秋も深まり、朝夕に肌寒さを覚えるある日の夕暮れ時。  
 少女は居間のソファーに座り、気だるげな様子でテレビを眺めている。  
 半袖の白いブラウスに赤いリボン、色味を抑えた緑のスカートは学校の制服だろうか、黒髪を短く切り、目鼻立ちは決して悪くないが、両膝を立てた上に組んだ腕を乗せ、白いパンツと生白い太股が丸見えになった姿は、色気よりもだらしなさが先立つ。  
 からから、と、どこからか物音がした。  
 聞こえないのか、少女は振り向かない。  
 ずるずる、這いずる音。  
 やはり少女は振り向かない。  
 ひたひた、腕を這い上がるもの。  
 少女は一向に気にしない。  
 するする、背中に滑り込むもの。  
「ただいま」  
「お帰り」  
 耳元で聞こえた声に短く返事をし、少女は相変わらずテレビを見ている。  
「それ、面白いかい?」  
「別に。変えるのが面倒だから」  
「ふぅん」  
 にゅっ、と脇からゴム紐のようなものが伸び出でて、カメレオンの舌のように前のテーブルのリモコンを取って引き寄せる。  
 その先には枯れ枝のような指が五本、ボタンをぷちぷちと押して画面を切り替えるが、どれも気に入らなかったのか、最初のチャンネルに戻し、横に置いた。  
 少女は溜め息をついて腕を外し、後ろにもたれ掛かる。  
 背中を支えるのはつるつるの合成革ではなく、生温かくごわごわした硬い皮。  
「着替えないのかい」  
「いい、洗い物が増えるから」  
 脇の下から二本の手が生え、上へ這い登る。  
「ここでいいんだね?」  
「いいけど、あんまり床は汚すなよ。掃除が面倒だから」  
「無理だよ。君は感じやすいから」  
 尻の下に太い紐が二本滑り込み、風船のように膨らんで尻を浮かせる。  
「キスをしてもいいかい?」  
「変な味はしないだろうな」  
「大丈夫。水でゆすいで来たから」  
「……まぁいいか」  
 少女はようやくテレビから目を離し、声のする方を見た。  
 粘土か樹脂で作った下手糞な人型、と言えば近いだろうか。  
 いつの間にか少女とソファーの間に滑り込んでいたそれは、にゅっと首を長く伸ばし、粘土を張り合わせたような不恰好な顔を少女に近付けた。  
 
 その生物は、元はごく平凡な少年だった。  
 彼は気の弱さから同年の不良学生にいじめられ、誰にも助けを求められず、部屋の隅で小さく縮こまって震えていた。  
 小さく小さく、くしゃくしゃに折り畳んでもなお小さく。  
 そうしているうち、少年の体は粘土のようにぐにゃぐにゃになってしまった。  
 夢も希望も無い毎日だと思っていたが、思い返してみればそれなりに望むものがあり、それが当たり前過ぎて気付かなかったのだと思い知る。  
「僕をこんな風にしたあいつらに仕返ししてやる」  
 少年は学校に忍び込み、機会を窺った。  
 不良達は、一人の少女を新たな標的にしていた。  
 少女は泣きも叫びもせず、理不尽な仕打ちをただ淡々と受け止めていた。  
 不思議に思い、彼女を見ていると、ふと彼女の目が少年の姿を捉えた。  
 彼女は少年の姿を見ても平然としていて、彼の身の上を聞くと手を差し出して言った。  
「手伝ってやろうか」  
 なぜかと問えば「連中に絡まれるのが面倒だから」、ならなぜ抵抗しなかったかと問えば「無駄な事は初めからしない主義」と言った。   
 ……それから一月後、不良学生が相次いで失踪した事が地元メディアで報じられ、少年は連続失踪事件の最初の失踪者に数えられた。  
 今度こそ生きる目的を失った少年に、少女はもう一度手を差し出した。  
「行く当てが無いならうちに来なよ。父さんも母さんも仕事に明け暮れてて、私の所には一度も来た事が無いから、目的が見つかるまで休んでいけばいい」  
 考え方も環境も違うが、その感情の源を手繰れば同じ。  
 こうして少年は居場所を見付け、少女はそこに留まる理由を見付けた。  
 
 すっかり日も暮れて暗くなった部屋。  
 テレビは相変わらず芸人の馬鹿騒ぎを垂れ流し、少女は相変わらずそこに座っている。  
 ただ、物憂げな目は涙に潤み、半開きの唇からは熱い吐息を漏らしている。  
 ブラウスのボタンを全て外され、ブラジャーをたくし上げられた胸は、右は皮膜のように広がった左手が包み、左は肩越しに伸びた頭が熟れた桃を食むように吸っている。  
 パンツは腿の付根までずらされ、透明な液体に濡れた布の端から、ぷっくりと膨れた肉真珠を磨く指と、その下をずるずると出入りする赤黒い肉塊が垣間見える。  
 ……共に暮らすようになってから、週末の夜になるとどちらからともなく相手を誘い、夜が明けるまで抱き合って過ごすようになった。  
 始めは些か激しかったそれは、次第にじっくりと噛み締めるようなものに変わった。  
 互いの隙間を埋め、温め合うこの関係を、一時でも長く味わっていたかったから。  
「……」  
 緩やかだが泣き所を心得た愛撫に感極まった少女はきゅっと目を閉じ、縋る物を求めて彷徨う手が傍らにあったテレビのリモコンに触れた。  
 
 静寂と暗闇の中、切なげな吐息と妖しい水音は長く途切れる事は無かった。  
 

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