「あ、牛乳無くなってたのすっかり忘れてたわ。けど今からだとスーパー開いてないし……」
美希は会社では優秀な社員として上司からも一目おかれている存在だが、プライベートな時間になると仕事の時とか正反対のルーズで面倒くさがりな本来の性格が出てくる女性だ。
美希自身もあまりだらしがないのは社会人として、女性としてどうかとは思うのだが昔から直そうと思っても全く改善することが出来なかった。
結局せめて家族以外の人間にはばれないようにすることで自分のイメージを崩さないようにはしてきたのだが。
「……まぁ、ちょっと高いけどコンビニでいいかな」
そしてそんなだらしのない一面とは別に、一度気になることがあるとどうしてもそのことが頭から離れなくなるという厄介な癖があり、既に夜の11時を回っていたのだが牛乳を買いに行くことにした。
「そう言えばもう洗濯しちゃってたわね、今日着ていた服は……まぁそんなに離れてもいないから別にいいか」
家に帰ると真っ先にスーツを脱いで、家の中では楽だからという理由でノーブラ、ノーパンで上半身にYシャツを着ているだけという格好で過ごすのが美希の普段からのスタイルだった。
当然今もYシャツ一枚のみという非常に扇情的な格好だ。
ここで普通ならば、近い距離にあるコンビニにとはいえ一度外に出るのだから身なりを整えるのが当然なのだろうが、美希は今の格好にスカートを穿くだけで用意を済ませてしまう。
流石にこれが休日の昼間だったり、もう少し距離が離れている場所に行くなら違っていたかもしれないが、場所が近いこともあり美希はかなり適当な準備で済ませてしまった。
その適当さが後に大きな後悔を招くとは知らずに。
「良かった、ちゃんとコンビニにも置いてあったんだ。雪○の牛乳」
美希は私生活は怠惰な生活そのものと言ってもいいのだが、所々で妙なこだわりがあった。
例えば惣菜のコロッケなら近所のスーパーでしか買わないし、牛乳なら雪○のものしか飲まなかったり。
些細なことだが、美希にはかなり重要なことなのだ。
自分の肌に合わないものにははっきりとした拒絶反応を見せるからだ。
そんな体質の所為で、色々な事を損しているのは自覚しているのだが、だらしのない性格同様これも直らなかった。
なので普段コンビニでは牛乳を買わないので雪○の牛乳が置いていなかったらどうしようかとコンビニに着く直前で思ったのだが、こうして無事に買えたのでどこか満足げだった。
しかし、そんなちょっとした幸せを噛み締めていた美希のテンションが一気に下がる出来事が起こる。
「……ちょっと、まさか雨?」
まさか雨が降るとは思っていなかったので傘なんて持っていない。
これがまだコンビニで買い物をしている途中かコンビニを出た直後だったらビニール傘を買えばいいのだが、丁度家とコンビニの中間地点にある公園の近くだったのが拙かった。
今の格好が格好だけに雨の中を強行突破も出来ず、かといってコンビニに戻って傘を買ってもその時には既にびしょ濡れだろう。
仕方が無いので公園の中にある屋根つきのベンチで雨宿りすることにした。
「勘弁してよもう……」
僅かな間だけとはいえ雨に触れてしまった美希が着ていたYシャツはすっかり濡れてしまい、胸の形までしっかり見えてしまっている。
不幸中の幸いなのは今が夜で周囲が暗いこと、時間が夜の11時な上にいきなりのドシャ降りで人通りが全くないこと、後はスカートが薄手の生地のものではないことぐらいか。
それでも美希には自分の家の近所で、誰かに見られるかもしれないような格好で徘徊する趣味なんて無い。
正直に言えばすぐにでも帰りたかった。
(ああもうほんと恥ずかしい……こんな時に雨なんて最悪っ!)
声に出さないように急に心変わりした天気と自分のだらしなさを罵倒しながら、早く雨が止むようにと祈る。
近所付き合いは殆ど無かったが、同じマンションに会社の同僚が住んでいるのだ。
万が一こんな格好を見られたら……そう思うと美希は赤くなっていた顔を更に赤くした。
「隆二君に見られたら最悪なんて話じゃないわよ……」
「おーい、美希先輩ー!」
「っ!?」
まさかと思い、声の主を探してみると公園の入口に一人の男性が立っていた。
名前は西野隆二。美希の大学時代からの後輩である。
そして同時に、美希が密かに好意を持っている相手でもあった。
「ちょっ……何で隆二君が此処に!?」
「その反応はちょっと酷くないですか先輩? 俺が同じマンションに住んでるのは知ってるじゃないですか」
「まぁそうなんだけどね。私が言いたいのは“何でこんな時間に”ってことよ」
「そう言う先輩だって……ああ、牛乳の買い出しですか。先輩○印の牛乳を朝に飲まないと調子出ないって言ってましたもんね」
美希は普段通りに会話をしつつ、隆二が公園の入口から動かないことに安堵した。
幾ら夜も遅くて雨が振っているとはいえ近くに寄ってこられてしまっては自分の今の“惨状”がばれてしまうからだ。
(これはもしかしなくても最大のピンチってやつよね……どうしようかしら)
必死でこの場を切り抜けようと考えるが、お人よしの隆二ならまず間違いなく傘に入れてあげるから一緒に帰ろうと言い出すに違いないと美希は確信していた。
「それじゃ先輩、家まで送っていきますよ。……とは言っても同じマンションなんですけどね」
「…………ええ、それじゃお願いするわ」
同じマンションでなければ断れたのだが、流石にこの状況でNOと言えば怪しまれる。
隆二の場合だと心配する、と言ったほうが正しいだろうが。
美希は二人きりでその上に相合傘というある意味王道的シチュエーションにありながら、こんなことになってしまった自分の運を恨んだ。
もしも、隆二に自分が下着もつけずに出歩いていたなんて知られたらどう考えてもマイナスイメージしか与えられないだろうからだ。
(嬉しいんだけど状況が悪すぎるわよ……何でこうなるのかしら)
せめてばれにくいようにと、普段は片手で持つビニール袋を両手で胸元に抱え込むように……丁度胸を隠すような形にだけはしておいた。
これなら最悪の事態だけは避けられると思ったからだ。
……しかしこれがいけなかった。
普段の美希なら既に気付いていたかもしれないのだが、そうなると胸を強調しているような状態になっているのだ。
一方、隆二は隆二でかなり困惑していた。
何故なら、最初に美希を自分の傘に入れたときに気付いてしまったのだ。
……美希が下着をつけていないことに。
流石に下まで穿いてないのは分からなかったが。
(落ち着け落ち着け……ここでじろじろみたら失礼だぞ……)
隆二は会社や大学での美希の姿しか知らないので、面倒だったからという理由が思いつかず、何か美希なりに理由があったのだろうと解釈していた。
しかし考えれば考えるほどどうしても胸を意識してしまう。
(あーもう誰かこの幸せな地獄から開放してくれっ!)
かといって美希のことを考えると歩く速度を早くすることも出来ない隆二だった。
まぁ出来るだけ二人きりで居たい、雨に濡れて扇情的な美希を見ていたいという気持ちも少なからずあっただろうが。
そうして、気がつけば殆ど喋らずにマンションの入り口まで辿り着いた美希と隆二。
「ありがと……ここまででいいよ」
「いえ……当然のことをしたまでですから」
普段とは違う、どこかぎこちない空気。
そんな空気に耐えられなかったのか美希がさっさと家に入ろうとする。
ちなみに美希と隆二はマンションの一階の隣同士の部屋なのだ。
しかし、ここで二人に思いもよらない出来事が起こった。
突然の横風。
そして美希の穿いていたフレアスカートを思い切り巻き上げた。
それも隆二が丁度美希を見ていたタイミングで。
「……」
「……」
「あ、あの……先輩?」
「……………………きゃあああああ!?」
「隆二君の馬鹿っ!」
美希自身何故そう言ってしまったのか分からない。
しかし他に怒りのぶつけ所がなかったのか、思いっきり隆二の頬にビンタをして逃げるように部屋に入っていった。
そしてその場に残されたのはあまりにショックが大きかったのか、ビンタをされたのにもかかわらず微動だにしない隆二のみだった。
「は、穿いてなかった……」
「やだもう隆二君に合わせる顔がないわよこんなのっ……///」