られてる。  
「いやらしいな、秋乃。こんなに締め付けて。」  
ああああああ、それだけで頭が爆発しそうになる。  
私のそこに埋められた2本の指がゆっくりと出し入れされて、  
私のそこが凄く、濡れている事を証明するような音が漏れる。  
力を入れていないのに、勝手にきゅう、と指を締めるように動くのが判る。  
 
「あっ……ぁあああああ…んっ、恥ずかしいっ!やだっはずかしいぃっ!」  
 
お湯を割って丁度顔のところに突き出されたそれの先端に夢中でしゃぶり付く。  
首を使えないから舌を使って思い切り嘗め回す。  
 
「やだっ!んっ!見ないでっ!お願いっ!んっ!ねっ!やぁっ!」  
私がそういう度に、わざと開くように指を動かしてくる。  
わざと乱暴に抜き差ししてくる。  
私はあんまりにも気持ちが良くて、恥ずかしくて、  
口の中に必死に神経を集中させて吸い込んで、唾を塗して、嘗め回す。  
 
鈴子にはそうしない。  
鈴子にはもっと優しくする。  
 
鈴子はお姉さんぶるのが好きな癖に、ああ見えてとても甘えたがりだから、そうしてくれる。  
私にも、私がこういうのが好きって判っててそうしてくれる。  
優しい性格だから。  
 
中に入れられた指が開かれて、  
「あっ!・・・んうっ!・・・はあっ・・・ああああんっ!」  
下半身に感じた衝撃にもちかい快感に思わず脚から力が抜けて、じゃぼん、と湯船の中に落ちる。  
お腹の上にぺたんと座った格好になる。  
ぐるんと回転して思い切りしがみつく。  
 
「秋乃の中で。」  
「あああああああああっ」  
声だけで達しそうになって耳元で声を上げると、私の腰を軽々と持ち上げてきて。  
 
そして入れてくれる。  
 
「んああああああああああんっ!」  
凄く逞しいそれが、私を貫く。  
嫌になるくらい甘ったるい声が私の口から出てくる。  
 
「いやっ!太いっ!だめっ!いやっ!だめえええええ!」」  
私から動く事なんて出来ない位激しく上下に動かされる。  
私達の動きで湯船の表面がざばざばと揺れる。  
 
「いやっ!はずかしいっそこ、そこだめですっ!あああああっ」  
力強い両手でお尻を掴まれ上下に揺さぶられて私の身体と共におっぱいが上下に跳ねる。  
自分の意思に関係ない、私を求めてくる動き。  
私で気持ちよくなってくれている動き。  
揺れているおっぱいを口元に近づけるとちゅうと強く吸い込んでくれる。  
 
上下に揺さぶられながら私は両手を使って主人様の頭をぎゅっと抱きしめる。  
信じられないくらい愛しくて、恥ずかしくて、色んなことが頭を過ぎって、  
次の瞬間、頭の中が真っ白になる。  
 
@@  
 
「今日、秋乃、僕の部屋へ来る?」  
 
ゆっくりとタオルで身体を拭っている所でそう言われた。  
少し考えて、首を振った。  
何て言おうかと、一瞬考える。何といっても断った事なんて無かったから。  
「いえ、え、ええと、実はちょっと体調が悪いので、」  
ちょっとのぼせ気味で、大して考える事も出来ず頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。  
 
「えっ!」  
「あ、ええと、全然、大した事は無いのですけど。」  
嘘を吐いてしまった。と自分で言っておきながらショックを受ける。  
 
「早く寝なきゃ駄目だよ!」  
ばさっと私が拭っていたバスタオルを奪われて私の体に掛けられる。  
馬鹿だな、と言われて私の身体がごしごしと擦られる。  
まるで大事なもののように、丁寧に。  
 
何だか何もいえなくて私は立ち竦んだ。  
本当ならそんな事させちゃいけないのに。  
私はメイドなんだから。さ。  
 
「折角なのにごめんなさい。」  
ごめんね。  
心配そうに私の事を見てくるのを、見上げながら言った、  
 
「そんな事いいから!きちんと乾かさないと駄目だよ。  
早く部屋に戻って、寝なきゃ。」  
全く、そう云う事は早めに言ってくれないと駄目じゃないか。  
時々抜けてるんだから。と言われながらごしごし、と頭を擦られる。  
耳の後ろを指でくすぐるようにしながら手が頭の後ろに回って、  
首の後ろを上下に擦るようにタオルで水滴を拭う。  
私がいつもやってあげていたやり方だ。  
そのやり方で、頭をごしごしと擦られる。  
 
泣くまい、と努力した。  
でも俯いて気取られないようにするのが精一杯で、やっぱり無理だった。  
 
@@  
 
前日に頬に小さなニキビが出来るというアクシデントがあったものの  
無事にその日は訪れた。  
 
和子さんが本気になって着付けた桜色の着物は自分で言うのも何だけれど似合っていた。  
形も良い。腰周りがどの角度から見てもすらりと柳腰に見えるようになっていて  
自分で着付けるとこうは中々ならない。  
さすが年の功だ。とは口には出さない。  
髪は編みこんでうなじを出すようにした。  
和子さんと二人で鏡を覗き込む。完璧ね。との呟きにそうかも、と思う。  
うん、まあ、中々のものかも。  
 
見せたいな、とふと思ったけれど、主人様の部屋に声は掛けなかった。  
外出する時にそうしないのは初めてだな、とそんな事を考えながら。  
 
和子さんが呼んだ車に和子さんと一緒に乗って、先方の待つ料理屋へと向かう。  
和子さんは母親代わりだ。  
車に乗る瞬間にふと庭先に目をやると、箒を持って目を丸くしてこちらを見ている鈴子と目が合った。  
車の出しなにひらひらと手を振ってやる。  
帰ったらさぞかし質問責めにされる事だろう。  
 
主人様の付き添いでしか入った事の無いような、素晴らしい庭園のある料理店に着いて、一番奥の部屋へ通される。  
 
襖を開けた瞬間、おお、どよめくような声が聞こえた。  
この前お屋敷で見た、しゅっとした印象の人と、かなり年配の恐らく父親。  
そして母親であろう女性と、御付きのメイドだろう若い女性。  
 
「はじめまして。本日はお招きをいただきましてありがとうございます。」  
と、挨拶をする。  
和子さんが続いて挨拶をする。  
 
私達の挨拶ももどかしそうに立ち上がったその人が、ちょっと背は主人様より高いくらいかも。私に手を差し出してくる。  
「今日は来てくれてありがとう。」  
ぎゅっと手を握られる。  
ゴツゴツとした手だった。  
 
慣れるだろうか。慣れる事が出来るだろうか。と思う。  
 
出来るかではない。そうしなきゃいけないのだ。  
ここまで来て、私に嫌という権利なんて、いや、そんな事を思う方が間違っている。  
和子さんが、主人様が与えてくれようとしている私の幸せを逃す権利なんて、私には無い。  
 
その人の顔を見て、にっこりと笑う。  
2重写しにしちゃいけない。そんな失礼な事は出来ない。そう心に誓う。  
 
話は和子さんを中心として非常にスマートに進んだ。  
スマートに進むように作られているのだから当たり前といえば当たり前だ。  
和子さんはこの道のベテランでもある訳だし。  
話のもっていき方も何もかもがなんだか先程の乗り心地の良い車の如く、素晴らしく澱みなく進行する。  
趣味、好きな本について、休みの日にはどんな事をしているのか。礼儀作法は?云々。  
私が少しでもつっかえると和子さんがすかさずフォローして私の事を褒めたり、上品にからかったりしてくれる。  
その人も見た目よりもずっと話上手で、なんやかや、と私に話を合わせてくれ、好きな作家も一緒だと云う事で、その話をする。  
そしてつつがなくといえばつつがなく進んだ後、暫くして、二人で話でもしてきなさい、と言われて庭に放り出される。  
 
その人が先に立って、私に手を差し伸べてくるのを、雪駄は履き慣れないのもあって、  
手を取ってもらって庭へと降りる。  
降りたら手を離してもらえるかと思ったけれど、そのままに手を引かれる。  
 
石造りの小さな橋と池とそこにいる艶のある赤色の鯉、  
直射日光が当たらぬ様に所々に配置されている整えられた竹薮。  
そこから放射線状に薄く差す日光。  
歩く度に音のする綺麗に形の揃った敷石。  
見事に作りこまれた回遊式庭園の中を手を引かれながら歩く。  
 
「今日は、本当に、嬉しかった。」  
と、その人が言う。そして本当に嬉しそうに笑う。  
「私の方が年上なのに、宜しいのですか?」  
そういうとぶんぶんと首を振る。  
「そんな事は全く、何も問題などありません。  
私はあの日、越智のお屋敷であなたを見てからというもの、あなたの事が忘れられなかった。」  
 
じゃりじゃり、と音を立てて歩く。  
右手に繋がれた手。少しごつくて、温かい手だ。  
私はそんな事ばかり考えている。  
何だかちょっと違う。  
 
いつものと違う。  
 
ほう、と息を吐いた。顔を上げる。  
人の好意を無にして、きっと私は、馬鹿なんだろう。  
何だかちょっと違うなんて自分でも説明できない子供染みた理由で和子さんの、主人様の顔を潰すのだ。  
「すみません、今日のお話なのですが、」  
 
私が言いかけたその瞬間だった。  
 
「すみません!申し訳ない!!」  
後ろ側から大きな叫び声が庭に響いて、ひゃっと飛び上がる。  
 
びっくりした。  
                             
きいたこともないくらい、大きな声だ。 こんな声、出せるんだ。  
 
走ってきて、私の手を掴む。  
 
「お、おい、」  
その人が言う。  
主人様が、走ってきてその人から奪い返すように私の手を掴んだ主人様がその人に向かって頭を下げる。  
 
「すまない、八尋君。今日の話は無かった事にしてくれたまえ。」  
「帰るよ、秋乃。」  
そう言って、ぐい、と手を引かれる。私はぼう、としながらこくり、と頷く。  
 
私は主人様にぐいぐいと手を引かれながらとつとつと歩いた。  
きっと私は随分と目を丸くしていた事だろう。勿論周りの人間もだけれど。  
 
歩いて料理店から出て、すぐ側にある公園だろう。連れられるままにそこを通る。  
私にはそこがどこだか判らない。お屋敷の方向なのかすら。  
手を引かれながら歩く。  
漸く広い芝生と周囲を綺麗に紅くなった紅葉に囲まれている公園の中心付近まできて、急に振り向かれる。  
真っ赤に染まった葉が私の桜色の振袖の裾に落ちる。  
 
そして主人様は大きく息を吸って、  
「何で僕に言わないんですか!」  
と、怒鳴った。  
 
「はいっ」  
と反射的に思わず答える。主人様は怒ると何故か敬語になる。  
昔からそうだった。  
 
「あ、あ、秋乃、僕は怒っているんですよ。鈴子が屋敷中に聞きまわって、  
漸く家令の1人に事情を知っているのがいて、  
そして僕の所にすっ飛んできて、そして話を聞いてびっくりしました。」  
 
「そ、その、あなたが彼を好きだと言うのなら仕方の無いことです。  
自分が今、その、随分と常識はずれな事をした事も判っています。  
しかし、しかし秋乃も、酷い、その、あまりに酷いじゃないですか。  
僕に一言の相談もなくこんな。無論、その、秋乃には秋乃の人生がある。  
そう云う事は判ってはいる、います。でも、でも、  
その、こんな事を人伝えに聞いた僕がどんな気持ちになると思っているんですか?  
こ、これを聞いた時、ぼ、僕は・・・その、秋乃がそういう事に気が回らない、そういう人じゃない事は知っているから、  
だ、だから若しかしたら言い辛かったのかもしれない。そうも思いました。  
あなたが彼を好きになり、であれば確かに僕にはきっと言い辛いという気持ちもあったのだろう、とそう判ります。  
僕にだってその位の想像は付く。付きます。  
だ、だから、僕の今日の行動を秋乃は軽蔑するかもしれません。でも、  
しかし、であればこそ、であればこそやっぱり僕は秋乃にきちんと言って欲しかった。」  
 
「ええと、その、それって・・・」  
何か重大な齟齬があったのだ。と気がつく。  
でも、彼は私の表情に気がつかないようで、言葉は続く。  
 
「でも、でもこれだけは言わせて下さい。  
もう遅いかもしれないけれど、その後、あなたの気持ちを聞かせて貰いたい。  
若しかしたら僕がはっきりしない事で、秋乃も、鈴子も、僕がメイド相手に本気にならない、  
なんて、そういう男だと思われてるかもしれない。  
でも違う。違うんです。  
僕がその、決められないでいたのはそう云う事じゃないんです。  
そんな事はどうでもいい、いや、考えた事すらありません。  
秋乃も、鈴子も僕にとってそんな、そんなような事を考える存在なんかじゃない。  
そんな事じゃなくて、僕は子供の頃から一緒に居た秋乃と、鈴子と、そして僕を好きだといってくれるその事が嬉しくて、  
だからはっきりといえずにいたんです。だらしないと思います。思っています。  
でもどちらかを選ぶなんていう決心をする事が出来なかったのです、  
いえ、正直に言えば今もです、しかしそれはけしていい加減な気持ちだからではなく、」  
 
彼の話は続く。  
真っ赤な紅葉の葉が、私と彼の間に落ちる。  
主人様は私に言い聞かせるように、私の顔の高さに合わせるように膝をかがめている。  
うーん。やっぱり、このひとは、私より大きくなったんだなあ。  
 
「聞いてますか?聞いて下さい!秋乃に怒ってるんですよ、僕は!」  
ちゃんと聞いてください。と声が続く。  
 
しかし私はもうそんな言葉は聞いておらず、  
主人様の前に回って、踵を少し上げて爪先立ちになって、  
初めて出会った頃に比べて随分と大きくなった背と、  
少し男らしく厚くなった胸板に身を預けるようにして、  
そしてそれに比べれば幾分細いともいえる首筋に手を廻しながらぎゅうとしがみつくようにした。  
 
頬と頬を合わせるように、そう云う風にしながら私は今、昔そうした時のようににっこりと笑っているのだろう。  
 
そうやって、赤い紅葉の葉を肩に乗せながら、ぎゅうと、ぎゅうと、ぎゅうと、私は可愛らしい主人様を抱き締め続けるのだ。  
 
 
了  
 
 

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