「悪戯……だよなぁ……」  
俺は手に持った1枚の紙を、夕日にかざすようにして目の前に持ち上げた。  
飾り気のない白い便箋。  
今朝、いつものようにギリギリの時刻に登校した俺は、自分の下駄箱でこれを発見した。  
そこに書かれているのはたった一文。  
「『放課後、屋上に来てください』、か……」  
差出人の名前はなく、印刷された文字からは書き手の性別を推測することもできない。  
とりあえず友人の中でこんなことをしそうなヤツらには、休み時間を使ってそれなりに探りを入れてみたが手応えなし。  
上手くとぼけられたのか、それともこれはあいつらの悪戯ではなく本気の手紙なのか。  
「やっぱり悪戯か」  
念の為来てみたが、校門の方では部活を終えた連中がぞろぞろ帰りはじめる時間になっても、一向に誰かが現れる気配はなかった。  
たぶんこの悪戯の仕掛け主は、こうやって待ちぼうけを食っている俺をどこかから見て笑っているんだろう。  
その事には多少腹が立つが、その一方で俺はこの手紙が悪戯であったことに大きな安堵も得ていた。  
そもそも俺がこの手紙を無視しなかったのは、万一これが本物だった場合、きちんと断らなければ相手に対して失礼だと思ったからだ。  
これは言い訳でもなんでもなく、浮かれた気持ちなんて今日一日欠片も感じることはなかった。  
そう、たとえこの手紙が本物で、そしてその差出人が誰であっても俺は断る以外の選択肢を持っていない。  
もちろん俺だって健康な高校生なわけで異性には興味があるし、そもそも好きな相手というのもいるにはいる。  
幼い頃はずっと一緒にいて、けれど今ではすっかり疎遠になってしまった幼馴染の姿が一瞬だけ頭に浮かび、俺はそれを急いで振り払った。  
ありえないことだが、たとえこの手紙の差出人がその相手だったとしても俺は――  
「帰るか……」  
考えていても暗い方向に行くだけの思考を無理矢理中断させるように呟き、俺は振り返った。  
そして屋上の入り口に向かって歩き出そうとしたとき、まるでそのタイミングを狙っていたかのように扉がゆっくりと動き始めた。  
 
「理香……」  
その少し動かすだけでギシギシと軋んだ音を立てる扉の影から現れた相手を見て、俺は息を呑んだ。  
さっき俺が頭の中で思い描いた相手が、屋上の強い風に巻き上げられないよう肩に届くくらいの髪とスカートの裾を押さえながらそこにいた。  
ちょうど俺が夕日を背にしているせいか、理香は眩しそうに目を細めながらこちらを見ている。  
「雄太、ごめんね遅くなって」  
聞き慣れた声。  
だがこうやって直接話すのはいつ以来だろう。  
そしてその言葉は俺をここに呼んだ相手が他ならぬ理香であること雄弁に物語っていた。  
「久しぶり、だよね。こうやって話すの」  
同じことを思ったのか、理香は少しはにかんだように笑う。  
数年分の空白などなかったかのような自然な仕草。  
それでも、その一見自然な理香の態度が無理をしているものであるとわかってしまうのは、ここ数年のブランクを考慮してもなお十分なほど同じ時を過ごしていたからだろうか。  
その顔がいつもより赤くなっていることは、夕日の色に支配されたこの屋上でもはっきりとわかった。  
「あの、ちゃんと聞こえてる、よね?」  
最初の一言以来反応のない俺を不審に思ったのだろうか。  
その問いかけが合図になったように、ようやく俺は口を開くことができた。  
「あ、ああ……理香、これ、お前なのか……?」  
緊張のせいでカラカラに乾いた喉から絞り出した声は自分でもわかるくらいかすれていたが、それでも間違いなく理香の耳へと届いたようだ。  
理香は一層顔を赤くして、こちらを真っ直ぐ見つめていた視線を下ろした。  
「……う、うん。ごめん、いきなりで驚いたよね?」  
視線を下げたままそう言い、だが次の瞬間、再び俺は理香の視線に正面から射抜かれていた。  
「だいぶ待たせちゃったから、ちゃんと、言うね」  
今やその声は俺以上に上擦っていて、胸の前に寄せられた手も小さく震えていた。  
それでも、それをむりやり押さえつけるように1つ深呼吸をして、理香は決定的な言葉を放つ。  
「ずっと前から雄太のことが好きでした。私と付き合って下さい」  
 
家がすぐそばで同い年だったこともあって、幼い頃は寝るとき以外常に一緒にいたと言っても過言ではない。  
ただ、ある時を境に俺達は一気に疎遠になった。  
正確に言えば、俺が理香に避けられるようになったのだ。  
そしてその原因は俺にあったから、俺もそれを受け入れた。  
その頃には既に自覚していた気持ちを心の奥に押し隠して。  
なのに。  
その幼馴染は今俺の目の前で自分の気持ちを伝え、その答えを待っている。  
その事実に俺は封印したはずの想いを衝動的に解放しそうになり、それでもすんでのところでそれを押し止めた。  
「……悪い」  
文字通り絞り出すようにして俺はそれだけを言い、今度は俺の方から視線を逸らした。  
「……他に、好きな人、いるの?」  
その声は哀れなほど震えを帯びていて俺の胸を締めつける。  
視線を外していても、彼女の瞳にたまった溢れんばかりの涙が想像できた。  
「いや、そういうわけじゃない」  
反射的にそう言ってしまってから後悔した。  
嘘でもいいから他に好きな相手がいるといえば、これ以上傷つけることもなかったかもしれないのに。  
「じ、じゃあ、あのさ、試しに付き合ってみるって駄目かな? 私達幼馴染だし、いきなり恋人同士って言われても雄太もピンとこないかもしれないけど、でも――」  
「そういう問題じゃないんだ」  
案の定わずかな希望にすがるように矢継ぎ早に並べられた言葉を断腸の思いで遮った。  
そして訪れた長い沈黙の後、  
「……私、そんなに魅力ないかな?」  
理香の中で張り詰めていた何かが切れたように、その声は力を失っていた。  
それと同時に彼女の足元に小さな染みが生まれ、それはみるみる内に数を増やしていく。  
「違うんだ、理香が悪いわけじゃない。理香は可愛いと思うしそれに」  
「じゃあ、どうして? いまさらそんな事言われても惨めになるだけだよ……」  
これ以上黙っていられなかった。  
本当のことを隠したままで今の理香を納得させることはできないと悟った俺は、もう1度視線を上げた。  
そこには涙でグシャグシャになった理香の顔がある。  
俺はちょうどさっきの理香のように1度だけ深呼吸をすると、ずっと隠し続けてきた事実を告げた。  
「俺は、人間じゃないんだ」  
 
「……ぇ?」  
理香がわずかに目を見開く。  
「なに、それ? 止めてよ、こんなときにそんな冗談言うの。もしかして私の言った事も冗談だと思ってるの?」  
当たり前のことだが、理香は全く信じていないようだった。  
だから俺はその証拠を見せるために腕に意識を集中させた。  
すぐに反応が返ってくる。  
半袖のカッターシャツから出た腕の、その皮膚の下で何か別のものが蠢くような不快感。  
次の瞬間、俺の両腕はそれぞれ真っ黒な5本の触手状にほどけていた。  
その瞬間不快感が逆転し、射精感にも似た快感が全身を駆け巡る。  
これを感じるたびに、普段は窮屈な人の皮を被っているだけで、この姿こそが自分の本当の姿だと思い知らされてしまう。  
理香はこの異形の姿に声も出ないのか、さっきよりもさらに大きく目を見開いて固まっていた。  
覚悟していたこととはいえ、その視線が心に突き刺さってくる。  
「これでわかっただろ。普段はこうやって自分で制御できるけど、気持ちが昂ぶるとそれすらできなくなるんだ。だから俺は誰かと付き合うことなんてできない」  
「で、でも、子どもの頃は……」  
「あの頃は自分でも知らなかったんだ。自分がこんなだなんて。信じてはもらえないかもしれないけど、あの頃は隠していたわけじゃない」  
初めて俺の腕が変化したのは、これの機能とも関係あるのだろうが、精通を迎えたときだった。  
そして理香と疎遠になったのはそのすぐ後のことだ。  
まだ自分が普通の人間だと信じて疑わなかった頃、いやそもそもそんなことに疑問すら抱かなかった頃の記憶は俺の中でも最も輝いているものだった。  
だから勝手な願いだとはわかっていても、それを共有してくれている存在を失いたくはなかった。  
俺は言い訳するようにそれだけを言って腕を戻し、理香に背を向けた。  
理香はすぐに逃げていく。  
そう確信し、ただその背中を見ることには耐えられそうになかった。  
 
背後で足音が生まれる。  
だがその足音は予想に反して徐々に大きくなってくる。  
俺が自分の耳を疑った次の瞬間、背後から勢いよく抱きつかれていた。  
細い腕が脇の下から回され、身長差のせいでちょうど俺のうなじを理香の髪がくすぐる。  
背中にあたる柔らかな膨らみと、わずかに香る異性の体臭を意識したせいで腕が意思に反して本性を現そうとしたのを慌てて押さえ込んだ。  
「バカ、止めろって。こんなことしたら」  
急いで理香の腕を解こうとするが、この細い腕のどこにそこまでの力があるのか、しっかり組み合わさった両手は決して離れようとしない。  
「ごめん……」  
理香は俺の襟首に顔を押しつけたままそう呟いた。  
「バカ、なに謝って……」  
「驚いてごめんね。でも大丈夫だから」  
「大丈夫って……」  
わずかな沈黙、そして、  
「私、雄太のこれ見るの初めてじゃないよね?」  
その言葉に俺は雷に撃たれたように体を硬直させた。  
「お前……思い出したのか……」  
震える声で俺は尋ねる。  
押し付けられたままの理香の頭が上下に動いたのが感じられた。  
「うん。どうして忘れてたんだろう? ごめんね」  
そのごめんは忘れていたことに対するものなのか、それともさっき俺の姿に驚いてしまったことに対するものなのか、たぶん両方なんだろう。  
ただ少なくとも前者に関しての謝罪は筋違いなものだった。  
なぜならそれは理香が忘れたのではなく、俺が忘れさせたのだから。  
 
正確に言えば、理香の記憶に手を入れたのは俺の母さんだった。  
母さんは純粋な人間でありながら特殊な力が使える、いわゆる超能力者と呼ばれる存在だった。  
そしてこの世界には表には出て来ないものの、確かに人間以上の能力や知性を持つ存在がいる。  
俺の父親はそんな存在だったらしい。  
つまり俺は人間と人間以外のハーフということになる。  
母さんは特に精神干渉系の力が強かったために、人語を解さない相手との交渉や場合によってはその撃退などの仕事をしていた。  
その仕事の中で父さんと出会って恋に落ち、俺が生まれたと聞かされている。  
そしてあの日、初めての変態を経験し、そして母さんから真実を聞かされて部屋に閉じこもった俺の所に理香が現れた。  
追い返そうとする俺をむりやり引きずるようにして外に連れだしたのだ。  
行き先はいつも遊び場にしていた山奥の広場。  
生茂る木々の中でわずかに開けたそこを、俺達は秘密基地なんて言ってお菓子や玩具を持ち込んでいた。  
さすがにもうすぐ中学に上がるというあの頃にはほとんど行かなくなってはいたのだが。  
「どう、少しは気分転換できた?」  
そこでようやく手を離し、数歩分先行して振り向いた理香はそう俺に笑いかけた。  
その笑顔に、俺は自分だけが汚れてしまったようで無性に腹が立った。  
そんな俺の気持ちも知らず理香は「ゆうちゃんとここに来るの久しぶりだよね」などと言いながら後ろ向きのままで歩いていく。  
勝手知ったる自分たちの秘密基地。  
そんな油断があったんだと思う。  
次の瞬間、俺の視界から理香の姿が消えていた。  
 
残されたのはガサガサという落ち葉が擦れ合う音と、その中に紛れてしまいそうなほど小さな理香の悲鳴。  
慌てて理香が直前まで立っていた場所に駆け寄った俺は、そこが急な斜面になっていたことを知った。  
その斜面の1番下に、落ち葉に半ば埋もれた理香の姿がある。  
「理香!」  
大声で呼びかけると理香はのろのろと体を起こした。  
そこで最悪の事態になってないことだけは確認し安堵する。  
「理香、登ってこれるか!」  
「う、うん……っ!」  
立ちあがりかけた理香はその途中で再び座り込んでしまう。  
遠目でも足を押さえたその手のあたりに赤いものが見えた。  
その赤が俺の中の焦りを一気に加速させる。  
自分で助けに行くか、それとも誰かに助けを求めるか。  
斜面には厚く落ち葉が積もっていて、慎重に下りていっても足を滑らせる可能性が高い。  
もし俺まで動けなくなってしまえば、助けが来るのは運が良くても夜中になってしまうだろう。  
一方で、1度山を下りて助けを呼ぶにはそれなりの時間がかかる。  
もうすぐ日が暮れるというのに、怪我をした理香を1人残していくのはあまりにも残酷なように思えた。  
どちらも良策とは思えず途方にくれる俺に、天啓のようにもう1つの選択肢が閃いた。  
だけどそれを選ぶことは――。  
ためらっていた俺の耳が理香の泣き声を捉えた。  
その必死に声を押し殺しているのがありありとわかる泣き声を聞いた瞬間、俺は覚悟を決めていた。  
初めて自分の意思で両腕を触手へと変え、左腕の分をクモの巣のように周囲の木々に巻きつけ体を固定する。  
そして右腕の分の触手を理香に向けて精一杯伸ばした。  
幸いにも触手は驚異的な伸縮性を見せ、ある程度の余裕をもって理香の所まで届いてくれた。  
「理香、掴まれ!」  
その声に反応して理香が顔を上げた。  
そして目の前で蠢く黒い触手に気付いて体を強張らせる。  
「え? なに、これ? ゆうちゃん?」  
そして目の前の触手から斜面の上の俺のほうに視線を移し、その触手が俺の肩から生えていることを知って大きく目を見開いた。  
「理香、引き上げるからとにかくこれに掴まれ!」  
 
「で、でも……」  
ただでさえ怪我をしてパニックになっているところに、さらに追い打ちをかけられる形になったのか、理香は一向に掴まろうとしない。  
これでは埒があかないと思った俺は強硬手段にでることにした。  
「少しだけ我慢しろよ!」  
「え? きゃっ!?」  
伸ばしていた触手を理香の体に巻きつけそのまま引っ張りあげる。  
人の限界を超えた触手の力は予想以上で、自分と同程度の体重の相手を引っ張りあげることにもそれほど苦労はしなかった。  
「ゆ、ゆうちゃん……」  
「すぐ家まで連れてってやるから」  
とりあえず足の怪我がそれほど大きくないことだけ確認すると、俺は腕を戻して理香を背負い、元来た道を走り始める。  
走りながらでも背中で理香が震えているのがわかった。  
あんな姿を見せた俺に背負われているのだから当たり前だと思う。  
それでも今ここで怪我をした理香を運べる人間は俺しかいなかった。  
だから俺は理香の震えを感じながら、それでも走りつづけた。  
「大丈夫、すぐに着くから」  
理香の震えの原因は自分だとわかっていて、それでもただそんな言葉だけを繰り返しながら。  
 
ようやく家にたどりつき、母さんに事情を話して手当てをしてもらうと同時に、理香の中の俺の本当の姿の記憶を封印してもらった。  
自分の身を守りたかったんじゃない。  
言い訳かもしれないが、あんな事を覚えていても理香が辛くなるだけだと思った。  
そして次の日から、理香は俺を避けるようになった。  
もちろんそれは露骨なものではなかったが、積み重なっていけば否が応でもわかってしまう。  
俺の本当の姿そのものは思い出せなくても、心の奥に擦り込まれた恐怖までは拭いきれない。  
だからそれが当然だと思った。  
『ゆうちゃん』と呼ばれたのも、あの山の中が最後だった。  
 
「あの時、雄太が助けてくれたのにお礼も言ってなかったんだよね」  
回された腕にさらに力が込められる。  
「助けてくれてありがとう。すごく遅くなっちゃったけど」  
背中に理香の存在を感じる。  
そのことに、今がまるであの日の続きのような錯覚に陥る。  
「それにあの時の事を思い出したおかげでわかったよ。私の中の好きが変わったのはあの時だって」  
その声は湿ってはいながらも、どこか晴れやかな色を持っていた。  
それに虚を突かれたように俺の体から理香を振りほどこうとする力が緩んだ。  
代わりに浮かんでくるのは疑問。  
「お前、俺のこと怖がってたんじゃ……?」  
その問いに、今度は理香の頭が左右に振られたのが感じられた。  
 
「違うよ。ただ、それまでの幼馴染としての好きと違う何かがあって、でもどうしてそうなったのかがわからなくて。  
そうしたら雄太とどうやって接したらいいのかもわからなくなっちゃって」  
そこで一息分の間があった。  
「時間が経って、ようやくこれが別の好きって気持ちなんだって気付いたときにはもう話しかけることもできないような感じになってた。  
雄太は雄太でなんだか私のこと避けてるみたいだったし、肝心のきっかけもなんだかわからないままで」  
「俺は、だって、怖がられてると思ったから。でもそれは仕方ない事だって……」  
「あの時、山を降りる間ずっと大丈夫って言っててくれたよね。だから今度は私から言うね。  
大丈夫。姿が変わっても雄太は雄太のままだから。あの姿を見られるの、きっと怖かったよね。  
それでも雄太はその姿を見せてまで私を助けてくれた」  
「俺は、俺……?」  
「そう。だから大丈夫、私はそんな雄太を怖がったりしない」  
回されていた腕が解かれ、ゆっくりと体を反転させられる。  
「雄太、顔グシャグシャだよ」  
そう言われて初めて俺は自分が泣いていたことに気付いた。  
「理香だって人のこと言えないだろ」  
震える声で、それでも俺は減らず口を叩く。  
その言葉に理香は心底嬉しそうに微笑み、  
「そうだね。私達お似合いってことかな?」  
そう、言った。  
今度は俺も素直に頷くことができた。  
 
「ねぇ、もう1回見せてくれる?」  
お互いの涙が止まった後、不意に理香がそんな事を言った。  
「やっぱり、まだダメ、かな?」  
正直まだ触手を見せることにためらいはあったが、それでもそう言われて断れるはずもなかった。  
腕に意識を集中させ、理香の前で三度本当の姿を晒す。  
「こうやって見ると結構可愛いかもね。あ、すごいスベスベしてる。それに結構弾力があるんだね」  
理香はそう言って触手の1本を手に取ると撫でたりつついたりしはじめた。  
それはまるで性器を弄られているような微妙な快感となり、俺の中で危険なものが込み上げてくる。  
その刺激に誘われるように、さっきまで背中に押し付けられていた柔らかさと今も鼻をくすぐっている香りを意識してしまう。  
慌てて腕を戻そうとしたときには、既に俺の触手は俺自身の支配圏から出てしまっていた。  
元に戻すことはできず、辛うじて残り9本は動き出さないように押し止めるのが精一杯だった。  
「や、やば……それ以上さわ……」  
焦りと快感で上擦った声での制止は、触手いじりに熱中している理香の耳には届かなかったらしい。  
理香は理香なりに、それの構造を知ることで恐怖心を和らげようとしているのかもしれないが。  
「あ、さきっちょに穴が開いてる。何これ?」  
先端に開いた穴の縁を指先でなぞられた瞬間、俺の中で最後の防波堤が砕け散っていた。  
理香の疑問に自ら答えるように触手の先端の穴から透明な液体が噴出する。  
「え、きゃあ!?」  
覗きこむようにしていたせいで、水鉄砲のように射出された液体を顔面で受けた理香が悲鳴を上げる。  
粘性をもち、ゆっくりと顔の表面を流れ落ちた粘液が顎から糸を引いて落ちる様子が、ひどく扇情的に俺の目には映った。  
「ちょ、ちょっと、これなに?」  
1本目の噴出で残り9本を押さえ付けていた俺の意識に隙ができる。  
そしてそれまでむりやり押さえ付けられていた残り9本は、その絶好の機会を逃しはしなかった。  
9本全てが勝手に首をもたげ、一斉に理香に向けて粘液を放つ。  
その一斉砲火が収まったときには、理香は頭の先から足の先まで粘液塗れになってしまい何が起こったのか理解できずに唖然としていた。  
 
一方の俺は俺で、1本分でも腰が抜けそうな粘液を発射するときの快感を9本分まとめて叩き付けられ、こちらも半ば放心状態になってしまっていた。  
「うー、これすごいぬるぬるする」  
先に我に返ったのは理香だった。  
その言葉に引っ張られるように俺も我に返る。  
「ねえ雄太、これなんなの?」  
「あ、いや、それが……」  
もちろん自分から出たものなので、一応それが何なのかは知っている。  
だけどどう説明したらいいものか、というかどう説明したら今後の展開で理香が受けるショックを少しでも和らげることができるだろうかと頭を巡らせる。  
「も、もしかして、毒だったりするの?」  
答えに詰まる俺に不安になったのか、理香がそんな事を聞いてくる。  
「いや、毒、というわけじゃ……」  
ない、と言いきっていいのだろうか。  
「と、とにかくどっかで洗わないと。あ、でも帰りどうしよう……」  
俺の答えをとりあえず毒ではないという方向で解釈したのか、理香はそんなことを心配し始める。  
一方で俺は全く別なことを心配していた。  
たぶんそろそろ――。  
そう思った瞬間、はかったように理香のスカートが落ちた。  
小さな水音を立てて床の粘液だまりに広がったスカートはそのところどころに穴が開いており、しかもその穴は見る見るうちにその大きさを増していった。  
「……え?」  
その変化はスカート以外でも起こり始めていた。  
上半身では肩で引っかかっているせいで落ちはしないものの、ところどころに穴があいてそこから肌が見え始める。  
「ど、どうなってるのよ!?」  
同じく粘液塗れになって肌に貼りついていた白いショーツのサイドがプツンと音を立てて切れた。  
「ちょっ、やだ!」  
そこからの理香の行動は素早かった。  
片手で胸のあたりをカバーし、もう片方の手を股間にあてて床にぺたんと座り込んだ。  
そうこうしている内にも服の溶解は進み、理香は少しでも見える部分を減らすために上半身を倒し丸くなる。  
そんな理香を俺はただ見ていることしかできなかった。  
というか情けないことにこの本人の意思を無視したストリップショーから、目を逸らすことができなくなっていた。  
 
そして数分足らずで理香の服は残らず溶けてしまっていた。  
白い背中が粘液を纏って夕日を反射している様子は正直息を呑むほど美しい。  
俺がそんな感想を抱いていると、理香が体を丸めたままで顔だけを上に向けた。  
「ちょっと、これどういうことか説明してよ」  
足元からにらまれる。  
「いや、その、あ、でも溶けるのは服だけで体まで溶けたりはしないから」  
「そういう問題じゃないでしょ! 恥ずかしいんだからあっち向いてて! ていうか屋上から出て、ぁん!」  
言葉が途中で止まり、理香は何かをこらえるように再び頭まで亀のように丸まった。  
「んん……ちょ……やだ……」  
その体がクネクネと左右に揺れる。  
その揺れに合わせるように聞こえる湿った吐息。  
粘液が持つ2つの作用のもう片方が効果を発揮しはじめているのは一目瞭然だった。  
「だ、だめ……雄太がそばにいるのに……こんな……やだ、止まらない」  
その揺れが激しくなるにつれて理香の喘ぎも切羽詰ったものになっていく。  
粘液によって極限まで高められた性感に流されるように、理香はあっという間に頂きまで駆け上がっていった。  
「ふぁ……あ、雄太の見てる前で、きちゃう!」  
一際大きな揺れの後、今度はブルブルと小刻みに震え始める。  
「あ、あのさ、それ、媚薬、みたいな効果もあって……」  
みたいな、というかそのものなんだけど。  
その震えが治まるのを見計らって、恐る恐るそう声をかけた。  
「雄太」  
底冷えのするような声音が返ってきた。  
今度は顔を上げないのは、果てるのを見られたことによる羞恥からだろうか。  
「出てって、って言ったのに……」  
「いや、それは」  
 
一応俺もスケベ心だけでこの場に残っていたわけではなかった。  
その理由を説明しようとして  
「言い訳なんて……んんぅ……うそ……またぁ……?」  
「やっぱり……」  
またさっきまでのように体を揺らし始めた理香を見た俺の呟きを彼女は聞きのがさなかった。  
「やっぱりって……どういう、こと……よ。これ、いつまで……」  
絶頂を迎えることで一時的に治まりはするものの、根本的な粘液の効果はある事をされるまでは消えない。  
それを告げようとして、その内容にどうしても口篭もってしまう。  
「は、はやく、おしえてよ……これ、すごく……はずかしいんだからぁ……」  
「それ、俺が、な、中で、出さないと鎮まらない、と思う」  
恥ずかしさにどもりながらの俺の言葉に、まるで粘液の効果が切れたように理香の体が止まった。  
「なか? だす? ……それって……」  
その体がビクンと跳ねた。  
たぶん粘液の効果ではない理由で。  
「ちょっと! そんなの、いきなり……ふぁん!」  
あまりのことに一瞬は忘れていた性感が復活したのか、また体を揺らし始める理香。  
「そんな、でも、心の準備ってものが」  
喘ぎ声の中に葛藤が滲み出る。  
そして迷っている間も粘液の効果は待っていてはくれなかった。  
「だめ! また、くるっ! んんんんぅぅーーー!!」  
2度目の絶頂。  
そしてその痙攣がおさまったころ  
「わ、わかった、やるしかないんだよね」  
理香は覚悟を決めたようにそう言っていた。  
 
理香がゆっくりと上半身を起こす。  
当然胸と股間を手で隠した姿勢で、その顔は今まで見たことがないほど赤く染まっていた。  
「本当に、、いいのか?」  
「よ、良くないけど、雄太が言ったんじゃない。こうするしかないって。  
それに、い、一応私から告白したわけで、OKがもらえたらいつかはそういうことも……とは思ってたし」  
よほど照れているのか、その声は目の前にいても聞きとれないほど小さかった。  
特に後半は。  
「じ、じゃあ、悪いんだけど、ズボン下ろしてくれないかな?」  
「え?」  
「いや、腕がこれだと」  
触手はもはや腕に戻すことなど夢のまた夢、理香に襲いかかるのをかろうじて押し止めている状態だった。  
一瞬でも気を抜けば、さっきの二の舞になるのは明白だった。  
「……わかった」  
理香は不承不承頷き、その作業にかかろうとして  
「ちょっと、目をつぶってて」  
そんな事を言った。  
言われてみれば現在理香の両手は自分の体の特に大事な部分を隠すために塞がっている。  
俺のズボンを下ろすために手を離せば、当然そこの守りを放棄せざるをえないわけで。  
「だ、だけど、これからそういことしようっていうのに……」  
「いいからつぶってて! 私がいいって言う前に開けたら許さないから!」  
そう怒鳴られては反抗できるはずもなかった。  
それに早くしないとまた粘液の効果がぶり返してしまう。  
そう考えた俺は素直に目を閉じることにした。  
 
目を閉じてしばらくすると、理香の指先がベルトの止め具に触れたのがわかった。  
「ん、……指が滑っちゃって、ゃだ、また……」  
カチャカチャという音に混じって理香の吐息が聞こえてくる。  
再び体が疼きはじめたのか、理香の息遣いが荒くなり、目を閉じているせいかそれを一層強く意識してしまう。  
そんな中でようやくベルトが外されファスナーが下ろされる。  
それを感じると下着1枚越しに性器を見られているという羞恥が込み上げてきた。  
理香の恥ずかしさはたぶんこれとは比べものにならないのだろうが。  
「……? あの、下着も頼む」  
目を閉じているせいで詳しい状況はわからないのだが、それでもファスナーを下ろしたところで理香の手が止まっていることだけはわかった。  
「わ、わかってるけど。あのさ、こういう聞き方って悪いのかもしれないけど」  
そこで理香は口篭もってしまう。  
「な、なに?」  
この状況で何を聞かれるのかと身構えていると  
「あの、雄太のここって、普通、なのかな?」  
「普通? それって、普通の人と一緒って事?」  
「あ、うん。気を悪くしたならごめん……」  
理香はこんな状況にもかかわらず申し訳なさそうに言う。  
その声に理香に気を遣わせてしまった事を感じ、逆に申し訳なくなる。  
「気にしてないからいいよ。えーと、たぶん、普通の人と同じ、だと思う」  
「そ、そう、じゃあ、いくね」  
そんなやりとりの後、トランクスの縁に指をかけられたことが、既に限界までそそり立っているそこに伝わる振動でわかった。  
 
「……うわ」  
下着が下ろされた直後に理香が漏らしたその声に俺は一気に不安になった。  
「も、もしかして、おかしいかな?」  
性器を直に見られる恥ずかしさから声を上擦らせて尋ねてしまう。  
目を閉じた状態では理香の熱い吐息すらそこで感じることができそうだった。  
「そ、そんなの私にわかるわけないじゃない。他の人のなんて、見たことないんだから……」  
蚊の鳴くような声で返ってきた理香の答えは至極真っ当なものだった。  
「もう目を開けていいよ」  
許しを得て目を開ける。  
そこでは理香が再び胸と股間を押さえて立ち膝の状態になっていた。  
「えーと、じゃ、は、始めようか」  
俺の顔もこれ以上ないほど赤くなっているに違いない。  
行為の開始を告げる俺の言葉に理香は身を震わせ、それを制するように俯いたままで言葉を紡いだ。  
「あ、あのさ、1つだけお願いっていうか、聞きたいことがあるんだけど……」  
「な、なに……」  
そう聞いてみるが、理香はよほど言いにくいことなのか言葉が続かない。  
理香が何を聞こうとしているのか考えてみるが、思い浮かんだのは「初めてだから優しくしてほしい」などという漫画にでも出てきそうなものくらいだった。  
「あのさ、なるべく優しくするから」  
とりあえず駄目元で言ってみた。  
「え? ああ、うん、あ、ありがと。それも、そうなんだけど」  
その反応を見るかぎり、どうやら違ったらしい。  
「あのさ、う、後ろじゃ、だめ、かな?」  
「後ろ?」  
一瞬意味が掴めなかった俺はオウムのようにその単語を聞き返すことしかできなかった。  
 
「やっぱり、だめ?」  
理香は小首を傾げて聞いてくる。  
その頃になってようやくさっきの理香の言葉が頭に浸透してきた。  
「あ、いや、気持ちはわかるんだけど、でも」  
そこで今度は俺のほうが言葉に詰まる。  
どうしてもその単語を口にするのは抵抗があった。  
「あ、ごめん、どうしてもだめなら別に」  
「あ、いや、どうしても駄目って事は、いや、あるんだけど、その、中で出すっていうのは、その、ち、膣でないと駄目で後ろだと……」  
「は?」  
恥ずかしさのあまりしどろもどろに言う俺に対し、理香はキョトンと目を丸くした。  
しばらくそのまま固まった後、これ以上はないと思っていた顔の赤さがさらに増した。  
なんとなくそこには恥ずかしさ以外の感情が混ざっているような気が――、  
「バ、バカッ! 後ろってそういう意味じゃなくてっ!」  
やっぱり怒っていた。  
「そ、そうじゃなくて、向き合ったままだと恥ずかしいから、その……後ろから、なんて名前かはわからないけど……そういう体位、っていうの? それのことで……」  
体位という具体的な単語を聞いて、ようやく俺は自分が『後ろ』という単語が指すものを致命的なまでに勘違いしていたことに気付いた。  
「わ、私が、お、お、お尻でしてほしいなんていうわけないじゃないっ! 何が気持ちはわかるけど、よ! 私を何だと思ってるのよ!」  
自分の体を隠すという使命さえなければ、理香の両腕は間違いなく俺の体に打ち込まれていただろう。  
それぐらいのものすごい剣幕だった。  
「わ、悪かったって、でも前は大事にしたいかなって思って……」  
「そんなの当たり前じゃない! だけど、だからって、お、お尻でなら、なんて思うわけないでしょ! この変態っ!」  
中途半端な言い訳は火に油を注ぐ結果になった。  
 
結局理香が少し落ちつくまでにはそれなりの時間が必要だった。  
「でも、そんなに向かい合ってって嫌?」  
別に体位について拘りがあるわけではないが、それでもなんとなく寂しい気持ちになってしまう。  
「だって、初めてだからすごい痛がるかもしれないし。そうなったら雄太だってやりにくいでしょ?」  
「それは、まあ……」  
「それに……」  
「それに?」  
「今こんな状態だから、もしかしたら初めてなのにいきなり感じちゃうかもしれないから……」  
最後の方は消え入るように小さくなっていった。  
「でも、それって良い事なんじゃないの? 俺としてはできれば理香も感じて欲しいし」  
それは俺の素直な気持ちだった。  
きっかけはあまりほめられたものではなかったけれど、それでもできれば喜んでほしいというのが俺の本音だ。  
「初めてなのに最初から感じちゃうなんて、なんかすごいエッチな子みたいで恥ずかしいだもん」  
そう言って少し拗ねたように視線を逸らす。  
それは別に理香のせいではなくて粘液のせいだとは思ったが、本人にしてみるとなかなか割りきれないらしい。  
「わかった。理香がその方が良いっていうならそれに従うよ」  
もともと反対するつもりもなかったのだが。  
「う、うん、じゃあ……」  
理香はそういうと体を反転させ、上半身を前に倒して四つん這いになった。  
「こ、こんな感じでいいの?」  
首だけで振り返って上目遣いに聞かれると、それだけで俺は暴発しそうになっていた。  
「こ、これはこれで」  
ものすごく、なんというか、興奮する眺めだった。  
「な、何か変なこと言わなかった!?」  
口の中だけの呟きを危うく聞かれそうになった。  
 
「何でもない」  
正直、触手を抑えていられるのも限界だった。  
粘液にコーティングされた双丘がこちらに向けられ、しかも体が疼いているせいか左右にゆらゆら揺れているのがあまりにも扇情的な光景だった。  
「あ……」  
そこであることに気付き、つい声を漏らしてしまった。  
「な、なに!?」  
「いや、何でもないから」  
案の定過敏に反応した理香に答えながら、この体勢だとそれこそお尻の穴が丸見えだよな、などと思ってしまう。  
万が一口にしてしまえばまた大変な事になることは容易に想像できたので絶対に口には出さないが。  
そこから視線を下ろしていくと、中をわずかに覗かせる割れ目があった。  
2度の絶頂のおかげか、小さくではあるが息をするように開閉するそこは見ているだけで吸い込まれそうな錯覚に陥る。  
「あ、あの……どうしたの」  
見とれたまま動きを止めていた俺を訝しむような理香の言葉に、ようやく俺は我に返ることができた。  
「あ、ああ、じゃあ」  
高く掲げられた理香の尻のすぐ後ろに体を寄せる。  
普通なら腰を抱えるように手を使うのだろうが、今の俺にはそれは不可能なため固定のために恐る恐る触手の1本を理香の胴にぐるりと1周させる。  
「ひゃぅあ!」  
「だ、大丈夫か?」  
奇声と言っても良さそうな反応にこちらも驚いてしまう。  
「だ、大丈夫、だけど、お腹擦られただけで、なんか……」  
粘液のせいでよほど全身敏感になっているらしい。  
もちろんあれだけの量を浴びたのだから無理もないだろうが、これだと本当に最初から感じてくれるかもしれない。  
そんな事を考えながら、俺は腰をゆっくりと前に出していった。  
 
俺の先端と理香の秘唇の距離が徐々に縮まり、やがてそれが0になる。  
十分過ぎるほど潤ったそこは、くちゅりという水音を立てて俺のペニスに吸いついてきた。  
「いくぞ」  
俺はそれだけ言って、勢いがつきすぎないように注意しながら腰を進めていった。  
「……うわ」  
中に入った瞬間半ば無意識のうちに俺の口から漏れた言葉は、奇しくも理香が俺の性器をみたときの第一声と同じだった。  
熱く潤う無数の襞が絶妙の締め付けとともにまとわりついてくる。  
それだけで達しそうになりながら腰を進めていくと途中にわずかに狭まっている部分を感じた。  
「……っ!」  
そこをそれまで以上の慎重さで通過した瞬間、理香の体が強張ったのが見てとれる。  
そこからさらに襞を掻き分けながら進んでいくと、間もなく先端が行き止まりに当たる感覚があった。  
「んっ、奥にあたって……」  
1番奥まで到達した事を理香も感じているようだった。  
「動かすけど良いか」  
「う、うん、途中ちょっと痛かったけど、やっぱりそんなでもなかったから大丈夫だと思う。それにこんな形になっちゃったけど、やっぱり雄太と繋がってるって思うと嬉しいよ」  
不覚にもその言葉に感動してしまった。  
そしてその感動のあまり俺はずっと握り締めていた触手の手綱を一瞬だけ離してしまっていた。  
「え、ちょっと、これ!?」  
 
ずっと押さえこまれ欲求不満になっていた触手が一斉に理香の体に殺到した。  
左右2本ずつが理香の両手両足に巻きつき一気にその体を引っ張りあげる。  
貫かれたままの理香はわずかな抵抗すらできずに、まるで子どもが用を足すときのような体勢で持ち上げられていた。  
手足と胴に巻きついた触手の支えがあるとはいえ、1番奥まで入ったと思っていた挿入が理香の自重でさらに深くなる。  
「ちょっと、こんなの聞いてない!?」  
「悪い、だけど手が勝手に」  
「そ、そんな、ひぁ!」  
残った触手もおとなしく待っているはずがなかった。  
理香の前方に回った3本が、両方の胸と股間にそれぞれ向かう。  
「やだ、そんな締め付けたら、だめ、そこはぁ……」  
適度な大きさに育った2つの膨らみを絞り上げるように麓から頂きまでをらせん状に締め上げる。  
そしてまるで母乳を絞るように麓から先端へ波打つように力を加えはじめた。  
一方で股間に向かった触手はその先端を秘唇の上端にある小さな粒に押し付け始める。  
そしてそこからもあぶれた2本は先端の穴でキスをするように、理香の体の至るところに吸いついては離し、また別のところへ吸いついては離しを繰り返し始めた。  
制御を離れているとはいえ、それらの触手の感覚はちゃんと俺の脳まで届いてくる。  
 
それははっきりいってこのままお互いの体を動かさないでも余裕で達することができそうなほどの激感だった。  
それでも触手は主にさらなる快楽を与えようとしたのか、抱えた理香の体を上下に揺すり始める。  
「やだ、こんなにいっぱい……いっぺんにされたら、おかしくなっちゃう!」  
全身から送られる刺激に理香は身を震わせる。  
その口からは粘液と唾液の混ざったものが糸を引いて空を舞っているのが肩越しにも見えた。  
「だめ、こんなのたえられないぃ……くる、きちゃうよぅ……」  
触手による上下運動と、理香自身の動きによる横やねじりによって、俺の中でも急速に射精感が高まってくる。  
「お、俺も……」  
止めとばかりに理香の体が勢いよく下に叩き付けられる。  
「ふあああ、おく、おくがぁぁ!」  
最奥を一際強く突かれ理香がまず達した。  
そしてそれによる強烈な締め付けを受け、俺も理香の1番深いところで精を放っていた。  
「あぁ……熱いのが……奥に」  
搾り取るような周期的な締め付けに2度3度と放出する俺を感じて、理香はうわ言のようにそう呟いていた。  
 
 
すっかり日の暮れた道を歩く。  
隣には、もうこうやって並んで歩くことはないと思っていた幼馴染がいる。  
お互いにまだ照れがあるせいか交わす言葉はなく  
それでも隣にその相手がいるというだけで、俺は十分過ぎるほど満たされた気持ちになっていたし理香もそう思ってくれていると思う。  
服装は2人とも制服ではなく上下ともジャージを着ていた。  
下着に至るまで完全に溶けてしまった理香はもちろん、俺の服も最後彼女を抱え上げて密着したせいで、行為が終わったときにはほとんど使い物にならないほど前面が溶け落ちていた。  
その後、とりあえず俺だけが人目を忍んで教室に戻りジャージに着替え、それからは水を汲んだバケツを持って屋上までの階段を何往復もする羽目になった。  
そしてようやく理香が全身の粘液を洗い落とせたところで、再び俺は教室に戻って理香のジャージを取ってきて着させたのだ。  
だからまあ、今現在理香は素肌の上に直接ジャージを着ているわけで、それを意識するとまた股間と腕の中のものが反応してしまいそうになるので、俺はむりやりその事実を頭の隅に押しやっていた。  
そんなことを考えたり考えなかったりしているうちに、やがて理香の家の前までたどりついた。  
俺の家はここからさらに3軒隣にある。  
「じゃあ、また明日」  
「ああ、また明日な」  
また明日、そう言って別れるのもあの時以来だな、なんて思っているとそれが顔に出ていたのか、  
「どうしたの?」  
理香が下から覗きこむようにしながら聞いてくる。  
「いや、こうやって昔通り『また明日』って理香と言い合える日が来るなんて思ってなかったな、って」  
たぶん理香も同意してくれると思っていた俺の予想とは裏腹に、彼女は少し不満そうに眉を寄せた。  
「昔通り、じゃないでしょ」  
 
「え?」  
「あの頃は幼馴染同士、でも今は」  
理香はそこで言葉を止める。  
ただそれは、今日の会話の中で何回もあった、恥ずかしさや緊張などで言葉が止まってしまったのとは決定的に違う。  
相手がその続きを言ってくれると信頼しているからこそ、そこで止めることができるんだ。  
だから俺は理香が望んでいるその言葉の続きを  
「恋人同士、だな」  
少し照れながら、それでもはっきりと繋げていた。  
「よろしい、じゃあこれは正解のご褒美」  
目の前にあった理香の顔がさらに近づき、彼女は少し背伸びをして俺と唇を重ねた。  
一瞬だけ触れ合い、すぐに離れる、そんなキス。  
不意打ちで訪れたそれに俺が呆気にとられていると、  
「ちょっと順番が逆になっちゃったけど。でも両方とも初めてなんだから、ちゃんと責任取ってよね」  
不意打ちをかけた本人ははにかみながら、そんな事を言った。  
「両方……」  
俺は呆然と呟き、無意識のうちに言葉の意味を確かめるように視線を下げてしまう。  
「バ、バカっ!」  
その視線の向かう先を察した理香が反射的に手を動かす。  
屋上ではずっと自分の体を隠すために使われていたその手は、いまやその役目をジャージに譲って別の役目についていた。  
専守防衛から自衛のための反撃へ。  
よほど良い所に入ったのか、快音1つで横に弾けとんだ視界の中で、俺は幸せを噛み締めながら意識を失っていった。  
ああ、こういうのも悪くない――  
 

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