「あの、二、三泊したいのですが、部屋空いてますか?」  
「ハイ、少々お待ちくださいませ。」  
町の中央部の少し外れにある大きい建物、とは言い切れないくらいの微妙な大きさの建物。  
入り口に立て掛けられた看板には、「宿屋」と何の工夫もされていない無骨な文字が書かれ、  
足を踏み入れてすぐ目の前のカウンターには銀縁眼鏡をかけた初老の熊人が帳面を調べている。  
カウンターの前には、  
その体格から「もやし」や「まち針」を連想してしまうほど、身の細い人間男性が立っている。  
「…あーハイハイ、ちょっと一人部屋は空いてませんね。」  
「……そうですか。」  
また宿を探すか。そう思った男性は宿屋から出ようとして、  
「…ですが、二人部屋なら空いていますよ。」  
その言葉に、ぴたりと動きが止まった。  
「えーと、二人部屋、ですか?」  
「はい、二人部屋でございます。」  
「僕一人に、二人部屋を使えと?」  
「いいえ、違います。」  
「…じゃあ、どういうことですか?」  
「相部屋です。部屋の中にいる方からはご了承を得ています。」  
相部屋。男性はその知識の詰まった頭で思考を開始する。  
この男性、言うなれば、体力面が全て頭脳に移動したと言い切れるような男だ。  
植物学を中心に扱い、珍しい植物やそれらから抽出した薬などを売って金を稼ぎ、  
用心棒などを雇っては次の町に移る、ような旅の仕方でここまで来た。  
自身の身体は低級の魔物一匹を倒すことも出来ず、魔法も全く使えない。  
万が一相部屋の相手が用心棒、またはそれに準ずるものならば、探す手間が省けて万々歳。  
荒くれやらそういう類いの者なら、あっという間に自分は身ぐるみ剥がされてしまうだろう。  
しかしこの町の自警団の装備はとても立派だ。治安には期待できる。  
「…では、それで。」  
「はい、こちらに御名前を記入してください。」  
男性は名前を書き留めると、熊人から鍵を渡された。  
「外出の際は、こちらにお預け下さい。」  
「あの…相部屋の人って、どんな人ですか?」  
「申し訳ありませんが、プライバシーの都合上、言うことは出来ません。」  
まあ、見れば分かるか。そう考え、渡された鍵を手に取り、部屋へ向かった。  
 
男性は少し部屋を探し、  
鍵と同じ番号が書かれた鉄製のプレートがついた小綺麗な木製のドアに、  
プレートとは違う鉄製の錠前とドアノブが丁度男性の腰より少し上にある、ありふれた扉の前に立っていた。  
防音処理でも施しているのだろうか、音は聞こえないが、  
人間の男性でも少し開いた扉からはっきりと誰かが中にいる気配を感じ取った。  
とりあえず、男性はノックをした。こつこつ、と何の面白味も感じない音が辺りに響く。  
「…あぁ?誰だ?出てってくれ、なんて言うわけ無ぇよな?」  
中から響く声に、男性は顔をしかめた。  
その声は、賢者のように威厳を持っておらず、詩人のように奏でられるような声でもない。  
 
男性の最も忌避する声。  
何も考えていない若者や、自身の理不尽を無理矢理押し通すような荒くれ者の声に聞こえた。  
「…すいませーん、相部屋を了承されてるんですよね?」  
「ん…あー、そうか、俺と同じ部屋に泊まる奴か?」  
「はい、そうなんで……入っていいですか?」  
「おう。構わないぞ。」  
(…とにかく拒否の意思をはっきりと、出来るだけ相手の眼を見ない、  
殴られたりしたらすぐ部屋から逃げて通報を……)  
毛程もわくわくどきどきしないまま、男性はドアに手を掛け、開けて中へ足を一歩踏み出した。  
「よう…人間かぁ……俺は『 』。あんたの名前は?」  
そこには、ベッドに、背中と四肢全体に黒い鱗を纏い、  
腹から胸、腕の内側や内腿が男性の肌に近い色の筋肉で包まれた、黒竜人が足を開いて腰掛けていた。  
その身体は男性とは正反対で、種族上鋭い眼光と口を開けた際に見える何でも噛み千切れそうな牙。  
全身が男性の身体が棒のように見えるくらい鍛えられていて、丸太のような四肢。  
鋼鉄のような腹筋。  
男性の身体をやすやす絡め取って血を残らず搾り取れそうな程太い尻尾。  
そんな竜人が男性の目に入り、その身体に釘付けになった。  
竜人の身体に異変がないことは分かっている。上半身も、  
 
 
下半身も目立った怪我など無い。  
ただ、竜人は一糸纏わぬ姿で、平然と男性を迎えていた。  
 
「〜〜〜!〜〜……!」  
蝙蝠人のみ聞き取れる程周波数が高い、驚き、畏怖の念が篭った叫び声が、  
──端から見ると口を開けているだけだが、男性の声帯から存分に放たれた。  
 
「ああああのぅ……何で服を着ていないんですか?」  
しばらくの間叫んでやっと落ち着きを取り戻した男性は、  
竜人に向かって、あくまで気に障らないような声で問い掛ける。  
「あぁ?」「あっ、す、すいませんすいません、もう聞きませんから…」  
腰を引いて「どうか手だけは出さないで」とばかりに顔を腕で庇う男性。  
どうやら、この竜人を荒くれと認識したようだ。  
「じゃあ、なんでお前は服を着る?」  
竜人は逆に、男性に問い掛ける。  
「はい?……それは第一に寒さや暑さ等の外的要因から身を守るためです。」  
「俺等にはそのガイテキヨーインとかからは鱗で身を守れる。だから服を着る必要は無い。」  
「…え?」  
男性の中で、竜人の生業が「荒くれ」から「少し賢い荒くれ」へ変化した。  
「…じゃあ、社会的常識から外れていて、尚且見苦しいですから服を着てください。」  
「あぁ?」  
「すいませんすいません、いきなり偉そうなことを言ってしまって…」  
「…確かに、スッパで出ると自警団がすっ飛んでくる。それは嫌だから着るとするか……」  
そう言って竜人は自分の荷物らしき鞄をあさり始めた。  
(今の内に…)男性は音を立てないように部屋に入り、付属している棚に荷物を置き、  
竜人が使っているのと別のベッドを探し…  
 
部屋の中にベッドが一つしかないことに気付く。  
改めて見てみると竜人の腰掛けていたベッドは大きい。まるで二人同時に寝られるくらいに……  
ダブルベッドであった。  
「何故だ…運命の神様……教えて下さい…」  
宗教否定派の男性は、この時いない筈の神を呪った。  
「随分辛気臭いが、なんかあったのか?」「わちゃぁぁぁ!?」  
いつの間にか自分の真後ろに立っていた竜人から耳元に囁かれ、  
男性はそれは見事に正面に跳び、空中で身体を180度回転、尻餅をつきながらも後退りし、  
畏怖の眼で竜人を見上げる。  
「な、ななななな……」  
「服を着てみたが、どうだ?似合うか?」  
確かに竜人は、全裸ではない。具体的には、腰に太股が見える程短い布を巻き、  
あとは何も身に付けていない。  
(それは服じゃない、服じゃないけど万が一答えて勘に障ったら……)  
がくがく震えながら、男性は首を上下に振った。  
「そうか、それは良かった。」  
足を開いて座れば局部が丸見えな竜人は、満足そうに腕を組んだ。  
 
「…手を貸してやろうか?」「け、結構ですっ!」  
立ち上がろうとする男性に、親切にも竜人は手を差しのべるが、  
手を伸ばしきる前に男性はなんとか立ち上がった。  
「……以外と小さいのな。」「……ッ!」  
竜人は立ち上がった男性を文字通り上から見下ろす。その時、今まで溜まっていたのだろうか、  
触れてはいけない所に触れてしまったのだろうか、  
男性の身体から、何かが切れる音がした。  
「それは仕方ないでしょう!  
そもそも竜人と人間には平均身長にかなりの差が……違うっ!  
種族において人間も竜人も体格が全く違って、たまたまあなたの種族が体格が異常に大きいだけですっ!」  
「だからと言ってよぉ…」  
強靭な脚を動かして竜人は男性に近づく。男性は頭に血が上っているためか物怖じする様子は無い。  
「……ほら、いくらなんでもこりゃ小さいだろ?」  
言いながら男性の頭上で鱗に包まれた黒い手をひらひらと振った。  
男性と竜人の身長差は、男性が正面を見た場合竜人の胸元よりやや下が見える程である。  
「……種族差ですよ!あなたの種族の身長が高い方なんであって……」  
竜人には身体の鱗の色、翼の有無、牙や角のパターンなど、様々な種族がいる。  
一方人間は肌の色、目の色、顔のパーツ、髪質等で分類されるが  
種族は足し算覚えたての子供でも十分に数えられる程度である。  
「決して!僕の身長が低い、なんてことはありませんからね!」  
こうは言うものの、男性は黒々とした髪と目。種族の中では背が低い方に分けられる。  
ついでにその種族上の平均身長にもこの男性は足りていない。  
「あぁ…分かった分かった、牛乳を飲むと良いぞ。カルシウムで……」  
「別にイライラしてませんし、背には満足してますよ!」  
きつく言い放ち、荷物から財布と護身用らしき雷の魔法陣が描かれた黒いスタンガンと呼ばれるものや、  
男性の手でも余裕で扱えるくらいの銃をポケットに入れ、  
そのまま扉へ足を進める。  
「…荷物に手を出さないで下さいよ!」  
そう言って、部屋から早歩きで出ていった。  
「全く……コンプレックス見え見えだな。」  
虚しそうに呟いた竜人は、鍵を手に取り、のしのしと扉に向かう。  
「暇潰しにぶらぶらするか……」  
竜人は裸に腰布を一枚巻いたそのままの姿で、廊下に出、鍵をがちゃり、と閉めた。  
 
地面が揺れ、並べられた食器類が少し鳴り、足先からなんとも言えないぐらっとした感覚が這い登ってくる。  
「…あれ、揺れた…?」  
「小さいから心配要らないさ。遠くで大魔術師が全力で魔法を放ってはないだろうし。」  
「……いやちょっと待て、これ人災だ。」  
「…はぁ?何で大魔術師がそんなことを……」  
「違う、アレ。」  
指さした先には、誤動作を起こした玩具みたいに震える男性が椅子に掛けている。  
「…お待たせいたしましたー、こちらプッタネスカになります。」  
「あああああ、ははははい、どどどうももも」  
 
がたがたがたがたがちゃがちゃごとごと。  
男性を中心に震えが広がり、テーブルに乗せられた食器類が周りのよりも大きく鳴り響く。  
男性は部屋を出た後、やけ食いしてコンプレックスに触れられたことを忘れようと、  
近くの木造の飲食店に入り、一品頼んだ所で心に冷静さと、  
今後の不安、後悔、恐怖が一気に戻っていた。  
(どうしようか、もし部屋に戻ったら…)  
入念に思考してシミュレーションを開始。最も確率の高いパターンを再現中……  
(『いやー、まさかあそこまで怒鳴られるとはなぁ……  
俺の心は滅茶苦茶にされたなぁ…だからお前を滅茶苦茶にしてやるよ。』  
──そう言ってあの竜人は僕の胸ぐらを掴んで思いっきり拳を固めて……あああああああ)  
男性の首筋に嫌な汗が流れた。荷物は置いてきてしまった。取ろうと戻ったら竜人が、  
取らずに逃げるにはあの中には薬草やら服やらが詰まっていて、見限るには惜しい。  
(…何であそこまで僕は怒ってしまったのだろうか。  
そりゃあ背の高さはコンプレックスだけど……)  
ががががががががちゃん。  
「あっ…「あー、なんてこった。  
この男が震えてるからコップが落ちて水が俺の服に跳ねてしまったー」  
男性の横に立っていた屈強な虎人が、いかにもな棒読みで呟く。  
「えっ、あっ…すいませ「これは、許せないなー、」  
「なー」「えっ……ちょっ…」  
虎人と取り巻きらしき黒豹人が男性の腕を両側から掴み、紙幣を数枚置いて、男性を店から連れ出した。  
 
「さーて、ここらでいいか。」  
「あ、あの…何をする気で…?」  
男性が連れてこられたのは、いかにも人気の無い路地裏。  
右腕を虎人、左腕を黒豹人に挟まれ、少し足を浮かせた状態でここまで運ばれてきた。  
「何って?そりゃあ、ナニだが?」  
「…え、だから何をする気で…」  
「ナニだって。」「いや、だから何をするのかを…ひゃっ!?」  
いつの間にか背後に回り込んだ虎人が男性の服の中に手を突っ込み、胸元に手を回す。  
地肌とふかふかの毛がふれあって、つい声を出してしまう。  
「こういう事の延長線。分かった?」  
「は、はいぃぃっ!?ぼ、僕は男ですっ…あっ…」  
虎人の大きい手が男性の薄い胸を力強く揉みしだく。脇腹を擦る毛や、胸から来る刺激に声を漏らす。  
(駄目だ…駄目だっこんな所で…そう簡単に襲われてたまるかっ……)  
刺激に震えながらも、ゆっくりと自然な動きでポケットのスタンガンに手を、  
「何か危ないものは入ってないかなー?」  
黒豹人がその直後に男性のズボンのポケットに手を忍ばせる。  
「あっ…ちょっとぉ…ひっ…」  
「はいはい、動くなよー?」  
後ろの虎人が耳をそのザラついた舌で舐める。  
「んー、あっ!こんなもの持ってたよー!」  
黒豹人の手には、男性のスタンガンが。  
「やめて…返して……くださいっ…!」  
「それってかなり強いやつなんじゃねぇか?」  
なおも男性の胸を揉みながら、虎人は話す。  
「確かに、どれくらい強いかなー、っと。」  
男性のスタンガンには、安全装置などはついていない。  
ただスイッチをONにするだけで、黒い筆箱を模したものから、強力な護身・撃退用武器へと変わる。  
「…ちょっと試させてね。」「ひぃぃっ…!やめて……お願いだから!」  
スタンガンが、男性の首に当てられる。その冷たさに、冷や汗が流れた。  
「スイッチオンッ!」  
 
ばちぃっ  
 
「ぴぎゃっ!?」  
一瞬でスタンガンから閃光が飛び出し、男性の意識を遠く彼方まで連れ去り、  
足からがっくりと力が抜け、虎人に後ろから抱えられるような体制になる。  
「…スゲーな、これ。で、そいつどうするよ?」  
「以外と感度良いみたいだから、部屋に連れてって本格的に調教を……」  
 
 
 
──のし、のし、のし。「ん?」どかっ。ぼこすかぼこすか。  
「ぐげぅ…」ばきっ、どごっ。ぼかすかぼこすか。……のし、のし、のし。  
 
「ひぃぃっ!?ポップコーンが体内で弾けて!?…あれ?」  
何やら不審な言葉を放ちながら、男性はベッドから身を起こす。  
そこは全くもって  
 
見覚えのある光景、男性が本日借りた部屋のやたらと大きなダブルベッドの上であった。  
(確か、僕は虎人に襲われ、スタンガンを浴びせられて気絶して、  
 
……じゃあなぜ僕はここに…)  
「…おお、気が付いたか。」  
部屋のドアが開かれ、やたらとむちむちした裸と見間違われそうな腰に布を巻いただけの、  
黒龍人が中に入ってくる。  
男性と相部屋の、男性が出会い頭に激しい剣幕で……  
 
…がたがたがたがた。  
「何処か、痛む所はないか?」  
ベッドまで近づき、男性の顔を覗きこむようにして竜人が尋ねる。  
「かっ…ごぁ……めっ…」  
「…あ?何だって?」  
ぬぅ、と顔を生温い吐息が男性の顔にかかるくらいまで顔を近づけ、見透かすように目を見つめてくる。  
「やっ…あっ…ごめっ…なさっ……」  
がたがたがたがたがたがたがたがた。  
「おい、ちょっ……」  
がたがたがたがたが─ぺろっ。  
「うみゃあ!?」  
突然、竜人が男性の首を舐め上げた。  
(おおおおお落ち着け、冷静になれ、味見なんかじゃない、  
味見なんかじゃない、味見……なのか?)  
 
──食 べ ら れ る  
 
「うわぁぁっ!ごめんなさいごめんなさいっごめんなsぁーっ」  
生存本能が働いたのか、男性はベッド上の後退りで素早く竜人から離れた。  
そしてベッドから転落した。  
「…一体、何やってんだお前……」  
言いながら竜人はベッドに乗り、そのまま上半身を男性の落ちた側に投げ出し、  
男性を巨大な腕の力だけで抱え上げ、自身の横に寝かせる。  
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ!」  
「…お前に何かされた覚えは無いが……」  
わたわた暴れる男性を再びベッドから転落しないように押さえつけ、  
その結果男性が余計暴れる。  
「お、お願いですから、僕を食べるようなことは、やめてぇっ!」  
「はぁ?あぁ……」  
ようやく竜人の頭に男性が暴れる理由が解り、自分に謝る理由が思い出される。  
竜人は男性を落ち着かせる行動を必死で思い付こうとする、が、  
(随分イイ匂いするんだよな、コイツ。)  
まるで発情期の雌のような男性から溢れる匂いが、竜人の思考を削り、  
より野性的な本能を暴き出そうと竜人の鼻孔内をチクチクと刺激する。  
男性の匂いに自身の歯止めが効かなくなる前に思い付くのか、竜人はやや焦り始めた。  
 

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