「何やってるんですかご主人さま!」  
 亜紀の怒号が飛ぶ。先に断っておくが、僕は今別に何かやましいことをしてい  
たわけではない。  
「写真見ながら回想に浸る暇があるなら仕事してください仕事!」  
 いつにも増して早口な亜紀。くり返すけども僕はやましいことはしていない。  
 僕はただ、小学校の卒業アルバムを眺めていただけである。何故その行いが、  
普段は大人しく物腰の柔いメイドさんの感情を爆発寸前にまで引き上げてるのか  
と言うと――  
「――ご主人さま? 聞こえてますか、引越は明日ですよ!」  
 そう、明日は我が家――否。僕と僕のメイド、亜紀が本家へと引っ越す日なの  
だ。本家と言っても、実際はこの新邸に移る前の家で、今は時々遠くから来た客  
を泊める以外に使っていないただの空家なのだけど。引越の日取りが決まったの  
はもうひと月以上も前の話で、恐らく普段から計画性のあるような人は引越の前  
日なんてもう殆ど荷物を段ボールにまとめ終えて、余裕綽々で引越当日を迎えた  
りするのだろう。問題は、僕は普段から計画性がない、その一点に限る。  
「はい! タンスの衣服は私がまとめますから、ご主人さまはその本棚の本を箱  
に詰めてください! さっさと!」  
 
――そんなものは全部業者に任せた方がいい気がするんだけどなぁ。亜紀は昔か  
ら何でも一人でやろうとする気質が強すぎるんだよ。  
「業者に任せたら引越先でどこに何を入れたかわからなくなりますよ! 私は後  
でまた難儀するのは嫌です!」  
――……了解です、マスター。  
 大量の本からこの部屋に残すものと持っていくものを選別する。あ、この本…  
…懐かしいな、中学入ってすぐの頃に装丁に惹かれて買って読んだんだ。途中、  
主人公が理解できない行動をして、それがとても引っかかったんだよな。確か…  
…ん? これはもしかすると今読めば理解できるかも――  
「ご主人さま!」  
――はい、すいません。  
 現在時刻一九時三〇分。朝から本家でやってきた大掃除が無ければ、もう少し  
余裕のある時間だったはずなのだが……。  
 
 亜紀に尻を叩かれながら、僕が向こうへ持って行く荷物はどうにか全て箱詰め  
された。但し、所要時間四時間超。普段の掃除を怠っていたせいで、半ば掃除を  
しながらの荷造りとなったのだ。  
 亜紀は、お茶とお菓子を取りに部屋を出て行った。コンコン、と戸を叩く音が  
する。無作法だがベットに寝そべったまま入るよう許可を出す。今日は丸一日、  
ほぼ休み無しで作業をしていたのだ。今日だけは見逃して欲しい。でも亜紀にし  
ては戻るのが早すぎるな。第一彼女が入室前に戸を叩くなんて稀だ。主人の部屋  
にノックせず入るなんて、つくづくなんというメイドなんだ。  
「お疲れさまでございます。若様」  
――恭子さんじゃないですか。久しぶりです。  
「お久しぶりです。この部屋も随分すっきりしましたね」  
――亜紀のおかげですよ。いつもしっかり過ぎるぐらいしっかりしてます  
 恭子さんもこの家の給仕係ではあるのだか、彼女の場合は少し特殊なのである  
。故に、僕も年上である彼女に対して敬語で会話をする。ちなみに恭子さんは亜  
紀の伯母さんでもある。伯母さん、と言ってもまだ二十代のはずだけど。  
 
 恭子さんは、亜紀ちゃん張り切ってるからなーとかいった、僕お付のメイドの  
話を一通りした後に。  
「少しフライングだけれど引越祝いです、現金ですけど。残りも頑張ってくださ  
いね」  
 と、僕に封筒を渡して部屋を出ていこうと――ん? 残り?  
「あら? だってまだ半分ぐらい荷物残っているじゃあないですか」  
――あ、そういう事ですか。これらはここに置いていく荷物ですよ。流石に全部  
持って行くのは量が多いですし。とりあえず引越が終わってから、もう一度掃除  
をしに来ようと思ってるんですけど。  
「えーっと……亜紀ちゃんから聞いてません?」  
――な、何を?  
「大分前に旦那さまが、本家はもう管理から何から全て若様に任せる、つまり本  
家は若様の屋敷となるので、今までの若様の部屋は本家の代わり、言い換えれば  
来客用の部屋として使うって。私はそれを亜紀ちゃんに、言ったのはもう随分前  
なんですけど――」  
――え。  
「聞いてませんでしたか?」  
 ガチャ。  
「お待たせしました。なかなかお茶菓子が探せなくて――あら、恭子お姉さん?」  
 
――……おい、亜紀。  
「……亜紀ちゃん?」  
「えっ、えっ?」  
 時計の針は一二時を過ぎている。部屋の荷物の半分をまとめるのにおよそ四時  
間を要した。仮に残り半分が同じぐらいだとすると……。  
 
 
――徹夜か。  
――徹夜するの、久しぶりだなぁ。  
 
「え?」  
 
「ごめんなさい!」  
 私は平身低頭、佑仁くん……じゃなくて、ご主人さまに頭を下げる。恭子お姉  
さんは、からからと声を上げて笑っている。いくらお姉さんだからってご主人さ  
まに失礼です。  
「いや、別に怒ってないって」  
 佑仁く……ご主人さまは苦い笑みを浮かべながら――嗚呼、そんなお顔も素敵  
です、じゃなくて。ご主人さまが手のひらで私の頭をとんとん、と軽く叩く。と  
ても心地良い、じゃなくて。  
「ただ、まぁ、次から気をつけような?」  
 どうやら、佑……ご主人さまは本当に怒ってないみたいだ。私がゆ……ご主人  
さまに同じことをされたら間違いなく怒るのに。いや、本当は全然怒らないんだ  
けど、本当はただヽヾ、ご主人さまに構って欲しいだけなんだけど。  
「そういや、亜紀は自分の荷物まとめ終えた?」  
「は、はい……一応」  
「――嘘だな」  
「あ、あの、少しだけ……まだです」  
 駄目だ。私は昔からご主人さまに嘘をつけない。ついたとしてもすぐ見破られ  
てしまう。私の胸の中にあるこの桃色の感情もご主人さまには全てお見通しなの  
だろうか。それは無いと信じたい。知られいるとしたら、私は恥ずかしすぎて死  
んでしまう。  
 
「だよね。さっきそんなことを言ってたし。ほら、亜紀は自分の荷物まとめて来  
なさい」  
「ええっ!?」  
「何でそんなに驚くのさ。自分の荷物まとめてきてから手伝ってくれよ」  
「でも――  
 
――問答無用で部屋から追い出されてしまった。  
 せっかく、ご主人さまとのティータイムだったのに……。取りあえず出来る限  
りの早さで自分の荷物をまとめなければ。  
「お手伝いしましょうか? 亜紀ちゃん?」  
 まだにやけ顔の治らない恭子さん。と言うより、さっきよりにやにや度が増し  
てる気がするんですけど。  
「ほら、私が手伝えば亜紀ちゃんの荷造り早く終わるし、そしたら亜紀ちゃんは  
若様の隣にもっと長い間いれるわよ?」  
「!」  
 それは正直……とても、魅力的です。でも、この提案を受け入れるということ  
は、ご主人への秘めたる想いを吐露しているのと同じ! それだけは絶対に避け  
ねば――  
「ほらほら、一刻でも早く大好きなご主人さまの元へ駆けたいんじゃないの?」  
「なっ!」  
 バレてる!? これはバレてます! この恭子姉さんの目は「いや、好きなの  
はあくまで『ご主人さま』としてであって」とか言って誤魔化せる目ではありま  
せん!  
 
「いや、好きなのはあくまで『ご主人さ――  
「じゃあ私が貰っちゃおうかしらー、亜紀ちゃんの『ごしゅ――  
「そ、それは駄目です!」  
 しまった、つい……。  
 恭子さんは、更ににやにや度を高めた顔で「正直でよろしい、じゃあさっさか  
亜紀ちゃんの荷物片付けて愛しのご主人さまの元へアバンチュールしちゃいまし  
ょうか」とか言ってはしゃいでいる。  
 
――だけど亜紀ちゃんも一途だねぇー。あははー。  
 
 
 あの、あばんちゅーる、って何ですか?  
 
 
<了>  
 

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