『なりたくて』  
 
 
 
 今年の夏はおかしい。  
 連日の暑さにやられて、毎年そう言っているような気もするけど、このときのおかしいは  
違う意味だった。  
「……終わっちゃったよ」  
 自室の座卓の上に積み重ねられたノートや参考書の山を見つめながら、ぼくは思わず  
つぶやいていた。  
 夏休みの宿題をすべて終わらせた。  
 当たり前のことと思うなかれ。今はまだ八月頭なのだ。いつもだったら後半までかかって  
しまうのに、今年は夏休み開始二週間足らずで片付けることができた。  
 無論、ぼく一人の力で達成したのではない。  
「お疲れ様でした」  
 向かいに座る少女が、我がことのように喜んでいる。白い薄手のワンピース姿で見せる  
笑顔がまぶしい。  
 彼女の手伝いがなかったら、到底ぼくは宿題を終わらせられなかっただろう。  
 一学年下にもかかわらず、彼女の学力はぼくより上なのだ。わからないところを的確に  
教えてもらえたのは、多少情けなくも思ったけれど、とてもありがたかった。  
「本当にありがとう。こんなに早く終わらせたのは初めてだよ」  
「私もここまで早く終わることは稀です」  
 初めてではないのね。  
「やっぱり一緒にしたことがよかったのではないでしょうか?」  
 そう彼女は言うけど、『一緒に宿題をする』というのはたぶんあまり効率のいいものでは  
ない。おしゃべりを始めたりして、最後まで集中が続かないからだ。  
 しかし彼女は違った。アドバイスをしたり、ぼくの質問に丁寧に答える以外は、まったくの  
無言でシャーペンを動かし続けるのが常だった。  
 彼女がいてくれて本当によかった。これで残り一ヶ月近い休みを満喫できる。  
 
 が、彼女はやはりまじめだった。  
「勉強はきちんとしないとダメですよ」  
「え」  
「受験まで一年半しかないんですから、気を抜きすぎるのはダメです」  
 まるでお母さんのようだ。ぼくの母親は放任主義なのでそんなことは言わないのだけれど。  
「……ヤリマスヨ、モチロン」  
「どうしてカタコトなんですか」  
「ハハハ、気のせいアルヨ」  
「……まあ落ちても学年が一緒になるから、それはそれでかまいませんけど」  
 おおう、言うね。  
 この間の夏祭りから、彼女の物言いにさらに遠慮がなくなった気がする。  
 それは愛莉さんに対する接し方に近いと思うのだ。  
 そんな彼女の態度が嬉しくて、ぼくもつい軽口を叩いてしまう。  
 彼女がボケじゃなくてツッコミタイプだから、必然的にぼくがボケにまわるだけなのかも  
しれないけど。  
 それはともかく。  
「まあそれはおいといて。少し休憩しようよ。アイス買ってきてるから」  
「あ、手伝います」  
 ぼくの動きにつられるように、彼女も立ち上がろうとした。ぼくは慌てて押しとどめる。  
「足、まだ万全じゃないでしょ?」  
 彼女は先週、右足に怪我をした。軽い捻挫で、腫れはもう引いているようだけど、あまり  
激しい動きは出来ないらしい。本当なら家で安静にしておくべきなんだろうけど。  
「えっと、もう痛みも特にないですし、きちんと歩けますし、お手伝いくらいは、」  
「お客様は座ってて。アイス持ってくるだけだから」  
「……じゃあ、お願いします」  
 座りなおす彼女に尋ねた。  
「バニラとチョコとイチゴ、あと抹茶があるけど、どれがいい?」  
 彼女は少しだけ考えて、  
「バニラでお願いします」  
「了解」  
 ぼくは頷いて、一階のキッチンに向かった。  
   
          ◇     ◇     ◇  
 
 彼の背中を見送って一人になると、私はほう、と息をつきました。  
 足の痛みはもうほとんど無いのですけど、少しだけうずいたような気がしました。たぶん  
緊張しているせいだと思います。  
 そう、私は今、緊張しています。  
 初めて、男の子の部屋に入りました。  
 とても片付いてすっきりしています。机の上から本棚、床の隅々に至るまで、とても綺麗に  
されています。  
 普段からそうなのか、それとも昨日の夜、電話で約束をしてから大急ぎで掃除をしたのかは  
わかりません。彼は真面目な性格なので、そこまでずぼらだとは思いませんけど。  
 あの縁日の夜から、十日が経ちました。  
 怪我は本当にたいしたことはありませんでした。一応病院にも行きましたが、骨にも異常は  
なく、包帯で固定する必要もありませんでした。用心のために松葉杖もレンタルしましたが、  
一週間で不要になりました。いただいた湿布薬だけ、右足の付け根に貼っています。  
 あれはひょっとしたら、神様が私の願いを聞き入れてくれたのかもしれません。  
 ずっとそうなればと思っていました。  
 彼の本当の彼女になりたいと、思っていました。  
 私は彼が好きです。それはもう確かな想いとして私の中に満ち満ちています。しかし私は、  
彼の想いに十分応え切れていない気がしていました。  
 彼だって、男の子ですから。  
 あの人は優しい人です。私は大事にされていると思います。もちろん嬉しいことですけど、  
しかし彼に悪いとも思っていました。  
 彼がときおり私に熱っぽい視線を向けてくることがありました。きっとそれは、私を、その、  
「そういう対象」として、見ていたのだと思います。  
 当たり前です。だって、彼女なんですから。求められて当然です。でも彼はそういうことを  
言い出しませんでした。私の性格を慮ったのでしょう。私の潜在的な恐れが彼に伝わって  
しまってそうさせたのだとしたら、申し訳ないことです。  
 でも私はその視線を、意識しないようにしていました。  
 気づいていながら、彼の気遣いに甘えていました。過去を知られるのが怖くて、関係を  
深めることを躊躇して、結果そのことを考えないようにしていたのです。  
 時間が経てばそのうち関係も深まると、たかをくくっていました。でもそんなわけありません。  
いつだって人は動かないと、何かを生み出せないのです。  
 彼と今こうして一緒にいられるのも、私なりに動いた結果です。それを忘れてはいけません。  
 荒療治でも、この怪我があってよかったと思います。  
 
   
 ふと気になって、私はベッドの下を覗き込みました。  
 何もありませんでした。こういうところに隠したりはしないものなのでしょうか。  
 一度気になりだすと、好奇心というものはどんどん膨れ上がっていきます。改めて部屋を  
見回すと、どこもかしこも怪しく映ります。机の引き出し、クローゼットの中、本棚の裏側に  
果ては床下まで。どこかに隠しているのではないかと疑ってしまいます。何を疑っているかは  
お察しください。  
 もちろん人様の部屋ですから、不躾なことはできません。プライバシーの侵害です。ひょっと  
したらこの部屋にはなくて、別の部屋に移動させているのかもしれませんし。いえ、そうじゃ  
なくて、詮索はいけません。彼も男の子ですから、そういう類の物の一つや二つ。いえ、です  
からそうじゃなくて、そう、忘れましょう。そういうことを考えてはいけません。第一はしたない  
ではありませんか。  
 それに、ひょっとしたら彼はそういうものを持っていないかもしれません。可能性としては、  
決してないとは言い切れないのではないでしょうか。何といっても彼は優しく、見た目も  
清潔感があって、そういうことをする人には見えません。優しいのは関係ない気もしますが、  
とにかく。  
「お待たせ」  
 急にドアが開いて、彼が戻ってきました。右手に二つのカップアイス、左手にスプーンを  
二本持っています。私は水に打たれたように敏感に反応しました。顔を反射的に上げて、  
彼の顔を見つめたきり、硬直してしまいます。  
「どうしたの?」  
「い、いえ、なんでみょ、なんでもありません!」  
 噛んでしまいました。慌てすぎです。挙動不審です。  
 彼はものすごく訝しげな目を向けてきました。  
「……えっと、バニラだよね?」  
「……はい」  
 私は真っ赤になりながら、アイスを受け取りました。  
 この火照った頭を冷やしたい。そんなことを思いながら、バニラアイスを食べます。冷たい  
甘さが口の中に広がり、少しクールダウンできました。  
 彼はチョコアイスを手にしています。そちらもおいしそうです。  
 
「あの」  
「ん?」  
「この後どうしましょうか」  
 宿題は終わらせました。今日の勉強はもう十分でしょう。しかし特に予定を聞いていないので、  
私は尋ねました。  
「DVDでも観る? それともゲームかな」  
 どちらかというとゲームの方が好きです。DVDだと見入ってしまって、会話が途切れてしまい  
がちになりますので(ゲームも、ジャンルによりますが)。  
 ただ、今はそれより。  
「お話しませんか?」  
「……何の話?」  
「なんでもいいと思いますよ。そうですね、お借りした本の話とか」  
 お話をするのは好きです。私はあまりおしゃべりな方ではありませんが、彼と一緒の時は  
比較的饒舌になります。  
 彼とお話をするのが大好きです。ゲームやDVDよりずっと。  
 彼もそうであってほしいのですが。  
「えーと、いろいろ貸したと思ったけど、どれか読んだ?」  
「『李歐』を」  
「ああ。おもしろかった?」  
「ちょっといやな感じがしました」  
 私は正直に答えました。彼のうろたえる顔がちょっとおもしろいです。  
「……つまらなかったかな」  
「いえ、内容はおもしろかったですよ。ただ、その、ちょっと」  
 ハードボイルドは、私には合わないようです。登場人物はかっこよかったのですけど。  
「……女の子に薦める話じゃなかったかもね」  
「それに、ちょっとエッチな場面もありましたし」  
 彼の顔が引きつりました。あまりいじめるのもかわいそうなので、少し手控えましょう。  
自分で言い出しておきながら、私は話題を逸らしました。いえ、断じて気まずいからとか  
恥ずかしいからとか、そういう理由ではなくてですね。  
 
「ところで、私が貸した本はどうでした?」  
「ええと……ああ、おもしろかったよ。『ビスコを食べればよいのです!』に笑っちゃった」  
「素敵なヒロインですよね」  
「憧れとか?」  
「あんなにかわいくないですよ」  
 彼はそんなことないけどと首を傾げました。そんなことあります。ああいうキャラは現実に  
いたら、失礼ながらアホの子扱いされると思います。お話の中だから、あんなにも輝くのです。  
 大学生なので、今の私より年上なんですけど。  
「同じ作家の本なら『太陽の塔』もおすすめですよ」  
「……岡本太郎?」  
 タイトルからはとても想像できない内容だと思います。概要は伏せておきました。  
 彼も私も読書が大好きです。彼はサスペンスやミステリー、ハードボイルドを好むよう  
ですが、私はどちらかというとやさしい話が好きです。人が殺される話は、ちょっと。  
「昔の本も読んでみたいけど、読んだことある?」  
「夏目漱石とかですか? 読みやすいと思いますよ」  
「芥川なら読んだことある」  
 教科書に出てきますしね。  
「ぼくは海外作品を読んでみたいんだ」  
「? ヘミングウェイとかですか?」  
「いや、クリスティ」  
 やっぱり彼はミステリーが好きなようです。  
「あとドイルとか、ポーも」  
「私は殺人ものは苦手です」  
「じゃあ少年探偵団とかどうかな?」  
「国内じゃないですか」  
 時代にこだわらず、好きなものを読むのが一番だと思いますが。  
 ちなみに少年探偵団は既読です。二十面相はどうして後になって殺人をも辞さない  
凶悪犯になったのでしょうか。殺人を好まないという設定が好きなんですけど。  
「ハッピーエンドが好きなの?」  
 彼が尋ねてきます。私は頷きました。  
「昔はそこまで考えてなかったんですけど、ここ二年くらいは、そうですね、選んでます」  
 
 すると彼は微かに目を細め、気遣わしげに言いました。  
「ごめん、あまり考えて渡してなかった」  
「え?」  
 私はその意味がわからず、訊き返しました。  
「貸した本だよ。もっと内容を考えるべきだった」  
「いえ、でもそれは」  
「君の過去を知っていながら、配慮が足りなかった。ごめん」  
 彼はそう言って頭を垂れました。  
 私はその姿を見て、申し訳ないと思いました。しかしそれは僅かなことで、それよりも  
腹立たしい気持ちになりました。  
 彼の態度は、よくありません。  
「何でも謝らないでください」  
 強い調子で言うと、彼はきょとんとした様子で顔を上げました。  
「あなたが私を心配してくれるのは嬉しいです。でもたかが本の貸し借りくらいで謝ることは  
ありませんよ」  
「……それは」  
「趣味嗜好が変わるなんてよくあることじゃないですか。先日の件があったから、過敏に  
反応するのもわかりますけど、あれからもう少し強くなりましたよ、私」  
「……」  
「心配してくれてありがとうございます。でも、過剰はいけません。はっきり言っておきます」  
「……ずけずけ言うね」  
 彼は苦笑を浮かべて頬を掻きました。  
「はい、彼女ですから」  
「うん。ぼくも遠慮なく言わないと駄目だね。彼氏なんだから」  
 私たちは顔を見合わせて、くすくす笑いました。  
 穏やかに。和やかに。  
 六畳間の部屋で二人して過ごす時間は、とても優しく温かいものでした。真夏の熱気を  
和らげるくらいに、平和なひと時でした。  
 少しばかり溶けたアイスは、ほんのり幸せな味がしました。  
   
          ◇     ◇     ◇  
 
 アイスも食べ終えて、しばらく他愛の無い話をしていると、突然彼女が何かに気づいた  
ようにはっとなった。  
 ポケットから携帯を取り出すと、こちらに軽く目礼した。立ち上がって部屋を出て行く。  
ドアを閉めると、その向こうから話し声が聞こえてきた。  
 しばらく待っていると、彼女が戻ってきた。  
「何かあった?」  
 すると彼女は言いよどんだ。  
「えと、あの……」  
「どうしたの?」  
「愛莉からでした」  
 彼女の家にはお手伝いさんが一人いる。昔から彼女の身の回りの世話をしていると  
いう愛莉さんだ。親元から離れて生活をしている彼女の、いわば保護者に当たる。親と  
いうより姉のような存在で、たぶん彼女はぼく以上に、愛莉さんには気を許している。  
それがちょっとくやしかったり。  
「愛莉さん、なんて?」  
「……急用ができて、出かけるそうです。今夜は帰らないって」  
「じゃあ、今日は一人?」  
「そう、なりそうですね……」  
 彼女はさびしそうに答えた。  
 そのあとの提案が、果たして『チャンスだ』と思ったから出たのか、それとも彼女のその  
表情を和らげたくて出たのか、ぼくには判別がつかなかった。ひょっとしたら両方かも  
しれない。  
 ただそのときはとにかく、彼女を引き止めたくて仕方がなかった。  
「……泊まっていく?」  
 まとまらない思考のまま、ぼくは彼女にそんなことを言っていた。言ってしまっていた。  
 綺麗な顔が、寂しげなものから驚きのものに変化する。  
「え?」  
 意外そうに聞き返されて、ぼくは即座に後悔した。何を言ってるんだろう。いきなりそんな  
提案、ありえない。  
「あ、いやその、うちはいつも両親が遅いんだけど、でもえっと別にちゃんと帰ってくるし  
変な意味は全然なくてその、」  
「……迷惑じゃありませんか?」  
 彼女の声に、不思議と拒絶の響きはまったくなかった。  
 ぼくは一瞬戸惑って、しかしすぐに答えた。  
 下心かもしれないけど、でも。  
「全然! そんなことまったくないから!」  
「でも、あまりに急ですし……」  
「うちの親にはちゃんと説明する。それに、家に一人きりなんて危ないよ」  
「……はしたなくありませんか?」  
 彼女は恥じ入るように顔を伏せた。  
「いくらお付き合いをしていても、男性の方のお宅に泊まるというのは、その……やっぱり  
褒められたことじゃありませんよね」  
「……」  
 それはその通りで、でも、  
「つまり、駄目ってこと?」  
「……いいえ」  
 彼女は消え入りそうな声で答えた。  
「ご迷惑じゃなければ、その、私は……」  
「……いいの?」  
「でも、やっぱりいけないことかもしれないと、そんな思いも、その、あります」  
 ぼくは少しだけ、じれったく思った。  
 
 彼女がぼくと一緒にいたいと思ってくれていることは、痛いほど伝わる。しかし一方で、  
節度ある付き合いが大事だという思いもあって、彼女は迷っている。  
 彼女らしいその迷いを好ましく思いながらも、同時にぼくは煩わしさを覚えている。  
 今すぐ彼女を自分のものにしてしまいたい。  
 心も、体も、すべてをぼくのものにしたい。  
 そんな支配欲が、ヘドロのように奥底にあって。  
 ぼくは決して聖人じゃない。彼女はひょっとしたら、ぼくを綺麗なものとして見ているの  
かもしれないけど、でもそれはぼくがそう見せているだけだ。  
 汚い部分は、隠している。彼女にだけは見られたくない。  
 失望させたくない。そして、嫌われたくない。  
「……あの」  
 考えをまとめたのか、おずおずと彼女が口を開いた。  
「着替えを、取ってきますね」  
「……え?」  
 ぼくは彼女のぎこちない笑顔をぼんやり見やった。  
「必要ですから」  
「……じゃあ」  
「はい。お世話になります。それと」  
 彼女はぼくの隣に腰を下ろすと、そっと身を寄せてきた。  
 肩が触れ合うくらい、近く。  
 彼女の温もりと匂いを感じて、ぼくはどきりとする。  
「な、なに?」  
「責任、取ってくれますか?」  
 微笑みがぼくの心を揺さぶる。  
「好きです。言葉じゃ表せないくらい、あなたのことが好きです。そうさせたのはあなたです」  
 言葉が、  
「このあいだ、言ってましたよね。『もっと惚れさせないといけない』って。もう十分です。  
これ以上好きになれないくらい好きです」  
 想いが、  
「あなたのこと、もう嫌いになれないくらい好きなんです。だから、もう少し私にぶつけて  
いいんですよ? したいことを、もっと見せてください。きっと受け止めてみせますから」  
 決意が、ぼくの稚拙な仮面を壊す。  
 かっこつけてるだけのぼくに、彼女は笑って寄り添ってくれる。  
「私を惚れさせた責任、ちゃんと取ってくださいね」  
 頬を赤く染めながら、彼女は少しだけいたずらっぽく。  
 本当に変わった。  
 もう君は、世界に対して怯えていない。目を逸らさないで、物事を見据えることができる。  
 一年前、初めて言葉を交わした時と比べたら、すっかり見違えた。  
 そんな君をぼくは凄いと思うし、尊敬している。君はぼくのおかげだと言うけど、間違いなく  
君自身の努力の賜物だ。  
 そんな君に想われていることが、誇らしい。  
 縁日の夜に、君の真摯な想いを聞いて、ぼくは嬉しかった。そして、その想いに負けない  
ように、ぼくも頑張らないといけない。  
 君と一緒にこれからを歩みたい。  
 
 責任、取らせてくれる?  
「言っておくけど、遠慮したわけじゃないからね」  
「……違うんですか?」  
「ぼくも男だからさ、いろいろ、その……欲情するんだ」  
 彼女の顔が真っ赤になった。  
「そういうのを見られたり知られたりすると、ちょっと恥ずかしい。だから遠慮というよりは、  
かっこつけてるだけなんだ。初めて付き合った女の子には、特に」  
「……え、えっと……わ、私、平気ですよ?」  
 声が上ずっている。明らかに動揺している。  
 その様子がおかしくて、ぼくの顔は緩んでしまう。  
「笑わないでくださいよ」  
「ぶつけていい?」  
 ぼくはすぐ隣にある彼女の顔に、急接近した。  
 彼女の表情が固まる。  
 間近で見ると、本当に綺麗な作りをしている。絵画のように繊細に整っていて、ため息が  
洩れそうだ。  
 高鳴る胸を苦しく思いながら、ぼくは彼女を抱きしめた。  
「いつだって、こうしたいんだ」  
 細く柔らかい彼女の体は、服の上からでも温かく、触れ合うだけで心地良い気分になる。  
 突然の抱擁に、彼女は固まったまま動かない。  
 ぼくの方は幾分落ち着いている。  
 この間も同じようなことをしたけど、あのときよりはもう少し冷静だ。  
 あのときは彼女の奥にある不安をとにかく取り除きたくて無我夢中だった。  
「平気?」  
「……はい」  
 その声には緊張が窺えたけど、でも恐れはなさそうだった。  
「ちょっと、恥ずかしいですけど」  
「うん」  
 手のひらが背中に触れると、彼女の鼓動が微かに伝わってくる。  
 耳元で呼吸の音がして、それも心地良い。  
 このまま押し倒してしまいたいくらい、欲する気持ちが強くなる。  
「あの、着替えを……」  
 わかっている。今はまだ抑えないと。  
 名残惜しくも離れると、彼女はぼくの顔を見て苦笑した。  
「そんなに残念そうな顔をしなくても」  
 慌てて表情を引き締めた。どんな顔をしていたのだろう。自覚はなかった。  
「それじゃ、一旦家に戻りますね」  
「……うん」  
 勉強道具をまとめてバッグに入れると、彼女は玄関先でぺこりと頭を下げ、ぼくの家を  
後にした。  
 その後ろ姿を見ていたら不安になってきた。本当に戻ってくるだろうか。やっぱり二人  
きりはよくないと、心変わりしないだろうか。  
 彼女がぼくに嘘をついたことなんて一度もないのだけど、でも、  
 どうかお願いします。ちゃんと戻ってきてください。  
 彼女がいなくなった道の先を見つめながら、ぼくは必死に祈っていた。  
   
          ◇     ◇     ◇  
 
 荷物は多くありません。夏場で、着替えがかさばらないのが大きいとは思いますが、  
物を増やすと迷惑になりそうですし、極力控えめにしようと思います。  
 彼の家にお泊りすることになりました。  
 ドキドキします。緊張で、手に汗が浮き出てしまいます。  
 いろいろと考えてしまうのは、仕方ないことでしょうか。  
 さっきまで、彼の腕の中にいたことを思い出します。  
 羞恥や緊張に体が固まりながらも、同時にすごくほっとしました。  
 私は、彼に抱きしめられることができます。  
 正面から、彼の鼓動を感じることができます。  
 それが私にとって、どれほどすばらしく幸運なことか。  
 人の温もりを受け取ることができるというのは、幸せなことです。  
 誰かの行為を、恐れず受け取れる。それがいかに大切かを、私はこの一年で知りました。  
 彼との出会いによって。  
 でもそれは私から見た場合の話です。  
 彼にとってはどうでしょうか。  
 私は受け取るばかりになってませんでしょうか。私は彼に、きちんと何かをあげることが  
できているでしょうか。  
 彼は私から、何かを受け取ることができているでしょうか。  
 私にはわかりません。でも、彼は私を抱きしめてくれました。  
 彼の欲がはっきりと伝わってきました。  
 それを怖いとは思いません。逆に嬉しく感じます。  
 求められて嬉しいのです、私は。  
 彼が求めるのなら、喜んで応えたい。  
 遠慮なんかしてほしくないのです。  
「……よし」  
 戸締りを確認すると、私はバッグを持って外へと出ました。時刻は三時半。昼と夕方の  
隙間のような時間帯です。夏の日差しは相変わらず強く、熱気は夜まで続くでしょう。軽く  
シャワーも浴びたのですけど、すぐに汗が流れます。  
 この熱さから逃れるためにも、早く彼の家に戻りたいと思いました。  
 
   
 彼の家を再び訪れると、迎えてくれた彼はどこか安堵したように微笑みました。  
「どうしたんですか?」  
「いや……戻ってきてくれるか不安だったから」  
 思わず眉根を寄せました。  
「ひょっとして、私信用されてません?」  
「え!? いや、そんなことはないけど」  
「さっきの言葉、本気ですからね」  
 嫌いになれないくらいあなたが好き。  
 改めて彼の部屋へと入ると、エアコンの涼しげな風が歓迎してくれました。荷物を置いて、  
私はベッドに腰掛けました。  
 ……ちょっと無用心でしょうか。  
 彼の目が少し熱っぽく、私の体を見つめています。  
「あの、ちょっと恥ずかしいです……」  
「え? あ、ご、ごめん」  
「いえ、その、見られること自体は、少し嬉しい気持ちもあったりするんですけど」  
 目力が強いと、さすがに意識してしまって。  
 視線には物理法則を超えた、何かしらの力があるんじゃないかと思います。  
「……」  
「……」  
 沈黙。  
 彼の微かな息遣いが聞き取れます。  
 私の息遣いも聞こえているのでしょうか?  
 目の前がぐるぐる回るような、奇妙な感覚に襲われました。五感を手放し、意識が浮遊  
するような、そんなめまいにも近い感覚が私を覆います。本を長く読んでいるときに、たまに  
文字が大きく見えたり小さく見えたり、浮ついた感覚になることがありますが、あれに近い  
です。  
 隣に彼が腰掛けました。  
 私は少しだけ身じろぎ、居住まいを正しました。  
 本気です。だけど、  
「……緊張するね、なんか」  
 彼が口を開きました。  
 私は頷きます。緊張は、さっき家で準備をしていたときからずっと続いています。  
「あの……どうしますか?」  
「あ、え?」  
 私が訊ねると、彼は少し焦ったような声を出しました。  
「い、いや、どうって」  
「え、と、その……」  
 今、私は何を言ったのでしょう。何かとんちんかんなことを言ってしまったような。  
 こういうとき、本や映画ではどのように事が展開したでしょうか。  
 頭がうまく働きません。  
「……ごはんにするにはちょっと早いよね」  
 壁掛け時計が規則正しい音を立てています。四時半です。  
 時間はあります。  
 テレビを観たり、お菓子を食べたり、そんな選択肢ももちろんあります。  
 
 だけど。  
「……手を握ってもらえますか?」  
「……うん」  
 一回り大きな手が、私の右手を包み込みました。  
 温かいその感触に、私は安心します。  
 目を閉じて、彼と過ごした日々をゆっくりと思い出します。  
 窓の向こうから笑いかけてくれて、止まっていた私の時間を動かしてくれたあのときから、  
私はずっと彼のことが好きでした。  
 こうして隣にいられることがどれほど幸せなことか、わかるでしょうか。  
 「好き」なんて、もうそんな言葉だけで収まるものではありません。  
 愛しています。  
 誰よりも愛しく思っています。  
 愛情はよく海の深さにたとえられますが、底が見えないほどの想いがあることを、私は  
知りませんでした。  
 こうして手をつなぐだけで、身を焦がすほどに熱が高まっていきます。  
 私の想いは届いているでしょうか。  
 彼が体をこちらに向けました。  
 空いてる右手を私の左肩に伸ばして、そのまま抱きしめてきました。  
 それに応えるように、私も抱きしめ返しました。つないでいた手を離し、お互いを拘束する  
ように背中に腕を回し合って、体をくっつけました。  
 彼は一見細身ですが、こうして密着すると意外とがっしりしていて、やっぱり男の子なんだと  
強く意識してしまいます。  
 不安はあります。しかしそれは小さなもので、心地良さの方がはるかに勝りました。  
 見つめ合い、ゆっくり顔を近づけます。  
 三度目の口付けを交わしました。  
 長いキスでした。前二回とは違い、相手を強く求めるような、そんな情熱がありました。  
 密着が強まり、キスも激しいものになりました。  
「んっ」  
 思わず声が洩れたのは、呼吸がうまくできなかったからです。唇を離して、彼の肩に  
頭を預けるように顎を乗せました。  
「……激しいですね」  
「ごめん」  
「私は構いませんけど……」  
 逡巡を見せると、彼は腕の力を緩めました。  
「どうしたの?」  
「……いえ、その」  
「……なに?」  
「……これ以上続けると、止まらなくなりそうで、少し怖いです」  
 彼は私の後頭部に手を添えて、優しく撫でました。  
「ぼくも同じ」  
「そうなんですか?」  
「……いや、正確にはちょっと違うかな」  
 言うが早いか、再び唇を奪われました。  
 私はひどく驚いて、しかし咄嗟には反応できなくて、されるがままになってしまいます。  
 そのまま体を傾けて、押し倒されました。  
 重みはあまり感じませんでした。体重をかけないように気を遣ってくれているのがわかって、  
私は体から力を抜きます。  
 
 顔を離して、彼がどこか熱っぽい視線を向けてきました。  
「怖いっていうか、なんかもう怖いものなくなりそうっていうか」  
「なんですか、それ」  
「あー、もうやばい。止まんない」  
 冗談めかした口調で、そんなことを言います。  
「あの、遠慮しないでください」  
「うん」  
「本当に、したいことしていいんですよ」  
「うん。でも、それだと不公平な気もする」  
「不公平、ですか?」  
「君も、したいことしていいんだよ」  
 思ってもみないことを言われました。  
「ぼくばかりだとフェアじゃないし。したいことはないの?」  
「……そ、それは」  
 すぐには答えられません。  
 私から何かするというのは、考えていませんでした。ずっと彼に応えてあげたいとばかり  
思っていましたから。  
 でも確かに、そうしてもいいはずです。  
「こうして抱き合っているだけで私は満足ですけど……」  
「けど?」  
「……………………肌には、さ、触ってみたい、です」  
 それだけを言うのに、三十秒はかかったでしょうか。  
 言い切ると、私の顔は燃えるように熱くなりました。真っ赤になっていくのがわかります。  
 こんなことを言うようになるなんて。  
 彼は口元を緩めてなんだかおかしそうにしています。  
 あなたのせいです、まったく。  
「や、やっぱり今の無しでお願いします!」  
「肌だけ?」  
「なっ」  
 何を言ってるんでしょうかこの人は。  
 私の髪を手櫛で梳きながら、彼は微笑みます。  
「今からぼく、結構暴走するかもしれないから」  
「そういうこと、こんなときに言わないでください」  
「一方通行は嫌なんだ。ぼくも、君に応えたい」  
「言葉だけだとすごく真面目に聞こえますよね」  
 ああ、この人のせいでツッコミ癖がついてしまったかもしれません。  
 彼がくっ、と喉を鳴らして笑いました。  
 私は呆れましたが、つられて笑ってしまいます。  
 不安が少し薄れたような気がしました。  
「あなたは本当に……」  
「ごめん、そろそろ限界」  
 私の言葉を唇で塞ぎ、彼は動き始めました。  
 爪を切りそろえた綺麗な手が、私の胸に伸びました。  
 服の上からそっと、押し上げられるように触られます。  
 嫌悪はありません。恥ずかしさと軽い高揚に、ちょっとまばたきが多くなります。  
 
「すっごいやわらかい」  
「えっと、そんなに大きくありませんけど、その……どうですか?」  
「夢みたい」  
 ずいぶん大げさなことを言われました。  
「女の子のおっぱいって、どうしてこんなに触りたくなるんだろう」  
「真面目な口調で何言ってるんですか」  
「いや、逆に男の胸って触りたくなる?」  
「……」  
 私は彼の胸に無造作に触れました。  
 彼は驚いたように体をびくりと強張らせましたが、私は離しません。  
 ぺたぺたと。壁に絵の具を塗り込めるように触ります。  
「あなたの胸、こんなに硬いんですね」  
「な、なんか恥ずかしいな……」  
「ふふ、こういうのいいですね」  
 彼は気まずそうに顔を逸らしました。  
 男の人の胸は、女の子のそれとは違って、厚く硬いものでした。一見細身の彼でもそう  
なのですから、女と男ではやっぱり質や構造が違うのでしょう。  
 でも、こうして彼の胸に触れていると、なんだかドキドキします。  
 この人が特別だからそう感じるのでしょうか。  
「ひゃっ」  
 不意に彼の手に力がこもりました。  
 胸を強く揉まれたことにびっくりして声を上げると、彼の手がますます動きを滑らかにして  
いきます。  
「な、なんですか急に」  
「ちょっと悔しくて」  
「何が」  
「やられっぱなしはイヤなんだ」  
 宣言どおり、彼の手が逆襲に転じます。  
 強くといっても力任せではなく、感触を楽しむように根元から先のほうまで全体的に指を  
這わせていくやり方で、まるで蛇のようなしつこさがあります。  
 一言でいうなら、いやらしいです。  
 でも、そうして正面から繰り返し揉まれていると、羞恥を超えてどこか陶酔するような、  
奇妙な感覚に襲われました。  
 ドキドキが止まらなくて、でもそれがあまり苦しくないような。  
「あ、あの、胸ばかり……」  
 ずっと胸だけ触っていて、彼は飽きないのでしょうか。  
「飽きはしないけど、そろそろ他の場所も触りたいかな」  
「あ、う」  
 他の場所と言われて、私は目が回りそうになりました。  
 いえ、もちろんそういうことをしているのですから、いろんな場所を触るのは当たり前  
なんですけど、でもその言葉が、私の頭を沸き立たせます。  
 まだ服も脱いでいないのに。  
「スカートめくっていい?」  
 うまく返事ができません。  
 めくるだけでは済まないのがわかっているから、うなずくこともままなりません。間近に  
ある彼の顔をまともに見ることができず、うつむいてしまいます。  
 一分くらい逡巡して、ようやく私は答えました。  
「ど、どう、ぞ」  
 辛抱強く待っていた彼が、少しだけ微笑んでうなずき返しました。  
 したいことをしていいと言ったにもかかわらず、私はこんな体たらくです。それでも彼は  
特に呆れもせず、私に合わせてくれます。  
 きちんと応えたいと、強く思いました。  
 
 家に戻った時に着替えてきた薄い水色のワンピース越しに、彼の体の感触に馴染む  
ように、ぎゅっとしがみつきました。  
 彼の左手が腰に回ります。そして、右手がスカートに。  
 裾の下から、大きな手が内側に滑り込んできました。  
 指先が内腿に触れます。  
 普段ならまず人に触られることのない場所です。慣れないくすぐったさに私は身をよじり  
ました。  
「ふ……」  
 緊張から、堅い吐息が洩れます。  
 彼は動きを止めることなく、指を大胆に這わせます。  
 決して乱暴にはせず、かといって遠慮も少なく、私の脚を撫で回してきます。  
 左手が腰から背中に移り、密着するように抱き寄せられました。  
 近づいた顔がさらに迫り、またキスをされました。  
 それで、私は少しだけリラックスできました。彼のキスは優しく、落ち着きます。さっき  
まではキスだけでもあんなにあがっていたのに、何度か回数を重ねたためでしょうか、  
不思議と安心できました。  
 目をつむり、その安心感に身を委ねます。  
 唇だけ触れていたかと思うと、不意に舌を入れられました。戸惑いながらも、私も舌を  
伸ばします。  
 ひどくいやらしいことをしている。そんな自覚がないわけではありませんが、しかし痺れる  
ような感覚に、羞恥心が呑み込まれてしまいます。  
 彼の右手が私の大事なところに触れました。  
 ショーツの上から指で掬うようになぞられます。  
「だ、だめです、そんなところ、」  
 唇を離して訴えると、彼は私の首元に噛み付くようにキスをしました。なんだかそれが  
妙にいやらしくて、私は身じろぎました。  
「ふ……あ……」  
 掠れ声が、喉の奥から絞られるように洩れ出ました。  
「したいこと、するから」  
 囁き声に、反論できません。確かにそう言ったのは私ですけど、でも実際にやられると、  
どうしても体が反応してしまいます。  
「できればお手柔らかに……ん」  
 キスで言葉を封じられました。  
 下の方をショーツの上からしつこく弄られて、私は酩酊感に襲われました。自分で触った  
ことは、恥ずかしながらありますけど、それでもこんな風にふわふわと浮き立つような感覚に  
陥ったことはありませんでした。  
 血流が激しくなり、心臓がばくばくと音を立てます。きっと今の私は、一時的に高血圧に  
なっているでしょう。  
 
 はっきりと快感を覚えました。  
 愛撫するその手つきは優しくて、私はもう抵抗しません。  
 彼はそんな私に、まるで幼子を褒めるように、頬に柔らかく口付けをしました。  
 ショーツをずらされ、直に秘所をなぶられます。  
 恥ずかしくてまともに見ることはできませんが、きっとその部分はすっかり濡れすぼって  
いると思います。透明な液が彼の指に絡む光景を想像して、咄嗟にそれを打ち消しました。  
 そんな余計な思考が、次の瞬間には強烈な刺激に吹き飛ばされました。  
 彼の指が私の中に侵入してきて、内側をひっかくようにこすり上げたのです。  
「ああっ!」  
 私の口が短い嬌声を上げました。  
 自分でもびっくりするほどの甲高い声に、彼も驚いて指を止めます。しかしすぐにまた動かし  
始めました。押し開くように奥まで入ろうとしてくる指の感触を、私はただただ受け入れること  
しかできません。  
 声を抑えようとしてもうまくいかず、敏感な部分をこすられるたびに、喉が震えます。  
「へ、変です、いま、わたし」  
「変じゃない」  
「で、も」  
「かわいい」  
 そんなことを言われても。  
 彼の体にしがみついて、びりびりと麻痺するような刺激に懸命に耐えました。  
 しばらくして、体中から波が引いていきました。  
 高まった熱を放出するように、口から熱い吐息がこぼれます。彼の指が私の中から抜かれて、  
しかし高ぶった気持ちはすぐには下がりそうにありません。  
 ぼんやりとする意識の中で、視界に彼の顔を捉えました。  
 額に汗が浮いているのを見て、私はおかしくなりました。  
 そんなにも彼が夢中になってくれたことが、なんだかくすぐったいような、でもどこか嬉しい  
ような。  
 求められることは、やはり嬉しいのです。  
 もちろん誰でもというわけではありません。  
 あなただから。  
 私が本当に愛しているあなただから。  
 あなたのものになりたい。  
「服……脱ぎますね」  
 そっと囁くと、彼はぎこちなく頷きました。  
   
          ◇     ◇     ◇  
 
 彼女の裸身をこの目で見たとき、興奮よりも先に感動を覚えた。  
 お互いに背中を向けながら服を脱ぎ、確認してから同時に向き直ると、そこには両手で  
体を隠す彼女の姿があった。  
 恥ずかしいのだろう、顔が紅潮している。白い肌もうっすらと上気して、色づいている。  
それが彼女の美しさを際立たせているように思った。磁器のような硬質さと滑らかさを併せ  
持っているかのように、素肌はきめが細かく、しかしその色づいた肌が生命力を感じさせて、  
どんな芸術品よりも美しく輝いていた。  
 ぼくは、そんな彼女におもむろに近づく。  
「そ、そんなに、まじまじと見ないでください」  
 彼女が焦りの混じった声で訴える。  
 ぼくは視線を外さなかった。  
 包み込むように抱きしめると、彼女は恥ずかしさをごまかすように顔を僕の胸に埋めた。  
 温かい。  
 直接触れ合う素肌から、湯たんぽのように温かさが伝わってくる。男のぼくにはない  
柔らかい肌触りに、興奮が呼び起こされる。  
「すごく、綺麗だ」  
 素直に思ったままのことをつぶやくと、彼女は顔を胸に押し付けたまま、くぐもった声を  
出した。  
「……あなたも、素敵ですよ」  
「そうかな」  
「私だってドキドキしてるんですから」  
 彼女の形のいい胸に触れて、その音を聴きたいと思った。  
 ぼくは彼女の肩に手を置き、顔を上げさせた。  
 赤く染まった頬を間近に認めて、唇を寄せる。  
 今日だけでもう何度、彼女とキスを交わしただろう。  
 こんなにたくさんしているのに、少しも飽きない。できるのなら何回でもしたい。  
 ひょっとしたらしつこく思われているかもしれない。だけど彼女とのキスは、やめろと  
言われてやめられるものじゃない。ぼくはすっかり虜になっている。  
 その柔らかい感触は、ぼくを興奮させ、同時に落ち着かせ、幸せな気持ちにさせるんだ。  
 まるで起きぬけに味わう温かいミルクのようだ。  
 けれど、ミルクだけじゃ足りない。  
 ぼくは、彼女のすべてが欲しい。  
 
「ん……」  
 唇の端からこぼれる吐息を、頬の辺りに感じながら、ぼくらはベッドの上で重なり合う。  
 抱きしめる腕に力がこもりそうになるけど、なんとか抑えて体を離した。  
 仰向けの体勢で、彼女がぼくを見上げている。  
 まだ両手で胸と下腹部を隠していたので、やんわりとその腕を取った。  
 眼前に、真っ白な乳房と股の茂みが現れる。  
 ようやく彼女のすべてを、この目に映すことができた。  
「今から……いい?」  
 何度か短いまばたきを繰り返し、それから視線を上下させて、それからようやく彼女は  
頷いた。  
「これで……あなたのものになれますか?」  
 今度はぼくがまばたきをする方だった。  
「えっと、君は君だよ。ぼくのものじゃない」  
「そういうことじゃありません」  
 その真剣な目に、ぼくは少し気圧された。  
「あなたと出会えたことが、私は本当に嬉しいんです。こうして恋人になって、抱きとめて  
くれるあなたがいることが、言い表せないくらい嬉しくて……そんなあなたに、私はすべてを  
あげたいんです。私を幸せな気持ちにしてくれるあなたに、全部あげたい。だから、私は……」  
 言葉が途切れる。  
 彼女の気持ちはわかる。ぼくにも、少なからずそういう気持ちはあるから。  
 だけど、一方通行じゃ駄目なんだ。  
「じゃあ、ぼくも」  
「え?」  
「君のものになりたい。ぼくを、君のものにして」  
 素敵な時間を、幸せな気持ちをくれた君に、ぼくのすべてをあげたい。  
 ぼくはきちんと受け止めたい。だから、君もしっかり受け止めてほしい。  
 彼女はしばらく呆然としていたけど、やがて小さく微笑んで、こくんと頷いた。  
 目が少し潤んでいるのを尻目に、額に優しくキスをする。  
「愛してる」  
 短く発した言葉に、彼女の目から涙が一筋こぼれた。  
「私も……愛してます」  
 
   
 避妊具を着けて、彼女の両脚の間に体を入れる。  
 ゴムに包まれた先端を入り口にあてがうと、彼女の体がびくりと反応した。  
 ぼくは彼女の髪を一度撫でて、それからゆっくりと押し入った。  
「ん……」  
 呼気を洩らす彼女の表情は、それほど歪んではいない。  
 まだ先の方しか入っていないせいだろうか。苦痛ではなさそうだった。  
 様子を見ながら、ぼくは慎重に腰を前へと押し進めていく。  
「痛い?」  
 彼女は不思議そうに首をかしげた。  
「いえ、今のところは……少し圧迫感はありますけど。それより、どうですか?」  
「何が?」  
「気持ちいいですか?」  
 ぼくは思わず押し黙った。  
 気持ちはいい。なんというか、落ち着く。ただ、まだ先の方しか入っていないので、  
思ったほどの快感は得られていない。入れた瞬間放出してしまうんじゃないかとさえ  
思っていたのだけど、そんなことはなかった。  
 とはいえ、奥に突き入れて好き勝手に腰を振れば、簡単に射精してしまいそうな  
気がする。  
「気持ちいいよ。今はちょっと心地いい感じ」  
「そう、ですか」  
 よかった、と息をつく。  
 ぼくは彼女の腰を抱え込んで、もう一段深く逸物を沈めた。  
 狭い膣内はそれなりにぬかるんでいて、案外スムーズに進むことができた。それでも  
抵抗は強く、次第に彼女の顔が苦しげに歪み始める。  
 ぼくは動きを止めない。乱暴な真似は絶対にしないけど、確実に奥へと入っていく。  
 泣き言を言わない彼女のことを思うと、ここで止めることなんてできなかった。  
 彼女の手がシーツをぎゅっと掴んでいる。  
 細い指が、調えられた白い布をぐちゃぐちゃに乱すように掴んで離さない。  
 それでも、やめてとは言わなかった。  
 ぼくはできる限り優しく、彼女の中へと進んでいった。  
 
 しっかりと埋め込むまで、五分はかかっただろうか。  
 彼女にそっと呼びかけると、とても深いため息が返ってきた。  
「……おつかれさまです」  
「いや、まだ終わってないけど」  
「でも一段落は迎えましたよ」  
「うん。感動してる」  
 目を丸くする彼女がおかしい。  
 愛しさが膨れ上がって、胸がいっぱいになっていた。彼女とつながっただけで、こんなにも  
気持ちが抑えられなくなるなんて。  
 彼女の顔に小さな笑みが生まれた。  
「これって、なんなんでしょう」  
 胸に手をやり、祈るように目をつぶる。  
 眠るように穏やかな顔で、内側にめぐる想いに浸っている。  
「きっと、愛しさに限りはないんですね」  
「うん」  
 数値化もできなければ、限界もない。ときにあやふやになることさえあって、愛情とは  
必ずしも確かなものではないかもしれない。  
 それでもぼくらは何かをはっきりと感じていて、それはきっとお互いじゃなければ駄目  
なんだ。  
 君じゃなければ、駄目なんだ。  
「どうぞ、動いてください」  
 彼女に促されて、ゆっくりと動き始める。  
 中は潤っていて、動かすのに支障はない。腰を引いて、それから前に押し入って、短い  
往復を開始した。  
 強い締め付けに、ぼくはあまり激しく動かすことができない。刺激が強くて、動きを速めると  
あっという間に達してしまいそうになる。  
 彼女は呼吸を乱しながら、しかし声を上げないようにしている。  
 奥を突くと、痛そうに眉をしかめた。  
 できれば奥まで突き入れて、大きく腰を動かしたい。中をかき回すように蹂躙したい。でも  
それはさすがにはばかられる。ぼくは自制して、中の浅い部分を動き続けた。  
 しばらくすると、彼女がぼくの手を握ってきた。  
「ん……体、火照っちゃいますね」  
 少し余裕が出てきたのか、口調は軽い。  
 彼女の手は温かかった。  
 つながって、いろんなところが触れ合って、互いの温もりを感じ取って。  
 動き続けると汗がにじみ出てくる。腰の奥から痺れるような快感がせり上がってくる。  
 一方彼女は、最初に比べたらだいぶ慣れてきたみたいだけど、やはり快楽を得るには  
到っていないようだ。  
 今のぼくでは彼女をきちんと気持ちよくさせることはできない。せめて痛みを与えない  
ように心掛けた。  
「大丈夫?」  
「あ、はい……なんだか、不思議な気分です」  
「不思議?」  
「満たされていくような、そんな感じです」  
 充足感ということだろうか。なんだか嬉しくなる。  
「気持ちいいの?」  
「それは……あんまり」  
「……」  
 わかってはいたけど、直接言われると結構堪える。  
「あ、で、でも、すごく優しくしてくれてるから、もうそんなに痛くないんですよ」  
 それってフォローになるのかな?  
 まあ、ぼくもまだまだ頑張らないといけないんだろう。  
 
「ちょっとずつレベルアップしていかないといけないかな」  
「レベル、アップ?」  
「これから何度もこういうことするんだから、慣れていかないとね」  
 彼女の顔が真っ赤になった。  
 精神的な充足も大事だけど、男としては肉体的な充足も与えたい。  
 今回は仕方ないけど、次からはもっと。  
「わ……わ、私も……頑張ります、ね」  
 たどたどしく宣言する彼女がかわいくて、つい彼女を抱きしめてしまう。  
「んんっ、いた……」  
 深く奥を突いてしまって、彼女が苦痛の声を上げた。  
「ごめん。でも」  
「ん……平気です」  
 彼女が応えるようにぼくの体を抱きしめた。  
 そのままキスをして、舌を絡ませ合って、体を少しだけ強く動かして。  
 性感を刺激されて頭が茹っていく。放熱をするように中から何かがこみ上がってくる。  
 高まる欲に突き動かされて、ぼくは彼女をひたすら抱いた。  
 快楽の波に流されて、そのまま少しも我慢することなく絶頂を迎える。  
「や、ああ、い……、んっ……」  
 彼女が痛み混じりの嬌声を上げてしがみついてくる。背中に爪を立てられて痛みが  
走った。  
 ぼくは膨れ上がった欲望をすべて吐き出すように断続的に射精して、ゴムの内側を  
白濁液で満たしていく。  
 痛みにも似た快感は、射精を終えると急速に薄れていった。  
 ただ、心地良い疲労感が絶頂の余韻とともに残っていて、彼女の体を抱きしめながら  
それに浸るのがたまらなく気持ちよかった。こうしてつながったまま、一緒に眠りたいとも  
思う。  
 しかしそういうわけにもいかないだろう。避妊具から精液が洩れてしまうかもしれないし、  
お互いに汗もかいている。部屋には匂いが充満していて、シーツは乱れてぐしゃぐしゃだ。  
ぼくは名残惜しくも彼女の中から逸物を引き抜いた。  
 彼女が仰向けのまま、体を隠しもせずにぼうっと放心している。  
 
 心配になって声をかけた。  
「大丈夫?」  
 彼女はぼくの顔をぼんやり眺めて、小さく小首をかしげた。それからゆっくりと息を吐き出す。  
 不意に今の自分の状態を自覚したのか、慌てて体を起こそうとした。しかし力が入らずに  
手が滑ってしまう。背中に腕を入れて抱き起こすと、彼女は小さな声でありがとうございますと  
言った。  
「あ、あの」  
「ちょっと待って。外すから」  
 液がこぼれないように避妊具を取り外し、口を縛ってゴミ箱に捨てる。小さくなった性器を  
ティッシュで拭いて、それも捨てた。  
 改めて向き直る。  
 目が合うと、彼女が恥ずかしそうにうつむいた。ぼくの方もつられて照れてしまう。  
「……あの」  
「うん」  
 何か彼女は言いたいようで、ぼくは落ち着くまで辛抱強く待った。  
 やがて顔を上げると、彼女は上目遣いにこちらを見つめてきた。  
「……私、今すごく幸せです」  
 率直な発言にぼくは咄嗟に返事ができない。  
 深呼吸をして、彼女の言葉を反芻する。  
 そんなの、ぼくだって、  
「ぼくの方こそ、今すごく幸せだ」  
 その言葉に、彼女ははにかんだ。  
「これからも、こんな幸せが続くんでしょうか」  
「続かせたいなあ。君がよければだけど」  
「……そんなの、答えなんて決まってます」  
 そう言うと、彼女はぐっと顔を寄せてきた。  
 ちょん、と。  
 掠るように一瞬だけ唇を重ねて、そっと体を離す。  
「一緒に、続けていくんです。いつまでも」  
「……うん」  
 同意して頷くと、彼女は嬉しそうに笑った。  
   
          ◇     ◇     ◇  
 
 夜空に大輪の花が咲きました。  
 鈍く大きな音が夜の街に響き、地上にいる私たちの胸にもずしりと重い衝撃が届きます。  
 大きな一発を皮切りに、次々と色鮮やかな花が咲き乱れ、光跡をうっすらと残して闇に  
吸い込まれるように消えていきます。  
 私は今、商店街の通りにいます。  
 周りにはたくさんの出店が並び、たくさんの人が行き交っています。  
 今日は夏祭り。  
 隣にはもちろん私の大切な人がいて、ともに浴衣姿です。ちょうど一ヶ月前、縁日の夜に  
着たのと同じものです。  
「綺麗ですね、花火!」  
 私は柄にもなく興奮していました。花火なんて、ずいぶん久しぶりなものですから。  
「去年もやったんだけど、見なかった?」  
「去年は部屋に引き篭もっていましたし」  
「……あの家ちょっと離れてるしなあ」  
 彼は納得したようにつぶやきますが、ちょっと呆れられているかもしれません。  
「いいじゃないですか。こうして今年、見ることができたんですから」  
 彼の手を握り、にっこり笑いかけます。  
「あなたと一緒に見ないと、意味ありませんしね」  
「……そうだね」  
 彼もきゅっと握り返してきます。  
 この人の本当の彼女になりたいと、ずっと思っていました。  
 でも、とっくに私は彼のものになっていました。あの初めての夜より前から、ずっと私たちは  
想い合っていたのですから。  
 大事なのは行為ではなく、想い。  
 それに気づいたのは、ごく最近のことです。  
 私は彼に抱かれることで、本当の彼女になれると思っていました。逆にいうと、そうしないと  
なれないと思っていました。  
 そんなわけありません。確かに契りを交わすのは特別なことかもしれませんけど、あくまで  
一行為です。多くのふれあいの中の一つにすぎません。  
 ちゃんと向き合って、想いが通じ合えば、それでもう十分なのです。  
 それよりも、その想いを断たないように、継続していかないといけません。それはとても  
難しいことです。想いはあやふやで、数値化できるものでもありませんから。  
 だけど、同時に想いに限界はありません。  
 これから私は彼のことをもっともっと好きになっていくでしょう。いろんな面を見つけて、その  
中には気に入らないものもあると思いますけど、それも含めて好きになっていくでしょう。  
 限りない愛情がどこまで膨らんでいくか、見当もつきません。でも私は今、彼の隣にいて、  
同じ景色を見ることができ、そのことを嬉しく感じています。  
 ともに歩める位置にいます。  
 私は彼の彼女です。でも、それだけでしょうか。  
 他になりたいものは?  
 
「……くん」  
 小さく、喧騒にまぎれるように彼の名前をつぶやきます。  
 彼が顔を上げました。今の声が聞こえたのでしょうか。  
 夜空に何度目かの花火が上がりました。  
 私は顔を伏せ、遅れて届いた音にまぎれてつぶやきます。  
 彼が目をしばたかせました。  
 聞こえたでしょうか。きっと聞こえなかったと思います。  
 いいのです。これは別に聞かせるつもりで言ったわけではありません。  
 その思いを確固としたものにするために、口にしただけです。  
 私の心に深く刻み込んで、いつの日かそれが叶いますように――  
 
 
 
「ぼくも君と結婚したい」  
 
 
 
 瞬間、私はびっくりして、彼の顔を凝視してしまいました。  
「き、聞こえたんですか? 今のつぶやきが」  
 彼は小さく微笑みます。  
「自信はなかったけど、ひょっとしたらと思って」  
「……あてずっぽうで変なこと言わないでください」  
「外れてた?」  
 私は言葉に詰まり、無言で首を振りました。  
 彼は嬉しそうに口元を緩めて、  
「よかった。すごく嬉しい」  
「私たち、まだ高校生ですよ?」  
 自分で言っておきながら、そんなことを口にします。  
「じゃあ婚約ってことで」  
「いつになるかわかりませんけど」  
「ぼくは構わない」  
「……気持ちが離れたりするかも」  
 彼は肩をすくめました。  
「確かに可能性はあるけどね」  
「……」  
「でも、君はもうぼくのものだから」  
 心臓が一際大きく跳ねました。  
「絶対に離さない」  
 彼の手に力がこもります。  
 痛いくらいに強く握りしめてきて、私は苦しくなります。なんだか心臓を直接絞られている  
ような、そんな苦しさが胸に渦巻きました。  
 
 負けないように歯をぐっと噛みしめて、手に力を込めます。  
「私も、離れません。離しません」  
 あなたは私のものだから。  
 いつまでも一緒に。  
「私、なりたいものがたくさんあります」  
「うん」  
「あなたと家族になりたいです」  
「うん」  
「パートナーに」  
「うん」  
「夫婦に」  
「うん」  
 一つ一つ頷いてくれる彼は、きっと私の一番の願いがわかっているのでしょう。その一言を  
待っているようでした。  
 私は大きく深呼吸をしました。  
「あなたと一緒じゃないと、なれないんです」  
「うん」  
「だから、これからも――ともに歩んでくれますか?」  
 彼は私の顔をじっと見つめ、私の大好きな笑顔で答えました。  
「喜んで」  
 
 
 
「……ところで、今日は泊まっていきますよね?」  
 私が訊ねると、彼は目に見えて動揺しました。  
「えっと……いいの?」  
「今日はずっと一緒にいたい気分なんです」  
 ほどよい高揚とともに、私は言葉を重ねます。  
 彼は虚空を見上げてため息をつきました。  
「女の子ってすごいね……」  
「なんですか、それ」  
 つないだ手をそっと組み替えて、指を絡めます。  
 それだけで、ドキドキが強くなりました。  
「今夜はいっぱい愛してくださいね」  
「……頑張ります」  
 彼のため息混じりの返事に、私は小さく笑いました。  
 
 

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