むかしむかし、あるところに、ひつじびとのむらがありました。  
あるひ、むらはずれに、おおかみびとのこどもがあらわれたのです。  
ひつじびとたちは、おどろきました。  
なぜなら、おおかみびとはかれらのてきだからです。  
「ころしてしまえ」ひつじびとたちはいいました。  
「まって、まだこどもじゃないの」ひとりの、ひつじびとのむすめがいいました。  
おとなたちは、こまりました。  
そのむすめは、むらおさのまごだったからです。  
むらおさは、おおきなつのをおおかみびとのはなさきにつきつけて、いいました。  
「いいだろう、ただし、わるさをしたり、やくにたたなかったら、すぐにころしてしまうよ」  
おとなたちも、しかたがないと、ひきさがりました。  
そのおおかみびとは、まだあんまりこどもだったので、さすがにあわれにもおもいましたし、  
なにより、いくらおおかみびとでもいっぴきだけなら、みんなでかかればすぐにころせると  
おもったからです。  
いのちごいをしたひつじびとのむすめは、よろこびました。  
「よかったね、あたしはメイというのよ。あんた、なまえはなんというの?」  
「……………ガブ」  
こうして、おやからはぐれたおおかみびとのこどもは、ひつじびとのむらでくらすことに  
なりました。  
それから、しばらくのときがながれます…………。  
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *   
 
おおきなバスケットを抱えて、村の北の外れまで歩く。  
村を囲む「くろぐろ森」との境のあたりに、村と森との境を広げている姿が見えた。  
「おーいっ! ガブーっ!」  
大きな声で手を振ると、切り株を抜いていたガブも、まるで、今しがたあたしに気がつい  
たように振り返る。  
「お弁当、持ってきたようー。一緒に食べよう、疲れたでしょう?」  
「……お嬢さん。また来たのか」  
むか。せっかくお弁当持ってきたのに、なにさその言い草。かわいくないの。  
「そーゆーいいかたないんじゃないのー? お弁当の心配ならしなくていいわよ、  
 こないだは野菜ばっかりだったから不評だったけど、今度はちゃんと卵とかチーズも  
 入れてあるんだから」  
はあ。  
あたしがそういうと、そっぽを向いて深く溜息をつく。  
「……そういう問題じゃないんだよ、メイ」  
「なによう、それー。とにかく食べてよう、アンタ用にいっぱい作ったんだから、無駄に  
 なっちゃうでしょー」  
…はあ。  
今度の溜息は、さっきよりもさらに深かった。  
「…だってさあ、アンタ、開墾とかの損な力仕事ばっかさせられてるじゃない。  
 心配して差し入れするくらいの事、別にいいじゃないのよう」  
「…ここに置いてもらってる以上、当たり前の事だ。損とか得とかの問題じゃない。  
 それに、村の皆には良くしてもらってる。無駄飯を食うわけには、いかないだろう」  
「うん。あたしもアンタは凄くえらいと思う。だから、村長の孫娘として労い&応援に  
 来たんじゃないのよう。さあ、とゆーわけであたしの真心を喰らえい」  
 
「…だからっ…! ……!?」  
いきなり、表情が険しくなって、遠くの方を睨む。  
「え? なに? どしたのっ!?」  
「…メイ。家に帰れ、送るから。…たぶん、狐人だ」  
「…いっぱい、いるの?」  
「数はそう多くない、6人くらいだろう。ただ、どれも知った匂いじゃないのが気にかかる。  
 ただの行商人かも知れんが、家の中に居た方がいい」  
そう言うと、ガブはあたしの腕を掴んで歩き出した。  
…おっきくなったなあ。と背中を見上げて思う。  
ひろったときは、あんなに小さかったのに、いつのまに男の子ってのはこんなに大きくなるんだろ。  
昔は、あたしのほうがひとつ上だったこともあったから、ずっと小さくて、いじめっこから  
守ってやらなきゃいけなかったのになあ。  
それなのに、今じゃこうして、狼人の鼻の良さを生かして見張りなんかやってるし、今日  
みたいになんかあったら、とうさんやおじちゃんたちと一緒に危ない奴が来ないか見に行っ  
たりするようになってるし。  
「…お嬢さん、着きました」  
そうだよ、それにあたしの事、こんな、お嬢さん。なんて他人行儀な呼び方するように  
なっちゃってさ。  
それこそ昔は『メイねえちゃん』って、ぴいぴい泣きながらあたしの後ろを―――――。  
「…メイお嬢さん? 聞いてんですか?」  
「ふわ!? な、なに!?」  
うわ。なんかすごい冷たい眼で見下ろされてる。  
「――俺は、自警団のほうに行きます。村長と自警団長に、狐人らしき匂いが六つ、  
 村の北から近づいていることを、お伝えください。――いいですね?」  
「あ、うん。おーけーおーけー、わかったー。  
 ちゃんとじいちゃんととうさんに言っとくよう。安心してー」  
――なんか、余計に視線に冷たさが増したような気がするのは何故だろう?  
うう。ガブの、冬の嵐の空みたいな鉛色の眼でこういう表情をされると、ガブだと解って  
いても身が竦む。  
 
あたしが本気でビビりはじめたのが解ったのか、ふっと、優しい目になった。  
「…それじゃ」  
そういって、自警団の建物のあるほうに踵を返す。  
「あっ、き、気をつけてねーっ! 怪我しちゃ駄目ようーっ!」  
あたしの声が聞こえたのかどうか、狼人の脚力であっという間に走り去ってしまう。  
「…あぶないこと、させられてなきゃいいんだけど…」  
それだけが、ひどく心配だった。  
正直、追いかけて行きたいけど、とにかくじいちゃんと父さんに言わないと。  
あたしは、急いで家に戻った。  
その後、村はちょっとした騒ぎになった。  
じいちゃんと父さんの話を盗み聞きした所によると、見慣れない狐人たちというのは、やはり  
ただの行商人ではないらしい。  
ガブが直接見に行ったらしいが、どうも、野盗のような連中だったようだ。  
広場には篝火がこうこうと焚かれ、夜だと言うのに武装した自警団員が歩き回っている。  
女子供は家から出るなと言われ、あたしは窓からカーテン越しに外の様子を伺うしかない。  
「…ガブ、大丈夫かなあ…」  
その時、広場の方がなんだか騒がしくなった。  
なんだろ。と思うと、もうじっとしていられない。  
あたしは、窓からこっそり抜け出して、広場に向かった。  
 
広場には、村の男衆が集まって、なにやらがやがやとしている。  
「――あっ!」  
ガブだ。  
騒ぎの中心部に、ガブがいる。  
――あたしたち、羊人は、たいがいが、白い巻き毛で、大人の男は頭の横に角が生えている。  
その白い頭の中で、ガブの銀灰色の鬣とぴんと真っ直ぐ立ったふさふさの耳は良く目立つ。  
それに、ガブは村の大人達の誰より背が高い。間違えようが無いのだ。  
「ガブーっ!」  
あたしの声に、ガブを遠巻きに取り囲んでいた男衆が一斉にこっちを振り返る。  
 
でも、あたしはそれどころじゃなかった。  
「ガブっ!? どうしたの、その血っ!」  
ガブの服は、血まみれだった。  
「どこ怪我したのっ!? だいじょうぶっ!?」  
「メ、メイお嬢さん――」  
「――別に、彼が怪我をしたわけではない。落ち着きなさい、メイ」  
低い、威厳をそのまま形にしたような声。  
「…じいちゃんっ!? どーゆー事っ!? ガブにいったい、なにさせたのようっ!」  
「――彼の活躍のおかげで、村が盗賊から守られた。そういう事だ。…それよりも、メイ。  
 何故おまえがここにいるのだ? ――わしは家から出るな、と言っておいたはずだが」  
「……うっ! …ご、ごめんなさい、じいちゃん…」  
「――ふむ。説教は、後でじっくりするとしよう。家に帰っていなさい」  
うー、怒ってるなあ。こうなったらじいちゃんには逆らえない。  
逆らえないけど、ガブがホントに怪我してないのか、ちゃんと見てからでないと――、  
「ガブ」  
「はい」  
「――ごくろうだった。今日は家に帰り、身体を休めなさい」  
「はい、ありがとうございます」  
そういって、自分の小屋のある村はずれの方角に向かって踵を返す。  
「――ま、まってよ、じいちゃんっ! ガブ、一人暮らしなんだよっ!  
 怪我だって、ホントになんとも無いのかわかんないし、ウチに来てもらって  
 ごはん食べて休んでもらったらいいじゃないっ!」  
「――メイ」  
黙れ。と。言外に酷く圧力を滲ませてそう言う。  
そんなじいちゃんと、あたしを見て、ガブは、一度だけ頭を下げて、広場から消えた。  
あたしは、何もいえなかった。  
 
 
 
―――とん。しゅるり。かたん。とん。しゅるり。かたん。とん。しゅ…、びちんっ!  
「あ、ああーっ! …また、やっちゃった…」  
「『また』なの? メイ」  
うう、ばあちゃんの視線が厳しい。  
仕方が無いけど。なんせ、経糸をぶっちぎるのは今日だけで4回目。踏み木を踏む順番を間違えた  
回数は、もう数えてすらいない。おかげで模様はかなり悲惨な事になっている。  
…うー。初心者用のかなり簡単な模様のはずなんだけどなあ。どーもうまくいかない。  
「――その布。後であなたに仕立てさせますからね」  
ええー! そんなあー。しかも服まで作れっての!? あたし貫頭衣くらいしか縫えないよう!?  
「安心なさい。そのために私がいるのです。――びしばし教えますよ、覚悟なさい」  
うう、ばあちゃんの眼が怖い。マジだ、『本気』と書いてマジと読むくらいマジだ。  
…ま、これが無断外出の罰なんだから、仕方が無いかなあー…。  
はふう。とあたしは溜息をついた。  
 
じいちゃんの説教を喰らって、その後の罰は1ヵ月間の外出禁止令だった。  
正直、する事も無いので家の中で出来る仕事をしていたわけだけれど。  
機織は、女の大事な仕事なのだけど、あたしはどうも、これが苦手だ。  
…いや、糸紡ぎや刺繍なんかも苦手なんだけどさ。  
で、17になっても女の仕事が何一つまともに出来ない不器用な娘に、長の奥様――要する  
にあたしのばあちゃんだ――自ら、ご指導して頂いている。という事だ。  
うー、くそう。編み物ならまだどうにか出来るんだよね。なぜかマフラーがだんだん三角に  
なったりするけど。  
 
「…それは、出来ていない。というのですよ? メイや」  
…わかってらい。どうせあたしは不器用だよう。  
どっちかっていうと、畑仕事の方が性にあってるんだけどなあ。  
それに、三角マフラーでも、ガブは文句言わずに使ってくれてるもん。  
「――あなた、まだガブと仲良くしているの?」  
「…三角マフラーは子供の時の話だもん。それに、別にいいじゃないのよう、ばあちゃん。  
 あたしがガブと仲良くしててもさあ」  
ばあちゃんの事は厳しいとこも含めて大好きだけど、あたしとガブが仲いい事をあれこれ  
言うのだけは大嫌いだ。  
ガブが狼人だから、怖い奴だと思ってるんだろうけど、ガブくらいいい子は、村の若衆の  
中にもそういないのに。  
いっつも文句一つ言わずに、皆が嫌がる仕事もして、それでもみんな、ガブの事を狼人だか  
らってだけで冷たい眼で見るんだ。  
家だって、村の北の外れの荒地に独りぼっちで住んでるし、ガブがどんだけ頑張って土地を  
開墾したって、みんなお礼の一つも言わない。  
この間の狐人の時みたいに、村に怪しいヤツが近づいた時も、一番危ない役ばっかり押し付  
けてるのに、それが当たり前みたいな顔でいる。  
――なにより腹が立つのは、ガブ自身がみんなの態度を当然と受け入れてる事だ。  
だったら、あたしがガブの代わりに怒って、ガブを助けてやろうと思ったんだ。  
――でも。  
「…でも、あの子は狼人よ、メイ。私達とは違うモノです。気を許してはいけません、  
 仲良くなるなど、もっての外です」  
…そうなのだ。  
あたしがガブを庇えば庇うほど、みんなはガブの事を悪く言う。  
あたしがガブを好きだといえば、みんな顔色を変えて怒ってくる。  
 
皆がこれほど怒るくらいなのだから、あたしは、何か悪い事をしているのだと思う。  
何かを間違えているのだと思う。  
 
――でも、あたしは、あたしの、何が悪いのか、わからない。あたしは、ガブが好きなだけなのに。  
 
 
夜になって、こっそり家を抜け出した。  
会うなと言われれば、会いたくなるもんだもんねー。  
お弁当届けに行った日から、今日でもう一週間も家に閉じ込められてて、全然外に出してもらえなかったし。  
「…元気かなあ」  
ガブの住んでる、村はずれの粗末な小屋の前まで来た。  
うわ、いつも遊びに来てるけど、夜に来たのなんか初めてだし、一週間ぶりって事もあって、  
ガブに会うだけなのになんか緊張してきちゃったよ。  
こんこん。と、ノックの音もつい遠慮がちになった。  
「――はい」  
扉の向こうでガブの声がかすかに聞こえる。  
こっちに向かう足音が、急にあわただしくなった。  
「――メイっ!?」  
あ、匂いであたしだって気づいたのか。さすがだなあ。  
よっぽど慌てているのか、バン。と常らしからぬ乱暴さで扉が開かれる。  
呆然としたガブの顔。  
ランプの灯りにきらきら反射する、銀灰色の毛がきれいだなあ。とのんきな感想を抱いた。  
「…やっほー。来ちゃったー」  
うん。  
これだけ慌ててるガブを見て、ようやく思い浮かぶのが我ながらかなりアレだけど。  
――これって、バレたらマズイよねえ?  
そうだよねー、よく考えたら、あたしも一応嫁入り前の娘だったんだよねー。  
それが、寝間着姿で酒瓶持って、いくらガブとはいえ真夜中に男の小屋を訪ねるって、  
モロご近所のゴシップネタだわ。  
………まあいいか。バレなきゃいいのよバレなきゃ。  
そもそも、ゴシップネタになるような事実関係なんか一切無いし。  
 
コンマ一秒で結論付けて、「おじゃましまーす」とガブの家に入ろうとする、と。  
「……帰れっ!」  
むか。  
なんでよう、ちゃんと手土産だって持参したじゃん。  
ツマミはちょっと取ってこれなかったけど。  
「そういう問題じゃ、」  
「いいでしょう、別にー。…それより、玄関先で押し問答してるの見つかったほうがマズイわよう」  
ガブを強引に押しのけて小屋に入る。  
「んっふっふ。じゃーん! 父さんの秘蔵の一本だようー。コップ持ってきてコップ」  
さー、飲もうー。  
「…まさか、そのためだけに来たのか…?」  
「ん? そうよう、せっかくだからガブにも飲ましてあげようと思って」  
「俺はいい。それより、飲むだけ飲んだら早く―――」  
「…あたしだけ飲んでも仕方ないでしょうがー! ほら、ガブも飲むの!」  
「いや、だから俺は―――」  
「あんだとー! あたしの酒が飲めないってのかー!」  
片手で顔を覆って天井を仰ぎ、深い深い溜息をつく。  
……なにさ、そのリアクション。  
 
 
「ん…っ! んふっ…、んんぅ…っ!」  
強引に唇を、ガブの熱い舌が割ってはいってくる。  
「――は、あ――、は――!」  
上顎を擽るように舐められる。  
奥に縮こまっていた舌を絡められ、ガブの口の中に引きずりこまれる。  
「あ、…んぅっ、んあぁ…っ!」  
貪るような口付け。  
いや、違う。  
「(――ああ、あたし、今、ガブに食べられてる――)」  
そうだ。  
ような。ではない。  
これは、『食事』だ。  
いつもの、ガブの小屋のベッドの上で、ガブはどこまでも『捕食者』で、あたしはどうしようも  
ないくらいに『獲物』だった。  
 
―――あれえ? おかしいなあ。  
   なんで、こんなことになったんだろう――――?  
 
夜で、二人とも酒が入ってるって事を除けば、別にいつもどおりの時間のはずだった。  
あたしがひたすら喋り続けて、ガブはそれに相槌を打って。  
何か面白い事を言えば、ほんの少しだけの笑みを、控えめにガブが浮かべる。  
あたしはそれが見たくて、ますますおしゃべりになる。  
……でも、今日は何を言ってもガブは笑ってくれなくて。  
あたしはその事が悔しくて、いろんな事を喋った。  
お酒も入ってたし、身振り手振りも交えての熱演だったから、途中で凄く暑くなった。  
それで、ちょっと襟元を緩めて、少し疲れてもいたから、ちょっと休憩と思って、ガブのベッドに  
横になって。  
――そしたらガブが、急に凄く怖い声を出して。  
――強い力であたしの肩を掴んで。  
――そのまま、ぎらぎらした眼であたしを―――。  
 
「―――は、あ」  
「…ガブ…? ど、して…?」  
「…メイ…、アンタは、俺が、何を考えてるのか、知らない」  
だって。  
だって、ガブは、いつも優しくて、もの静かで――。  
「――村長に、いつも言われていただろう? 俺に近づくなと。…その通りだよ、俺は、危険なんだ」  
「そんなこと、ないよ? ガブは―――」  
「…アンタからはいつもいい匂いがするから。アンタの肌は、匂いの通りに甘いのか?  
 血はどうだ? 肉は? アンタのその――、やわらかそうな白い肉に牙を立てたら、  
 どんな味がするんだ? …俺は、そんな事ばかり考えているんだよ、メイ」  
恐ろしいだろう? と、ガブは哂う。  
「…俺は、アンタをいつか食い殺してしまうかもしれない。…それが、とても怖い」  
――だから、近づくなといったのに。  
ああ、そうだね、ガブ。アンタはいつもあたしの心配ばかりしてくれてた。  
ばあちゃんも、言ったとおりだったね。やっぱり羊人は狼人に食べられてしまうんだ。  
でも。  
でもね、ガブ。あたしは―――。  
 
ぽとぽとと、あたしの裸の胸に雫が落ちる。  
ガブの顔が、逆光でよく見えない。  
だから、それが、涎なのか、涙なのかすらわからなかった。  
 
「いいよ」  
「食べても、いいよ」  
「あたしのぜんぶを、アンタにあげる」  
だからおねがい、泣かないで――――――。  
 
あたしに言えたのは、それだけだった。  
ガブの、身体が圧し掛かってくる。  
「なんで。メイ、なんでだ…っ」  
熱い息が首筋にかかる。硬くて鋭いぎらぎらした牙があたしの喉笛に喰らいつく。  
ガブの泣いてるみたいな声。  
ガブは、あたしを食べるのが悲しいんだろう、ガブは優しいヤツだから。  
でも、きっと、ガブにもどうしようもないんだと思う。  
 
――食べられるなら、それでも良いと思った。  
ガブに食べられて、ガブの一部になって、ずっと一緒にいられるなら、それでも良いと  
本気でおもった。  
あのとき、ガブをひろったのはあたしだから。  
ガブと、一番長い時を過ごしたのは、あたしだから。  
 
他の誰にもガブをあげない。  
ガブがあたしを食べたいのなら、あたしの血も肉も魂もすべてガブにあげる。  
そのかわり、ガブも他のひとを食べないで。  
あたしだけ食べて。  
あたしだけのモノになって。  
それはきっと、死ぬほど幸福な事だと思うから――――。  
 
 
――――――――――――あれ?  
なんとも、ない?  
…おかしいなあ。すぐにガブリとやられると思ったのだけど。  
「………ガブ?」  
なんだろう、そんなに不味そうだったのかな、あたし。  
恐る恐る眼を開ける。  
「……アンタは、馬鹿だっ……!」  
自分を喰おうとしてる相手の前で眼を閉じる馬鹿がどこにいる。と、ガブが怒っていた。  
「いや、だってさ。ゆったじゃん? あたしは、ガブになら、なにされてもいいもん」  
へいきだよ? でも、なるべく痛くしないでね?  
あたしがそう言うと、ガブは、糸が切れたように脱力して、あたしの頭の横に顔を伏せた。  
「…アンタは、やっぱり、大馬鹿だ…っ!」  
むう。  
なによう、さっきからバカバカって。ひどいじゃないのよう。  
「酷いのは、アンタのほうだ、メイ。…俺は、アンタだけは喰いたくないのに」  
――だから、逃げて欲しかった。  
…そんな事言われても。  
逃げられるわけ無いじゃないのよう、あたし、さっきのキスだけで腰が抜けてるのに。  
その事を正直に言うと、また溜息をつかれる。  
…よかった、いつものガブだ。  
食べられてもいいって思ったのは本気だけど、別に自殺願望があるわけじゃない。  
食べられずにすむなら、その方が良いに決まってる。  
 
…うん、それはいいんだけど。  
…その、さっきから、ガブはあたしの上に乗ったままの状態なワケで。  
…で、なんというか、ガブは気づいて無いというかソレどころじゃない感じみたいだけど、  
 あたしの太もものあたりに、なんか固いものがあたってるワケで。  
…まあ、そのう、あたしもわりと耳年増というか、ソレがわかんないほど子供じゃないワケで――。  
 
「ガブ」  
「なに、メイ」  
「…えっち、しようか?」  
ガブの眼がまんまるに見開かれる。  
 
……ぎゃー、間違えたあああああああっ!?  
恥ずかしい子!  
あたしって恥ずかしい子!!  
ごめんガブ今のは聞かなかった事に!!!  
聞かなかった事にいいいいいいいいいっ!!!!  
 
「…メイ…?」  
いきなりじたばたしはじめたあたしを、ガブが驚いた顔で見る。  
うううう。絶対、いま顔まっかだ、あたし。  
「…あっ!」  
ガブも、自分の状態に気がついたらしく、あわててあたしの上から退く。  
――なんとなく、離れた身体がすうすうした。  
 
あ、そうか。  
「…ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ…」  
ガブの顔も赤い。  
――ああ、あたしは、このひとが愛しいんだ。  
それこそ、死んでもいいくらい。  
「…その。アンタを喰う事を考えると、こうなっちまう。…気持ち悪かったろ、ごめん」  
「ガブ」  
「え?」  
「あたしが欲しいの?」  
「メ、メイ―――?」  
ますます、ガブの顔が赤くなる。  
…男の子に、こういう感想はどうかと思うけど、ガブは本当にかわいいなあ。  
「あたしはね、ガブが欲しいよ?」  
あたしがそう言うと、ぎょっとしたように目を見開いて、顔を覆って天井を仰いだ。  
「メイ…、アンタ、自分がなにを言ってるか、わかってるのか」  
「わかってるようっ、失礼ねえっ!」  
唸り声を出して、がしがしと頭を掻いてそっぽを向いてしまう。  
「…いいか、メイ。俺たちは今、両方いつも通りじゃない。  
 どっちかが冷静になる必要がある、そうだろ?  
 ――俺は、どうにも興奮してるし、アンタは今俺に襲われかけたせいで、混乱してるんだ。  
 きっと、後悔する。一時の激情で安易に男に身を任せるなんて事を、言うもんじゃない」  
――なによ、それ。  
「…後悔なんか、しないわよう。だって、あたしはガブが好きなんだよ?  
 ガブだって、あたしを食べたいって、言ったでしょう? あたしの事、そんなにいらない?」  
 
「言ってる事が滅茶苦茶だ、メイ。俺はそんな事を言ってるわけじゃない」  
「ごまかさないで、答えて。ガブは、あたしの事がいるの? いらないの? どっち?」  
ぎらぎらした眼で睨まれる。  
怒ったって、無駄なんだから。あたしは、ガブを、怖がらないよ?  
「何回でも、言うよ? ――あたしは、ガブが好き。あたしが、ガブを欲しいの。  
 だから、あたしがガブを抱きたいのよ」  
ねえ、ガブは? ガブは、あたしの事嫌い? あたしに抱かれるの、そんなにイヤ?  
顔を覆って、溜息をつく。  
「――アンタは、本当にムチャクチャだな…っ!」  
若い娘がそんな恥ずかしい事をいうな。とぼやく。  
うー、なによう。だったら、女の子にここまで言わすあんたはなんなのよう。  
「…はは、確かに、そうだな。――俺も、メイのことが好きだよ。メイが抱きたい」  
「最初から、素直にそう言えばいいのよう」  
言って、両手を広げる。大丈夫、心配しなくていいからね。あたしは、絶対ガブを受け止めるから。  
「―――メイ、いいのか? 酷く、するかもしれんぞ」  
恐いくらいに、真剣な目であたしを見る。  
「うん、いいよ。――いったでしょう? あたしのぜんぶを、ガブにあげる。って」  
言葉が終わるか終わらないかの内に、口付けが降ってくる。  
さっきとおなじ、貪るような口付け。  
――なのに、今度はどこか、甘かった。  
 
「…んっ…、ぷ、ふぁっ…」  
口付けをされながら、服を脱がされる。  
あたしは、寝間着一枚っきりしか着ていない事もあって、すぐに脱がされてしまう。  
恥ずかしさのあまり、裸の胸を隠すように、身体をよじってうつぶせになる。  
「…こら、隠すな」  
だってさ、恥ずかしいんだよう…。  
「俺にくれるって、言ったくせに」  
そ、そんな事言われてもー! それに、そういう事言うなら、ガブだってまだ全然脱いでないじゃないのよう。  
「……俺?」  
「そうよう、あたしをあげるんだから、ガブだってあたしにくれなきゃ不公平じゃないのよう」  
「……じゃ、脱がしてみるか?」  
言って、よいしょとベッドの上に胡座をかく。  
「……うー」  
ガブのシャツのボタンを、一つずつ外していく。  
自分でも緊張して、手が震えるのがわかった。  
少しずつ、ガブの、男の子らしい逞しい胸板が顕になっていく。  
……うひゃっ!?  
「ちょ、ちょっと、いきなり胸さわるの止めてようー!」  
「…ん、いや。ちょうど、すぐ触れる所で揺れてるから、つい、な」  
そういいながらも、ガブの手は、あたしの胸をいじってくる。  
たぷたぷと、水風船でも弾ませるかのように手のひらで揺らしたり、少し掴むように揉んできたりする。  
「や、あ……」  
ガブの、毎日の仕事で固くなった手のひらや、ざらざらした指先でそんなふうに触れられると、  
腰のあたりから、きゅう。と甘く疼いてきて、あたしは座っている事すらできなくなる。  
もう、ガブの服を脱がすなんて事はできっこなくて、ただ、ガブの胸にすがりつくようにしながら、  
やめてよう、ひきょうよう。と、うわごとのように鳴く事しかできない。  
そのまま、ひっくり返されて、後ろから抱きすくめられるような格好になっていた。  
ガブの手が、あたしの胸と、…その、大事なトコロにのびてくる。  
「や、ひゃっ!」  
「…すごいな、ぬるぬる」  
 
だからぁ、そういうこというの、やめてようー!  
「…ふ、ぅあぁんっ! ちょ、ソコ、やぁだぁ…っ!」  
胸の頂と、一番敏感な尖りを同時に弄られる。  
「…嫌なようには、見えないが」  
そう言いながら、弄るのを止めてくれない。あ、やだ、へんなこえでるう…っ!  
声を必死で押し殺そうとすると、あたしのおしりに、なにか、熱くて固いモノが押し付けられる。  
これって、ガブの、その、おちんちん?  
そのモノが何かを理解した途端に、あたしのソコが、さらに潤むのがはっきりとわかった。  
「ひ、あ、やぁん…っ」  
熱くて、ぬるぬるしてる。男の子のも、コウフンすると、『濡れる』って、年上の娘に聞いたことがある。  
…ガブも、あたしのカラダで、コウフンしてるの?  
そう思うと、堪らなくなった。  
「――ふ、やぁっ…、んぅ…っ!」  
ガブが、ぬるぬるを、あたしの短いしっぽの付け根に、擦りつけてくる。  
根本がびりびりして、下腹が、きゅう。となって、奥からどっと、溢れてくるのがわかった。  
もう、ふとももまでびしょびしょだ。  
ガブの指が、あたしの中に入ってくる。  
「あ、い、ぅう…っ」  
少し痛い。  
宥めるように、乳房を弄られ、親指で尖りを撫でられる。  
「…大丈夫か?」  
「…うん、そうやって、さわってもらえると、すこし楽…」  
そうか。と呟いて、中に入れる指を、もう一本増やされる。  
あたしの首筋や、耳の後ろに浮いた汗を、舐められる。  
さっきまで触られていたせいで、ずいぶん濡れていた事もあってか、痛みよりは、『ガブの指  
が入ってる』という、恥ずかしさや異物感のほうが強い。  
それでも、愛撫されながら内壁を擦られるうちに、快感のほうが強くなってくる。  
 
「あ、ん、ぅああんっ!」  
背中から、ガブにすっぽり包まれている。  
――あたたかな、お湯の中にいるみたい。  
もう一度、耳をねっとりと、舐められ、  
「――っ! きゃ、あっ!」  
いきなり、耳を強く咬まれた。じわり、と滲んだ血をぺろりと舐められる。  
「――あ、や、あ、あああああんっ!?」  
痛みと驚きと快楽とで、一瞬目の前が真っ白になった。  
「――は、はっ、はあ…」  
息を荒げ、脱力する。ガブの指が入っているアソコがとくとくした。  
「…メイ、アンタ。今、イッたのか…?」  
――え?  
ずるり。と、指が引き抜かれる。喪失感に、吐息が漏れた。  
「…うー、わかん、ないよう。そんなのー…」  
あたしがそういうと、すこし困ったような笑みをガブは浮かべた。  
「そっか。わかんない、か」  
言って、もう一度あたしに口付けする。  
いつもどおりの表情のはずなのに、眼だけが熱っぽくぎらぎらしている。  
あたしはどうも、その眼で見られると、なんにも抵抗できなくなるみたい。  
いいか。と聞かれて、こくり。とうなずいた。  
 
うつぶせにひっくり返されて、おしりをすこし突き出すような姿勢をとらされる。  
『たぶん、この方が楽だから』って、ガブは言うけど、ホントだろうか。  
この格好だと、ガブの顔が見えなくて、少し怖い。  
上体を捻って顔を見ようとする前に、くちゅり、と音がして、ガブのソレがあたしの中心に触れる。  
「……メイ、いいか……?」  
答える余裕なんて無い。  
ただ、がくがくと首を振る。  
それでも、伝わってくれたのか、ガブのソレが、あたしを拡げて入ってくるのがわかる。  
「――っ! い、う、んん――っ!」  
 
「……メ、イ。ちょっと、力、ぬけ…っ!」  
わかんない、わかんないようっ!  
ガブの熱さと、狭い所を無理矢理に裂かれ、拡げられる激痛と、指とは比べ物にならない圧迫感で、  
あたしはどうしていいのかわからなくなる。  
上体を支えていた手ががくりと折れて、足が滑稽なくらいにぶるぶる震えていた。  
「…ん」  
「…ひゃ、やんっ!」  
背中にキスをされる。  
そのまま、首筋や、肩、背中に何度もキスをされる。くすぐったくて、心地いい。  
「う、んんっ」  
その姿勢をとると、ガブのおなかで、あたしのしっぽが潰される。  
それが、少し苦しくて気持ちいい。  
ガブも、その事に気がついたのか、あたしのしっぽを撫でて、刺激してくる。  
「ちょ、やぁだぁ…。しっぽ、だめだよう…」  
「そんな、ふうには、見えないが」  
いいながらも、しっぽをいじるのを止めてくれない。  
そうしながらも、少しずつ腰をあたしに埋めてくる。  
「――ぅ、ん。あ、はぁ――」  
あたしの中に、ガブが入ってくる。  
あたしの中のなにかを、押し退け、壊し、引き裂いて、熱いモノが、入ってくる。  
さっきよりは酷くないけど、やっぱり、じんじんと痛んだ。  
「…メイ? 大丈夫か?」  
「う、ん。へいき…。あの、ぜんぶ、はいった?」  
「――あ? …あ、ああ」  
「あの、ね。あたしは、へい、きだから、うごいて、いいよ」  
「……俺は、いいから。無理を、しなくていい」  
「で、でも、そうしないと、よくないんでしょう?」  
「――いいから」  
言って、あたしを後ろから抱きかかえて、横になる。  
 
あたしの中に入ったまま、胸やおなかを撫でたり、首筋や背中にキスをしたりしてくる。  
何度か、キスに紛れて軽く咬まれた。  
その度に、肌が粟立ち、ガブを受け入れている場所がきゅう。と彼を締め付ける。  
そうして、身を捩るほど、ガブの匂いが強くなる。  
あたしはその匂いを嗅ぐと、また酷く、熱い潤みが滲むのがわかってしまう。  
なんだか、頭がボウッとして、ワケがわからなくなってしまい、ガブの、いいか。という  
言葉にも、かくり、と、人形のようにうなずく事しか出来なかった。  
 
――気がつけば、仰向けに組み敷かれていた。  
「…ん、っう…」  
ガブの腰が、ゆっくりと引かれ、喪失感に震える。  
同じように、もう一度押し込まれる。あたしのソコが痛みと共に微かに痺れる。  
「…ぁ、あ。…もっと、しても、いいから…っ」  
ん。という、微かな呟きと共に、ガブの動きが激しくなる。  
繋がった場所から、くちゅくちゅと、いやらしい水音がした。  
腰を抱えられ、何度も何度も突き上げられる。  
ひどく、急な動きのはずなのに、あたしの腰からは、痛みだけでなく、確かに甘い疼きを感じていた。  
ガブの身体が熱くて、繋がっているところから、甘く痺れてきて。  
あたしは、なんだかわからなくなる。  
「――メイ、メイッ!」  
名前を呼ばれ、何度も何度も口付けられる。  
どくり、どくり、と。鼓動の音まで同じになった瞬間。  
 
「――う、く、う…っ!」  
ひときわ深く腰を打ち付けられ、熱い迸りが、あたしの最奥に、震えて注ぎ込まれるのを感じた。  
「ふぁ、あ、や、う、あ――、…ガブ、ガブぅ…っ!」  
必死でしがみついて、ガブの耳元で。  
きもちいい。とか、だいすき。とか。  
なんだか、とてつもなく恥ずかしい事を、たくさん叫んだような気がする。  
 
 
…その後のことは、正直なんだかよく覚えていないのだ。  
ただ、ガブの身体が熱くて、あたしの身体も熱くて。  
――ふたり融けて、ひとつのモノに、なることもできるんじゃないかと、思った事。  
白く霞む意識の中で、聞いた「――俺も。アンタを、愛している」という、ガブの声。  
 
 
 
―――覚えているのは、ただそれだけ。  
 
 
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *   
 
――夜明けまで、まだずいぶんと時間がある。村中全てが、未だ眠りの中にあるはずの時刻。  
村の通りから少し奥にある、村長の家の前に、一人の狼人の若者の姿があった。  
「――村長」  
家の前にいた、人影――この羊人の村の長である老爺――に、若者は話しかけた。  
「ガブか。――ウチの、孫娘を知らんかな?」  
「……メイなら、俺の小屋に。――今は、よく眠っています」  
そうか。と老人は、溜息のように呟く。  
「ガブ」  
「はい」  
「……おまえが、村に来た日の事を、覚えているかね?」  
「はい、もちろん覚えています。……村長、メイは、俺に汚されたたけです。  
 罰するなら、俺だけを罰してください」  
「ガブ」  
「はい」  
「……死ぬ気なのか?」  
「いいえ。……昨日までなら、それでもいいかと思ったでしょうが、メイを抱いたら、死ぬのが  
 恐ろしくなりました。――ですから、許されるまで、どんな事でも甘んじて受けるつもりです」  
若者の言葉を聞いて、羊人の老爺は、もう一度深く溜息をついた。  
若者にそこで待つように言い置いてから、家の中に入る。  
――程なくして、もどってきた老人は、大きな鞄を若者の前に置いた。  
「村長…? これは…?」  
若者は戸惑い、これは何かと、老人に尋ねる。  
「食料と、路銀だ。他にも、旅に必要な物は入っている。  
 ――西に、大きな集落がある。おまえの足ならば半月もあれば、辿りつけよう。  
 あそこは、様々な民族が暮らしていると聞く。おまえも、自由に生きる事が出来るだろう」  
 
「……俺に、出て行けと、おっしゃるのか」  
憤りか、悲しみにか、震える声で若者は老人に問う。  
老人の答えは、静かだった。  
「わしは、おまえを死なせたくないのだ、ガブよ。  
 ――おまえとメイが好き合っているのは、知っている。互いを大事に思っている事もだ。  
 だがな、村人は、狼人であるおまえが、村長の孫娘であるメイを犯したと、怒り、恨み、恐怖するだろう」  
村人の私刑にあい、命を落とすかも知れぬと、老人は言外にそう告げた。  
「――おまえが死ねば、恐らく、メイも死ぬ。――あれは、そういう気性の娘だ」  
ひゅう、と。悲しげな音を出して若者は息を呑む。  
――そうだ、忘れていた。ここでは、自分は異分子だ。  
  メイが、自分を受け入れてくれたから。何かを、勘違いしてしまった。  
「…そう、ですね。今まで、色々と、ありがとう、ございました」  
言って、深く、頭を下げた。  
「――すまぬな」  
鞄を持った若者は、いいえ、と言って、もう一度だけ、頭を下げた。  
「…村長、メイに、伝えてもらえますか」  
――しあわせに、なってほしい。  
自分は、もう君のそばには居られないけれど。  
どうか、君はしあわせになって。いつまでも、笑顔でいてくれと。  
老人がうなずくのを見て、若者は村の外へと続く道へと歩き出す。  
――そして、二度と振り返らなかった。  
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  
 
―――あたしが起きた時には、もうガブはどこにもいなくて。  
家に戻ったら、じいちゃんには抜け出したことがとっくにバレていて、ひっぱたかれて、怒られた。  
反省しろと、今度こそ物置に閉じ込められて、出してもらえたのは、三日後だった。  
…その後で、ようやく。  
あたしは、ガブが出て行った事を聞かされた。  
 
ガブのばか。  
あたしは、ガブがいないと笑えない。  
ガブが隣にいてくんなきゃ、しあわせになんて、なれっこない。  
あれだけずっと、あたしと一緒にいたのに、そんなこともわかんないなんて。  
ガブの、おおばか。  
 
 
泣いた。  
すごく、泣いた。  
ガブに怒りながら、後から後からどんどん涙が出てきて止まらなかった。  
こんなに泣いたのは、かあさんが死んで以来の事だった。  
一晩中、泣いて、泣いて。  
ようやく、決心した。  
―――追いかけよう。  
その事をじいちゃんにいったら、今度はぐーで眼から火花が飛ぶほど殴られた。  
後は、もうお互いに根競べだ。  
じいちゃんは絶対許さんの一点張りだし、あたしだってガブを諦める気は無い。  
一週間。  
その間、お互い顔に青タンを作りながらの話し合いだった。  
「――ごめん、悪いとは思ってるわよう、じいちゃん」  
「――ふん。結局、年寄りの気持ちを顧みる気なぞ無いのだろうが。  
 そういうのを、お為ごかしと言うのだ、この不孝者」  
不機嫌そのものの声で言う。  
 
ううー、怒ってるなあ。まあ、しょうがないんだけどさあ。  
「……よいか、メイ。わしの命令を無視して、この村から出て行く以上、二度と戻る事は罷りならん。  
 ――そう、肝に銘じておけ。よいな」  
「…うん、わかってる。ごめんね、じいちゃん、ばあちゃん」  
村長の親族が、村を抜けて出て行く。っていうのは、相当な事だ。  
だから、こんな真夜中に、夜逃げみたいにして行こうとしてるんだけど。  
ばあちゃんは、そこまでしなくてもと言ってくれたけど、じいちゃんにしてみれば、村長として、  
身内に甘さを見せるわけには行かないし、あたしも、ガブと一緒に暮らせないのなら、村には、  
居れない。  
――生まれて、育ってきた場所だから、当たり前だけど。帰って来れないのは、凄く悲しい。  
けれど、それでも良かった。故郷を捨てても、あたしは、あの寂しがり屋の狼といっしょに居たいんだ。  
「――それじゃ、今まで、どうも、本当に、ありがとうございました…っ!」  
頭を深く下げて、歩き出す。  
夜明けの迫る空の星を睨みながら歩く。  
――ぜったいに、ふりむかないように。  
 
……さてさて、じいちゃんは、西の集落をガブに薦めたって言ってたけど、本当にまだそこにいるのか、怪しいものだ。  
ガブは、昔から意外と好奇心が強い性質だったから、さっさとどこかに行ってしまうかもしれない。  
「…さて、とにかく、あのばかちんをつかまえなきゃね」  
探そう。  
あたしたちが、狼と羊が共に暮らせる場所を探そう。  
大丈夫、きっとある。  
だって、こんなに世界は広い。  
それに、ガブのいる所があたしの居場所だ。  
世界中があたしたちを拒んだとしても、あたしだけはガブを拒まないから。  
「…だから、今度こそ一緒にいようね、ガブ」  
 
 
待っててね。  
世界のどこにキミが居ても、きっとあたしは会いに行くよ!  

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