まさか高校入学初日から、姉きに体育館裏に呼び出されるとは思わなかった。  
 
 あ、ちなみに俺は今日から姉きと同じこの高山第三高校に通うことになっている。いわゆるピカピカの新入生ってやつだ。  
 姉きは今、この高校の二年生。  
 俺は入学したての一年生。  
 つまり姉きは俺のひとつ先輩ということになる。  
 
「先輩のいうことはよく聞くように」  
 
 姉きが、まだ俺ですらうまく馴染めていない俺のクラスメートに託した俺宛ての手紙の冒頭には、いきなり太字でそう書かれていた。  
 
 …イヤな予感がするがとりあえず読み進める。  
 
 
「学校において先輩は絶対である。家庭において姉は絶対である。つまりお前は今、二重に絶対の者から呼び出しくらっているわけだ。これはシカトできんよな。というわけだから放課後、体育館裏に来るように。以上」  
 
 …何度読んでもむちゃくちゃな手紙だ。  
 正直イヤな予感しかしない。だが、こんなむちゃくちゃな手紙を寄こす姉きの命令にそむけば、もっと面倒なことになるのは目に見えている。  
 
 …言い忘れたが「姉きを怒らす」という単語と「眠れる獅子を起こす」という単語は、ほぼ同義語だ。  
 
 そんなわけで俺は放課後、しぶしぶ体育館裏に向かった。  
 
 
 
「おう!よく来たな少年!まずは入学おめでとう!」  
 体育館裏で待っていた姉きは、俺を見つけると片方の手を軽く振って挨拶しながらそう言った。  
「…で、今日は何の用だ?恐喝か?カツアゲか?」  
「ご挨拶だな。アタシがそんなことする女に見えるか?」  
「思いっきり見える」  
「心外だな。まあいい。今日はそんな話じゃない。今日呼び出したのは恐喝でもカツアゲでもない。あえていうなら…勧誘だ」  
「勧誘?」  
「そう!ようこそ我が部へ!君が我が部の今年最初の新入部員だ!」  
「はあ?ちょ、ちょっと待てっ!姉きのやってる部活って…」  
「料理研究部だ。ちなみに私が部長。部員は私含めて三人」  
「…帰る」  
「待たんか!」  
「何で俺が料理研究部なんだよ!大体俺が料理なんかしねえの、姉きだってよく知ってんだろ!」  
「お前に料理の腕など求めてはいない」  
「はあ?」  
「お前に求めているのはもっと別の使命だ」  
「…ちょっと、全然話が見えないんだけど」  
「いいから来る!話はそれから!」  
 姉きは俺の手を引っ張るとずんずん歩きだした。  
 
 もう好きにしてくれよ…。  
 
 
 姉きに引きずられるようにしてやって来たのは学校の調理室だった。  
「喜べ!新入部員を連れて来てやったぞ!」  
 調理室のドアを開けると同時に、姉きは大声で中に向かってそう怒鳴った。  
 教室の中にいた二人の女の子が、一斉にこちらを振り返る。  
 ふたりともちょっとびっくりした顔をしている。  
 たぶん彼女たちがさっき姉きが言っていた部員なのだろう。  
 ひとりはロングヘアーの大人びたタイプの女の子。  
 少し険のある顔だが、けっこう可愛い。  
 もうひとりはおかっぱ頭の小柄な女の子。  
 ひどく幼い顔立ち。下手したら俺より年下に見える。  
 
「よし!少年!自己紹介したまえ!」  
 
 姉きのムチャぶりに少し頭にきつつも話の流れ上、しぶしぶ頭を下げる俺。  
「あ…、俺、塚越みちるっていいます。よろしく」  
「あれ?塚越って…」  
 ロングヘアーが口を開く。  
「ご名答!そう、こいつは、私、塚越あさみの愚弟である。文字通り愚かな弟であるうえに、バカでアホで、おまけに人間のクズだが、まあ悪い奴ではないので仲良くしてやってくれ!」  
 …どう考えても悪い奴だろ。そんな奴。  
「よしじゃあ次はこっちの紹介だな!まずはなずな!よろしく!」  
 姉きの言葉にロングヘアーがすっと立ち上がりこちらを見る。  
「…2ーD、一ノ瀬なずな。よろしく」  
 少しつっけんどんな話し方。  
 だが悪意は感じない。  
 たぶんもとからこういう話し方なんだろうな。  
「よし!じゃ次!はづき!」  
「ひ…!ひゃい!」  
 立ち上がろうとした瞬間、おかっぱの椅子がものすごい音を立てて倒れる。  
「あ、あわわ…」  
 慌てふためきながら椅子を戻そうとするおかっぱ。  
「はづき…椅子はいいから自己紹介!」  
「あ…うん」  
 おかっぱが、ちら、とこちらを見る。  
 目があう。  
 瞬間、彼女の顔がボッと赤くなる。  
「あ…あの…わ、私…あの」  
 下を向き、口をパクパクさせているが声はほとんど出ていない。  
 
 …金魚か?金魚なのか?  
 
 しばらく口をパクパクさせたのち、姉きに近寄ると、その袖をくいくい引きながら、  
「あさみ…ごめん。私、無理…」  
 ほとんど涙声で彼女はそう言った。  
「しょうがないな。この子、高橋はづき。少し照れ屋なんだ。覚えといて」  
 横でおかっぱがこくこく頷く。  
「よし!じゃ、紹介終わり!お互い仲良くしろよ!」  
 姉きは満面の笑みでそう言った。  
 
 …あれ?俺入部させられてね?  
 
 
 トイレから戻るとはづき先輩の姿が消えていた。  
「あれ?はづき先輩は?」  
「あの子は月曜は塾があるから部を早退するんだ…ところで少年」  
 姉きは珍しく真剣な顔で身を乗り出した。  
「はづきのことどう思う?」  
「え?ちっちゃくて可愛いと思うけど…」  
「そうじゃない!性格!」  
「うーん…。ちょっと人見知りすぎるんじゃないかな?」  
「そうか。やっぱり少年でもそう思うか。あの子、どうも男に免疫がないみたいなんだよな。女相手ならまだいいんだが、男相手だと一言も話せなくなる」  
「ああ、そんな感じ」  
「そこで少年。君の使命なんだが」  
「は?」  
「君はたしか二年連続、文化祭でミスター高岡二中に選ばれたよな」  
「…誰かさんが勝手に応募したせいでな」  
「惜しくも三年連続ではなかったらしいが」  
「…勝手に応募していた誰かさんが卒業したからな」  
「そんなミスター高岡二中で女あしらいの上手な君におりいって頼みがある」   
「女あしらいなんてうまくない。」  
「まあ聞け。お前は今日から『はづき男慣れプロジェクト』のメンバーだ」  
「は?」  
「お前はこれからはづきと色々とことあるごとに絡んでもらう。そうすればはづきも次第に男に免疫がついて自然と話せるようになるだろう」  
「ちょっと待て!まさかそのためだけに俺を部に入れたんじゃないだろうな?」  
「そうだが?」  
 …はっきり言いやがった、こいつ。  
「私からも頼むわ。その件」  
 ふいにぼんやり窓の外を眺めていたなずな先輩が口を開いた。  
 この人、話聞いてたのか…。気配消しすぎだろ。一瞬存在を忘れてたよ。  
「私もはづきのことは心配してたの。あの子、小中と女子校だったから、純粋培養されすぎなのよね。少し男の子と話せるようになったほうがいいとは思ってたけど、こんなこと誰にでも協力をお願いできるわけじゃないし」  
 そこでなずな先輩は振り返り、俺を指差す。  
「その点、あなたはあさみの弟だし素性が知れてるから安心だわ」  
「変なこともできないだろうしな」  
「変なことって何だよ」  
「今、君の脳裏に渦巻いてるあれやこれやだよ。わかるだろ、青少年」  
「…う」  
「まあ、もしお前がそんなことした日には、私がお前を東京湾に沈めるだけだけどな」  
 …冗談になってねえ。全然冗談になってねえ。  
「よし!満場一致だな! じゃあ『はずきを男慣れさせるプロジェクト』始動だ!」  
 
 俺の意見はなしかよ…。もういいけど。  
 
 
 
 

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