白衣を着た冴えない中年男の傍らで、淡いピンク色のナース服に身を包んだ若い女性が一心に細い棒へ綿を巻き付けている。  
 ここは『やぶ医院』。いわゆる町医者という奴で、外科や内科はもちろん、産婦人科まで節操無く兼任している、何でも屋の小さな診療所だ。  
 
「患者さん来ませんねー」  
 ヒマそうにその女性が呟いた。  
 口を動かしながらも手は一時も休まないのはさすが、というべきだろう。  
「一日中患者さんも看ないで綿棒作りなんて、きっとナイチンゲールも泣いているわ」  
 経費削減のため、綿棒を院内で手作りしているのだ。  
「まあまあ、貞子さん。病院がヒマってことは、病や怪我で苦しんでる人がいないってことなんだから、いいことじゃないか」  
 その女性、貞子看護師に声をかけると、恨みがましい目が私に向けられた。  
「何言ってるんですか、この近辺でヒマなのってここだけですよ!」  
 うーん、やっぱそうか。  
「まったく、少しは自覚してください。だいたい、先生の名前が悪すぎなんですよ。なんで『やぶ』なんて名前で医者を目指しちゃったんですか!縁起悪くて、みんな他所の病院に行くに決まってるじゃない!」  
 そういわれても…。  
 貞子ナースがはぁっ、とため息をつきながら言葉を続けた。  
「まあ、そんな所に就職しちゃった私はとんでもない大馬鹿やろーですけど」  
 うん、そうだねー。  
「このポークビッツみたいな粗チンに、作りかけの綿棒突っ込んでぐりぐりしてほしいのね?たぶん膀胱に綿玉落ちて大変なことになるけど?」  
 あああ!貞子さんがサド子さんにぃ!?  
 迂闊にも思ったことをストレートに口に乗せた私は、次の瞬間冷たい床に転がされ、貞子さんの白ストッキングに包まれたなまめかしい脚に股間をぐりぐりされてた。  
 あああ!お願いします、女王さま。って言ってしまいそうな自分が怖い!  
カランカラーン  
 貞子さんのナースシューズに服従の口づけをしていると、来患を告げる鐘の軽やかな音が院内に流れた。  
「ちょ、やぶ先生患者さんが…、ああんっ!ちょっ、いい加減にしなさい!」  
 白いパンストに包まれた貞子さんの可憐な爪先を口に含み、レロレロなめ回していたらいきなり顔面を踏み付けられた。  
 ああ!良い!最高だよ貞子さん!  
「先・生、患・者・さん・です!」  
 ナースシューズでガスガスと何度も踏み付けていただき、思わずパンツを汚して賢者タイムに入った私はけだるげに院内を見渡す。  
 花粉症なのだろうか?顔半分を覆う大きなマスクを被った綺麗な女性が、入口からがらんとした待合室を所在なげに見渡している。  
 時間も時間だし、今日の診察は終わってしまったのか、とか思っているに違いない。  
「まだやってますよ?」  
 声をかけると、その女性は安心したような顔(と、言ってもほとんどマスクに隠れているが)をして、院内に入ってくる。  
「ぎりぎりに来る患者って、厄介な人の場合が多いのよね…」  
 患者には聞こえないよう、貞子ナースがポソリとつぶやく。  
 
 確かにその通りだけど、今日初めての患者さんなんだから、愛想よく頼みますよ?  
「ええと、申し訳ありませんが初めての来院ですよね?こちらの初診申込書に必要事項を書いて、保険証を提出していただけますか?」  
 テキパキと準備をする貞子ナースとは対象的に、患者はもじもじとするだけで差し出されたボールペンを受け取ろうともしない。  
「あの、保険を使わず自費で診察を受けたいんですが…」  
 ああ、最近増えたよね。生活がきつくって健康保険脱退しちゃう人。  
「貞子さん、手続きは後でいいから、とりあえず患者さんお通しして?」  
 マスクでほとんど隠れているが、息子のいい女センサーは限界まで反応している。早く診察と偽って触診しまくり…、  
「コホン!」  
 いやもちろんそんなことはこれっぽっちも思ってませんよ?だから、その古井戸の中から覗き込むような呪いの篭った目線はやめて下さい。  
「ええと、どうされました?」  
 私が質問すると、その女性はモゴモゴとマスクの中で呟く。  
「すみません、もうちょっと大きい声でお願い出来ますか?」  
 そう言いながら体ごと近寄り、女性の口元に耳を寄せる。  
 うん、たまたま私の股間が女性のスカートから出た膝に当たってるけど、偶然ですよ?あ、そういやまだ汚れたままだ。  
 などと幸せな気持ちで診問を続けていると、不意に女性が話す度に空気が漏れる音がするのに気付いた。  
 よく見ると大きなマスクの両端から、何か裂け目が覗いている。  
(ぎりぎりに来る患者って、厄介な人の場合が多いのよね…)  
 貞子ナースの言葉が脳内で再生される。  
(まさか…、口裂け女!?)  
 普通は私綺麗?と聞いてきて、はい、と答えると、  
「じゃあ、これでも?」  
と、マスクを取り、耳元まで裂けた口を見せて驚かすだけだが、相手が医者だとそれではすまない。  
 整形手術の失敗を怨んで、その裂けた口でアチコチを噛み裂くというのだ。  
「裂けちゃったんです…」  
 不用意に体ごと近付いた私の耳元に、口裂け女がぽつりとつぶやく。  
 き、きた!?  
 マスクごしに口裂け女の熱い息吹が右耳に当たる。  
 俺じゃないのに!美容整形失敗したことないのに!  
 グッバイ、マイ右耳!お前の仇に、必ず口裂け女のオッパイは揉んでやるからな!  
 覚悟を決めて口裂け女の胸元に手を伸ばしかけると、口裂け女は意外な言葉を続けて口にした。  
 
「…裂けちゃったんです。…下のお口が」  
 はい?  
「あの、彼のがその、とっても大きくて…」  
 えーと?  
 伸ばしかけた両手を緊急停止して、ぎりぎりでさくらんぼちゃんをつまむ直前で止まる。  
「えと、その…、私も馴れてない、というか、その、初めてだった、というのもあるんですけど…」  
 指をくにくにさせ、恥ずかしそうに私から目を逸らし、真っ赤な顔でもじもじと説明を続ける彼女。  
 か、可愛いじゃないか。  
 せっかく止まった指先が我慢出来ずに動き出す!  
ごりっ!  
「はうぁっ!?」  
 不意打ちで私の爪先を激痛が襲った。  
「先生…!」  
 あううっ!ごめんなさいごめんなさい!触らないから!触らないからピンポイントで足の小指を踏み付けるのはやめて下さい、貞子さん!  
「あの、実は私、口裂け女ってやつで、取りあえず縫合さえしていただければ、人間よりも体力あるんで自力で直せると思うんですけど、何だかなかなか血が止まらなくて…」  
 両手を戻した瞬間、口裂け女が目線を戻す。ふうっ、あぶなかったぜ。  
「うーん、それでしたら立派な傷害罪ですから、あなたではなく彼氏が治療費を支払う、ということですか?」  
「ち、違います!彼はその、全盲なんで、私のアソコが裂けたことも知らないんです!…私、女にして貰った証だから、って言い張ったから…」  
 うーん、確かに目が全く見えないんじゃ、ちょっと裂けたくらいじゃ破瓜の血なのか裂けた血なのかわからないかも。  
 にしても、処女を捧げた直後にそんな気を配るなんて、よっぽどその彼氏が好きなんだろうな。  
「まあ、取りあえず見せていただけますか?」  
 私がそういうと、彼女の身体がビクッ、と震える。くぅっ!いちいち反応が可愛いなっ!  
「そ、そうですよね。見ないことには治療出来ないですよね…」  
 しばしの逡巡を見せた後、恥ずかしそうにスカートをたくしあげ、ストッキングと下着をぬぎさり、脚を開く。  
 くくぅっ!医者になって良かった、て思う瞬間だぜ!  
「ありゃ?けっこう大きく裂けてますね…」  
 控えめなヘアーの下に現れた、綺麗な観音様の一部に亀裂が入り、そこからじくじくと真っ赤な血が滲み出ている。  
「ナプキンを当てているんですけど、なかなか血が固まらなくて…」  
 脱いだ下着に目をやると、血止めがわりらしきナプキンがかなり血で汚れている。  
「うーん、確かにここは湿っぽいからなかなか血は固まりにくいでしょうけど、だいたい何日ぐらい血が出続けてますか?」  
「えと、彼に女にしてもらったのが〇日だから…、は!?あの、その!えと!6日です!」  
 くはぁっ!狙ってるのか!?  
 はふぅ、という熱い吐息を感じて目をあげると、口裂け女の可愛いさにやられたのか、貞子ナースの目がやばいことになっている。  
「先生、思ったんですけどこのまま縫合しても同じことの繰り返しになっちゃうんじゃ?」  
そらま、そうだけど。でも、そのあやしい目の輝きはなに?  
「口裂け女さん、失礼ですが彼氏さんのアレってどのくらいの大きさかしら?」  
ちょ、診問は俺の仕事…。  
「え?えと、あの、私がいっぱいにお口開いて、その、ぎりぎりの、大きさ、です…」  
恥ずかしいのか、最後は蚊の鳴くような小さな声。  
「ふーん、そう…。じゃあ、ちょっと調べさせてね?あ、今からすることは診察にとっても大切なことだから、嫌だと思っても我慢してね」  
あー、貞子さんや?先生を差し置いて、看護師のあなたが何をする気かね?  
口裂け女が可愛いらしくコクン、と頷くと、貞子さんの目が大好物のお魚さんを前にした猫のように、爛々と輝きだした。  
 
 
…口裂け女の彼氏さん、もしこの子を壊しちゃったら、その、ゴメン…。  
 

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