走る、走る。走る……  
 廊下を、階段を、学校を。二人分の飲み物を持って教室まで。不良の居る、机の前まで。  
「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ……買って、来たよ?」  
 前まで来て、机の上にパックを置く。レモンティーとミルクティー、どっちにするの? と。  
 だけれども、ボクを見つめる瞳はツマらなそう。どんな返答をされるか、余裕でわかっちゃうよ。  
 きっと不良は、こう言うだろう。  
 
 
「俺はどっちも要らねぇから、オメェが両方とも飲め」  
 
 
 やっぱり。コイツは唯、ボクをパシリにしたかっただけ。逆らえないと知ってるから、困らせたいだけなんだ。  
「うん……」  
 このクラスは26人。机の並びは5×5。窓側の五番目がコイツの席で、ボクはピョコンと飛び出たその後ろ。誰も話し掛けない、不良の後ろ。  
 コイツはボクより背が高くて、ボクより勉強できて、ボクより格好良いけど、ボクよりも友達が少ない。ボクとしか、喋らない。  
 昔は優しくて、いつもニコニコしてモテてたし。共通の幼馴染み、月影 摩耶(つきかげ まや)といっつも遊んでた。  
 だけど中学校に上がった頃から笑わなくなり、露骨に苛つく表情をするようになり、喧嘩ばっかりするようになり……  
 そして高校生になって、摩耶だけが違う高校に入った今、髪を赤く染めてすっかり不良の仲間入り。  
 親からも見放され、名前さえ呼んで貰えない。「おい」とか「おまえ」で済まされてる。  
 クラスメイトも、学校の先生だって名前を呼ばない。呼んだら返事をするから……会話しなくちゃイケないから、名前は決して呼ばれない。  
 呼ぶのは二人。幼馴染みの、ボクと摩耶ちゃんの二人だけ。  
 
 
 
 
 
    『ボクが奴隷に落ちるまで』  
 
 
 
 
 
 二人だけ。ボクとコイツの二人だけ。  
 放課後の教室。初秋の夕焼けが差し込む窓際の席で、コイツはイスを跨ぐように後ろ向きに座り、ボクが書いてる日誌を見てる。  
 この学校は日直を一人ずつするから、日直の人がこうやって残るのも仕方ないと思う……けどさぁ。  
「日直の仕事を代わってあげてるんだし、手伝ってくれてもいいじゃん」  
 不良はボーっとするだけで、黒板消しの掃除も、花瓶の水変えさえ手伝ってくれない。  
 元々の日直はコイツなのに……自然と愚痴も出ちゃうよ。  
「あぁっ? わけわかんねぇ、オメェは俺の奴隷だろ? 何で俺が手伝わなきゃいけねーんだよ?」  
 まっ、ですよねー。はいはい、期待したボクが馬鹿でしたよーだ!!  
 だけど良いさ、仕事はたった今おわったし。それに……奴隷になるのは今日までだしね。日誌を職員室に届けたら、ボクの奴隷はそこでリミット。  
「それじゃあボク、届けて来るね?」  
 書き上げた日誌を手に取り、不良の返事も聞かずに、急いで教師を出て廊下を駆ける。  
 
 やった、ヤッタ! やっと奴隷生活とさよならだっ!!  
 身体はアツアツ、心臓ドキドキ、気分は高揚して、溢れるテンションMOREべた〜。足音だって楽しそうに響いてる。  
 
 
 『なぁ、俺と取り引きしねぇか?』  
 
 
 そう言われたのが一週間前。一週間に交わした、ボクと不良幼馴染みの奴隷契約。  
 ボクがパシリに、奴隷になる代わり、その代わりにボクへ……  
 
「はぁっ、はぁっ、ただいまっ!!」  
 
 職員室からの帰り道、全力で飛ばして教室の前まで戻り、ガラリとドアをスライド。  
 
 
 ――随分と、おそかったなぁ?  
 
 
 スライドして、室内へと踏み込んで、後ろ手に戸を閉めて鍵を掛ける。  
 だって教室にはボクしか居ないから。ボクしか居ないなに、幼馴染みの声は聞こえるから。  
「えっ、と……どこ?」  
 教室の中はオレンジ。夕日だけが唯一の明かりで、赤く、黄色く、コントラストに染め上げ、幻想的な空間を作り出している。  
 だけど、幾ら見渡してもその姿は見当たらない。声はするのに、目に映らない。  
 
 
 ――俺の名前を呼べよ、勇斗(ゆうと)。  
 
 
 まるで糸。声の糸。空気中に漂う匂いの一つ一つが、一本一本が、細く不可視な蜘蛛の糸。  
 それが身体に次々と絡み付き、教室の奥へとボクを誘(いざな)う。  
 ゆっくり、ゆっくり。オレンジ色の風景の中を、前へ、前へ、歩かせる。  
 勇斗、とボクの名前を絶え間無く呼んで、それでも気づけないボクを嘲笑うようにして。ゆっくり、ゆっくり、前へ、前へ。  
「あっ……」  
 すると見える。残り数歩の位置まで近付いて、ようやく幼馴染みの姿が目に映る。ようやく、理由がわかった。  
 嗚呼、だから? だから気付かなかったの?  
 
「おかえり、ゆーと」  
 
 コイツは背が高い。ボクが150しかなくて小さ過ぎるってのも有るけど、コイツは180ぐらい有るし。  
 コイツは髪が赤い。腰のラインまで伸ばされて、僅かな痛みも無くサラサラとなびいてる。  
 赤い髪に、カラーコンタクトを入れた強気な赤い瞳、いつでも水気を帯びてる赤い唇。膝上の短いスカートから覗ける赤いタイツ。  
 そして机に置かれた制服の上着に、赤色のブラジャー。  
「ただいま、サキちゃん」  
 コイツは、ボクの幼馴染みは、幼馴染みの瀬戸山 サキ(せとやま さき)は、教室の窓際を背もたれにして立ち、カーテンで裸の上半身を隠していた。  
 目を細め、口元を吊り上げて微笑みながら……  
 
 ふぅぅっ、はぁぁっ。  
「んくっ……ふぅぅっ、はぁぁっ」  
 
 ほんと、見つからない筈だよ。幻想的な風景に、これ以上が無いぐらい溶け込んでたんだから。  
 ふぅぅっ、はぁぁっ。  
 心と一緒に深呼吸。ノドが熱い、焼ける。唾液を幾ら飲んでもカラカラカラ。たくさん空気を入れ換えて冷やさないと、すぐに身体がオーバーヒートしそう。  
「それじゃあ、頑張ったゆーとに、ふふっ……ご褒美を、やらねーとな?」  
 赤い背景に溶ける、全身を赤でコーディネートしたサキちゃんに、逆光で透き通る、カーテン越しのシルエット。カーテン越しの胸とお腹。  
 缶コーヒーも挟めそうな大きいおっぱいに、色っぽく曲線を描く腰のくびれ。  
 タイツを穿いてるのだって、ムチムチの太股がイヤで、細く見せる為にわざとキツ目ので締め付けてるんだ。  
「そっ、そうだよ! 約束なん、だからっ……おっぱいみせてっ!!」  
 ボクはサキちゃんを見上げて見つめて、サキちゃんはボクを見下ろして笑う。  
 思えば、始まりはたったの一言。  
 『なぁ、ゆーと? オレのおっぱい……見たいか?』  
 いつものようにサキちゃんがボクの部屋で、  
 いつものようにベッドに寝そべってマンガを読んで、  
 いつものようなトーンでとんでもない事を言った。  
 驚いたボクは、それでも首を縦に振る。見たいっ!! と間髪置かずに大きな声で。  
 毎日、まいにち、目の前でプルプル震えられた、そりゃー見たくもなるよね?  
 『そっか、見たいかぁっ、それなら……なぁ、オレと取り引きしねぇか?』  
 
 
 
 おっぱいを見せる代わりに、これから一週間、ゆーとはオレの奴隷な?  
 
 
 
 そして堪えた一週間。毎日パシリで足はフラフラ。だけど、それも報われる。  
「ほらっ、それじゃあ3分だけな? ゆーとが見たがってたサキちゃんのおっぱい、しっかり目に焼き付けとけよ?」  
 胸元で押さえられたカーテンは放され、ハラリと落ちてサキちゃんの身体から離れた。  
 
 白い肌に、カワイイおへそに、おっきなプリンおっぱい、おっぱ……  
「ちょっとサキちゃん!! なんなんだよソレ」  
 インチキ、インチキ、インチキっ!! ズルい、ズルい、ズルいぃっ!!! 高まってた気持ちは、もの凄い速さでクールダウン。  
 ブラをしてたわけでも無い。手で隠してるわけでも無い。だけどっ!!  
「なんだよ、ったってなぁ……ニ、プ、レ、ス、だよっ……知らないか?」  
 知ってる、知ってるけどっ、何で着けてるのっ!?  
 トップにペッタリ貼り付いて、先っちょも、周りのピンク色部分も殆んど見えない。  
「えいっ!!」  
「びー」  
 剥がそうと手を伸ばしても、サキちゃんの手に肩を押さえ付けられて届かない。  
 チクショウ、ちくしょう!! ギッと下唇を噛み締める。  
「なんだよ、ゆーとは乳首が見たかったのか? オレはおっぱいを見せるとしか言ってねーぜ?」  
 なんだよニヤニヤしてっ! そんなのヘリクツだよっ!!  
 
 
 ――だからさ、次は1ヶ月だ。  
 
 
「えっ?」  
 見下ろす顔は、一瞬で真剣に流移した。  
「1ヶ月、ゆーとがオレの奴隷をしてくれんなら、このおっぱいに……さわってもいいぜ?」  
 そして、けしかけられる次の契約。ボクの欲求をすん止めして、ボクが断れないのを利用して。  
 アクど……過ぎるでしょ!? おあずけ食らって、我慢できるわけないよっ!!  
 俯いて床を見て、悩んでるフリして強がるのが精一杯。  
 
「触っていい時間は?」  
「30分」  
 
「ニプレス、剥がしちゃっていいんだよね?」  
「どうぞ」  
 
「触るのは、手じゃなくてもいいの?」  
「どうぞ」  
 
「例えば、チンコで胸の間を触るとか……は?」  
「どうぞ。ゆーとの、好きなようにしていいぜ? でっ……どうする?」  
 
 どうするも何も、ボクの心は決まってる。  
 ゴクリとノドを鳴らし、俯いたままひざまづき、この不良ヤンキーの、幼馴染みの、  
「ボクを……奴隷にしてください」  
 奴隷に再び舞い落ちる。  
 
 

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