小さい頃は俺の方が高かったのに、今では彼女の方が2センチ高い。
「寒くなってきたよねー」
「…ほんとにな」
塾からの帰り道、隣りを歩くスタイル抜群の幼馴染みと目線の高さは悲しいかな、同じだ。
下に目を向ければタイツに包まれた長い脚が制服のミニスカートから伸びている。
白く息を吐く彼女の横顔は、まだ幼いが整っていてかわいい。
いや、めちゃくちゃかわいい。
「…何見てんのよ」
「いや、鼻水出てるから」
「もう、普通そういうこと言う?最悪ー」
照れ隠しの悪態も慣れたものだ。
いつ好きになったかなんてもう思い出せない。
自分のものにしたい。
でも自分と彼女には差がありすぎる。
「模試の結果、どうだった?」
「別に。……下がった」
「あらま。ドンマイ」
「そういうお前はどうなんだよ」
「A判定に決まってるじゃん」
「…そうだよな」
「もうすぐセンターなんだから、気ー抜いちゃだめだよ。
なんなら勉強教えてあげるから」
中学校までは学力も身長も自分の方が勝っていたのに、どうしてこうなったのだろう。
地元の進学高に二人一緒に入ったまでは良かったのだ。
高校生になった途端、彼女は体も学力もグングン成長して。
顔のかわいさと明るいキャラクターも手伝って、今では学年で一二を争う人気者になってしまった。
高校生になったら彼女とどうにか進展したいと思っていたのに、劣等感とくだらないプライドに邪魔され、もう3年が経つ。
「最近、成績下がってない?おばさんが悩みでもあるのかって心配してたよ」
「別に。最近サボってたからさ」
「なら良いけど。ちゃんと勉強しなさいよ」
…お前のせいだ。
本音を言えたらどんなに楽だろう。
グラドルみたいな体をして、毎晩のように窓を通って俺の部屋にやってくる。
しかもパジャマで、暖房が壊れたとかいうくだらない理由でだ。
自分が部屋に帰っていったあとに俺がナニしてるかなんて、こいつは知らない。
コンコン、と窓が鳴る。
口が開きかけたところでカラカラと開く。
「お邪魔しますっと」
「お前なあ、返事待ってから開けろよ」
「別に良いじゃん。何、エロ本でも広げてたの?」
「アホか」
ニヤッと笑うと問題集を広げていた机をのぞき込んでくる。
彼女の体で妄想するのに忙しくて、そんなもの読む余裕なんて無い。
…それにしても、顔が近い。
色素の薄い、柔らかそうな髪が俺の頬をかすめる。
―あれ?
「何、お前いつ髪切ったの」
「今頃気付いたの?先週ですー」
「毎日見てたらわかんねえよ」
「都築君なんか10メートル先にいても気付いてくれたのにさ」
…また都築か。
内心うんざりしながら再び問題集に目を落とす。
生徒会で仲良くなったらしく、最近話題に上る事が多い。
今時流行りの草食系とかいう言葉がピッタリのメガネ野郎だ。
スラッと長い脚に知的な黒ぶちメガネは女子にも人気らしい。
傍から見てもこいつに気があるのは見え見えだが、到底俺など敵わない相手だ。
「都築君と言えばさー……」
「なんだよ、歯切れ悪い」
お前の口から男の名前なんて聞きたくない。
でも頭のすぐ左上から降ってくる声を聞いていたくて、つい話を催促してしまう。
考えがバレないように、目の前のノートにシャーペンを滑らせる。
「……あのね、」
「うん。」
「………あのね」
「聞いてるよ」
シャーペンのカリカリという音だけが響く。
「好き、なんだって私のこと」
「…は?」
思わず顔をあげる。
視線がぶつかる。
「今日告白されたの、都築君に」
「――返事は」
「OKした。」
俺をまっすぐ見て静かに言う。
―いつものように断ったんじゃ無いのか?
―これから都築と勉強したり、キスしたりするのか?
―俺じゃなくて。
モテるものの、その手の誘いはいつも断っていたから油断していた。
ずっと想い続けてきた大切な幼馴染みを、他の男に奪われてしまう。
いや、元々俺のものでは無かったじゃないか。
だいたい俺とこいつが釣り合うはずが無いじゃないか。
焦りと嫉妬と絶望で言葉が出ない。
目頭が熱くなる。
駄目だ、ここで泣いたら本物の負け犬だ。
「…祥太?」
「お前、なんで―」
「やめて。」
「な、何」
「お前って呼ぶの。やめて」
人が必死に涙をこらえているというのに、真顔で言ってくる。
「な、なんだよ、今さら」
「やめて。本当はずっと嫌だった、お前って言われるの」
「……ゆ、い」
駄目だ、名前を呼ぶと駄目だ。
隠してきた想いが溢れてしまう。
「祥太?」
「ゆ…い。祐衣」
「…なんで泣くの?」
最悪だ。
こんな姿見られたくない。
どこまで情けない男なんだ、俺は。
溢れてくる涙を止められずに、祐衣から顔を背ける。
「祥太、」
「なんだよっ」
「こっち向いて」
「うるせえな、もう帰れよ」
「なんで泣くのか教えてくれたら」
嗚咽まじりの汚い声で返事をする俺に対して、祐衣は全く動じていないかのように静かな声で言う。
もうどうにでもなれ。
どうせ俺のところへは来なくなるのだ。
「…お前が、好きだから」
「お前じゃなくて」
「あーもう!祐衣が好きだから!」
「ほんとに?」
「だからもう帰れ!」
怒りに任せて顔をあげた瞬間、祐衣の細い腕が頭に回された。
胸に抱き寄せられたと気付くまでに、5秒。
「な、なにして」
「…ごめんね、祥太」
「…謝るくらいなら帰ってくれよ」
「ごめんね、さっきの嘘」
「………はあ?」
思わず腕を振り払って椅子から立ち上がる。
祐衣を睨むと、おかしくて溜まらないという顔でクスクス笑いだした。
「…どういう事だよ」
「だから、都築君の話はぜーんぶ嘘。」
「………」
「アハハ、変な顔」
慌てて涙を拭う。
「だから!どういうつもりだって聞いてんの!」
「だって、祥太昔から私の事好きでしょう?なのにいつまで経っても手出して来ないから、カマかけてみちゃった」
気付いてたのか、こいつ。
「…性格悪いな。人の片思いを弄んで楽しむとか最悪だぞ。」
「片思いじゃないじゃん、私も好きだもん」
―――何だって?
さっきから心臓が忙しい。
「マジかよ」
「うん。」
「…いつから?」
「昔すぎて忘れちゃった。」
「なんで俺なんだ?」
「わかんないよ。気付いたら好きだったんだから」
「チビだし頭悪いのに」
「気にしすぎ。勉強は教えてあげるし」
「情けないし、女々しいぞ俺」
「そんなこと私が一番わかってるよ。それでも好きなの」
「ほんとにほんとだな?」
「ほんとにほんと」
祐衣が笑う
夢みたいだ。
また目頭が熱くなる。
「…さっきの、もう一回言って」
「私も好きだもん?」
「ちゃんと。名前も」
「…私も、祥太のこと好きだもん」
祐衣が名前を呼べと言った理由がわかった気がする。
好きな奴に名前を呼ばれるのが、こんなに心地良いとは思わなかった。
「…また泣くの?」
「泣かねーよ」
「声、震えてる」
「……もう、黙れ祐衣」
我慢出来ずに祐衣の口を塞ぐ。
俺の唇で。
「――ほら、」
長いキスの後、祐衣が目を開けて言う。
「身長同じくらいで、良いこともあるでしょう?」
俺がぽかんとしていると、体屈めなくてもキスできるから、と笑った。
つられて笑う。
「あ、やっと笑った」
「うるせーよ」
おわり