震える彼女の腕を掴んで、ベッドに出しっぱなしにしてあったネクタイを引き寄せた。一束ねにした手首を無理矢理縛り上げた。  
 
「誰でもいいんだろ?……それなら、俺でもいいよな?」  
涙に濡れた大きな目が、やめて、と訴える。誰がやめるか。もう遅い。止められない。燻っていた劣情は、完全に燃え上がっていた。「お前が、こんな薄汚い尻軽だったとはな。がっかりだよ」  
詰ると、傷付いたような瞳をしてまた涙を溢す。その表情は、俺の嗜虐心をくすぐった。  
もっと泣けばいい。もっと傷付けばいい。  
 
「お前を買った男共は、お前の泣き顔が好きだったのか?泣けば何もせずに金だけくれたのか?  
……違うだろ?泣いたって、無駄なんだよ!!!」  
 
「いやぁっ……!」  
 
彼女の着ていたワンピースを、乱暴に引き裂いた。そこから覗く、レース仕立ての下着に詰まった白い膨らみに、目を奪われた。  
 
「要さん!やめて、許して…!」  
裂けた服を肩から乱暴に脱がし、下着も剥ぎ取ってしまう。無我夢中で、彼女を身ぐるみ剥がしてやった。  
腕を縛られたまま、怯えきって縮こまり、震える白い身体。可哀想とは思わなかった。  
滅茶苦茶に、壊したい。俺無しには生きていけないように。  
震える彼女の細い両脚を掴んで開かせた。中心に強引指を挿し込んだ。途端に悲鳴が上がる。  
 
「やあぁっ!」  
「くくっ…真野、お前淫乱だなぁ。脱がされただけで濡れたのか?」  
そこの僅かな湿り気に興奮した。さらに深く挿し込むと、そこは俺の指を食い千切りそうなくらい強く締め付けてきた。  
空いた手で、白く柔らかな胸を辿る。力を入れて揉むと、俺の意思のまま、肉が形を変えた。  
「や、やぁ…っ、やめて、要さん…やめてぇっ」  
喘ぎ声に混じって、拒絶が聞こえた気がしたが、無視した。彼女は喉を引きつらせるようにして、嗚咽を漏らす。  
その仰け反った白い喉元を狙って、噛み付くようにキスをした。  
 
「…つっ!!」  
「痛いか?」  
 
彼女の顔を覗き込むと、唇を噛み締めて、必死に何かに耐えるような表情をしていた。  
 
「痛いかもなぁ。でも、許してやらない」  
嬲り尽くしてやる。もう二度と他の男に身体を開けないくらいに、俺を教え込んでやるよ。  
彼女の全身に、紅い痕を刻み込んだ。所有の証だ。この女は俺の所有物。他の誰のものでも無く、俺一人のものだ。  
 
「やぁ…あ…かなめさん…」  
 
拒絶の色合いを強く持ったまま、彼女が俺の名を呼ぶ声がした。  
 
彼はあたしを詰りながら、あたしの身体を弄んだ。詰られても、罵倒されても、仕方無い。あたしが悪い。  
彼はあたしを痛め付けるように、全身に紅い痣を付けた。仕方無いと分かっていても、涙が止まらなかった。  
愛のない行為には、慣れている筈だった。なのに、彼に性処理に使われていると言う事実が、あたしを打ちのめした。  
 
「かなめ、さん、かなめさん…っ」  
彼の名を呼んでいないと、耐えられなかった。彼の心が伴わないまま、縛られて嬲られるのは、辛かった。  
あたしが彼の名を呼ぶと、彼は眉間に皺を寄せた。  
 
「あ……」  
馬鹿だ。あたしみたいな汚い女に名前を呼ばれて、不快に決まっている。  
「…ごめ…ごめん、なさい…ごめんなさい…っ」  
 
謝っても、彼の眉間には皺が刻まれたままだった。不機嫌な顔で、あたしを見詰める。  
「今まで何人に身体を許したんだ?」  
唐突な質問に、心が凍てついた。何人だろう。分からない。数えられない。売春は、あたしの生活の一部だったから。  
 
「分からないのか?分からないくらい、沢山なのか?……この売女が!」  
怒鳴られて、謗られて、絶望した。嫌われた。もう二度と、前みたいにはなれない。  
要さんを愛していた。大好きだった。何も持たないあたしをただ優しく包んでくれた。あたしはあたしの犯した罪で、彼から見捨てられた。  
 
「……ぁ、はぁ」  
 
彼の吐息が熱くなる。見遣ると、今まで一切服を脱いでいなかった彼が、今度は自らの衣服に手をかけていた。  
駄目だ。彼があたしを貫いたら、汚れたあたしで彼までも汚してしまう。  
 
「…やっ!やだ、嫌、要さん、やめて、やだ、……」拒絶の言葉は、届かない。彼の腕が、再びあたしに触れた。  
反射的に、身体が跳ねた。  
「嫌だと?今更何を言っている。  
…お前のここは、散々他の男のモノをくわえ込んだんだろ?!」  
「……かなめさ…、あ、嫌、やあぁぁっ」  
 
熱い彼自身が、あたしの中に押し込まれた。  
遠慮なく、奥まで、ずっと奥の方まで。誰も、入り込めなかったくらいに深く、彼は迫ってきた。  
彼の腕が、あたしの身体を抱き寄せた。彼の体温が、熱い。  
 
「…かえで…楓っ」  
 
不意に、初めて彼に名前で呼ばれたせいか、自分の奥深いところが彼を締め付けるのが分かった。  
彼はあたしを抉るように突き、動きに合わせて何度も、楓、と呼んだ。その度に、あたしの身体は答えるように悶えた。  
 
ずっと堪えていた欲望は、一旦解放されると、とめどなく溢れ出した。  
それを留める術はなく、俺は夢中で彼女を貪った。嫌がられても、止められなかった。  
 
「ん…っ!ひ、っ」  
声を聞きたくて腰を突き動かしても、彼女は声を噛み殺してしまう。身体は答えるように俺に纏いつくのに、声は聞けない。  
「楓…」  
それが酷く寂しくて、俺は彼女の名前を呼びながら、より深く繋がりたくて、身体を抱き寄せる。彼女の一番奥深くまで入りたかった。緩急を付けながら、腰を揺らした。  
 
「んっ、あっ…!あ、いや、やぁ…っ」  
漸く、彼女の切ない声が漏れ始めた。彼女の中で、自身のモノが再び猛るのが分かった。  
 
「楓、楓…、ほら、分かるか?俺がお前の中に居るのが」  
「い、や、かなめ、さん…要さん……っ!」  
 
涙声で、身悶える彼女に、満足出来ていなかった。まだだ。まだ、足りない。  
俺は腰を突き立てながら、彼女の脚の間に手を伸ばした。  
「ひあぁっ!か、かな、め、さん、あん、あぁっ」  
恐らく、女の身体の中で最も敏感な突起を弾くと、格段に締まりが変わる。白い肌は薄桃色に染まって、上擦る声で俺を呼んでくれる。  
もう拒絶の言葉は無い。俺はただひたすら、彼女に快楽を与えようと必死だった。忘れられないくらいの快楽を首輪代わりに、彼女を繋ぎ止めたい。  
離したくない。許されるなら、いつまでも繋がって居たいくらいだった。  
「……っだめ、や、へんだよぉ、ああ、だめ、やあっ」  
 
彼女が限界を迎えそうになるにつれて、俺もまた、限界に近付いていった。彼女を壊してしまいそうなくらい、激しく揺すぶった。  
 
「……っ、楓!あ、イクっ」  
「か、かなめさん…、やだ、中は、中は…っ」  
 
急に必死に彼女は藻掻き始めた。俺は縛った腕を押さえ付けて、容赦なくお互いを絶頂に導いた。  
 
「やあぁぁっ!やめて、要さんっ!お願い、許してっ!」  
「…許さない」  
 
彼女の一番深いところに、たぎる熱を吐き出した。何度も、立て続けに。 避妊なんて、しない。孕ませてやる。子供が出来れば、彼女を繋ぎ止める一番頑丈な枷になるだろう。  
欲望を吐き出しても吐き出しても、俺のモノはすぐに再び猛った。確実に妊娠させるには、まだ足りない。  
だが、何度も欲望をぶつけられた彼女は意識を無くしてしまっていた。  
「楓」  
ずるり、と引き抜いて、汗みどろの身体のまま、同じく汗で湿った、弛緩した彼女の身体を抱き締めた。  
子供が出来ればいい。楓と俺の子なら、絶対に可愛いに決まっている。嫌われたところで、この家から出さなければ子供を堕ろすことだって出来まい。  
意識の無い彼女をそっと横たえると、手首の拘束を解いてやった。それから、彼女の服だった布切れと下着を掴み上げると、そのまま浴室に向かった。  
 
身体の軋むような痛みで目が覚めた。  
「……痛っ」  
起き上がるのも辛いくらいの疲労。要さんは、どこ?何で、身体が痛いんだろう。  
「楓」  
振り返ると、バスローブを着た彼が立っていた。髪も濡れたまま、あたしに近付く。  
 
「……何故、借金のことを黙っていた」  
「あ、……」  
 
そうだ、あたしは、要さんにあたしの汚い行いを知られてしまったんだ。どうしよう、嫌われた。  
「か、要さん…」  
「何故俺に相談しなかった」  
 
気付くと彼はあたしのすぐ傍まで詰め寄って居た。いたたまれなくなり、逃げ出そうとしたが、彼に腕を掴まれて、湿ったベッドに組み敷かれた。  
 
「何処へ行く?お前の着ていた物は全部水浸しで着られたもんじゃないぞ?」  
彼が喉を鳴らして笑うのを見て、あたしはどうしたらいいのか分からなくなった。逃げられない。でも、合わせる顔などない。嫌われるより、もっと苦しい。  
彼の手が、あたしの震える唇に触れた。乾ききった唇を、長い指が往復する。  
 
「お前が身体を許した男共の汚い一物をくわえたのは下の口だけか?ここでもしゃぶってやったのか?」  
必死に首を横に振る。あたしはそれどころか、キスすら、したことはなかった。本名を名乗らないのと同じく、あたしのプライドだった。  
「どうだかな」  
 
鼻で笑うと、あたしの上で彼はバスローブを脱ぎ捨てた。そしてまた、あたしに覆い被さった。  
 
「か…なめ…さん」  
 
不安だった。もし彼の子を妊娠してしまったら。彼の子を産むことは、あたしにとって、何より嬉しい。  
だけど、あたしみたいな女が、一企業の社長ともあろう人の子を産めば、彼に良からぬ噂が立つに決まっている。迷惑は、掛けられない。  
「お願い、せめて…避妊を」  
あたしの願いに対して彼は明らかに不機嫌な顔をした。  
 
「嫌だね」  
「……!」  
「今更遅い」  
 
完全に、嫌われていた。微塵も親愛は残っていない。もう二度と、彼に会っては行けない。あたしの存在自体、迷惑なのだ。  
そう考えると、一度は渇いた涙が再び溢れた。あたしはまたしても、大切な人を失ったんだ。でもそれは、あたしのせい。  
「楓、何故泣く…?そんなに嫌か」  
ただ黙って、あたしは首を横に振った。嫌じゃない。寧ろ、彼に抱かれて、嬉しくて気持ちよくて、それだからこそ、辛いの。でもそんなこと、あたしに言う権利はないもの。  
彼があたしの中で爆ぜる度に、泣いた。彼と別れなければならないなら、せめて彼の面影を映す子供が出来たら…。彼には知られないように密かに産んで、一人で育てたい。  
けれども、借金ばかりしかないあたしに、子供を育てるなんて、出来ないよ。産みたい。でも、産んだら辛い思いしか、させられない。不甲斐ない。  
 
泣き疲れたのか、立て続けに何度も犯されたことによる疲労か、彼女は夜が明けて、日が高くなっても目を覚まさなかった。  
俺は彼女の柔らかな黒髪を撫でながら、添い寝をしていた。  
裸の身体に裸の身体を沿い合わせて体温を分け合うようにしていると、彼女の気持ちを錯覚してしまう。  
「こんな時間か…」  
むくりと起き上がって携帯を見ると、出勤時刻が近いことに気付いた。だが、彼女を一人置いて行けば、逃げるかもしれない。  
うちには乾燥機もドライヤーもある。乾かそうとすれば、俺がバケツに放り込んで水浸しにした服だって、いくらでも乾くだろう。  
いっそのこと、首輪でも着けて繋いで置きたい。  
今日はもう、会社に行きたくない。重要な商談もないし、俺が居なくても、優秀な部下たちが何とかするだろう。  
俺は秘書に電話を掛けて、仮病を使った。わざとらしく咳き込んでみたり、調子が悪いと仕切りに言ってみたり。まだまだ甘い彼女は、仮病だとは露知らず、お大事になさってください、と心底心配そうに言った。  
俺はふと思った。首輪か。彼女に着けるのに丁度いい首輪があるじゃないか。  
 
「少し調べて欲しいことがあるんだ、いいか?」  
 
 
電話を掛け終えて楓のところへ戻ると、彼女は上体だけ起こして、ぼんやり俺を眺めていた。瞼が赤く腫れていた。汗で前髪が額にくっついている。  
俺は踵を返すと、バスルームに向かい、バスタオルを取ってきた。それを無造作に彼女に投げると、ぶっきらぼうに言った。  
「シャワー、浴びてこい。部屋を出て、すぐ左だ」  
彼女はのろのろと立ち上がり、身体をバスタオルで隠すようにして部屋を出ていった。  
彼女が居なくなった部屋で、これからのことを考えた。上手くいけば、彼女は真に俺のものだ。  
彼女の抱える債務を全て俺が肩代わりしてやればいい。彼女を縛り付けて逃げられないようにするには、俺が債権者になればいいだけだ。  
秘書に調べさせているのは、彼女の言った債権者のことだ。利子も合わせて、けして安いとは言えない額だが、払えないことはない。調べさえつけば……。  
 
シャワーから上がった彼女が、戸惑うように部屋に帰ってきた。俺は、箪笥から取り出した黒いTシャツを彼女に投げつけた。  
「着ろ。身体を冷やすな」  
彼女は泣き出しそうな顔をして、俺を見上げた。本当は、優しくしたかった。  
でも、あんなことをしておいて優しくするなんて、あまりにも恣意的な気がして出来なかったんだ。  
 
家に帰して欲しい、何度もそう言ったけれど、彼は許してはくれなかった。  
あたしの着ていた物は、全部見当たらなかったし、彼は一日中あたしを離してくれなかったから、逃げ出せもしなかった。  
彼は昨日よりも確実にあたしのいいところを探しだして冷静にそこを突いてきた。  
「楓…」  
彼はあたしの中に居るときだけ、髪を優しく撫でながら、甘い響きで名前を呼んでくれる。嬉しかった。  
でも逆に、あたしには身体を差し出す以外の価値がないことを肌で感じて悲しくなった。  
 
「楓?どこか、痛むのか…?」  
彼はあたしの涙を親指で拭って、訊ねた。痛いのは、心。首を横に振って、目を瞑った。  
「…泣くな。何も考えられなくしてやるから」  
彼の大きな手が、Tシャツを捲り上げて、あたしの胸を揉みしだいた。声を漏らした途端に、一層激しく責め立てられる。  
彼が何を思ってあたしを離さないのか分からない。せめてそこに少しだけでも愛情があればいいけれど、あたしにはそんなこと、望めない。  
 
「あ…っ、や、嫌、お願い、家に帰して…許して…」  
 
懇願は、無視された。彼は無言であたしを責め苛む。これほどまでに嫌われてしまったら、あたしはどうすればいいのかもう分からない。  
傍に居られない、とだけ、ぼんやりとする意識の中で思った。  
 
……  
 
「……わかった、仕事が早いな。その債務は俺が引き受ける。大丈夫だ、会社の金は遣わない。  
ああ、俺個人の…謂わば娯楽だ」  
要さんが誰かと話している。うっすら開けた目で、彼を見付けた。  
「悪かったな、余計なことをさせて。…え、具合?よく、なった。明日は行く」  
誰と話しているんだろう。今何時なんだろう。  
窓を見遣ると、もう夕方近いようだった。あたしたちは、昨日の夜からほとんど何も食べずにずっと身体を重ねていた。  
水は、彼の口移しで飲んだけれど、身体は疲れきって、とても空腹だった。  
ベッドから離れたところにいた彼が、携帯を折り畳んでテーブルに放ると、またこっちに近付いてきた。逃げ出したり、抵抗したりする体力も気力も、もう無かった。  
犯され揺さぶられ、そうされる以外に価値がないなら、大人しく身を差し出すのも仕方がない。  
「楓」  
「……は、い」  
「じきにお前の債権者は俺になる。俺はお前に金は求めない。…身体で返せ」  
「え…?」  
 
何を言われているのかよく分からなかった。混乱する頭を振って、考えた。  
多分、要さんはあたしの借金を肩代わりしてくれるつもりで、その返済を、身体を使ってしろ、と言っているのだ。  
 
「お前は逃げられないよ、俺から。家にも帰さない。一歩もこの家から出してやらない」  
狡い考えが生まれた。  
彼の傍に居たら、あたしは彼の為になることなんて一つも出来ない。でももう、逃げ道はない。それならいっそ、彼の子を産んでも、許されるのかな。  
…そんなこと、彼は望まないのに、あたしは馬鹿だ。きっと妊娠すれば、すぐに捨てられる。玩具としての役割も果たせない役立たずは、ゴミと同じ。  
あたしが産んだ子を可愛がって貰えるはずもない。  
あたしは、馬鹿だ。  
 
 

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