六日目の昼過ぎのこと。  
 
平原を進行中に魔物に遭遇した。  
だが、これまでと様子が違う。  
索敵手から報告が上がる。  
敵の構成は、鳥中型四、狼中型二、狼小型多数。  
大群だった。  
 
状況を把握したお姉さまは、すぐさま指示を飛ばした。  
「戦闘員は馬車を降りて迎撃! 馬車は非戦闘員を連れて退避! 鳥は私がやる!   
戦闘員は私が戻るまで耐えろ!」  
号令を合図に馬車内がにわかにあわただしくなる。  
 
…鳥と狼が同時に襲ってくるなんて。  
しかも、大群。  
空と地上からの同時攻撃に、騎士一人では対応しきれない。  
本来ならば、この戦闘は、何人生き残れるか、もはやそういう戦いだった。  
だから、私も戦わなければ。  
現状のこちらの人員構成では、私も貴重な戦力のはずだ。  
 
「騎士カレン、私も戦います!」  
自分も戦闘員として戦うことを申し出た。  
 
しかし…。  
「だめだアネット! お前は非戦闘員と一緒に先に行け!   
ここでお前を失うわけにはいかない!」  
 
私への指示は、退避だった。  
 
さらにお姉さまは続ける。  
 
「それと…、」  
 
 
――お姉さまは、あくまで、あくまで真顔で、最後の指示を出した。  
 
 
「…私のことは“お姉さま”と呼びたまえ!」  
 
ぽかん、としている私にニヤリ、“お姉さま”は飛び出していった。  
 
…緊急時に冗談飛ばされても笑えないよ…。  
 
馬に鞭が入る。  
草原に戦闘員を残して二台の馬車は走りだした。  
幸い、すべての魔物は馬車を降りた騎士団員に集中した。  
馬車はどの魔物にも狙われることなく、戦場を離脱することができた。  
それから馬車は、追跡者の気配を感じることなく、草原をひた走り、森の入口に差し掛かる。  
この森を越えれば次の町はすぐそこ。  
町に入ればその町の騎士団の援護を受けられる。  
 
だが、森に入ったとたん、奴らは現われた。  
きっと、馬が疲れる頃合いを見計らっていたのだろう。  
すぐに、二台の馬車のうち、後ろを走っていた馬車が追い付かれた。  
 
馬車に付いてきた狼は四頭。  
二台目の馬車を引く馬を取り囲んで、牽制を繰り返している。  
やがて、何度かの攻撃の後、ついに馬は耐えきれず止まってしまった。  
二台目の馬車はあっという間に囲まれてしまう。  
前後の馬車から嘆きと悲鳴が聞こえる。  
 
馬車に乗っているのは全員が非戦闘員。  
放っておいたら後ろの馬車は全滅だ。  
戦闘可能な人間は私しかいない。  
 
そう、戦闘可能なのは私だけ。  
 
――今、みんなを守れるのは、私だけ…!  
 
相手は小型四頭。  
私一人でも十分に倒せる。  
行くしかない…。  
 
騎士団学校の卒業の証として賜った宝剣を取り出す。  
エンデ守護騎士団武具工房謹製の宝剣。  
卒業生それぞれに独特のデザインで与えられる、美しい剣だ。  
 
…記念にとっておきたかったんだけどなあ。  
私は、誰にも聞こえない軽口を吐いてから、一呼吸。  
気持ちを引き締めて、呼吸を整えて、  
走行中の一台目の馬車から飛び出した。  
制止の声が聞こえたが、構うもんか。  
 
剣を抜き、襲われている馬車へ駆けつける。  
「はあぁっ!!」  
馬に跳びかかろうとしていた一頭の腹に一撃。  
狼は血しぶきを上げながら真っ二つになった。  
さすが、いい切れ味だ。  
 
突然の襲撃者に狼たちはひるむ。  
私はすぐに体制を立て直し、行者に叫んだ。  
 
「行って!!」  
「しかし…」  
「早く!!」  
 
行者はすまん、と一言残し、二台目の馬車は走りだした。  
 
残る狼は三頭、私の周りをぐるぐると回っている。  
私も、狼たちの様子をうかがいながら、構えた。  
狼たちの足音と唸り声が、私を中心に渦を描く。  
 
しばらくの膠着状態の後、先に仕掛けてきたのは狼だった。  
後ろと前から同時に二頭が跳び掛かって来る。  
だが、このとき、私は見破った。  
残りの一頭が右から飛びかかろうと身構えていることを。  
きっと、二頭の攻撃で私の体制を崩したところを、最後の一頭で仕留める気なのだろう。  
そうはさせない。  
 
前後の二頭を、体勢低く、右に飛び込んで交わした。  
そのまま、転がり込み、右の狼に浴びせかけるように、斬り掛かる。  
こちらから跳び掛かる、なんて思っていなかったんだろう。  
狙われた狼は何とかかわそうとするが、私の方が速い。  
 
攻撃は命中。  
後ろ脚を削ぎ落としてやった。  
こいつはもう走れない。  
 
すぐに立ち上がり、交錯していた二頭へ、大きく踏み込んで横一閃。  
振りぬいた剣はやつらの体をざっくりと切り裂く。  
そして最後に、脚を失ってもがいている一頭に、止めを刺した。  
 
「…よし!」  
呼吸を整えながら、勝利を確認する。  
狼は全滅。  
今日も私は絶好調だ。  
あとは街道沿いに馬車を追いかけて合流すればいい。  
 
――しかし、私は甘かった…。  
 
気づくと、周りには六頭。  
立ち木や、岩、物陰から、申し合わせたようにぞろぞろと現れる。  
初めの四頭と戦っている間に、見事に包囲されていたのだ。  
 
これはまずい。  
波状攻撃をかけられたら対応できない。  
一斉に飛びかかられてもこの数では勝てない。  
少しでも優位に戦うなら、場所を変えるのが妥当だ。  
開けたところではとても戦えない。  
 
今度は私から仕掛けた。  
適当な一頭に斬り掛かる。  
正面から飛びかかったので、当然のようにかわされてしまう。  
でもそれでいい。  
包囲網が切れたその場所を抜け、私は森へ逃げ込んだ。  
 
すぐさま六頭は追いかけてきた。  
左に一頭、後ろに二頭、右に一頭…。  
あと二頭は分からない。  
狼たちの濃い灰色の体が木々の間から見え隠れしている。  
私は、狼たちを分散させ、一頭ずつ奴らの数を削るつもりでいた。  
 
森の中を、木々を避けながら走る。  
私は、包囲されているのが嫌で、まず右をやることにした。  
左手で短剣を抜き、右の一頭を狙い、腕をしならせて、投げる。  
走りながらの投擲で、それほど威力のない攻撃だったが、ちょうど木の陰に隠れるように投げた短剣は、  
うまい具合に命中し、狼の眼窩に突き刺さった。  
当然、奴はもう動けまい。  
 
だが、直後に左から一頭が仕掛けてきた。  
右の狼に気を取られていた私は、若干反応が遅れて、無理な体勢から迎撃することになる。  
「――っはあぁ!!」  
右手に持っていた剣を逆手に持ちかえて、無理やり潜り込むように身体を翻して、  
相手の攻撃をかわしながら、フォークのように突き刺した。  
細身の刀身は、狼の胴体に深々と刺さり、背中からわき腹にかけて貫通した。  
よしっ、と小さく拳を握る。  
だが、無理がかかったのだろう、その直後に剣は刀身を狼の体内に残したまま  
根元からポッキリと折れてしまった。  
 
…さすが、装飾剣。  
私の使い方が悪いのだが、この状況では毒突かずにはいられない。  
もちろん声には出さないが。  
一方、刺された狼は、ぎくしゃくと、変な走りを数歩。  
そのまま倒れた。  
 
私は残った剣の柄を投げ捨てた。  
もはや武器はなく、狼たちは残り四頭。  
狼小型とは言え、たとえ一対一でも素手で挑んで無事に済む相手ではない。  
暗い気持ちが首をもたげ始めるが、それでも私は足を止めない。  
何か手はないか、思考を巡らせる。  
 
だが、間もなく、倒木と、浸食された地面でできた壁に突き当たった。  
私は呼吸も荒く、壁を背にし、狼たちに向き直る。  
狼たちは、やはり一定の間を開けて、うろうろと私の周りを歩き回る。  
 
ここで、やっと私は気が付いた。これは罠だったのだ。  
狼たちがいつから狙っていたのかは分からないが、私は、見事にこの場所に誘い込まれ、  
完全に追い詰められていた。  
奴らの狡猾さに歯噛みする。  
暗い気持ちが絶望に変わろうとしていたが、気付かないふりをした。  
 
…絶体絶命…どうすればいい…?  
 
突然、姿が見えなかった二頭の狼が、背後の壁の上から飛び降りてきた。  
ここにきて完全な不意打ち。  
対応する手段のない私は、とっさに、魔法実行に移る。  
精神統一も、循環制御も、媒介も無し。全部省略。  
風の魔法をぶつける。  
それも二本同時。  
飛び降りた二頭の狼は、無数のかまいたちに巻き込まれ、ズタズタになりながら吹き飛んだ。  
 
これで残りは二頭。  
だが…。  
 
ここで、足が崩れた。  
 
興奮していて気付かなかった。  
私はすでに限界だったのだ。  
街道での狼たちへの奇襲、森林中の不整地の全力逃走、さらに、準備なしの並列魔法実行。  
振り返ってみると、かなりの消耗。  
普段なら考えられない消費量だ。  
 
…ふ…、我ながら、よく頑張った。  
確かに、今日も私は絶好調だ。  
 
でも、ここで詰み。  
 
眩暈と吐き気がする。  
 
私は限界だ。  
でも奴らと来たら、合計八頭倒したってのに、まだ諦めない。  
狼たちは、追いかけてきていた二頭と、さらに二頭が合流して、合計四頭。  
私の隙をうかがっている。  
 
視界がぐらりと歪んだ。  
 
この感覚は知っている。  
模擬戦闘で、限界まで自分を追い込んだ時はこんな感じだった。  
そして、もう、意識を保てないことも知っている。  
この状況を打開する手はないか、思考を回そうとするが、朦朧としてままならない。  
 
 
 
…視界が、黒く塗りつぶされてゆく…。  
 
 
 
―――ひよっこのくせに、英雄になれるとでも思ったのか。  
                           まったく、情けない…。―――  
 
 
 
 

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