「美〜香っ、愛してるよっ」
「あーはいはい」
いつも通りの台詞を吐く貴士を私は片手を振って追い払った。
「あー、なんだよ、冷たいな〜。俺、本気だよ?美香の事大好きだって」
「はいはい、私もよ〜」
適当にあしらってると諦めたのか、私の下をふらふら離れていく。
「杏子〜、今度の水族館デート何時にする?」
そして即座に別の女の子に声をかけはじめた……。
せめて私の目の前で同じクラスの娘に声かけるなよ。
「はぁ……」
私はため息をひとつついてそれを見送る。
幼なじみの貴士は校内外にその名を轟かす超プレイボーイで、千人の女の子と付き合っているとか言われている。
女の子のを見たらとりあえず声をかけるのは当り前だし、相手を問わなければ一日100回は「大好き」だの「愛してる」だの言ってるらしい。
「あんたそのうち女の子に刺されるよ」
ある日そう忠告してやったのだが、
「女の子の腕の中で死ぬなら本望だね」
と返してきた。ダメだ、こいつ、とその場はそれ以上は何も言わなかったのだが……。
その日の夜、私は道端でボロ雑巾のようになった人間を発見した。
そいつは顔が痣だらけになってたが私の幼なじみによく似ていた。……というか間違いなく貴士だ。
「何やってんの、あんた」
「昔……付き合ってた……女の子の所に行ったら……今のカレシがいて……もう二度と近づくなって……」
「殴られた訳ね。にしてもずいぶんやられたのね。ちょっとやりすぎ……」
「それを今日だけで三人分……」
「なっ」
絶句してしまった。呆れる事すらできない。最初の一人に殴られた時点で懲りればいいのに。
とりあえずぼろぼろの貴士を見ていられなくて私は声をかけた。
「はぁ、全く……立てる?歩けるならウチに来なさい、手当てくらいしてあげるから」
貴士は無言で起き上がるとのそのそと後ろからついて来た。
手当てが済んだ後も貴士はしばらくしょぼくれていた。
「日に三度も振られるなんて……、オレ本当はもてないのかな?」
「女の子に声をかけまくってる事に対する反省はないみたいね……」
「美香は相変わらず冷たいし、オレこのままどんどん女の子に嫌われてっちゃうのかな……」
「あーもうっ!めそめそしないでよ、うっとうしい!大体ね」
私はそこでビシッと貴士を指差した。
「私があんたの事嫌いだなんて一言も言ってないでしょ!」
ポカンと口を開ける貴士。
「……え?あ、いや、だったらどうして」
「私はね、その場のノリで出た軽い愛の言葉なんていらないのよ!」
「……」
「全然気付いてなかったみたいね」
「あ、うん、ゴメン。いや、だって美香って素っ気ないし、オレが女の子と遊んでても呆れるだけでヤキモチとか焼いてくれないし……。普通、他の娘の方が好きなんじゃ、とか心配にならない?」
「ならないわよ。だって」
私はそこでちょっと得意げに胸を張った。
「貴士の一番は私だってわかってるから」
ボンッと火がついたように赤くなる貴士。その表情の変化がおかしくて思わずニヤニヤしてしまう。
「気付いてなかった?貴士さ、私に好きだの愛してるだの言う時、絶対に私の目を見ないんだよね」
「な……、あ……」
「昔っから変わってないよね」
あの頃を思い出して笑う。照れ臭い事は相手の顔を見て話せなかった貴士の事を。
自分でも気付いてなかった事を言い当てられて、貴士はぶすっとしていた。
「よくわかってんだな、オレの事……」
「当然よ。何年あんたの事見てきたと思ってるの」
昨日今日好きになった娘たちとは違うのだ、と言外に含ませて、私は貴士の頬に手を当てた。
「貴士、軽い言葉はいらないから、今度は私の目を見て想いを伝えて」
こんなふうに、と呟いて額をこつんと突き合わせた。そして真っ赤になっている貴士の顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「貴士、大好き」