「恋人よ」  
「何? 哀れな妄想家さん」  
「私は夢を見た。遠い昔の高校時代の夢だ」  
「時間軸三点が成立していない人物に、認識可能な過去があったとは知らなかったわ」  
「登場人物は、三人いてね。由美ちゃん、尚ちゃん、そして雪子ちゃんだ」  
「その女子三名が、あなたの人格形成にどう影響を及ぼしたのかしら?」  
「舞台は学校の体育館だ。用具室に来い――そういう手紙を受け取って私は現れた」  
「現実に起こり得るとすれば、リンチに遭う時でしょうね」  
「扉を開けると、彼女たち三人が吊るされていてね。裸で、だ」  
「それは性的欲求の具現――内面を表しているという訳?」  
「確かに、三人はクラスで上から順に数えるに等しいセックスシンボルだった。…話を戻そう。そしてその下には、ぐつぐつと煮え立った大釜」  
「釜茹で、ね。美学としてはやや古風」  
「そして私の目の前にジャグラーが現れた。ピエロのような、ジャグラーだ」  
「ジャグラーのようなピエロとも取れるわ」  
「なるほど、しかしピエロかジャグラーか判別をつかなくさせて私を惑わそうとするなら、その性根はジャグラーだ」  
「そして踊らされるのがピエロ。ならば、あなたはそっちね」  
「さて、ジャグラーは私に言う。”お前はこの三人の娘の中から、一人だけ助ける権利を持っている。そして選ばれなかった者はこの釜の中に落ち、命を落とす”」  
「他人の運命を変える権利を与えられるなんて、夢にしても素晴らしい話だわ」  
「君ならこの判断、どうする?」  
「周辺情報が少ないから判断しかねるわね。行使に制限がなければ、放っておくのも悪くない」  
「…私はまず、左の由美ちゃんの前に立った。彼女はこう言う。”助けて、死ぬのは嫌。助けてくれたら何でもする”」  
「この子は頭が悪いわね。窮地で自分を安く売り抜けようなんて、男を無意識下で蔑んでいるのかしら」  
「次に真ん中の尚ちゃんの前に立った。彼女はこう言う。”選ばなければあなたを恨むわ。私を見殺しにするつもり?”」  
「この子とは一定の間柄だったことは窺えるけど、人の良心に漬け込むやり方は、この場面で賢明とは言えないわ」  
「最後に右の雪子ちゃんの前に立った。彼女はこう言う。”好きにしてよ。私は良い子にも悪い子にもなりたくない”」  
「心弱き者は生き残れないのが世の掟。潔いと傍観するには良いけど、憐んで助けるのは安直な考えと言えそうね」  
「…では、君がもし吊るされている側なら何と言う?」  
「さあ? 黙って運命にでも身を任せてみるかしら。そもそも、無意味な仮定ね。釜に落ちない子が”助かる”とは限らないもの」  
「それが最良の選択とは、思っていないだろう」  
「勿論そのつもり」  
「私が誰を選んだか、聞きたいか?」  
「参考程度に」  
「…雪子ちゃんだ」  
「へぇ」  
「理由は……彼女が一番好みのタイプだった――そんなところだ」  
「下らない妄想をありがとう」  
「…で、残る二人は想像通り、死んだ。私はとりあえず雪子ちゃんを抱き、それから後は好きにしろ、と囁いた」  
「さぞかし良い思いをしたんでしょうね、あなたは」  
「現実では手の届かなかった体だ、存分に味わったとも。三人の中では、三番目のセックスシンボルだったが」  
「高望みせず、庶民的ね。ただ、ありふれた考え方――で?」  
「一人生き残った罪悪感に耐えられなかったのか、目を離すとすぐに自殺したよ。今思えば、最良の選択だったようだ」  
「本当ね。センスの良い夢を満喫出来るあなたが羨ましいわ」  
 
「――もうこんな時間ね」  
「帰るのか?」  
「ええ。次会うのは十年後か、それとも二十年前か」  
「…次、という言葉は便利なものだ」  
「そうね。それじゃ、また」  
「おやすみ、恋人よ」  
「おやすみなさい、哀れな…ピエロさん」  
 

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