灰色の空。何かの比喩では無く、空は、灰で、灰色に、色付く。太陽光さえ遮って、気温は真逆に反比例。  
 汗が垂れ、汗が溢れ、致死量までアクセルを踏み込んで体力を奪う。それまでの熱帯火山。それまでに人々を寄せ付けない。  
 されど目標は天高く。灰色の空を掻き分け、噴煙の海を遊泳する。  
 深紅の翼を優雅に広げ、聞いた者に恐怖、絶望、敗北のマイナスイメージを植え付ける巨大な咆哮、巨大な躯。  
 それは、噴煙を纏(まと)う大空の王者……火炎竜リオレウス。  
 四桁を超えるハンターの皮膚を裂き、肉を喰らい、身体を焼く。  
 そう。火炎竜は、確かに強かった。  
 リオレウスは、間違いなく強かった。  
 だが火炎竜は、リオレウスは、足も引きずる満身創痍。  
 誇りを埃に変え、プライドは切り落とされた尻尾に置いて来た。  
 火炎竜の遊泳は逃走。リオレウスの咆哮は悲鳴。助けてくれと鳴き叫び、その願いは決して叶わないと思い知る。  
 違ったのだ。これまでの人間とは。  
 体格が違う、知識が違う、装備が違う、経験が違う。そして何より格が違う。  
 これまでのハンターは毒を使った。出血毒を、神経毒を。  
 これまでのハンターは罠を使った。痺れ罠を、落とし穴を。  
 果てはスタングレネードで閃光漬けにもされた。  
 これまでは、そんな状況を楽しみながらも鎧袖一触できていたのだ。  
 だがコイツは? 毒も、罠も、閃光玉さえ使わない。  
 毒も、罠も、閃光玉も、火炎竜程度には使ってくれない。  
 左手には暑さを凌ぐ特殊なドリンクを、右手にはマ王の化身……角王剣アーティラートを。  
 もう逃げてはいられない、飛んではいられない。傷付いた翼の限界リミット。  
 もう戦うしかない。地上に降りて、最後の決着。  
 
 
 
 
 
MAYA『弱らせたから、そろそろ出てこい』  
 画面にマヤちゃんからのメッセージ、ボクの時間を持て余した妄想タイムは終わり。すぐにタイピングを返す。  
 
U-to『りょーかい』  
SAKIchu-♪『おう』  
 
 屈めていた身を立ち上がらせて、マヤちゃんのキャラが居るフィールドの中央まで全力ダッシュ。モンスターの着陸地点に罠を仕込む。サキちゃんはその間、アイテムを調合して爆弾の準備。  
 ボク達は、ずっとこの形でゲームを進めて来た。マヤちゃんが殆ど一人で戦って、ボクとサキちゃんは隠れて観戦するだけ。  
 トドメを刺す段階になると合図され、ボクが罠を仕掛けてサキちゃんが爆弾ドカン。  
 だけど今回は、二人ともザコ敵のイノシシに一回ずつヤラれてしまい、後一回でクエスト失敗。まぁ、これで倒すだろうけどさ。  
 
MAYA『さき』  
 
 モンスターが罠に掛かり、身体の動きを止める。後は爆弾二発で終わり……んっ? ペイントが切れてるぞ?  
 そんな時は、持ってて安心ペイントボール。やぁっ!! ペイントボールを投げる。  
 するとそこには、モンスターの下で爆弾を仕掛けるSAKIchu-♪(サキちゅー、ピカチュウの親戚かな)が……  
 
 どかぁぁぁぁぁぁん♪♪  
 褒賞金が0になりました。  
 クエストを失敗しました。  
 
「ゆぅぅぅとおぉぉぉぉぉっ!!!」  
 
 リビングからボクの部屋まで怒声が届く、足音が響く。  
「ああん、ゆるしてぇぇっ!!」  
 ボクは只々、土下座をして待ちわびるばかり。  
 
 
 
   『ボクが奴隷に落ちるまで』  
    〜契約満期まで後9日〜  
 
 
 ボクは自室で、サキちゃんは下のリビングで、マヤちゃんはマヤちゃんの家から。  
 三人でオンラインゲームのモンスターハンターしてたけど、サキちゃんのワガママな独断で解散させられた。  
 そして今、パラパラ舞い落ちるパウダースノーの下、クリスマスイルミネーションに彩られた街の中で、両手一杯の荷物を持って息を切らす。寒さで、疲れで、その両方で。  
「うぅっ……アイス食べたいよぉ」  
 三歩も前を歩く不良を、楽しそうに左右へと揺れる長い髪を、小声で恨めしく唸るだけ。  
 左手の袋には冬服モリモリ、右手の袋には雑貨が沢山で、荷物係は愚痴をグチグチ。  
 今日は午前中だけ文化祭の話し合いをして授業は終わり。それからサキちゃんの作ったチャーハンを二人で食べて、平和にモンスターハンターを三人でしてた。  
 だけど軽い手違いから後は、サキちゃんの怒りゲージをなだめ、「ちょっと顔貸せよオラッ!」と制服のまま無理矢理に寒空へ引っ張り出され、九駅も離れた都心の街を、一時間以上も連れ回されてる。  
 見上げればショッピングビルの液晶モニター。その左上には『2時30分』。サキちゃんが夕飯の準備を始めるのが6時くらいだから、まだまだ三時間は両手が開かない計算。  
 見渡せばカップル、カップル、カップル。右も左もチュッチュちゅっちゅ。ボクも彼女を作ってチュッチュしたい。  
「なぁ、ゆーと……本当にヌいてやらなくて大丈夫か? オレはここででも良いし、手早くクチでしてやるぞ? なんなら昔みたいに、オレの頭を掴んで腰を振ったっていいしな」  
 信号待ちで追い付いて、隣に並んで足を止めたら、サキちゃんは眉尻を下げ、心配そうにボクを見る。そう思うなら、オナニーさせてくれても良いのに。  
 それにココでヌいてくれるって、小学生の時みたいに試着室の中でかな? でも、まぁ、うん。今更しないよ。目標達成は、契約満期は、既に手を伸ばせば届くから。  
「ボク、しないよ? 約束の日が来たら……サキちゃんのおっぱいをメチャクチャに使うから」  
 途中でインターバルは有ったけど、一ヶ月間も溜めて熟成させた特濃ミルクで、身体をドロドロのベチョベチョの真っ白なショートケーキにしてやるんだ!!  
 それまでは我慢、我慢ガマン。もにゅもにゅ。我慢できなくなったら水かけて冷やそう。  
「ちっ、一気に爆発されると大変だから言ってんのに……ああもうっ、知らねっ!! 好きにしろバカっ!!」  
 サキちゃんの頬っぺは赤く染まって、待ってた信号は青く変わった。  
 一人は笑って一人はそっぽ向いて。雑音溢れる人混みの中を、二人並んでゆっくり歩く。まだまだ時間は有るんだし、ゆっくり、ゆっくり、歩いて行こう。  
 
 
 ってな具合に、何のアクシデントも無く進むのは、とても難しい事なんだ。  
「ああ、っと……ちょっくら選んで来るからよ、レジん所で待ってろ」  
 メインストリートから道を一本外れれば、街の雰囲気はガラリと変わる。静かに、静かに、静かに。人口密度はすっからかん。  
 高層ビルに遮られて、太陽を知らない影の道。そこの奥の奥に在るのは、黄色い看板のDVDショップ。  
「えっ? あ、うん」  
 DVDショップとは言っても、中はそこら辺のスーパー並みに広く、なのに客は僅かで、売ってるのは普通のDVDじゃない。  
 右を見ても、左を見ても、天井を見ても、どこを見ても裸の女性が目に映る。エロいポスターに、エロい本に、エロいDVDに、バイブやオナホなんかのアダルトグッズ。  
 そんな店内の更に奥の奥へ、サキちゃんは堂々と制服姿で消えてった。ボクだって制服のままだけど、レジ越しに店員と視線が合ったけど、「いらっしゃいませ」以外の声は聞こえない。  
 店員はまだ二十歳ぐらいの綺麗な女性で、椅子に腰掛け、カウンターに本を立て、『ろりろりメイト1月号』と表紙に書かれた濃いタイトルの本を眺めていた。  
 まぁ、変わった趣味だなとは思うけど、思うだけ。それ以上の感想も感情も無い。慣れちゃってるんだ。だってサキちゃんも、小さい女の子が好きだから。  
 本人はバレてないと思ってるけど、たまにボクが夕飯を作ってる時、リビングで待ってるサキちゃんに視線をやると、小学生の女の子が主役の料理番組を赤い顔して見てる。  
 アレは恋してる顔だね、うん。バレバレだよ♪ 本人が長身をコンプレックスにしてるから、小さい子に憧れてるってのも有るだろうけどさ。  
「んっ!? ん〜〜〜っ、んむぅっ……買おう、かな?」  
 そんな事を考えながらキョロキョロしてると、目先を固定させられたのはレジカウンターの前。そこに並べられた、『激薄! 一箱三枚五百円!!』の煽りが入ったコンドーム。  
 どっ、どうしよう……もう少しでクリスマスだし、もしかしたら、もしかしたら、ボクもセ、セ、セ、セっ、セックスするかも知れないし、買った方が良いよね?  
 CanCamだかan・anだかに、クリスマスを恋人と過ごす為、みんな相手を探すのに必死で、カップルの成立が一番多い時期である。とか書いてたし。  
 だからボクだって街で逆ナンされて、クリスマスはしっぽりとニャンニャンする可能性も有るかもだし。あんあんアンっ♪ にゃんにゃんみ゙ゃ〜〜っ♪♪  
 よ、よし。買ってやる、買ってやるってば!!  
「あの、コレくだしゃひ!!」  
 荷物を一旦床へ降ろし、空回り捲ってオカしな活舌になりながらも、コンドームを取ってレジに置く。  
 前掛けを着けたおねーさんは、その商品をチラ見すると、読んでいたエロ本を伏せてボクの手首を優しく掴む。  
 あくまでも自然な流れで、あまりにも自然な流れで、ニコリと微笑んで言葉を紡ぐ。  
 
「どうします? プラス五千円で、そのコンドームを試せますよ?」  
 
 それだけじゃない。そのままボクの手を引き寄せ、口を開き、何の躊躇いもなく人差し指を咥え……  
「わわっ!? えっ、遠慮します」  
 ようとした処で、素早く引っ張り戻す。あー、心臓イタイ。サキちゃんに見つかったら大変だったよ。  
「あら、そっ? ざぁんねん」  
 おねーさんは慣れてるのか、何事もなくレジ打ちして、コンドームの箱に購入証明のシールを貼る。  
 なるほど、この店ではこんなサービスをしてたんだね? 今度は一人で来よう。  
「あは、ははっ」  
 レジに五百円玉を置いて、コンドームはズボンのポケットへ。荷物を再び持ち直す。  
 うーん、ちょっとチンチンおっきくなってきちゃった。しばらく出してないから、そろそろ夢精もしちゃいそうだし……やっぱり、サキちゃんにヌキヌキして貰おっかな?  
「おまたせさん。ほれっ、会計すっから表で待ってろ」  
「あ、あのさサキちゃん。家に帰ったら手でお願……痛っ、ああん」  
 その旨を戻って来た幼馴染みに伝えようとしたら、言い切る前に店外へと押し出された。  
 右手でボクを押し、左手は買ってきた商品を隠すように自らの背中へ回して。  
 だけど見えた。商品の種類も、造形もわからないけど、箱の隅に書かれた商品名だけ、確かに見えた。  
 
 『フロッグピロー 平木鏡美』って……なんなんだろ?  
 
 

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