そら  
 
 何もなかった。本当に、何も。  
あるのは月の光と、焚き火のはぜる音。  
そして、その焚き火の炎に照らされている、僕と彼女だけ。  
満月が瓦礫に光を当て、本でしか見たことのない恐竜のような影を作っていた。  
「ねえ」  
 彼女の声がする。  
「起きてたの?」  
「寝てたんだけど、嫌な夢見ちゃった・・・・・・」  
 よく見ると、彼女の目元が潤んでいた。  
「またあの日の夢?」  
「うん・・・・・・」  
 彼女が白い尾をゆらゆらと振りながら、僕の元へ近づいてくる。  
壊れた自販機の上で腰を動かした僕の横に、彼女は一緒に腰掛け、そして、しずくを拭ってふうとため息をつき、僕の肩に頭をあずけた。  
 
 あの日、彗星が流れた。とても大きな彗星だった。  
みんな寒いなかを大切な誰かと出かけて、みんなで驚きを、感動を、確かめあった。  
そのときは悲しみも、嘆きも、何もなかった。  
 彗星の尻尾にはウィルスがいた。  
彗星はそのウィルスを地球中にばらまいて、また遠い旅路へと戻っていった。  
ウィルスは地球上の人間たちをみんな動物の姿へと変えていった。  
あっと言う間で、驚く時間も、慌てふためく時間もなかった。  
 ほとんどの人は、体がその変化に耐えられずに死んでいった。  
のこりのわずかな人でも、人間の心を野生の本能に壊されて、本当の獣になってしまった。  
本当にわずかな、一握りよりもずっとずっと少ない人たちだけが、獣とも人ともどちらともとれない姿になって生き残った。  
 あの日、たしかあの日も満月だった。  
月の元で黒い毛が生えている間に母さんが、手足が大きくなっていく間に父さんが、目の前でめきめきと、ごりごりと体を変えられて、動かなくなった。  
妹も、僕が尻尾の生える感覚に耐えている間に、完全に四つ足のけものになり変わって、どこかへ消えてしまった。  
最後に顔が伸びて変身が終わったとき、辺りには黒豹と人間の合いの子の体になった僕以外、ヒトはいなくなってしまった。  
 たっぷりと一人で悲しんでから、旅に出た。  
彼女と出会ったのは、それから何十度目かの三日月の夜だった。  
僕らは奇跡を喜び合い、そしてまた次の奇跡を信じながらひたすら道しるべのない旅を続けた。  
 何度夕暮れを見ただろうか。  
何度満月を見ただろうか。  
何度雪解けを見ただろうか。  
何度月が太陽が欠けるのを見ただろうか。  
どれだけ経っても、僕らの進む先に仲間が現れることはなかった。  
それでも、僕らはあきらめるわけにはいかなかった。  
種の存続、ただそれだけが僕らの原動力だった。  
 
 月を見つめていると、ふいに彼女の頭が離れた。  
僕の目の前にぬうと現れると、そっと自分の口を僕のそれに重ねる。  
僕のざらざらした舌と、彼女の柔らかい舌とが触れ合た。  
互いに徐々にあごを開けて、さらに距離を縮める。  
木が一斗缶の中ではぜる音に、くぐもった声と水音が混じる。  
味を確かめ合い、口を離した。僕と彼女の間で銀色に橋が架かり、ちぎれ落ちた。  
 銀色の獣毛で覆われた首筋にまでこぼれた露を、舌で掬いとる。  
僕の舌のざらざらが浮き出た血管の上を走ると、こらえるように彼女がうめき声をあげる。  
その声を聞いてわき出た加虐心の加虐心のままに、口を上へと滑らせていき、白くふわふわした耳を食む。  
右手で胸のあたりをまさぐり、獣毛に埋もれ堅くなった頂点を指先でつまむ。  
くりくりと刺激すると、そのたび彼女は声をこらえながら、体をびくびくと弾けさせた。  
 
 しばらく乳房を弄んだ後手を離し、再び彼女と向き合う。  
彼女の瞳に満月が映り、それをしばらく見つめていた。  
そして抱き合い、再び舌と舌とを絡ませ合う。  
唾液を、吐息を味わう。  
左手で彼女を抱き抱える。  
右手を下へと運び、ふにふにと柔らかい割れ目に指を入れる。  
すでにそこは暖かいとろみでふやけていたので、すんなりと指の進入を許した。  
入れた瞬間、彼女の顔に表れていた恥じらいが、よりはっきりしたものになったようだ。  
肉球でその密の沼をかき混ぜる。  
指が熱い肉にふれる度、口づけの深さと密の量が増していく。  
手のひらにまで液が垂れたとき、僕は指と口を離した。  
 
 僕は瞳で合図し、雄の器官を雌の蕾へあてがった。  
こぼれるほどの潤いを得たそこに先端が当たると、頭がじいんと痺れるような快感に襲われる。  
しばらく粘膜部に先端をすり付けて、その快感をむさぼる。  
ぼくが動く度に彼女がびくびくと蠢き、さらに脳髄を焦がす。  
彼女の僕を呼ぶ声が、理性を削っていく。  
これ以上は我慢ができそうになかった。  
 力を入れて少しずつ、彼女の中へと押し進んでいった。  
手と手を握り合い、襲いくるであろう波に備える。  
進度を増す度に包まれる場所が増えて、快感も倍増していく。  
ゆっくりと進んでいかないと、直ぐに果ててしまいそうだった。  
すべて収まりきってから、いったん呼吸を整える。  
 肉棒を抜きはじめる。  
柔らかな肉が先端の溝に絡みついてくる。  
握り合う手にも力が入る。  
その心地よさに、耳が折れ、しっぽも内側へと曲がってしまう。  
そのしっぽを彼女のものと絡ませ合い、全身でその感覚を味わう。  
 時間がたつにつれ抜き差しの間隔が短くなる。  
ぱちゅんぱちゅんと妖しげな音が鳴り響き、さらに僕らの理性を本能へと変えていった。  
なにも考えられない。  
すべての動きが、ただ快感という名の花の密を吸うためだけにあった。  
すべての感覚で、密の味を味わった。  
なにか熱く、やわらかな塊が胸と下半身で育っていき、爆発しそうになる。  
僕が勢いよく腰を打ちつけたとき、彼女がくぅと張りつめた声をあげながら、体をびくんびくんと脈動させて果てた。  
その刺激で僕の中の熱い塊はやわらかいまま破裂し、頭を真っ白に染めあげた。  
真っ白に染めあげられ、なにも見えなくなった僕を、今までで一番の快感が僕を襲う。  
快感のままに僕は白い欲望を吐き出し続けた。  
一回、二回、三回と吐き出すと、頭の中がもう本当になにもかもなくなってしまって、僕は気を失った。  
 
 
 太陽の光で目が覚める。  
たき火はすでに消えてしまっていて、煙さえ見えなかった。  
彼女の白い獣毛の感覚を味わいながら体を起こすと、僕と彼女の繋がりが解けて、とたんにどろどろと液体が流れ出す。  
手で彼女の体に付いたそれをぬぐい取り、すやすやと眠る彼女の頬に軽く口づけをした。  
 きれいに輝く空を見ながら、僕は考えていた。  
果たして、この先僕と彼女以外に仲間は見つかるだろうか。  
僕と彼女の愛が、実る日は来るだろうか。  
二巡三巡したところで彼女は目覚めたようで、昨日と同じように僕の肩に頭を乗せていた。  
ふたりで一緒に青く変わっていく空を見ていたら、今までの考えなどどうでもよくなってくる。  
彼女と一緒にいれたなら、もうそれだけでいい。  
仲間に会えなくても。  
僕らがこの星で最後の二人になってしまったとしても。  
彼女と一緒にいる、この時間以上に大事なものなど、あるはずがないのだから。  
 
 
おわり  
 

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