「あのな、結衣。前から言ってるけど、オレのことなんか気にしなくてもいいんだぞ?」
いつものように……甲斐甲斐しくもオレに弁当を渡してくる結衣に、オレは一言返した。
「……私は、あなたの妻になる女だから」
普段は無口である結衣は、口を開けばこれしか言わない気がする。
個人的に、それは何だか間違っていると思うのだが。
「……なぁ、結衣。確かにオレとお前は許婚ってことになってるよ?」
「そう、私はあなたの許婚」
とりあえず、事実確認はできた。
幼なじみであるオレと結衣は、同時に幼い頃からの許婚でもある。
「うん、けどな?それはほら、小さなときに親が勝手に決めた話じゃないか。な?」
「確かに。決めたのは、あなたの両親と私の両親」
ちなみに、両家が互いの子供を夫婦にしようと考えたのは、オレと結衣が三歳のときだったりする。
いくら何でも早すぎる気が、しないでもない。他の事例は知らないが。
「……だからな、お前が別に嫌だったら、無理に「未来の妻だから」なんて振る舞うこと、ないんだから」
「………」
結衣は黙ってしまった。しかし、オレは心配なのだ。
結衣はこの通り、自分の気持ちをあまり表に出さない。
言われたことは、ある程度こなしてしまう能力もある。
ワガママも言わない、文句も言わない。頼まれたことを、黙々とするタイプなのだ。
だから、自分の好きな両親からの頼み……幼なじみとの許婚の約束に縛られてやしないか、なんて考えてしまう。
「ほら、お前だって……何だ、若いんだから。恋くらい、したいだろ?」
「……まるで貴文が若くないみたいな言い方」
厳しいツッコミだ。だからオレは敢えて流す。
「お前だって、好きな奴見つけて……好きに恋愛する権利がある。「許婚」なんて縛りに囚われること、ないんだから」
そう、せっかく可愛くて、ちっこくて、甲斐甲斐しくて……
こんなにできた女、オレにはもったいない。
誰かもっと、いい相手が……
「1つ、教えて」
「ん、何だ?」
無口で、しかもいつも通りの無表情。
そんな結衣に、オレはわずかな苦しさを感じ取る。長く一緒だから、わかる。
「…………私は、貴文の邪魔になってる?」
…………は?
「いやいや、それはない。むしろ結衣には感謝してるんだよ。お前は、本当に大事な奴だから」
だからこそ、お前は幸せになれ……と。そう言おうと思ったのだが。
「……なら、何も問題はない」
何だろうか、結衣のほっとしたような……わずかに朱に染まった顔に、二の句が継げなくなってしまう。
「貴文。私とあなたの「許婚」という関係は……私にとって、悪い縛りじゃない」
何だこいつ。なんでこんなに、うれしそうに……
「私にとって、それは「絆」だ。あなたと私を結び付ける……大事な、大事な繋がりだから」
…………あぁ、そうかい。
全く、バカらしい。オレはせっかく、お前の幸せを願ってたっていうのに。
「昔から切れない、大事な縁……私から切るなんて、あり得ない」
「……こんなオレのどこがいいのやら」
「全部」
即答だ。これは笑うしかない。
「私が貴文の邪魔にならない限り、私はあなたの傍にいたい」
結衣が、それでもいいか、と聞いてくる。
答えなんか、決まってる。
「お前が傍にいないオレの人生なんて、あり得ないよ」
共に歩む。最初から決まっていたその道を。
オレと彼女は、手を繋いで行くことにした。