ネイラは気づかない振りをして、焚き火の周りの魚が焼ける様子を見つめていた。
「あの・・・」
男の一人がネイラに声を掛ける。
「ん?」
ネイラが顔を男達に向けた。
「すいません、ちょっと火を貸して頂けませんかな・・・」
「どうぞ」
ネイラが側の焚き火を示すと、男達が近づいてくる。ネイラは男達のギラつくような目線に気づいていた。
「死ねぇ、ネイラ」
男のうちの一人がネイラめがけて剣を抜いて斬りかかってくる。
ネイラは手に握っていた石を男の顔面めがけて投げつけた。
ギャッ、と小さく悲鳴をあげて石に当たった男が倒れる。
すかさずネイラはもう一人の男の顎めがけてアッパーを繰り出す。
グシャアッ
鈍い音が響き、男が吹っ飛ぶと同時に持っていた剣がカランと河原に転がった。
ネイラはそれを拾い上げると、残る二人に狙いを定める。
「ちぃっ」
男が突っ込んでくるのを見透かすかのように、ネイラは男の腹に剣を突き立てる。
だが、致命傷には至らず、男は苦しそうな表情をしながらも力を振り絞って声を上げる。
「・・・やれっ!」
背後に回り込んでいた一人が短剣をネイラの背に向かって投げつける。
(来たっ!)
ネイラは剣を突き刺したまま身体を反転させる。短剣が男の背中にブスリと刺さった。
ズル、と抵抗を失って剣を刺された男の身体が倒れる。
「ひぃっ」
男がネイラの鋭い、突き刺すような視線を目にした次の瞬間、
ドガッ
ネイラの剣が男をカブト割りにしていた。
4人とも仕留めたことを確認すると、ネイラは剣を地面に置いた。
「ゆっくりと休んでるヒマはない、ってことか」
皮肉にも、焚き火の側にある魚は丁度いい具合に焼けていた。
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「ジーザスは強靱な肉体をもった者でなければ生かし切れんぞ!」
指揮官の叫び声が訓練所に響く。
ドゴオオオオン!
突然派手な爆発音が響き渡った。
「どこだ!裏口か!・・・裏口のようだな!侵入者がいたら見つけ次第始末しろ!」
バタバタと訓練生の足音が訓練所内に響く。
その頃、ネイラは正面入り口の方に間道を使って到着していた。
「爆薬入りの箱が置いてあったから使わせてもらったけど、ここは管理がいい加減なものね」
敵の主力が裏口に向かっている今となっては、正面入り口の警備がとても手薄になっていた。
遠くからネイラが走り寄ってくるのが警備兵2人にも見える。
「ん?なんだあの女は?」
「止まれ!止まらんと容赦せんぞ!」
「どきなさいっ!」
槍を持った警備兵2人がネイラの回し蹴りであっという間に地面に沈んだ。
背嚢は身軽になるために訓練所近くの岩場に隠しておいた。
「だ、誰だお前は!」
訓練所内にいた訓練生たちがネイラの方を振り返る。
「誰って・・・まぁ、通りすがりの正義の味方、とでも言えばいいのかしら」
自信たっぷりの様子のネイラに訓練生達がゲラゲラ笑いだす。
「コイツ真性のバカか?」
「これだけの人数を前にお前一人でどう戦おうってんだよ?」
「一度お嬢ちゃんみたいなのを思いっきりぶちのめしたくて仕方が無かったんだよなー」
訓練生達は皆、手に釘バットや鎖鎌等の物騒な武器を持っていた。
「ぶちのめされるのはどっちなのか、この場で確かめてみる?」
ネイラの挑発的な言葉に訓練生の一人がブチ切れた。
「て、てめぇの顔面ボコボコにしてやる!」
それを合図にして一斉に訓練生達が襲いかかる。
「やぁっ!」
ネイラは可愛らしいかけ声を発しながら前後から迫った敵の首筋に正確に手刀を撃ち込む。
ドゥ、と二人が倒れた。
叫び声をあげながら別の二人が釘バットで殴りかかってくる。
「甘いっ!」
ネイラの回し蹴りが二人同時にヒットする。そのスキを狙って他の敵が巨大な金槌で殴りかかってきた。
バコーン
空振りした槌が壁を砕く。当たれば無論ひとたまりも無かっただろうが、ネイラにはまだまだ余裕があった。
床に落ちている鉄製の槍を取ると、右手でしっかりと柄を握りしめる。そして、
「はああああっ!」
前から来る4人を槍の柄を勢いよく回転させ、一気にしばき倒した。
「待て!」
さらに他の敵がかかろうとした瞬間、指揮官が前に出てきた。
「どれ、ワシがいっちょう相手してやろう」
指揮官がナイフを懐から取り出す。
「アンタが私に勝てると思ってるの?」
ネイラはニッと笑いながら指をパキパキ鳴らした。
「ほざけ!」
ネイラに向かってナイフが突き出されてくる。
(一度に、2、3本も?)
ネイラには指揮官の突きだしてくるナイフが分裂したように見えた。
脇腹をナイフがかすめる。
「うっ!」
脇腹にジワリと血がにじむ。
(油断しちゃったのね・・・?)
「本気になれば1秒間に5回突くことができる俺様のナイフから逃れるとでも思っているのか?」
指揮官は血の付いたナイフをペロッとなめる。
「それが貴方の本気?じゃあこっちもちょっとだけ本気を出すよ!」
ネイラはぐっと力を込める。
「う・・・あああああ」
ネイラの身体の変化が始まった。爪が少しづつ長く伸び、鋭くなっていく。
耳が上にピョコンと突っ張っていき、身体の体積自体も膨張していく。
(よし、このへんでいいかな)
ネイラは獣化を途中で止め、フゥ、と息をついた。
「な、なんだ、お前も獣人だったのか?」
「戦う前に気づくべきだったわね!」
ネイラは壁に向かって飛ぶ。人間時とは比べようも無い素早さだ。
(20%の獣化で充分よ!)
「なっ・・・」
宙に飛ぶネイラの姿を追い切れない指揮官に向かってネイラは三角蹴りを浴びせた。
指揮官の身体が吹っ飛び、床で大きくバウンドする。
「ちっ、やるな!」
指揮官が手に持ったナイフを投げてくる。
ネイラが飛んでかわすと、指揮官の首筋を両脚で挟み込む。そして身体をひねって床にたたきつけた。
俗に言う幸せ投げだ!
「どう?私の強さが分かった?」
ネイラは倒れている指揮官を引き起こすと、襟元を掴んで持ち上げた。
「フ、フ、フフフッ・・・」
指揮官が何故か笑みを浮かべる。
「なんで笑ってんのよ!」
「ここの訓練所にベイツ様はいない。シーロン様と一緒にシャランドの村に向かった・・・」
「えっ!?」
ネイラは吃驚した。と同時に、トールの身に危機が迫っていることも直感した。
「今から戻ってももう手遅れだと思うがな・・・」
「そう、ありがとう!」
ネイラは怒りを込めた表情で指揮官の身体を掴み、ブン!と訓練生の方に向かって投げつけた。
その様子を見た訓練生たちに恐怖の色が浮かぶ。
「むっ、無理だ!」
「化け物だコイツ!」
一斉に算を乱して逃げ出し始めた。
「フン・・・」
ネイラは獣化を解いて完全に人間の姿に戻ると、正面入り口に向かっていった。
「傷が・・・治ってる」
指揮官にナイフでやられた傷は完全にふさがっていた。
ネイラは獣人の持つ回復力の大きさを実感しつつも、岩場に隠してあった背嚢を拾い上げ、
シャランドの村への道を急ぐ。
(トール・・・お願い、生きて!)
(続く)