さいあく、最悪だ。ちょーさいあくぅっ!!  
「うぅっ……頭がズキンズキンするよぉ」  
 チンコ弄り禁止命令から一週間が経過し、ボクは律儀に守ってたけど限界突破。  
 だから昨日の夜、バレないようにお風呂場でシャワーを出し、オナニーしようとしたら、ガチャ、ガラッ、ナニシテンダユート? サキちゃんが制服のまま入って来た。  
 男は精子を溜め過ぎると夢精する事を熱弁したけど、結局は理解されずに怒られただけ。そしてその間、ボクはタオル一枚の裸も同然だったから、  
「ふぅ、ふぅ……ったく馬鹿が。ほれっ、あーんしろ」  
 風邪をひいた。ベッドでパジャマ姿で、上半身だけを起こしてフーフーしてくれたオカユを食べる。  
 茶碗からレンゲで掬われ、サキちゃんにフーフーされ、口元に差し出され、パクリ、モグモグ、ゴックン。  
 動くのもダルいボクの代わりに、洗濯もしてくれたし、学校に連絡もしてくれたし、こうやってオカユを作って食べさせてくれる。まぁ、風邪ひいたのはサキちゃんのせいなんだけどさ。  
 でもそれでも、朝早くからずっと世話して貰ってるし、こんな献身的な幼馴染みを見たら、嫌でも罪悪感は膨らんでく訳で。  
「一人で食べれるから、だいじょぶじょぶ。サキちゃんは学校に行って? まだ遅刻しない時間なんだし」  
 ベッドの隣で椅子に腰掛け、片手に茶碗、片手にレンゲを持った、染められた赤い髪に、赤いコンタクトに、やっぱり赤いタイツを穿いてるサキちゃんには、学校を休んで欲しくない。  
 早くクラスのみんなと仲良くなって欲しいんだ。せめて挨拶ぐらいはできるようになってくれないと、全部がボク経由になっちゃうから。ボクが居ないと、両親とさえ会話ができないから。  
「あっ? なんだよ……オレ、ジャマか?」  
 ボクより背が高くて、ボクより格好良くて、運動神経良くて、頭も良くて、家事だってこなすサキちゃんだけど、ボクが居ないとケンカしかできない。  
 サキちゃんを怖がらずに話せるのが、ボクとマヤちゃんだけってのは、凄く寂しいと思うんだ。だから、そんな悲しそうな顔しないで。  
 
「ううん、けど……ちょっと熱っぽくて頭痛がするだけだし、それにこの部屋にいると、ボクの風邪が移っちゃうかもよ?」  
 もっともらしい理由で、理屈で、この部屋から追い出そうとしても、  
「はぁぁっ……なぁ、ゆーと? オレだけが学校に行ってどーすんだよ? オレは誰と話しすりゃいいんだ? だから気にすんな、ゆーとの風邪なら移ってもいいから」  
 目を閉じて、顔を小さく左右に振るだけ。長い髪もつられてユラユラ左右に揺れる。  
 そして再び目を開けて。サキちゃんの瞳は赤、さみしがりなウサギと同じ赤い色。  
 ってかさー、ボクの風邪なら移ってもいいってさー、ドキドキしちゃうんだけど!! 熱がさがんないよぉっ!!  
「んーっとさ、ボクの勘違いかも知れないんだけどさ」  
 だってしょうがないよ、昔からサキちゃんの事を好きだったんだから。  
 そしたらさ、もしかしたらって勘違いもしちゃうよ。出来る限り後腐れの無い言葉を選んで、幼馴染みの関係が壊れないセリフをセレクトして。  
「なんだよ?」  
 視線が合う。ジッとボクを見詰めてる。みんなが目を反らし、ボクだけが平気な凝視眼光。  
 深く、深く、呼吸を一回。頭の中で何度もリハーサルして、もしかしたらを声で紡(つむ)ぐ。  
「サキちゃんてさ、もしかしてボクの事……スキなの?」  
 もしかしたら、もしかしたら両思いかも知れない。  
 そんなハチミツたっぷりアイスこんもりのハニートーストよりも甘い考えで、確率はフィフティフィフティかな? なーんて甘い算段で、ボクをスキなのって聞いて。  
 
 
「はっ……はああぁぁぁぁぁっ!!? べ、べつにゆーとなんて好きじゃねぇしっ!!! 一人だってから、幼馴染みのオレが看病してやってんだろっ!!?」  
 
 
 だよねー。否定はアッと言う間も無く、早い口調で完全にブチのめされた。  
 ボクは落ち着いてるフリをして、表情を変えないので精一杯。  
「うんっ、だよね? わかってる、よ」  
 あーあ、サキちゃんに振られたら、彼女になってくれそうな人はマヤちゃんしかいないのに。  
 生涯の彼女候補二人の内、一人がここで消えてしまった。  
「っ……わかってねぇよ。ちっ、コンビニ行って冷えピタシート買ってくっから、おかゆ食ったら寝とけ」  
 呟きに続けて舌打ちし、茶碗とレンゲを押し付けて、その姿までこの部屋から消してしまう。  
 自信、あったんだけどなー。  
「あははっ、これは告白してもフラれちゃうよね? んむっ……おかゆオイシ」  
 
 
 
 
 
   『ボクが奴隷に落ちるまで』  
    〜契約満期まで後21日〜  
 
    
 
 
 気が付けば家のリビング。昼間でもカーテンは閉め切られて薄暗い。ソファーの真ん中にボクが座り、右にサキちゃん、左にマヤちゃん。三人並んでテーブル越しのテレビを見てる。  
 正確にはテレビじゃなくて、父親が隠してた無修正のアダルトDVD。  
 ああ、思い出した。これはボクが初めて性に目覚めた日。ボクが、精通した日。  
 両親は出掛けてボクだけ留守番で、マヤちゃんとサキちゃんが遊びに来て、かくれんぼしてたら、見つけた。  
 小学一年の時、三人とも6歳の時、マヤちゃんがショートカットで、サキちゃんの髪はまだ黒かった時。三人でしたエッチな秘密、三人でシた……アナルセックス。  
 最初はボクの家だけだったけど、しばらくすると学校でもするようになった。朝に、昼休みに、放課後に。教室で、図書室で、プールで。  
 体育の授業、みんなはビート板を使って泳ぎの練習をしてるのに、ボクら三人は泳ぐ真似。  
 首から上だけ水面に出して、その下じゃ水着をズラして、じゅぽじゅぽパンパン腸内射精。  
 結局その関係はバレずに一年経ち、二年生になってクラスが別々になるまで続いた。  
 
 ──ああ、夢か。  
 
 ここまで記憶を遡り、やっと自分が夢を見てると思い知る。  
 だって、サキちゃんがまだ、優しいから……  
 
「んにゅ」  
 
 やっぱり。ボケる視界がゆっくりクリアに。  
 目の前には見慣れた赤い髪、見渡せば見慣れた机にクラスメイト。シンと静かな授業中、詳しく解析すればテスト中。  
 ボクは問題も確認せずに鉛筆を転がし、マークシートを最速で埋めたんだった。どーせ国主催の学力調査テストだし、成績には関係ないし、通信簿には何も心配ない。  
 そう決めて机に突っ伏し居眠りして、病み上がりの身体を回復させていたのだ。  
 
 時計を見れば、テスト終了の合図まで、残り15分ちょい。  
 
 うーん、また寝るには時間が短過ぎる。辺りは真剣で静かだし、威圧してピリピリさせる係のサキちゃんが、テスト開始と同時に眠てるから、みんな集中してできてるんだねっ♪  
 って事は、暇だって事で、イタズラするしかないって事だよ♪♪  
「んーっ」  
 右手を前へと差し伸ばし、サキちゃんの背中にかかってる髪を左右に落とす。  
 起きちゃうかな? とも思ったけど、小さな吐息は途切れない。よしよし……じゃ、さっそく。  
 
 スーッと撫でるように、サキちゃんの背中を黒板代わりにして、人差し指だけで文字を書いていく。  
 
 カタツムリが這うぐらいのスピードで、一文字、一文字、的確に、  
 
 お こ の み や き た べ た い  
 
 今夜の夕飯をリクエスト。何となく急に食べたくなったから。  
 て言っても、サキちゃん寝てるから意味ないか。一瞬ぴくっとしたけど気のせいだよね? ぜーんぜん起きないし。  
「よっ」  
 すぐに次の単語を指で刻む。  
 
 
 す き  
 
 
 平仮名で。ぴくっ。  
 
 
 ス キ  
 
 
 片仮名で。ピクピクッ。  
 
 
 好 き  
 
 
 漢字で。比区比区比区っ。  
 
 
 大好き おこのみやき  
 
 
「はあああぁぁぁぁぁぁぁああ!!?」  
「うわっ!?」  
 だから作って……そう繋がる筈だったのに、突然に立ち上がられて書けなくなった。  
 ガタンッ!! 大きな物音と声を発して席を立ち、クラス中の視線を一身に集める。  
「ちっ、なに見てんだよテメェら……コロスぞ? オラッ、ふざけやがって、ツラ貸せよゆーと!!」  
 そんな視線も睨むだけ。睨むだけで、クラスメイトは視線を再びテスト用紙に逃がす。教師でさえ知らぬ素振り。  
 まだ高校へ入学して一年も経たないのに、みんな『あこがれ』てるのに、みんな怖がってる。仲良くなるキッカケさえ有れば、友達だって沢山できるのに。  
 なんて事を、手を引っ張られて歩きながら、廊下を引きずられながら、先歩く幼馴染みの髪を眺めながら、誰も居ない秋空ひろがる屋上に連れて来られるまで、ボーっと考えていた。  
「もう、学校じゃすんなよゆーと?」  
 屋上の中央、数十センチの距離で対峙して、ボクが見上げてサキちゃんが見下ろす、二人が会話する時のいつもの格好。  
 ほんのり頬っぺた赤くして、やっぱり恥ずかしかったんだね? かっわいんだからん♪  
「はい、ご主人様の命令とあらば」  
 にやける表情を隠しつつ、ボクは文句も言わずに頷くだけ。わかったよサキちゃん……学校では、もうしない。家だけにするよ。  
「ちっ、ほんとにわかってんのかよオメェ?」  
 すると聞こえる舌打ちの音。不機嫌な時と、照れてる時だけ聞く事ができるレアSE。  
 そして変化する足の向き。踵を返して教室へ帰ろうとする。  
 目に映るのは後ろ姿。赤いタイツを纏ったムチムチの太股に、安産型確定の引き締まったお尻。  
 昔はそこに、ボクのチンコ出し入れしてたんだよなー。  
「サキちゃん!! サキちゃんて、さ……何で髪を赤くしたの?」  
 そう思ったら、さっきの夢を思い出したら、自分でも意識しない内に呼び止めてた。  
 ここに来たのとは真逆、ボクがサキちゃんの手首を掴んで。  
 
 以前は黒く自然な色だったのに、今は深紅クリムゾンレッド。この色に意見が有る訳じゃなくて、この色に変えた理由が、今更になって気になっただけ。  
 サキちゃんはボクの台詞に驚いてるけど、頬っぺはほんのり赤いまま。  
「はっ? 意味なんてねーよ、オレが赤を好きってだけだ……あっ、言っとくけど、たまたまオメェと好きな色が同じってだけだかんな? オメェの為に赤く染めてんじゃねぇから、勘違いすんなよゆーと?」  
 ふーん、好きだからかぁ、意外と普通の理由……んっ? なんで勘違いなんだろ?  
「勘違いなんてしないよ? だってボク、好きな色は黒だもん」  
 そうだ、ボクは赤が好きなんて一度も言った事が無い。少し考えてみたけど、やっぱりない。うん、ないよ。  
 
 
「はっ、はあああぁぁぁぁぁぁぁああ!!? はっ、はあっ!? だってガキの頃、赤が好きだって言ってたじゃん!?」  
 
 
 それでもサキちゃんは引き下がらない。ボクの肩に手を置き、ぐわんぐわんと前後に揺らしてくる。  
 もしかして、勘違いしてるのはサキちゃんじゃないのかな? 多分、小学生の頃に集めてたアレで勘違いしたんだ。  
「いやアレは、ウルトラマンが好きだったから赤い物を集めてただけで、色自体はそんなに好きじゃないよ?」  
 赤い瞳が見開かれる。ぐわんぐわんからも解放される。  
「ちっ……オレ今日よ、ケンカの予約あっから先に帰るわ。じゃーな」  
 呆気に取られて、ボクは屋上に一人きり。サキちゃんが校門を走り過ぎるまで、授業終了のチャイムが鳴るまで、ベンチに腰掛けて下を眺めてた。  
 
 眺めてたら、眠ってた。キッチリ放課後に目が覚めて、先生に怒られて、帰宅して冷蔵庫の前で唸ってる。  
「うむむーっ」  
 食材が無い。サキちゃんがまとめ買いしててくれたストックが切れたのだ。モノの見事にすっからかん。  
 ボクも調理は好きだし、凝ったのにだってチャレンジする。だけどそれは、冷蔵庫に食材が入ってればの話し。入ってなければ、コンビニ弁当にカップラーメン当たり前。  
 食材を選ぶって行為が、どうしても面倒臭くて仕方ない。スーパーに行くときは、毎回サキちゃんに付き添って貰ってるし。  
 そのサキちゃんも、今日は遅くなりそうだしなー。ああん、カップラーメン生活スタートかぁ……  
 
 ──ビンボー♪  
 
 
 チャイムがキッチンまで届く。  
「はーい、開いてますよー」  
「開けろよクソ野郎っ!!」  
 あら珍しい、サキちゃんが玄関から来た。てか、チャイム押せるなら開けれると思うんだけど。  
 でも理不尽な説教をされるのは嫌だから、急いで玄関に向かってドアを開けた。  
「サキ、ちゃん?」  
 あけた、ら……  
 
 
「おう、久し振りに夕食はオレが作ってやるよ」  
 
 
 サキちゃんが両手でホットプレートを抱えて立ってた。肘に買い物袋を下げて、そこから見える『お好み焼きの粉』。  
 だけど、肝心なのはそこじゃない。そこじゃないけど、まだ言わない。  
「ふふっ、うん♪ ちょーどソレが食べたかったんだ♪♪」  
「そ、そっか……偶然だな!」  
 サキちゃんはリビングテーブルにホットプレートを乗せると、同じくテーブルの上で玉を作り始めた。  
 ボールの中に卵を入れ、水を入れ、粉を入れて、ソワソワソワ。ボクがサキちゃんから視線を僅かにズラしても、混ぜながら少しずつ視線に入ってる。  
 手の動きも落ち着かないし、必要以上に髪を掻き上げるし。そんなに邪魔なら、いつもみたいにアップにすれば良いのに……なーんてね♪  
 本当はわかってる。肝心な事をさっぱり言って貰えないから焦ってるんだ。これ以上じらしたら悪いかな?  
 ボクが言わなきゃイケない事。ボクがホットプレートよりも早く気付いた大切な事。  
 
 
「サキちゃん、黒い髪、似合ってるよ……凄く綺麗だねっ♪♪」  
 
 
 サキちゃんの髪の色が、艶々の黒色に変わってた事。  
 着てるのは制服のままだけど、タイツまで赤から黒に変わってた。  
「う、うるせっ、赤に飽きただけだ。ウゼェからジロジロ見んじゃねぇよ」  
 あはっ、見ないとそわそわして、ボクの視界に入って来るクセにぃっ♪  
 その後はモーマンタイ。焼くのから取り分けまで、全部サキちゃんがしてくれた。  
「サキちゃんてば、お好み焼き作るのも上手いんだね!! きっと素敵なお嫁さんになるよ」  
 とても、美味だった。  
 
 
「なら……しろよ、ちくしょう」  
 
 
 ボクが洗い物をして帰る間際、そうだ、どうやってチャイム押したのって聞いたら、蹴ったって言われた。  
 
 

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