少女の背に腕を伸ばし、抱きしめながら幾度目かのキスをする。
後ろに回した手のひらで慈しむように背筋を撫であげて。
もう一方の手のひらは服越しに少女の身体をなぞりながら下へと降りていき、厚いタイツ越しの大腿に触れる。
同時に、少女を押し倒すように体重をかけ、割るようにして、少女の両足の間に自分の膝を滑り込ませた。
「……じっくり、愛してあげる」
甘い言葉と共に頬や首筋に唇を落としながら、少女の身体の上に指先を這わせる。
それは、まさしく愛撫だった。大事に慈しむように、あくまでも優しいタッチで。
彼の手のひらはじれったくなるほどゆっくりと乳房の横から脇腹までを撫でさすり、二の腕をつたって、脱力した少女の指先を絡めとる。
同時に差し入れた膝を動かして、少女の身体の奥深いところを軽く圧迫した。
少しずつ、少しずつ。首筋に、手足に、上半身に、下半身に。幾方向から同時に、別々の動きで、じわじわと。
蜜が垂れる様にとろとろと注がれる弱い快感に、少女は次第に溺れていく。
こんなのは初めてだった。それは、少女が知っている忌わしい行為とはまるきり違っていた。
先程のような耐え難い、払いのけたくなるような快感とは違って、今度の快感には苦しさはまるでなく、ただただ甘い。
下半身から広がる疼きのような感覚も決して不快ではなく、むしろそれは少女の身体を包み込むように、あたたかくじわりと広がっていく。
青年の唇が、腕が、指先が、少女の身体中に触れまわっていく。
あまりの心地よさに、時間の感覚さえあやふやになる。もう、いったいどれだけの時間、こんな事をされているのか分からない。
……このまま、ずっとこうされていたい。
青年の丁寧な愛撫によってすっかり目覚めさせれた少女の身体は、痛いほど敏感に、感じやすくなっていた。
手のひらをくすぐられ、指をなぞられて、それだけで少女は自分でも恥ずかしくてたまらなくなるような甘い声をあげてしまう。
肌に青年の吐息を感じただけで、背筋にぞくぞくとえもいわれぬ感覚が走り抜けた。
「気持ち良い?」
耳元で囁かれ、少女ははっと我に返ると、思い出したように精一杯強く青年を睨みつける。
「気持ちよくなんてっ……無いわ……こんなの……苦痛なだけよ……っ」
「まだそんな台詞が言えるんだね。まったく、君はなんてチャーミングなんだろう?」
青年は少女の顎から耳たぶまで指でなぞると、そっと髪を掻きあげて顔を寄せた。
「でもね、知っておいたほうが良いよ?そんな表情でそんな台詞を言われたら、いじめたくなっちゃうんだ。君が快楽に降伏するところが見たくなる。どうしてもね」
くすくすと愉しげに笑いながら、青年は膝をさらに押し上げ、少女の下腹部への刺激を強める。
たまらず少女が漏らした甘い吐息に、彼は満足そうな表情を浮かべた。
面に切なげな色を浮かべたまま、それでも少女は気丈に毒づいてみせる。
「あなたも……相当暇なのね……いつまでこんな事……してるのよ……?早く入れれば良いじゃないっ……」
「なんだ、入れて欲しいの?」
「違っ……」
慌てて否定する少女の言葉に、青年は冗談だよ、と笑ってみせる。
「大丈夫。最初に言っただろ?これは治療なんだよ。君の男性恐怖症を克服するためのね。僕が気持ちよくなる事が目的じゃない。……まあ、君のこんな表情が見られるのは役得だけど」
「……そういう……趣味……なの?」
「心外だな……僕がどんなになってるか、見せてあげようか?」
いたずらっぽくうそぶくと、青年は少女の髪を梳くように優しく撫でる。
「君の中に入ったらきっと歯止めが利かなくなるからね。こうやって、君の事を気遣えなくなる」
「…………」
だめだ。
このままじゃいけない。
青年がもたらす甘い快楽に陶酔しながらも、少女の中に僅かに残る冷静な部分が警告する。
今でさえもう、こんなにおかしくなってしまっているというのに。
このままこうして青年の愛撫を受け続けたら、最後にはいったいどうなってしまうか分からない。
いったいどうすれば、少しでも早く青年から逃れられるだろう。どうすれば。
「……入れて」
少女の呟きに、青年が動きを止める。
ゆっくり頭を上げると、怪訝そうな面持ちで、少女の顔を覗き込んだ。
「……ルージェン?」
「……こんな事いくらしたって無意味だわ。わたしが怖いのはこうして優しく触れられる事じゃない。犯される事だもの」
中に入れさせれば、あとはもう少し耐えるだけで済む。何度か欲望を吐き出せば、さすがに青年も満足するだろう。
そうすればそれで終わる。開放される。帰してもらえる。
そんな自分の算段を悟られまいと、誤魔化すように少女は饒舌になる。
「だって、こんな目に遭わされてるのよ?治らなくちゃ困るわ。そうでなきゃ、わたしはただ、あなたに玩具にされただけになっちゃうじゃない。だから……」
「……」
青年は困ったように眉を顰め、わざとらしくため息をついた。
「……まいったな。本当に良いの?」
「もちろんよ。だから、早く……」
言い募りながら、少女はそこではっと気づく。
「……もしかして、これも、あなたの計算どおりなの?」
まさか、自分はまたしてもこの青年の罠にかかってしまったのだろうか。
そんな少女の不安そうな視線を受け、青年はふっと表情を緩めると、堪えきれずに笑い声を上げた。
「そんな事は無いよ。本当に僕は最後まで我慢するつもりだった」
肩をすくめるようにしてゆっくり頭を振ると、少し真面目な顔をして、少女に問う。
「……良いんだね?」
わずかな逡巡ののち、少女は小さく頷いた。
「怖い?」
「……少なくとも、心安らかではないわね」
スカートを捲り上げられ、タイツと下着を脱がされ、脚を押し広げられる。
青年の問いかけに皮肉で応じたものの、少女の表情はやや硬い。
見ないようにしても、視界にそれが入ってきてしまう。少女にとって、耐え難い恐怖と苦痛を象徴する肉塊。
いくら薬で抑えられているとは言え、さすがに恐怖心が頭をもたげる。
引き裂かれ、貫かれる。何度も何度も。鋭さと鈍さを併せ持つ耐え難い痛みの、悪夢のような記憶のフラッシュバック。
そんな少女のざわついた心をほぐすように、青年はそっと少女に口付ける。
唇を離し、落ち着かせるように頭を撫でながら、優しい声で囁いた。
「入るよ……」
くちゅ、と卑猥な水音が響く。
「ぁっ」
青年のそれが入り口に押し当てられた瞬間、少女はびくんと身体を震わせた。
苦痛になりかねないような刺激を与えてしまう事を恐れてか、青年がわざと直接触れることを避けていた部分。
そこは思った以上に敏感になっていて、青年の身体がほんのわずかにかすっただけでひくひくと痙攣する。
少女の反応に青年はいくらか躊躇ったようだったが、そのまま熱くとろける少女の中にゆっくりと自分を沈めていった。
「……んっ……ぅっ……」
強く目を閉じ、少女は唇をかみ締める。
圧迫感。わざとその存在感を意識させるようにじわじわと、青年が入ってくる。
熱く、苦く、そして……甘い感じ。
敏感になっていたのは、外側だけでは無かった。
青年のゆるゆるとした動きに伴うように、少女の奥深いところからたまらない感覚がこみ上げてくる。
それに気づき、少女は慌てて「止めて」と言おうとしたが、既に遅い。
「ぁっ……だめっ……ぁっ……んんっ……」
「ルージェンっ……」
挿入の途中で唐突に締め付けられ、青年は切なげに表情を歪めると、ため息を漏らした。
「感じてくれてるの……?……僕を締め付けて……ひくひくしてる……」
「……っ……あなたが飲ませた薬のせいよ」
挿入半ばで軽く達してしまった少女は、羞恥のあまり、瞳を逸らして言い訳をする。
自分がこんな風になっているのは自分が淫らなせいじゃない。媚薬のせいだと、自分に言い聞かせる様に。
小さな爆発の後も、少女の身体の奥の疼きは収まることなくくすぶり続けている。
その疼きのおおもとを目指すかのように奥へ奥へと進んでくる青年と、さらに膨れ上がっていく切なさを伴った感覚。
そんな事は決してあり得ないのに、まるで喉の奥まで貫かれてしまいそうな錯覚すら覚える。
圧迫感が耐えがたい程大きくなったところで、青年の動きが止まった。
「……全部、入ったよ……」
ため息混じりの囁き声が少女の耳をくすぐる。
青年がいま、自分の中に入っている。青年の身体を根元まで埋め込まれて、ぴったりと密着して、ひとつになっている。
どこか現実感の無い、ふわふわした意識の中でそれを認識したとたん、身体の奥のほうからこみ上げてくる感覚があった。
苦しいけれど、甘くて、怖いような、それでいて、幸せな様な……。
「大丈夫……?辛くない?」
優しい声音が少女を気遣う。
青年の問いに、少女は我に返ると、ふるふると小さく頭を振った。
「……ちょっと……息苦しい感じがするけど……平気みたい……」
「良かった。痛みは……それほど無いみたいだね」
安堵するように呟くと、青年は瞳を細めて、少女の顎から上気した頬をそっと指先でなぞる。
「……君の中、すごく気持ち良いよ……動いても良い?」
「……好きにして」
青年と繋がった部分から、痺れるような甘い感覚を覚えている事を隠すように、わざと投げやりな口調で少女は呟く。
少女を髪を撫でながら、青年はゆっくりと動き始めた。
「くっ……」
青年が、切なげなため息をつく。
「すごいよ、ルージェン……君の中、あったかくて、きつくて、数え切れないほどの手が、僕のを掴んで、撫でて、くすぐってるみたいでっ……くっ……僕のほうがどうにかなっちゃいそうだっ……」
「やだっ……そんな変なことっ……言わないでっ……」
「ぁっ……気持ち良いよ、ルージェン……」
青年の動きがもたらす身体の奥に深く重く響くような快感はもちろん、吐息混じりのうっとりとした声音で耳を擽るように囁かれると、なぜだか余計にたまらない気分になってしまう。
「やっぱり、我慢したほうが良かったんだ……こんなんじゃ、何もできない……止まらないよっ……んっ……ルージェンっ……」
「っぁ……やだっ……」
「僕のが君の中を擦り上げてるのが分かる?前の辺りに、僕の先の膨らんだところがひっかかる感じがするだろ?ここを擦るとぎゅうって締め付けてくる。ほら、ここだよ……」
「やっ……んんっ……」
「っ……ここが感じるんだね……君の身体の中が、僕のをぎゅって抱きしめてくれるみたいだ。そんなに僕を気に入ってくれたの?とろけそうだ……」
青年が耳元で囁いてくる言葉に、彼の動きを嫌というほど意識させられる。
打ち消そうとしても、胎内を擦りあげる彼の一部がはっきりイメージされてしまって、おかしくなりそうなくらいそれを感じてしまう。
「あっ……やっ……」
中に入ったまま身体をずらし、より深く当たるように、少し位置を変えて衝きあげる。
たまらず少女の唇から押し殺すような甘い声が漏れた。
「……んっ……」
「やっぱり、この角度が良いみたいだね。君の声がとても艶っぽくなる……その表情、たまらないよ……」
「もう許して……これ以上はっ……んっ……だめっ……怖いの」
「……許してあげない」
呼吸を荒げたまま、青年が微笑む。
「駄目だよ、逃がさない。このまま、いちばん気持ちいいところまで連れて行ってあげる」
少女の背に手を回し、熱っぽく囁く青年の口調が熱に浮かされたような頭の中に響く。
いったん動きを弛め、優しくキスをすると、青年は少女の身体をやんわりと抱きしめた。
焦らすように挿入を浅くし、入り口の辺りをかき混ぜる。
やだ……。
感じる部分を避けるような動きに、物足りなさを感じている自分に気づいて、少女は泣きそうな顔をする。
思わず青年の顔を見上げると、そんな少女の心を見透かしたように、彼はにっこりと笑った。
「っ!」
いきなり激しく衝き立てる。
青年の不意打ちに、少女は思わず小さな悲鳴を上げた。
「……あっ……やだっ!だめっ!やめっ!やっ……!」
心も身体も、いいように操られてしまう。いったい彼はどこまで自分を翻弄すれば気が済むのだろう。
目を閉じ、少女の中を余すところ無く感じようとでもするかのように。青年は人が代わったように無言で、ただ乱暴に少女の身体を突き上げる。
青年によって注ぎ込まれ、少女の身体に溜め込まれた疼くような快感が、雪崩れるように破裂し始めた。
本能に任せるような青年の動きに合わせ、限界まで膨らんだそれは溢れ出し、次々に弾けていく。
その度により強く、より深い快感の波が少女の身体を包み込み、自らの意思とは関わり無く下半身が跳ねた。
「あっ!んんっ!やっ!ぁっ……」
「……ルージェンっ」
少女の身体を抱きしめたまま、青年は少女の奥深くへ自分を押し付けた。
「……ルーっ……くっ……」
自分の中で、青年がびくびくと大きく震えたのが分かった。
「怒ってる?」
「まあね」
優しく髪を撫でながら問い掛ける青年に、少女は淡々とした口調で答える。
「……謝るつもりなら、代わりにもう少しこうしていても良いかしら?髪を撫でて貰うの、とっても気持ち良いの……正直、抱かれるよりずっと気持ち良いかも」
「そういわれると、ちょっと自信を無くすな」
苦笑する青年。そんな青年の反応を気に入ってか、少女は微かに笑む。
「貶してる訳じゃないわ。嫌いな人にこんな事されても、不快なだけだと思うから」
「それは告白と受け取って良いのかな?」
「誰もあなたの事好きだなんて言ってないわ。嫌いじゃないって言ったのよ」
「それでも、僕にとっては大きな進歩だ」
青年の軽口に、少女はわざとらしくため息をついてみせる。
「……それにしても」
青年は嬉しそうに笑うと、少女の頭を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「まさか、君があんなになっちゃうだなんて思わなかった。可愛かったよ。とってもね」
「それはっ……」
心持ち赤面すると、少女は弁解するように唇を尖らせる。
「あれは、あなたが媚薬なんて使うから……」
「……」
「何がおかしいの?」
くつくつと笑う青年を、少女は怪訝そうに見やる。
青年は堪え切れない、といった風に破顔すると、笑いながらさらりと言い放った。
「ごめんね。嘘なんだ」
「え?」
「あの薬は三錠とも同じ精神安定剤。見た目もまったく同じだっただろ?通常使用量の三倍だったから三錠出しただけでね。媚薬は入ってない」
「なっ……」
少女は絶句した。
青年は寝台の上に頬杖をつくと、ひどく楽しそうに続ける。
「まあ、一緒に飲ませたアルコールにも多少の催淫効果はあるけれど、大した影響力じゃない。つまり、あんなになるくらい感じてたのは、君自身……」
「信じられない」
にこにこと笑う青年を睨みつけると、少女は悔しさと恨みをありったけ込めて呟く。
「……わたし、もうあなたの言葉なんてひとつも信用しやしないわ。絶対に」
「無理だよ」
青年はいたずらっぽく笑ってみせる。
「僕に騙せないものなんて無いんだからね」
落ち着いたら船まで送ってあげるよ。青年は囁きながら、少女の身体にそっと腕をまわす。
敵わない、少女は思う。
悔しいけれど、彼はとても自分みたいな小娘の手に負えるような相手じゃない。
でも。
そんな青年に髪を撫でさせながら、彼に気づかれぬよう、少女はくすっと微笑む。
もちろん、それが演技じゃないって証拠は、どこにも無いんだけれど。
そういうあなただって、最後、わたしの中で、すごく可愛い顔してたんだから。
少しだけ溜飲を下げて、少女は青年の胸にそっと頭を預けると、瞳を閉じた。
<END>