「ん・・・」  
 
眼を開けようとしたネイラに朝の光が窓から降り注ぐ。  
小鳥のさえずり声がする中、うっすらと眼を開けたネイラが再び目覚めて初めて目にした物は、丸太で組まれた豪壮な家の天井であった。  
「あ、気が付いたみたい」  
少年は用意したあったパンとスープをネイラの寝ている脇の机に置いた。スープからはいい香りが立ち上っている。  
ネイラはイヤイヤをするようにして頭を振り、ベッドからゆっくりと起きあがった。  
身体に傷はついていないようだ。痛みもない。  
「どう?よく眠れた?」  
黒髪の少年がネイラの顔をのぞき込む。  
どうやらこの少年に敵意はないようだ。ネイラは今は安全な所にいる、と思うとほっと肩をなで下ろした。  
「冷めるといけないから、早く食いなよ」  
机の上のスープからはまだ湯気が立ち上っていた。  
 
 
「いやさ、昨日の晩、村の外に血まみれで倒れていた女の子がいたから、なんじゃこりゃ、  
ってことでここまで運び込んできたわけなんだけど、無事でよかったよ」  
ズズ・・・とスープを啜りながら少年の話を聞くネイラ。  
「ん?その耳、どったの?」  
ネイラは少年の耳からにゅっと獣の耳が生えているのに気づいた。  
「ああ、これね。生まれつきなんだよ。ついでに尻尾も見せてあげる」  
少年は立ち上がると、自らの尻から生えているモノを見せた。  
シマのついた尻尾・・・豹の尻尾だ・・・が確かに生えている。  
「僕はトールって言うんだ?君は?」  
「私はネイラよ。まぁ、いわゆる何でも屋かしらね」  
「仕事が無いときはプータローかい?」  
「プータローで悪かったわね、けっ・・・」  
ネイラは少し毒づきながらもパンにかぶりついた。  
 
「ここの村人はほとんど獣人ばっかりさ。僕らは獣人であることを気にしない。  
むしろそれを後ろ盾として生きてきたようなものだからね」  
ネイラはトールの顔をじっと見る。こうしてみるとなかなかの美少年かな?とネイラは思った。  
「獣人はちょっと昔までなら人間と仲良くしてたんだけどね。なのに最近なんであんなことになっちゃったのかな?」  
「ちょっと身体のつくりが人間と違うだけで考えることは人間と一緒なのにね」  
ネイラは出された食事を全て食べ終わっていた。  
 
「ところでさ、ここに運び込まれたとき随分と血まみれだったけど、まさかアイツに襲われたの?」  
 
アイツ・・・アイツ・・・  
 
ネイラの脳裏に昨夜の出来事がフラッシュバックする。  
 
獣人売買組織を操作している途中・・・  
運悪く捉えられ、鎖に縛り付けられる・・・  
そんな自分に襲いかかる狼男・・・  
獣としての本性が出てしまった自分・・・  
何のためらいもなく「同族」を殺めた・・・  
 
みるみるうちにネイラの眼に涙がたまっていく。  
「お、おい、ちょっと落ちつ・・・」  
トールがネイラに声をかけようとした瞬間、  
 
「いやああああぁぁっっ!」  
ネイラは小屋の扉をバンと開けて外へと走り去っていった。  
「待ちなよ!」  
トールもすぐに後を追う。  
 
 
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とある街の外れにて・・・  
「で、このジーザスってのが強くなれる薬なんですよね?」  
「金はここにあるから今すぐ下さいよ」  
数人の若者達がベイツの周囲に集まっている。  
「言っとくけど、現金払いだけな。ツケはお断りだ」  
若者達がベイツから二粒づつ錠剤を受け取る。  
「飲んでから効果が出るまで5分ほど・・・持続時間は人によるが30分〜1時間だな」  
「マジで飲んでいいんスよね?」  
「さっさと飲めよ。これからすぐに一働きして欲しいからな。報酬ははずむぞ」  
若者達が一斉に錠剤を飲む。  
飲み終わった若者たちは一様にキョトンとした顔をしている。  
「・・・別に何も起こらないじゃ無いスか」  
「まぁ待て。効果が出るまで5分ほどかかるって言っただろ。おいシーロン、  
コイツらをあそこまで連れて行け。効果が出る頃には村に着くだろう」  
ベイツはシーロンというスラっとした長身の女性に呼びかけて、側にある馬車を使え、という。  
「ふふっ。坊やたち、ついておいで。いいものを見せたげるから」  
「よっしゃ、行くぞ」  
「なんか俺もうパンパンっすよ。パンパン」  
シーロンに続いて若者達も一斉に馬車に乗り込んでいった。  
 
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「おーい、どこに行ったんだよ、あっ、いた」  
ネイラを追って家から飛び出したトールはネイラの後を追った。  
ネイラはナイトローブ1枚だけを纏った状態で家の近くの木に顔を埋めて泣いていた。  
 
「うぐ・・・ひっく・・・うぐ・・・ぐすん」  
泣いているネイラにトールが後ろからそっと声をかける。  
「ごめんよ・・・そんなにつらかったかい?」  
「いいのよ・・・取り乱しちゃってごめんなさい・・ぐすん」  
ネイラが涙を拭きながらトールの方を振り返った。  
 
 
「とりあえずこんなものしか無いけど、これでいい?」  
ネイラはいかにも村娘、といったシンプルな服を着せて貰った。  
「まぁこんな時じゃあ文句は言えないよね。あ、言っておくけど、最近の冒険者には  
オシャレだって必要なのよ、オシャレだってね」  
「そうかなぁ?僕らはとにかく動きやすい服装じゃないとやっていけないからね。  
そうだ、せっかくだから村の中を見て回らないかい?」  
トールにそう言われたネイラは「うんっ!」と元気な声で答えた。  
(随分と切り替えの早い人だなぁ・・・)  
 
「おっ、トール、おはよう」  
「おはようございます、警備長」  
ガッシリした体格の男性と村道で出会った。  
男性は背に大きな剣を背負っていた。  
「そのお嬢さんが昨日道で倒れていたっていうお嬢さんかい?」  
「あ、そうですよ」  
「私、ネイラって言います、よろしく」  
ネイラはぺこりと頭を下げる。  
「このシャランドの村はいい所だよ。大したものがあるわけでもないけど、水もきれいだしね。  
ゆっくりしていきなさい、ネイラさん」  
「そうさせてもらいます」  
 
「どう?結構いい場所でしょ」  
ある程度村を回ったネイラとトール。  
「そうね、村の人達はみんな笑顔だしね。トール、その耳のことはみんな知ってるの?」  
「知ってるに決まってるじゃないか。隠し通せるわけないでしょ・・・んっ!?」  
異変に気づいたトールが辺りを見回す。  
 
「ビーストハンターだー!奴らが来たぞー!」  
 
「やっぱり!またアイツらか!」  
「またって、前にもあったの?」  
「うん。つい先月にもね。ここの所人数も多くなってる!」  
トールはそう言うと駆け出そうとした。  
「ちょっと待って!トール、どこに行くの!?」  
「決まってるじゃないか!アイツらをやっつけるんだよ!」  
「その仕事、私も混ぜてくんない?こう見ても腕前には自信があるんだからね」  
ネイラはぐっと拳を握りしめた。  
「ケガしても知らないからね!僕の後についといで!武器を取りに行く!」  
トールは疾風のように自宅のほうへと帰っていった。ネイラも後を追う。  
(ホントは私には武器なんて必要ないんだけどね・・・)  
 
 
「まだ見えないのか?獣人どもめ」  
シーロンとその部下の若者達が逃げまどう村人達を追っている。  
「もうそろそろ効果は出てきたのかい?」  
若者の一人が舌を出してハァハァと荒い息を漏らしている。  
「も、もう俺・・・来る・・・!」  
若者の体格がメリッという男ともに大きくなると、着ていた服がミリミリと音を立て、  
すぐにビリビリに引き裂かれていく。中から現れたのは狼の肉体だ!  
「こ、これはすげぇ・・・や」  
他の若者達も程なく効果が出ており、次々と狼男に変身していった。  
「よし、効果があるうちに一気に行くよ!」  
 
「見つけたよ!人間の皮を被った悪魔どもが!」  
シーロンが槍を遠目から繰り出し、逃げ遅れた男の背中を貫いた。  
どっと地面に倒れる男。その臀部から尻尾が生えていた。  
「もっと散開しろ!家の中もくまなく調べろ!」  
 
グオオオオオ  
 
村中に獣人達の咆哮が響き渡る。  
ある一軒家の中では妊婦が恐怖に打ち震えていた。だが、  
 
バリバリバリ!  
 
派手な音とともに扉が蹴破られ、狼男が押し入ってきた。  
「お、お願い・・・殺さないで・・・」  
妊婦はゆっくり、ゆっくりと後ろに下がっている。そんな妊婦の怯えた様子を感じ取った狼男は、  
 
ガウッ!  
 
妊婦に凄まじいスピードで飛びかかり、たちどころに首を一閃した。  
噴水のように血を吹き上げながらゆっくりと妊婦の身体がずり落ちていく。  
狼男は妊婦の腹部を勢いよく爪で切り裂いた。中から胎児が現れた。  
狼男はうまそうな獲物を見つけた、とばかりにその胎児にかぶりつき始めた・・・  
 
「ハハハ、あっけないねぇ!獣人はこの程度なのかい?」  
キツネ娘である、まだ年端もいかない少女を槍で突き殺したシーロンは邪悪な笑みを浮かべた。  
「うおおおお!許せねぇ!」  
男がシーロンに向かって剣をふりかざして突進してくる。  
「ハンッ!」  
シーロンは軽く男の攻撃を見透かすと左手で男の胴体をなぎ払う。  
通り過ぎた男の上体がズルリ・・・と滑り落ちていった。  
「フフフ・・・」  
左手についた血をみてまたニヤリと笑うシーロン。その手は豹のように鋭い爪が生えていた。  
「よぅし、次!・・・んっ?」  
シーロンが後ろを振り向くと、そこには一人の少年と少女がいた。  
少年は凛としてこう叫んだ。  
 
「これ以上お前の好きにはさせない!」  
 
 
「恥を上乗せに来るなんて、律儀だねぇ!」  
シーロンが目配せすると、部下と思わしきトカゲ男がネイラに向かってくる。  
シュルルッと素早い動きで襲いかかってきたトカゲ男の動きをネイラは冷静に見透かす。  
 
消えた?トカゲ男がそう思った瞬間、首筋にはネイラの剣が振り下ろされていた。  
斜め斬り、間髪を入れずに水平に左から右になぎ払う。  
よろめく間もなく腹にネイラのハイキックが入ると、トカゲ男の身体は後方に大きく吹き飛んだ。  
トールもまた敵をもう一匹仕留めていた。  
袈裟懸けに一度斬ってから、すかさず返す刃で首を跳ねとばす。  
首を失ったトカゲ男の胴体が赤い霧を吹き出しながらゆっくりと後ろに倒れる。  
 
「あと少しね!」  
虎男の心臓を突いて一突きで仕留めたネイラがシーロンを見据える。  
だが、その安堵感がネイラの油断を生んだ。  
「ネイラ、後ろだ!」  
シーロンと間を詰めていたトールの警告が遅れた。次の瞬間、  
 
バチィィィン  
 
まだもう一匹いたトカゲ男の尻尾がネイラの頭部に直撃した。  
ネイラは倒れこそしなかったものの足下をふらつかせる。  
トカゲ男はネイラの身体に尻尾を巻き付けると、体重を乗せて一気に地面に押し倒した。  
ギリギリギリ、と尻尾が締まるたびに、ネイラの骨が軋む音がする。  
 
「ぐ・・・ああっ!」  
ネイラの顔が苦痛に歪む。振りほどこうとするが、強烈な一撃を受けた直後で身体に力が入らない。  
トールにはネイラを気づかう余裕はない。目の前のシーロンに集中する他は無かった。  
 
剣でシーロンと応戦するトール。  
「邪魔するんじゃないっ!」  
シーロンが穂先をシュッと繰り出す。トールはその一撃をどうにか受け止めた。  
 
ガキンッ  
 
(何て力だ・・・手がジンジンするよ)  
トールの額には汗が浮かんでいた。シーロンは疲れのため、足下がお留守になっているのを見逃さない。  
槍ですかさず足下を払う。  
「あっ!」  
トールが態勢を崩され、ドゥと地面に倒れた。  
「邪魔しちゃダメ、って言ったでしょ」  
倒れたトールに槍の穂先が突きつけられる。  
 
「やめ・・なさい」  
背後ではネイラがギリギリとトカゲ男の尾に締め付けられ、苦悶の声を漏らしているのがまだ聞こえる。  
「アンタとあの女、どっちがさっきにくたばるかしらねぇ」  
シーロンは倒れているトールに向かって槍を突き駆けた。  
 
やられる!  
トールは思わず目を瞑った。シーロンの槍の穂先はトールの顔のすぐ脇に突き立てられていた。  
「今のはわざと外してあげた。ふふっ、驚いた?」  
今度は本気で来ることはトールにも分かっている。  
「やめてって・・・言ってるでしょー!」  
ネイラがそう絶叫した瞬間、眼がカッと見開かれ、ネイラの肉体の変化が始まった。  
 
「あんっ!」  
ネイラは思わず声を出す。  
ビクビク、っという音とともに両耳が伸びていき、  
 
ムリムリムリ  
 
同時にネイラの身体自体の膨張も始まっていった。  
筋肉量がどんどん増えていき、確実に体躯が大きくなっていく。  
手と爪が狼のそれとなっていき、トカゲ男の身体に食い込んでいた。  
 
ウウウウウッ!  
 
咆哮を上げている間にも、獣毛が生えている。顔に。首に。身体に。  
グググッ、と尻尾も生えだしてくる。  
 
バリバリバリ!  
 
着ていた服が身体の変化についていけず破れていき、中から黒い獣毛に  
覆われた狼の肉体が出てきた。  
ムワッ、とした獣の匂いがトールにも分かるほど周囲に漂った。  
耳がピンと上に反り立ち、鋭い牙が口元に生える。  
その牙でネイラはトカゲ男の尻尾にかぶりついた。  
足下には獣化した際に破れ散った服の破片が散らばっていた。  
 
ギャウッ!  
 
あまりの痛さにトカゲ男が尻尾の力を緩めた。  
ネイラは身体をふりほどくと、口から血を流した状態で、トカゲ男の尻尾をむんずと掴むと、  
自分を起点にしてグルグルと回転し始めた。勢いがついた所で、  
 
ブン!  
 
とネイラが尻尾を離すと、勢いがついていたトカゲ男はシーロンの方に凄まじい速度で吹き飛んでいった。  
「ひっ!」  
シーロンはかろうじて反応して弾丸の如く突っ込んできたトカゲ男の身体を避けた。  
「くっ・・・この殺気は・・・」  
狼となったネイラの全身からは獣の匂いと共に凄まじい殺気が発せられている。  
「これが・・・獣人なのか・・・」  
トールも思わず身じろぎしていた。  
 
「ヴオッ(死になっ!)」  
ネイラが爪をシーロンに向かって振り落とす。防いだシーロンの鋼鉄の槍が途中でぶった切れ、  
穂先が地面にカランと転がった。  
「は、速い・・・!」  
さらにキックを食らわせるネイラ。バチィィン!という音がしたが、惜しくもシーロンにガードされていた。  
(なんて凄まじい蹴りだ・・・ガードが遅かったら完全にやられていた)  
「ガウッ(そこだっ!)」  
頭からまっすぐに突っ込んできたネイラに、シーロンの身体がピンポン球の如く飛ばされる。  
「うああああっ!」  
ゴロゴロと地面を転がるシーロン。  
(半獣人ではこれが限界なのか・・・)  
懐から素早く煙玉を出し、立ち上がると同時に地面に叩きつけた。  
 
ネイラがシーロンにトドメを刺そうとしたとき、黒い煙がネイラの周りを取り囲む。  
 
ゴホゴホッ  
 
ネイラの周囲の視界が晴れてきた頃には、既にシーロンはいなかった。  
戦いは終わった。それを認めたネイラの肉体がゆっくりと少女のそれに戻っていく。  
2メートルを超える体躯が少しづつ縮んでいく。耳も引っ込み、獣毛も消え、徐々に  
ネイラのきめ細やかな肌が現れる。爪も人間のそれに戻り、獣の証であった尻尾も  
完全に消えていった。ハァハァと肩で荒い息をし、全裸であることも忘れてその場に立ちすくむネイラ。  
眼はまだトロンとしており、獣状態に迎えていた一種の絶頂の余韻を引きずっていた。  
 
ふと、ネイラは周囲を見渡す。  
首を斬り飛ばされたトカゲ男達の死体が辺りに転がっている。死体からはまだ血が流れていた。  
どれもこれもネイラやトールがやったものだ。そしてその近辺もよく見るとトカゲ男やシーロンに殺された  
獣人達の死体が転がっている・・・  
 
トールはそんなネイラの姿を見て呆然としていた。  
(こんなに綺麗な子があんな獣になるなんて・・・)  
人間の時の美しいネイラと、獣になった時のおぞましいネイラ。そのギャップをトールには受け入れることはできなかった。  
「ネイラ・・・」  
トールが声をかけると、ネイラがこっちを振り向く。勿論形の良い胸と、栗色の茂みがトールの眼に移る。  
「きゃっ・・・」  
ネイラがしゃがみ込んで両腕で胸を隠した。  
「ゴメン、すぐに羽織るモノ取ってくるから!」  
トールが家に向かって駆けだした。その場に一人残されるネイラ。  
 
「こんなことを・・・するのが獣人なの?これじゃあ、奴らと・・・なんにも変わらないんじゃないの・・・」  
ネイラは自分の所業を思い出し、そしてまた周囲の惨状を目にして、静かに涙を流していた。  
 

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