「……冗談だよね?」  
 
梅雨の合間にめずらしく晴れた日のこと.  
その日の最初の授業は面倒なことに体育で,しかもプール開きだという.  
泳ぐのは嫌いじゃないけどまだ別に暑くもないし,プロポーションにはあまり自信がないから水着姿を男子に視られるのは恥ずかしい.  
まぁ,私なんかが注目されるわけないと思う.……自分でそんなこと言っても虚しくなるだけだけど.  
 
移動した更衣室で制服を脱いで,ついでに着替えがちゃんとあるか確認する.  
家から水着を着てきて着替えを忘れるなんてドジな話をたまに聞くけど,ふつうそんな失敗はそうそうすることはないと思う.  
うん,ちゃんとあるね.さて,いざ集合場所であるプールサイドへ  
「……って,まだ着替え終わってなかったの?」  
「あ,はい.着替えを忘れると大変だから着てこなかったんですよ」  
「ふーん.そんなに時間ないんだから急いでよ」  
「わかってますって」  
 
集合場所でされた体育教師の説明によると,今日は最初に自由形で50メートルを泳げるか確認したら,プールに慣れるためということで遊んでいいみたい.  
まずは準備体操をして,それから出席番号順に4人ずつ泳いでいくとのこと.  
対岸から聞こえてくる説明では男子は時間いっぱいまで泳がされるらしい.ちょっとかわいそうかもと思う.  
 
で,準備体操してるんだけど,なんとなく男子からの視線を感じる.  
ええい,気のせいったら気のせい.私が注目を集めるはずがない.どっちかの隣にいるコに視線がいってるだけなんだ.  
……でも私だって女の子だし,もし物好きな男子から視られてたらと思うとちょっとドキドキしてくる.  
あまり自信がないとはいえ,カラダの起伏にまったく自信がないわけでもない.  
全体的なバランスはそう悪くない……はず.  
 
そんなことを考えている間に準備体操は終わり,飛び込み台の前に移動する.  
「男子たちからけっこう視られてましたね.視線いっぱい感じちゃいました」  
「まぁ,その胸の大きさじゃしかたないって」  
「何言ってるんですか.そちらもずいぶんと視線を集めてましたよ?」  
「またその話?さすがにスクール水着で注目されるのはうれしくないって」  
「それは確かに」  
意見が一致したところで改めて思う.もう少し可愛いデザインにできないんだろうか,こういった水着って.  
 
「あ,せっかくですから勝負しませんか?いちおうタイムも計るみたいですし」  
「んー,いいよ」  
入学してから3ヶ月のつきあいだけど,私たちの運動能力にあまり差はないと思う.  
50メートル走やマット運動,それに球技をやってきたけど,どれもだいたい同じくらいのレベルだった.  
泳ぐのはお互いに1年ぶりくらいだろうし,そんなに条件は変わらないでしょ.  
 
……と考えた私が甘かったのか.  
同時にスタートした私たちは,でもあっちの方が10秒近く先にゴールしてしまった.  
そりゃ,ふつうの平泳ぎときれいなクロールとじゃ勝ち目ないよね.  
「ふふ,泳ぐのは得意なんですよ」  
「そーいうのは事前に申告するべきだと思わない?」  
「この間は負けちゃったので仕返しです」  
「あーそう」  
「では,恒例の負けたら罰ゲームの時間……なんですが,おもしろいものが思いつかないので保留です」  
「なによそれ」  
「この時間が終わるまでには考えておきますから」  
「あまり酷いのは拒否するからね」  
 
入学してすぐに仲良くなった私たち.  
ちょっとしたことで始まったこの勝負の勝率はだいたいイーブン.  
その度にお昼に飲むジュースを買ってくることになったり,お弁当のおかずを献上したりされたり.  
この間は評判のケーキ屋で一品ごちそうになったりした.  
 
授業も終わり,再び更衣室.着替えをしながら聞いてみる.  
「で,罰ゲームの内容は?」  
「これから帰るまで下着を履かないことにしました」  
そして冒頭に戻るのだ.  
 
 
「以前から思ってたんですが,異性から視線を集めていること自覚してませんね?」  
「そんなに注目されてないってば」  
「されてるんです.いつもと違う状態ならそれが分かると思いますよ」  
「どーいう理屈なのよ,それ」  
 
気のせいだとごまかし続けてきたけど,正直に言えば指摘されたことに対する自覚はある.  
あるんだけど,なんとなく気恥ずかしいというか,そういったことに慣れてないというか.  
異性とのオツキアイにも興味はあるんだけど,そういうのはまだ早いというか.  
……って,そうじゃくてっ!  
「拒否していいよね,それ」  
「どうしてです?あ,ひとりでやるんじゃなくて,いちおう私もつきあいますよ」  
「だってそんなの変じゃない.それにバレたらどうするのよ?」  
「日常の中のちょっとした冒険なんです.いつもどおりに振る舞っていれば誰も気づきませんよ」  
「ちょっとじゃないっ!」  
「あ,わかりました.恥ずかしいんですね?」  
「そんなのっ……わかった,やってやろうじゃないの」  
 
ここまでで感づいているひとけっこう居ると思うんだけど,私はけっこうな恥ずかしがり屋である.  
でもそんなの認めたくないから,それを指摘されるとつい反発してしまう.  
どうも最近それを見透かされている気がするというか,ぜったい見透かされてる.  
「では,始めましょうか」  
いつのまにか私たち以外が居なくなった更衣室でそんな宣告をされた.  
話をしているうちにみんな教室に戻ってしまったらしい.  
「始めるってどうするのよ?」  
「まずは最後まで着替えて,それから下着を脱ぎます」  
「えぇ!?なんでそんなこと……」  
「今から普段と違うことをするって自覚するためですよ」  
 
正直な話もう逃げたい.だけど,ここで逃げたら恥ずかしがり屋だと自分で認めることになる.それは嫌だ.  
がまんしてスカートの中に手を入れ,履いていた下着を脱ぐことにする.  
膝上まで下ろして,左足を抜いてから右足を抜く.  
隣に目を向けると右足を抜いてから左足を抜いていた.ふーん,やっぱり脱ぎ方ってひとによって違うんだ.  
「で,次は?」  
「プールバッグを交換しましょう.他人が一度履いた下着なんて履きたくないでしょうから」  
「お互いズルをしないように保険ってわけだ」  
「そういうことです」  
「じゃ,戻ろうか」  
 
夏用のスカートは風を通すように裾のちょっと上からは生地が薄くなっている.ちょっと強い風が吹いたら簡単にめくれそうでなんだか怖い.  
スカート丈はちょっと短くしてるだけだから確かにそうそうバレはしないだろうけど.  
それになんというか――ええと,そうオンナノコの部分に生地があたる感覚がとても変.  
なるべく普段どおりに廊下を歩くようにしてても,布一枚ないだけでずいぶんと歩き方に影響するらしい.  
こう安心感がないんだよね.心臓がドキドキしてるのがわかるし.  
通りかかる生徒や教師とすれ違ったり,追い越されたりするとそれだけでドキッとしちゃう.  
……変に思われたりしてないかな?  
 
「そんなに緊張してるとあっさりとバレてしまいますよ?」  
「しょうがないじゃない」  
「恥ずかしいからですか?」  
「普段しないことだからっ!」  
なんかクスクス笑われてるし.恥ずかしくないんだろうか?  
どこからどう見ても隣にいるの友達はいつもどおりだ.下着を履いていないなんて全然想像できない.  
「あ,洗顔したいので付きあってもらえます?」  
「え?うん,私もそうしたいかな」  
というわけで顔を洗ったり,鏡を見ながらリップを塗り直したりとあれこれする.  
 
次の授業で出されてた課題のことやお昼をどうするかなんてことを話しながら教室へ向かう.  
というか話をしてないと気になってしかたがない.隣を平気そうに歩いている友人はぱっと見おしとやかなのに実は大胆なのにちがいない.  
私が周りの視線を集めているのを自覚するためって言ってた.確かに見られているかが気になるし,実際見られているとも思う.  
戻ってきた教室で自分の席に座って思う.……もう恥ずかしさが限界なんだけど.  
 
今学期中は出席番号順の席次で席替えはなし.入学式後のHRで一通り自己紹介が終わった後,担任の教師はそう言った.  
とりあえず近くの席同士で仲良くなるだろうからいいだろうということらしい.現に仲良くなったのでそれに文句はない.  
ちなみに話しかけてきたのはあっちからだった.私は誰かと友達になるのが苦手なのだ.仲良くなっちゃえば平気なんだけどね.  
同じ学校からきたコがクラスに居なかったから,うまく友達ができるか最初はちょっと不安だった.  
 
授業の準備が終わったところで先ほど話していた課題の答え合わせをしてみた.  
うん,お互いに同じ答えだし,これなら多分あってるでしょ.  
1ヶ所でも違ったら勝負にして,さっさと下着を返してもらうんだけどなぁ.  
「なんだか残念そうですね」  
「ううん,そんなことないよ」  
「ふふ,そうなんですか?」  
 
チャイムが鳴って教師が入ってきて,授業が始まる.  
最初は出されていた課題の答え合わせから.指名された生徒が黒板に答えを書いていくらしい.  
当たりませんようになんて内心で祈っていたら,運がよかったのか指名されなかった.  
下着を身につけていないのに前に出て解答を書くなんて,想像しただけで恥ずかしい.  
バレないと思うけど万が一ってこともあるし.  
 
指名された生徒が答えを書いてそれぞれの席に戻り,黒板に書かれたそれを教師が解説を加えながら添削していく.  
うん,ここまでは全問正解だ.次で終わりだね.  
最後の答えを見た教師のチョークが止まる.いわく前提となる基本的な部分が間違っているとのこと.  
あ,確かに私の答えと違う.で,どうやら別の生徒に当てるらしい……これで指名されたらギャグだよね.  
 
ああ,指名されちゃった.前まで出て,教壇の上に1人で立って,答えを書かなきゃいけないらしい.  
しかたないからノートを持って立ち上がる.なるべくスカートが翻らないように気をつけながら歩かないと.  
うわ!?なんか見られてるのがわかる.しかもおしりに注目されてるような気がする.すっごく恥ずかしいんですけど.  
気のせい気のせいと自己暗示をかけながら教壇に上がる.そしてチョークを持って,ノートの答えを書き写していく.  
教室中の視線が問題を解いている私に集まっているかもと思うと,頭の中が真っ白になりそうになりそうだ.  
間違わずにノートから写し終わった私をほめてほしいと思った.  
たった数分のことなのになんとか席に戻った私は気力を使い果たした気分だった.  
 
幸いなことに私の解答は正解だったらしい.これで間違っていたら泣いていたと思う.  
誤答と比較しながら解説がなされていく.そんなところを間違えるんじゃない!と前解答者に内心で文句を言っておく.  
その後は特に何もなく授業は終わった.  
 
「ふふふ,緊張してましたね」  
「そりゃあね.急に指されたわけだし」  
「ドキドキしましたよね」  
「したけど」  
「皆さんに見られる感覚わかりましたか?」  
「それはもう」  
「今も見られているのわかりますか?」  
「は?」  
ええと,さっきほどではないけど確かに見られてる.なるべくさりげなく視線をたどると複数の男子生徒からみたいだ.  
 
「う,見られてる……かも」  
「かもじゃなくて見られてるんです.今日はちょっと多い気もしますが,いつもこれくらいですよ」  
「……そうなんだ」  
「お互いにちょっとした人気くらいはあるんですから」  
「どういうこと?」  
耳元でささやかれる話を聞くと,G.W.が終わった頃に学年男子生徒でこっそりと女子生徒の人気投票をしたらしい.  
その中で私たちは同投票数でクラス内6位だったとのこと.  
どうしてそんなことを知っているのか尋ねたら,数日前に彼女持ちの男子生徒がうっかり口にしてしまい,そこから少しずつ広まっているんだそうな.  
「というわけで私たちはそれなりに注目されているわけです」  
 
「そういえば.先ほど教壇の上で背伸びをしてたじゃないですか.  
下着の線が出ていなかったので,もしかしたらあやしまれたかもしれませんね」  
「い,いきなり何を言い出すかっ!?」  
「大丈夫です.誰も聞いていませんよ」  
そりゃなぜか近くには誰もいないけど.もし聞かれてたらどうするんだろう.  
 
その後はなるべく視線を意識しないようにしながら授業を受けていた.  
でも,いちど気にしてしまったせいかどうもうまくいかない.  
席を立って朗読をしたり,移動教室で廊下を歩いたりすると逆に見られていることを意識してしまったりした.  
ただ歩いているだけなのに恥ずかしいなんて経験はもうじゅうぶんだと心の底から思う.  
 
今,私は下着を履いていない.スカートめくりなんてことをされない限り,そのことは確認できないと思う.  
スカートの中を通る風がオンナノコの部分に当たる感覚や,スカートの生地が当たる感覚は慣れない.  
でも,今日だけのことだしそれに慣れちゃいけない.  
問題はそれでも恥ずかしいことと何かの形疑われ,そしてバレるかもしれないこと.  
見られていることを自覚すると,何も考えられなくて頭の中が真っ白になりそうになる.  
しかも階段を上り下りした後で何度も耳打ちされるのだ.  
「今すれ違ったひとに見られたかもしれませんね.下着を履いていないスカートの中を」  
「気がついてますか?後ろの生徒から覗かれそうですよ」  
「ふふ,もし履いていないことに気づかれたらどうなっちゃうんでしょうね?」  
この友人は大胆な上にいじめっこだ,ぜったい.そもそも全然恥ずかしそうにないのはおかしいと思うんだけど.  
 
そんなわけでようやくお昼休み.なるべく移動したくないので教室で食べようと提案してみる.  
「飲み物を買いに行きたいのでつきあってほしいんですが」  
「ぜったいいや」  
「そうですか,つまり恥ずかしいんですね」  
「そうじゃないけどいや」  
「飲み物いらないんですか?」  
「それは飲みたい……けど」  
「なら行きましょう.時間は有限ですから」  
 
購買に行って自販機でジュースを買い,教室まで戻る.相変わらず男子生徒からのだと思われる視線を感じるけど,あまり恥ずかしくなかった.  
たった数時間なのにもう慣れてきたんだろうか?階段の上り下りをしなかったので何も言われなかったからかもしれない.  
おしゃべりをしながらお弁当を空にする頃には残り時間はあと少しになっていた.  
リップを直しに行こうと友人を誘う.個室に入って用を済ませたところで,太もものつけ根が濡れていることに気がついた.  
……これはその,刺激を受けると反応して濡れてくるというあれだろうか?ってそんなことあるわけないよね.  
もしそうだとしたら恥ずかしすぎる.だって視線を感じてそこを濡らしちゃうなんてぜったい変だし.  
うん,気のせいにちがいない.ちがいないったらちがいない.ぜったいにちがうんだから.  
教室へ戻ったとき,ちゃんと拭いたはずのオンナノコの部分が少し潤んできてるような気がした.  
 
午後の授業もすべて終わり,帰りのHRも連絡事項が伝えられてあっさりと終了した.  
「では行きましょうか」  
「あれ?今日って部活の日だっけ?」  
「期末テスト前に夏休みの研究課題を決めるんだそうですよ」  
私たちは社会科研究部に所属している.といってもまじめなのはごく一部で,それ以外の生徒は最低限しか参加していない.  
その最低限というのが長期休暇毎に行う研究で,大きなテーマをそれぞれで分割して調べてまとめるなんてことをするらしい.  
それ以外は比較的自由にしていていいので,他の部員とおしゃべりしたり,宿題を片付けたりすることが多い.  
 
部員の前で説明する顧問の社会科教師によると,1年生は歴史について研究してもらうとのこと.  
何を研究するかは自分たちで決めて,顧問が承認すれば今日は終わりになる.  
1年生部員が集まって相談した結果,日本における服の歴史を研究することにした.  
縄文時代から近代――世界大戦前までの服飾の変化がテーマ.悪くはないと思う.  
わりとすぐに決まったと思ったらその通りで,上の学年の先輩たちはまだ決まっていないみたい.  
決まるまでは帰れないのでみんなで雑談することになった.  
 
もうすぐ行われる期末テストの話や,今日行われたプール授業の話なんかしていたら,別のクラスのコに今日はなんだかカンジがちがうなんて言われた.  
「とうとう少し注目されていることに気がついたんですよ」  
「ちょっと,なに言ってるのよ」  
あーそーなんだーとか,どういうことなのとか,ほら人気投票のとか,どうしてそれを知ってるんだとか,やっぱり本当なんだとか話が続いていく.  
「人気があるのはやっぱり嬉しいですよね」  
「なんだか妬まれそうだけど」  
「それは気をつけるしかないと思いますよ」  
「そんなもんなのかなぁ?」  
「おそらくは大丈夫です」  
「だといいんだけどね」  
意識しないようにしていたけれど,なんとなくお昼休みの終わりよりも潤んでいるような気がした.  
 
部活も無事に終わり,後は帰るだけとなった.  
「さて,後は帰るだけだよね.プールバッグ返してよ」  
「一日過ごしてみてどうでしたか?」  
「確かに私はちょっと男子生徒から見られてる.それは認めるよ」  
「視線を感じると気持ちいいでしょう?」  
「そんなことないから」  
「本当ですか?」  
「しつこいってば」  
実はちょっと気持ちいいかもしれないと思った.思ったけどそんなこと口に出してたまるか.  
 
「私はこのまま帰ろうと思いますけどどこか寄っていきますか?」  
「ちょっとこのままって……本気?」  
「ちょっとした冒険ですから」  
「だから全然ちょっとじゃないって.それに帰るまでって言ったじゃない.  
帰る前だからもう終わりでしょ?プールバッグ返してってば」  
「帰る前までではなく,帰るまでです.今まで大丈夫だったんですから平気ですよ」  
そう言われるとそんな気もしてくるけど,このまま帰るなんてやっぱり恥ずかしい.  
でも,どうせ今日だけのことだしもう少し続けてもいい気がしてきた.  
「次に負けたときどうなっても知らないからね」  
「あまりに酷いことなら今日みたいにつきあってもらいますから」  
「……って酷いことだと思ってたんだ」  
「あら?これは失言でしたね」  
「まあいいや.今日はどこも寄りたくないし,このまま帰ろうか.」  
 
帰りのバスは満員だった.しかも周りは男子生徒ばっかりでなんだかついてない.  
斜め前にいる友人の表情を見るに気持ちは一緒らしい.他に知った顔はいないし,しばらくがまんするしかないみたいだ.  
動き出してすぐに信号が変わったのか急に止まった.しっかりと掴まっていた私に後ろの男子生徒がぶつかってきた.  
すぐに謝られたからそんなに気にしなかったんだけど,それからちょっとしたら手の甲がおしりに当たっているのがわかった.  
顔を見られているのにまさか堂々と痴漢するとも思えないけど,気のせいか次第にエスカレートしてきた.  
手の甲が手のひらになり,当たっているだけが,揉まれたり摩られたりするようになった.  
同じ学校の見知らぬ男子に痴漢されている.しかもそれを周りから見られてるかもしれない.  
気づかれてないよね?別に触れられて感じたりなんかしないけど,勘違いされるかもしれないし.  
 
友人は気がついたら止めてくれると思うし,止めてもらおうと自分で言ってもいい.普段ならそうする.  
でも,今はスカートの中にはなにも履いていなくて,私のおしりを触っている男子生徒はそのことに気がついてる.  
止めてもらおうとしてそのことを周りに言いふらされたら恥ずかしすぎる.だからってこのままでいるのもいやだし.  
外を眺めるふりをして体勢を変えてみる.すると諦めてくれたのか手が離れた.  
ほっとした瞬間に今度は太ももを触ってきた.腕を動かすとバレると考えたのか小さく摩ってくる.  
おしりよりはマシだし,がまんすることにする.  
周りからの視線は感じないから見られていることもないだろうし,この場を乗り切ればいくらでもごまかせると思う.  
もしごまかせなかったら泣く.それから斜め前の友人に復讐することにしよう.  
 
かれこれ数分間太ももを摩られた私はだんだんボーっとしてきた.  
手のひらでと思ったら指先で,そうと思ったらまた手のひらでとこの手の持ち主はちょっとテクニシャンだった.  
もしかしたら常習者なのかもしれない.そうだったら明日からも遭うたびに触られてしまうかもしれない.  
いつかは別の誰かに気づかれるかもしれないし,行為がさらにエスカレートするかもしれない.  
そんなことを想像していたら,頭に血が上ったのかもっとボーっとしてくる.先にバスを降りる友人からされた挨拶をなんとか返した.  
気づかれなかっただろうか?たぶん大丈夫だったと思うけど,明日学校で指摘されるかも.  
いつのまにか私を触るのは両手になり,おしりと太ももを同時に責められていた.私が降りるバス停まであと少しの辛抱だ.  
そのとき,液体が内ももを伝っていくのがわかった.……どうやら私は痴漢されて感じて濡らしちゃう女の子みたいだ.  
ま,まぁ,いちおうは刺激を受けているわけだし?刺激を受けたら濡れちゃうのはしかたないと思うし?うんうん,しょうがないよね.  
それにこのままなら気づかれないはずだし.今でも死ぬほど恥ずかしくて,どうにかなっちゃいそうだけど.  
 
結局それ以上のことはされずにいつも降りるバス停についた.バスを降りて数分の自宅まで急ぎ足で歩く.  
カラダが昂ぶっているのがわかるし,あそこは潤んでいるってよりは濡れてるし,早く内ももを拭いたい.  
そうして辿り着いた自宅で一息ついた私は,今日は厄日だったにちがいないと一人で納得した.  
 

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