「ずっと前から好きでした。恋人になってください」  
そんな月並みの台詞を言っても、相手は写真立ての中。  
返事が返ってくるはずもなく、うっすらと鏡のように反射して見えた自分の真っ赤な顔がアホらしくて私はベッドに倒れこんだ。  
写真立ての中の男(もう一人いる女は私だ)は、無邪気に笑っている。  
「人の気も知らないで……ばーか」  
写真立てにデコピンをしたが、カツンといい音が響いただけで中の男に変化はない。  
男が私に後ろから抱きついてる写真。  
撮った瞬間はその場の勢いで笑顔浮かべてピースなんてしたけど、部屋に戻ってからの心臓の音は凄まじかった思い出がある。  
部屋全体が鼓動してるんじゃないかと錯覚するくらい、心臓と血管が脈打って頭はぐらぐら。  
いつだったか、両親が旅行に行っている時にこっそりお酒を飲んだ後によく似ていた。  
「……そもそも可笑しいよね、姉が弟を好きになるなんて」  
写真立てを持ったまま頭の上に腕を落とす。  
そのままベッドにずぶずぶと沈みながら、私の気持ちも沈んでいった。  
「普通じゃないって言われたしね……小学生の頃だったけど」  
友達と好きな人暴露合戦していた時に、無邪気に言った弟の名前。  
周りの空気が冷めて、弟と恋人になれないという残酷な真実を告げられた。  
「いいじゃん、好きになっちゃったんだから」  
拗ねるように寝返りを打って、布団に顔を埋めた。  
未だにあの頃のことを覚えてる腐れ縁の友人は、よく恋バナになった時にそのことを言う。  
『あんた弟が初恋だったよね?』  
仲がいいからこそからかうような、昔を懐かしむような、そんな声色で。  
そんな軽い言葉で私の気持ちを表すな!と叫べたらどんなに気持ち良いんだろう?  
『だったねー。あの頃は若かった』  
なんて返す私は大人になったんだろうか。  
でもあの頃の気持ち……弟を好きだという気持ちを持ち続けてる以上、若いんだろうか。  
まあ、まだ未成年なんですケド。  
「だーぁもう!鬱陶しいこの気持ち!」  
普段通りの堂々巡りを繰り返しそうな頭に渇を入れ、ベッドの上に勢いよく立ちあがる。  
幸い今日は、親は仕事で弟は部活。つまり家には私一人。  
「私は、姉だけど!お姉ちゃんだけど!弟のあんたが好きなの!悪い!?」  
ベッドの上に置いたままの写真立てに、ビシッと指差しながら高らかに叫んだ。  
とは言っても、さすがに近隣住民に迷惑はかけないようにある程度は調整してるけど。  
「これは……むなしい」  
思わずがくりと項垂れて、ベッドの上に座り込んだ。  
格好付けて、腰に手を当てて指差してみたものの、写真立ては無情にも背面を上に向けていたのだ。  
「なに、やってんのかな」  
せめて弟が居る時に叫べよ!と突っ込む自分と、無理だから!絶対そんなの無理だから!と慌てふためく自分がいる。  
情けないやら恥ずかしいやら寒々しいやらで打ちのめされている私を、携帯の着信音が現実に引き戻した。  
 
『今から帰る、と思う』  
弟からのメールだった。部活の帰りと「俺が帰る頃には飯が出来てる様によろしく」と言うお願いメールだ。  
両親が遅い時には必ず私に連絡を入れてくる、というか、入れさせている。  
だって、帰るってだけの内容のメールとか、同棲中の彼女みたいでちょっと優越感感じるし。  
実際親からの伝言ゲームは何か料金の無駄に感じたし。  
『わかった、ご飯作っとくね』  
そう文章を打って、ふと指が止まった。  
なんで私があんたのせいで悩める乙女を演じてるのに、飯よろしくって言われなきゃなんないの?  
っていうか絵文字も顔文字もデコレーションもなし?そもそも『、と思う』って何よ?  
あれ?なんか意地悪したくなってきた。  
クリアキーを長押しして文章を全て消し、素早く内容を書き換えた。  
『今、すっごく不機嫌だから(`皿´)家の鍵かけて締めだしてやるo(*・∀・)つ☆(.;.;)3`)』  
「これでよし」  
私は迷わずに送信した。  
モヤモヤした気持ちが少しだけスッキリした気がする。  
何通くらいやりとりしたら許してあげようかな、なんて考えてるところに、メールが返ってきた。  
『だったらちあきのとこに行くから晩飯いらない』  
その内容は、私の予想を砕くものだった。  
精々『俺、何かまずいことした?(;・∀・)』とか『横暴だ!ヽ(`Д´)ノ』とかだと思っていた。  
いや、そんなことはどうでもいい。  
「ちあき……?」  
誰?弟の部活仲間?でも泊りに行ったりするくらい仲の良い男友達の中にそんな名前の子は居なかった。  
ちあき……ちあき……?あのちあき、さん?  
弟のクラスに、ものすごく美人の「ちあき」と言う名前の女生徒が居る、と言う噂は聞いたことがある。  
芸能界でも通用するに違いない!とか私のクラスの男子が騒いでた。  
実際興味もないし、顔も確認したことはない。何より彼女は誰から告白されても断っているらしい。  
なんでも好きな男子が居るとのこと。だから弟と仲良くなることはない、断言出来る。  
……あれ?  
その「ちあき」さんが好きなのが弟だとしたら?  
いやいや、うちの弟はそりゃ贔屓目込みで見てカッコいい分類だけど。  
そんな美人さんが興味持つわけ……あるかもしれないんじゃない?  
ないって、弟に限って顔だけで判断することはないって。  
ない、はず。  
ない……よね?  
『ちあきって誰?部活の子?』  
恐る恐る、送信ボタンを押した。  
こんなにメールの返信が来るのが怖いと思ったのは生まれて初めてだ。  
『クラスの女子』  
たった六文字を読むのに何時間も費やした気がした。  
クラスの女子で「ちあき」さんは、あの人しかいない。  
仮にあの人以外に「ちあき」が居ても、女子と言うことは確定している。  
つまりそれは、弟の、彼女、と、言うこと。  
「嘘」  
そんなはずはない。  
弟は今まで、彼女を作ったことなんかない。  
「なんで?」って聞いても「興味ないし」って言ってたから。  
だから、そんなはずはない。  
「嘘だって……」  
気付いたら、泣いていた。  
いつか来るんじゃないかと思っていたけど、何も今じゃなくても良かったんじゃないかな?  
弟に対する想いで悩んでる今じゃなくても、良かったんじゃないかな?  
「最低……」  
弟がじゃない。弟は悪くない。  
こんな気持ちを抱く自分が一番悪いんだ。  
涙を必死で拭いながら、絶望的な事実を告げる画面を消そうと携帯に手を伸ばした。  
 
ふと、その下に改行して書かれている文章に目が止まる。  
『荷物とか置いて着替えてから行きたいからマジで鍵開けといてください(゚Д゚;)』  
その文章を見た瞬間、私は急いでベッドから飛び降りた。  
鍵をかけなくては。  
意地悪とかじゃなくて、泣いてるところを見られたくない。  
それに、「ちあき」さんを玄関で待たすところとか、見たくない。  
部屋のドアを開け、階段に向かう。  
つもりだった私は何かに足をぶつけて、盛大に転んだ。  
鼻を打った、結構痛い。  
「何よ……なんでこんな……」  
悪いことばかりが起きるの?  
そう続けることは叶わなかった。  
私が足をぶつけたモノが、視界に入ったから。  
「膝かよ……」  
顔半分を抑えながら悶絶する、弟。  
弟が、私の部屋のドアのすぐ横で座っていた。  
なんで?まだ帰ってきてないんじゃないの?そんなに長い時間私は茫然としていた?  
私の足が当たった(弟曰く膝が顔に直撃したらしい)痛みが引いたのか、弟は私を見た。  
そして「あー」と気まずそうに唸って、頭の中が真っ白になってる私の頬を服の袖で拭う。  
「いや、まさかこんなに泣くとは」  
申し訳なさそうな笑顔。  
あ、泣いてるんだっけ、私。  
それを思い出した途端、頭が動き出した。  
「って、なんであんたが居るのよ!」  
掴みかかる勢いで弟に詰め寄る。  
「まだメールしてからそんなに経ってないでしょ!?いつのまに帰ってきて……!?」  
いつのまに?いつ?何時?  
「いつって……」  
弟はバツが悪そうにしている。  
言わなくていい、もう言わなくていいからっ!  
そんな願いも空しく、弟は告げた。  
「ずっと前から好きでした。恋人になってください」  
弟が言うには部屋の前を通り過ぎるときに、そんな台詞が聞こえてきたから私の部屋の前で盗み聞きしていたらしい。  
で、あとは、叫びを聞いた、と。居たたまれなくなってメールしてみた、らしい。  
なんかどうしていいかわからなくなったから、女子とお泊りする的なメールでからかってみた……らしい。  
「もういい」  
聞きたくない。聞くに堪えない。  
なに?私って一人で踊ってたわけ?  
「いいわ、もう。終わったわ、だから、私を殺してあんたを死ぬ!!」  
弟の首を絞めて前後に揺さぶる。  
「こ、混乱してる逆になってるから、姉ちゃん」  
弟は何とか私の両手を剥がして、大きく呼吸をした。  
私は恥ずかしさのあまりまだ弟を殺す気でいる。  
「こうなったら無理心中よ!私みたいな綺麗な姉と心中できることを嬉しく思……」  
掴まれた両手が引っ張られ、私の言葉が遮られる。  
え、ちかっ……。  
そう思った時にはすでに、私の唇は弟の唇に重なっていた。  
それがどのくらいの時間だったか、私は分からない。  
唇をほんの少し離して、それでも鼻が当たるくらい近くで弟は言った。  
「知らないと思うけど、俺が昔からずっと好きな人、姉ちゃんだから」  
弟は茫然とする私の手を離し、足早に自分の部屋に戻った。  
その後、廊下で突っ伏して固まっている私と自分の部屋で布団を被って出てこない弟を両親が発見するのは数時間後のことだった。  
 

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