しかし彼女らが『すごい』という言葉で形容される理由の大半はそこではない。それは  
偏に彼女らの特異な言動(こちらには悪いニュアンスが含まれる)に起因している。  
 それだけならいい。  
 別に近所に『なんかすごい姉妹』がいるというだけの話なら俺だって面白おかしく相槌  
が打てる。  
 問題はこの二人が、場合によっては『姉妹』ではなく『姉弟』になるという点だ。  
 つまるところこの二人――俺の姉なのだ。  
 
 
 
 すごい姉妹とは言っても二人ともが同じようにすごいわけではない。それぞれがそれ  
ぞれに『すごい』。そして……言ってみれば『ひどい』。  
 まずは姉妹の姉の方。同時に姉弟の姉の方でもある。楠美空。  
 楠家のリビングで片腕倒立している生物がいたならそれが楠美空である。  
 上の姉ちゃん。アホの方の楠姉妹。でかい方、体力バカの方と言ってもいい。  
 椅子に座っている俺から見ると姉ちゃんの尻が目の前にあるというとてつもない状況  
になっている。しかもパンツ.。ちなみに上はシャツ一枚。姉ちゃんが逆立ちしている理由  
は知らない。どうせろくでもない理由というのはわかっている。髪を短く切っているのは気  
兼ね無く倒立するためなのだろうか……長いと地面についちゃうから。  
 アホの上に体力バカである彼女の頭の悪さは止まらない。リビングで倒立しているくらい  
ならいいが、理不尽な先輩や不良と喧嘩したなんてことはザラである。しかもその全ての  
事例において彼女はボコボコにする側なのだからタチが悪い。  
 つまるところ、子供みたいなものなのだ。テキトーに流すということができない。悪いのは  
頭というよりは要領。ブレーキが無い上に急発進急加速(加えて言うなら最高速度も半端  
じゃない)のモンスターマシン。それが美空お姉ちゃんだ。  
 そしてもう一人はテーブルを挟んで俺の向かいに座り本を読んでいる。楠七海(ななみ)。  
 下のお姉ちゃん。クールな方。知的な方。ちっちゃい――いや、こういう欺瞞に満ちた言  
い方はやめよう。お姉ちゃんは、少なくとも全体的な体格は決してちっちゃくはない。ちっち  
ゃいのは一点、おっぱいだけだ。つまりぺたんこの方、と言うのが正しい。付け足すと美空  
姉ちゃんの『でかい』という形容にはそういう意味も含まれている。  
 クールで知的で読書好きと言うとなんだか大人しめの女の子を想像されるかもしれない  
が、それは間違いだ。  
 彼女は常にクールで知的。怒る時もクールで知的。冷静なままブチ切れる。  
 感情のまま暴れ回る美空姉ちゃんの方が幾分かマシだ。あっちは嵐のようなもので、台  
風一過、すっきりした後はむしろいつもより機嫌がいい。  
 七海お姉ちゃんは一言でいうなら『ひどい』。酷くて非道くてひどい。なまじ冷静なものだ  
からその怒りは止まるところを知らない。熱しやすいくせに冷めにくい。  
 吊り目できつめの顔に肩口で切り揃えた金髪がやけに似合っているものだから一部では  
『怖い人』とまで言われているらしい。  
 しかし彼女は危険だが怖くはない。敵対する者には本当に容赦無いが、基本的には相手  
に非がある時しか怒らない。こちらが悪いことをしなければ無害なのだ。  
 怒らせたら怖いけど。怖いなんてもんじゃないけど。  
 
 
 
 さて……かなり人格が破綻している二人だが、それでも俺の姉なわけで、いざという時に  
は頼りになる存在なのだ。  
 今回もまた二人を頼りたいのだが、問題は――  
 美空姉ちゃんか七海お姉ちゃん、一体どちらを頼ればいいのかということである。  
 
 
 少し悩んで、美空姉ちゃんを頼ることにした。  
 こういう話はシンプルな思考回路をしている方が向いている気がする。  
「姉ちゃん、ちょっと話があるんだけど」  
 目の前のお尻に話かけると、返事は下方から来た。  
「んあー、なに? 一緒にやりたい?」  
 やりたくないしできない。張りのあるメゾソプラノの声を無視して話を続ける。  
「ちょっと話があるんだけど」  
 言って二階を指差すと、美空姉ちゃんは片腕倒立の姿勢から片腕の力だけでジャンプ。今度  
は日本の足で立つ。たいしたもんだ。  
 美空姉ちゃんは前述の通り女性にしてはかなり背が高い。ついでに言うとボインちゃん。俺  
よりも背が高いのでなるべく近くに立ちたくはないので、離れ――  
「うっし行くぞ! どっち? あたしの部屋? 大地の部屋?」  
 離れようとした矢先にひょいと担ぎ上げられお姫様抱っこされてしまう。ちなみに俺の体重  
は60キロ。普通に考えて軽く持ち上げられる重さではないはずなのだが……  
「っていうかやめて! 恥ずかしいからやめて! 逆だろ逆! 俺が姉ちゃんを――」  
「あははー、大地照れてる! 可愛いなあ!」  
 はっはっは、と豪快に笑う大女に拉致される俺。ちなみに大地というのは俺の名前だ。三人  
揃って陸海空。安易なネーミングである。  
 
 豪快な性格の姉ちゃんだが自分の部屋を豪快に散らかしたりなんてことはしない。理由はふ  
たつ。第一に散らかせるほど物が無い。ゲームは俺の部屋でやってるし、本は漫画以外ほとん  
ど読まない。きっとファッション雑誌を『弱そうな人間が立っている』としか認識できないのだろう。  
そんな彼女の普段着は男物のシャツやパーカーにジーンズ、もしくはジャージ。部屋着は下着。  
かろうじて漫画を読める程度の知能はあるみたいだが、読むのは少年漫画ばっかり。俺の代わ  
りに少女漫画を買ってきてくれたりはしないのだ。ついでに言うと高校三年になった今でも『グラ  
ップラー刃牙』の技をひそかに練習中である。さすがに自分が傷つくマッハパンチは諦めている  
ようだが……  
 もう一つの理由。散らかっていると暴れられない。泳ぐのをやめたら死ぬ魚みたいなもので、  
彼女は暴れていないと死んでしまう病なのだ。さすがに一目を気にするのか上記の漫画の技の  
練習は全て自室で行っている。  
 そんな理由ですっきりした部屋に二人。俺と美空姉ちゃんは向かい合って座っている。  
「話ってなーに?」  
 なんだかやけに楽しそうな美空姉ちゃん。大きな目がきらきら輝いている。  
 俺を抱えて階段を駆け上ったというのにまったく息が乱れていないのはさすがというべきか。  
「いや、あのさ」  
 鼻の頭を掻く。どうにもこういうことは聞きづらい。が、他に頼るあてもない。意を決して言う。  
「――女の子の告白を断るの、ってどうすればいいのかな?」  
「はい?」  
「なるべく傷つけないように」  
 美空姉ちゃんは突如立ち上がり、ベッドに飛び乗った。  
 かと思えば反動を利用して後方に宙返り、元の位置に戻る。何がしたいんだ。  
「うっそだぁあああ、聞いてないよそんなの……うわああ、やられた」  
 今度はぶつぶつと呟きながらその場でごろごろと転がる。深刻な病気じゃなければいいけど。  
 っていうか俺の方から見るとケツ振ってるようにしか見えないんだが、それでいいのか姉ちゃ  
ん? 俺は一向に構わんが。  
 転げ回って憑き物が落ちたのか再び座り直した美空姉ちゃんが言った。  
「そういうのは、すっぱりきっぱり断るのが一番。返事引き延ばしたり曖昧にしちゃ駄目だよ!」  
 ありがちな返事だけどね、と姉ちゃんは付け加える。  
「やっぱり、そうだよなあ」  
「そうそう。大地に付き合う気が無いなら尚更だよ……あ、そうか、大地には付き合うつもりは  
ないのか。じゃああたしが困ること無いじゃん。ばっかだなーもう!」  
「あん?」  
 
「告白されたの、俺じゃねえよ?」  
「ふへっ!?」  
 いや、驚くようなことじゃないだろう。残念ながら俺は生まれてこの方そういう浮ついた話とは  
全く縁が無いのだ。何故なのか真剣に考えるとマジでへこみそうだから考えないようにしてる  
が。顔は悪くないはずなのだ。上の二人――身内贔屓無しでけえこうな美人だと思う――と同  
じ遺伝子を持っているだけあって悪くはないはずだ。だとすると性格なのだろうか……おかしい  
な、コミュニケーション能力に乏しいってわけでもないと思うんだが……いや、やめよう。本当に  
やめよう。  
「えー! 何それ、冗談じゃないっての! あたし馬鹿みたいじゃん!」  
 悪いけど『みたい』じゃないよ姉ちゃん。  
「いや友達から相談されたんだけどさ、そんなの俺だって知らねえよ、ってことで姉ちゃんを頼  
ってみたんだけど」  
「はー、なるほど。あんたもお人よしだねー。ま、そんな大地が大好きさー」  
 言って俺の手を握る姉ちゃん。  
 て、照れるぜ……  
「あーあ、なんか気ぃ抜けたら疲れちった。寝よっ」  
 まだ八時なんだけど……まあ夕食後の片腕倒立から始まりあれだけ暴れたら疲れるか。  
 
「じゃ、おやすみ。俺は――おぉう!?」  
 ぐるりと視界が回る。俺の身体が、浮いていた。  
 いや、投げられたのだ。座った姿勢から握られた手だけを頼りに床からぶっこ抜かれたので  
ある。俺の身体を受け止めたベッドが悲しげな悲鳴を上げた。憐れ。  
「疲れた疲れた、寝るぞー!」  
 突然の出来事に動けずにいる俺の隣に姉ちゃん乱入。手際よく明かりも消される。  
「ちょ、ちょっと待ってよ、何だよこの――」  
 姉ちゃんの指先がそっと俺の唇に触れる。  
「寝る時は静かにしましょう」  
 悪戯っぽい笑顔に何も言えなくなってしまう。  
「今日だけだよ……」  
 高校生にもなって姉ちゃんと一緒に寝るのかよ。やれやれ。  
 でも――そう言えば昔はよく姉ちゃんと一緒に寝てたっけ。姉ちゃんもその頃のことを思い  
出したらしく、  
「久しぶりだねー一緒に寝るの。懐かしい」  
 と言ってくすくす笑った。  
 とは言っても、一緒に寝ていたのは小学生の時のことで、当然その頃とは違うわけで。  
 
 具体的に言うと体つきとか。限定的に言うと胸とか。  
 ショートカットの黒髪から漂う香りとか。  
 その上、姉ちゃんは何を血迷ったのか俺に抱きついてきている。身体が密着してふにふにの  
ぱふぱふである。  
 勘弁してくれ……  
「ねえ大地」  
「はいっ!」  
 ソフトな感触に何もかも忘れかけていたせいで必要以上にでかい声が出てしまった。情けない。  
「もし、もしもの話だけど……あんたが告白されてたらどうしたの?」  
「俺が?」  
 俺が告白されていたら……正直なところ想像もつかない  
「……わからねえ」  
「そっか……」  
 小さな声だった。いつもの姉ちゃんとはかけ離れた。  
 すぐ近くに居るのに、真っ暗な部屋では彼女の表情も読み取れない。  
「ねえ大地……」  
 だから。  
「静かに……じっとしててね」  
 ――彼女がどんな表情でそう言ったのかも、俺にはわからなかった。  
 
 最初、何が起こっているのかわからなかった。  
 何か暖かいものが唇に触れて、とても驚いたのに何故か動けずにいて、その隙に俺の唇を割って  
ぬらぬらとした何かが口内に侵入してきた。  
 姉ちゃんの舌だ。  
 理解すると同時に頭がぼぅっと痺れる。  
 俺の舌に絡んで、歯茎を舐められ、唾液がぐちゅぐちゅに絡みあって。  
 微かな水音を残して二人の唇が離れる。  
「ちゅーするのも、久しぶりだね」  
 彼女は言った。  
 久しぶりじゃあない。初めてだ。  
 子供のころに軽く唇で触れるようなキスをしたことはあるけど、こんな情熱的で官能的で刺  
激的なキスは初めてだった。  
「一緒に寝るのも久しぶり。ちゅーも久しぶり。でも、ここから先は――初めてだよね」  
 
 そう言って姉ちゃんは俺の、いきり立つ股間に触れた。  
 何を……何をしてるんだよ。  
 止めなくちゃ、止まらなくちゃ。  
 そうしなきゃいけない、のに。  
 動けない。声も出ない。  
「コーフンしてるんだ、大地……あたしもだよ」  
 ゆっくりと掌で慈しむように俺の一物を擦る美空姉ちゃんは俺の顔に自らの乳房を押しつけ  
てきた。興奮している……豊かな膨らみの向こうから伝わってくる心音がそれを教えてくれた。  
 彼女の鼓動は今にも心臓が破裂しそうなほど強かった。そして、おそらくそれは俺も同じだ。  
 するりと俺のズポンが下ろされる。抵抗はできなかった。しなかっただけなのかもしれない。  
俺を仰向けにする美空姉ちゃんの手にも同じようにされるがままだった。  
 そして姉ちゃんは、ゆっくり俺の上にまたがって。  
 ――今まで味わったことのない感触が亀頭に触れる。  
「……っ」  
 本当に小さくか細い姉ちゃんの声。何を言っているのかもわからない。  
 その言葉を最後に、夜が明けるまで何も喋らなかった。  
 
 
 
「ぁ……んっ……」  
 姉ちゃんの荒い息遣い。せわしない鼓動。軋むベッド。打ちつけられる肌と肌。  
 そう大きくない音なのにうるさいくらい響いて。  
 柔らかいのと熱いのとで、俺の頭はぐちゃぐちゃになっていた。  
 なんで姉ちゃんとこんなことになっているのか……そんな疑問は快感の波にさらわれてい  
ってしまった。もう何も考えられない。ただ、美空姉ちゃんの温もりを求めるだけだった。  
 姉ちゃんが、あの姉ちゃんが。  
 いつも元気で子供っぽくて底抜けに明るい姉ちゃんが――今、俺の上で腰を振っている。  
 抱きしめた身体は、がっしりしてると思っていたのに、驚くほど柔らかかった。  
 このまま俺の身体をすっぽり飲み込んで融けてしまうんじゃないかと思うほど。  
「はぁ、はぁ、ふっ……」  
 姉ちゃんの息遣いが切羽詰まった余裕の無いものになっていく。  
 絶頂が近いのだ。  
 俺も、もうそろそろ……  
 お互いを求め合う動きはより一層激しさを増して、さらなる高みへ押し上げられていく。  
 そして――  
「んくっ!」  
 俺を抱きしめて美空姉ちゃんがぶるっと身体を震わせた。  
 それと同時に俺は、彼女の胎内に迸る情熱を叩きつけていた。  
「はぁ、ふぅ……はぁ」  
 姉ちゃんの吐息が顔にかかる。余韻が完全に消えてしまうまでずっと、その体勢のまま俺達  
は抱き合っていた。  
 興奮が冷めていくに従って、俺の中で今さら疑問と後悔と罪悪感が目を覚ましていく。  
 
 俺は、とんでもないことをしてしまった。  
 

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