飲み屋の店員に待ち合わせをしていることを告げると、席に案内してもらえた。
「悪い悪い、お待たせ」
「遅ェぞ!合コンするときゃ、30分前集合で作戦会議と決まってるだろうが」
出迎えたのは、今回の幹事役を買って出てくれたカズキ。
果たしてそんな決まりがあるのかは、合コン初参加の俺に判断はつかなかった。
そもそもこの会合は、そんな俺のためにカズキが「一肌脱いで」開かれたもの、らしい。
メンツは賑やかしのカズキ、いわゆる草食系のジュンペイ。堅物のシュウタ。皆、大学で知り合った友人だ。
そこに俺を含め、4対4で合コンは行われる。
「ほれ見ろ、打ち合わせする時間もなかったじゃねえか」
と、カズキが指差すのは、店に4人組の女の子が入ってくるところだった。もしや、あれが。
カズキが手を挙げて「よ」と呼びかけると、先頭の子が「よ」と返してくる。親しい間柄のようだ。
彼女たちがテーブルを挟んだ反対側に座り、いよいよ準備が整った。
「じゃ、まずは自己紹介から行こうぜ」
さっき名前を出したので男連中は省く。覚えなきゃならないのは女の子の名前だ、俺は集中した。
「あたしはナミコ」
「ミカでーす」
「か……シオリです」
言った順から、さっきカズキと合図してたリーダー格の子、気の強そうな子、顔を俯かせて引っ込み思案そうな子。
彼女たちが軽めに挨拶を済ませる中、最後の1人だけは深々とお辞儀をする。
「初めまして、ナオと申します。ふつつかものですがよろしくお願いします」
「ちょ、そんな堅くならなくてもいいから!」
それはともかく、合コンに必要な最低限の情報は出揃った。ついに幕が切って落とされる――
「あの」
その役目を担ったのは、意外にもジュンペイだった。草食と噂の彼が、いったいどんな話題を振るのだろうか。
「ミカさん、ちょっといいですか」
なんと、まさかの指名。どうしたんだジュンペイ、と皆の視線が2人に集まる。
「この近くに住んでますか?」
「お、おいジュンペイ。いきなり住所聞くとか」
「うん、この近所だよ」
「ミカ、あんたもそんな正直に答えないで」
互いの組の引率係であるカズキとナミコが調停に入るも、2人は気にする様子もなく。
「僕のこと、覚えてません?」
「……もしかして……昔、近所に住んでたジュンちゃん?」
おっと。
「わあ久しぶり!こんなところで合えるなんて……もう、戻ってきているなら連絡してくれたらいいのに」
「いやあ、もう何年も経ってるし、昔の縁を引っ張り出すのも迷惑かなって」
「そんなことないもん!会いたかったよ、ジュンちゃん!」
「ミカ、ちゃん……」
ジュンペイとミカは、とても他人が入り込めない雰囲気になってしまった。
かくして、合コンは彼らを取り残して……いやむしろこっちが取り残されて進行する。3対3で。
「へー、ナオちゃん合コンは初めて?」
「はい、だからちょっと緊張してます。カズキさんは、慣れてそうですね」
ナオはさっきから口数が一番多い、突如覆ったやるせない空気を見事に盛り返した功労者だ。
だいぶ場が温まったところに、トイレに立ったシオリが戻ってきた。なぜか、メガネとマスクをつけて。
「……」
気になるが、詮索していいものかどうか。
再び温もりを失った合コンの席に、シオリは男性陣に背を向けるようにして座る。
どうも、シオリは異様にビクビクしている気がする。まるで顔を見せたくないように。
気になるが、詮索していいものかどうか。
「……」
「どうしたシュウタ」
「いや、ちょっとな」
と、シュウタはシオリの顔に素早く手を伸ばす。何と積極的な。
なぜかこっちがハラハラしながら見ている前でシュウタは、彼女の眼鏡を外しマスクもはぎ取った。
そして一言。
「……やっぱり、カオリか」
「何よ!そういうアンタなんかシュウタじゃない!」
意味がわからない。が、無理もないかもしれない。
シオリ改めカオリは、顔を真っ赤に、目には涙すらたたえている。テンパってしまっているのだろう。
ところで彼女の言動とは別に、俺はこの展開の意味がわからない。
「お前、何でこんなところに」
「どうだっていいでしょ。シュウタこそ何でこんなとこにいるの、似合わないよ」
確かに、堅物で融通の利かない彼に合コンは似合わない、それは男子グループでも確認した総意でもあった。
だが人数が足らなかったので、無理を言って来てもらったのだとカズキは言っていた。
「友達の頼みでな、断れなかった」
「ど、どーだか。本当は、女の子と……その、いちゃいちゃするのに興味があったんじゃないの?」
「お前はそれが目当てか」
「しっ、質問に質問で返さないでよ!」
なんだなんだ、何が起こってるんだ、いったい。
「あの、もしかして、知り合いだった?」
ナミコが渦中に飛び込んで行った。なんという男気。
「まあ、そんなところだな」
「ちょっ……面倒見てあげてるお隣さんを知り合いで済ませないでよ!」
「何で眼鏡なんかかけてたんだ。視力が悪いわけでもないのに」
「うっ……それは……」
「何でだ」
「……だって、シュウタがいたから……」
「俺がいたから何だ」
「だって……」
「何だ」
「……っ、もういい!シュウタの馬鹿ぁ!」
「おいカオリ――すまん、後は頼んだ」
何を頼まれたのだろう、ああそうか、会計か。かくして食い逃げ犯2名は店外へ飛び出していった。
これで2対2か。
シュウタから、カオリと仲直りしたとのメールが来たのを合図に、合コンはお開きとなった。
確かにこれ以上続けるような雰囲気でもなかった。主に、引率役の2人が。
お節介が過ぎるかもしれないが、俺はカズキとナミコについても気になっていた。
合流のときこそ親密さ匂わせた彼らだったが、いざ合コンが始まると様子が変わった。
あまり話しかけないし、できるだけお互いを避けているように思えたのだ。
「……あーあ、なんかのあてつけかね、これは」
不意にカズキがつ呟いた。
「そんなつもりないわよ。このメンバーになったのは偶然じゃない」
「そうさな。だからなおさら、神様に嫌がらせされてんじゃねえかって思うぜ」
互いに目も合わさないが、会話のテンポが良い。まるで長年コンビを組んでいるかのように。
「……お前とのこと、ふっきろうと思ってやった合コンなのにな」
「ふっきれてなかったんだ」
「ああ。ガキのころからつるんでる奴と付き合って、別れて……すぐ切り替えられるって方がどうかしてるぜ」
「へえ……良かった。あたし、どうかしてなかったんだ」
「ナミコ……ごめん」
「もう慣れたよ。あんたの遠回りは昔っからだ」
一度も好きとか言っていないのに抱擁まで持ってこれるとは、呆れた2人である。
こうして俺のためにと偽って開かれた合コンは、次々とカップルを生んだ。奇しくも、その全てが幼馴染の組み合わせ。
そして、残ったのは……。
「何だか、おかしなことになっちゃいましたね」
「……」
俺の袖を指で引く、おっとり天然系のお嬢様というイメージの、ナオ。
実をいうと、俺は人間観察に忙しく、一応主役であるはずなのにまともな会話ができていなかった。
それ以上に、とてつもなく厄介な懸案事項もあったから、おしゃべりを楽しめるはずもなかったのだ。
「……ナオ」
「はい、なんでしょう」
「なんで、来たの」
「私の目を盗んで合コンなんて、許すわけがないでしょう?」
きゅっ、と袖をつまむ指に力が入る。ひいっ。
「お友達のナミコさんに、あなたとのことは伏せてメンバーに入れてもらったんです。あなたを見張るために」
「な、何もそこまでしなくても」
「でも、参加して良かったです。やはり幼馴染は結ばれる運命にあるんですね」
いや、俺と君は幼馴染というよりいとこ――なんて反論を試みようものなら何をされるかわからない。
せっかく機嫌よさそうにしているし、ここは放っておいて嵐をやり過ごすのが賢明というものだ。
「あ、でもカオリさんはかわいそうでしたね。幼馴染をただの知り合い扱いするシュウタさんはひどいです」
「そうだね」
「他人のふりをするあなたはもっとひどいですけど」
しまった、カマかけだ! しかも刈り取る気マンマンの!
「帰ったら――覚悟してくださいね?」
ぎゃあ。