気晴しに、恋文を書いてみた。
『見慣れし日本の空の下、嗚呼、何処かに、未だ見ぬ憧れの乙女』
宛名は空白だ。
現世の婦人に宛てた手紙ではない、空想の恋文で、書いても出す当ては無い。
書き上げて、白封筒に入れた途端、淋しさを覚え、燃やしてしまおうと思ったが。
百葉箱へ入れたのは、空瓶に詰めて流すのと同じ、浪漫的心情の産物だった。
翌日の朝、百葉箱の近くを通り掛ったら、桜色の封筒が入っているのが見える。
『学校の者です…… お手紙、拝見して、すてきな気分になりました』
と書かれた便箋から、花の香が漂ったので、物好きな女学生だ、と呟いてみた。
『名も知れぬ男に、返信を下さるとは、貴女も大概、酔狂な方ですね』
と書いて、百葉箱の中へ入れておいたら、翌日再び、桜色の封筒が入っている。
『よくってよ、しらないわ…… お話してみたいと思っただけですのに』
結局は、少女との風変りな文通が始まった。
『当世の学校は、男子に関ったりするのを、厳しく咎めないのですね』
『一応は、講話もありましたの…… 男のかたとは、言葉も交わすな』
『先生の言い付けに背くなんて、貴女は大変な不良少女に違いない』
『いやだわ、ひどいことおっしゃって…… 人のことが言えるのかしら』
軽い調子で、遣り取りをしている内に、次第に艶めいて、正常で居られなくなる。
『近頃、貴女を想うと、妙なことばかり浮んで、穢れたような気がする』
『そんな…… 汚れているのはお互いで、いけないことばかりを……』
『願わくは、貴女へ飛び込んで、貴女を滅茶苦茶にしてしまいたいが』
『ああ…… ああ、どうぞ、この身を、めちゃめちゃにしてくださいませ』
『白昼夢のような一瞬の、甘美な衝撃と、燃え盛る炎が、目に浮ぶよ』
『炎にからだが溶け去るようで、ああ…… どうなってしまうのでしょう』
『今や貴女と一体になって、綾目も付かずに、襲い来る波に浚われる』
『沈むように、浮くように、遠いどこかへ、連れ去られてしまいそう……』
命令が下った。
『もう、すぐに行くよ』
『共に…… いきたい』
行きたい、と言ってくれるのは嬉しいが、遊びではないから、一緒には行けない。
借りていた教室を引き払う前に、溜め込んだ少女からの手紙は、全て燃やした。
プロペラが回る。
少女の身体ではなく、冷たい爆弾を抱いて、明日の今頃は、太平洋の上だろう。