そろそろ年の瀬、クリスマスが近づいてきた。即ち、  
「ねぇねぇアキくん。アキくんは何がほしい?」  
「静かな時間」  
「アキくん大人っぽくて偉いね! お姉ちゃん、なでなでしてあげる。いーこいーこ♪」  
 登校中に頭をなでられ、道行く人々にひそひそとあることないこと囁かれる季節がやってきたのだ。  
「そうじゃなくてね、クリスマスだよ。お姉ちゃん、アキくんになんでも買ってあげるよ? 何がいい?」  
 そう言って、柚子ことゆずねえがにっこり微笑んだ。  
 ゆずねえは俺がガキの頃からお隣に住んでおり、物心ついた頃には既に弟扱いされていた。そしてそのまま現在に至るわけだが。  
「別にいいよ、子供じゃないんだし。それより、ゆずねえこそ欲しいものないのか? 俺の財力で叶う程度の品なら用意したいのだが……ゆずねえ?」  
 突然、ゆずねえが震えだした。その姿に生来の負けん気が刺激されたので、負けじと生まれたての子鹿のように小刻みに震える。唸れ俺のディアマインド!(鹿心)  
「……アキくんがいーこに育ってくれて、お姉ちゃん、大感激っ!」  
 ぐわしっと抱きしめられ、激しく頭をなでられる。なんでもいいが胸に顔が埋まっていて苦しいやら気持ちいいやら気持ちいいのでもっとしてください。  
「ところでアキくん、どうして震えてたの?」  
「……ぷはっ。生まれたての子鹿の霊に憑りつかれたんだ」  
「出てけっ、アキくんから出てけっ!」  
 軽い冗談のせいで半泣きのゆずねえに割と本気の殴りを受け、超泣きそう。  
「ふー……アキくん、霊は出てった? ……ああっ、アキくんが泣いてる!」  
「すいません殺さないでください」  
「お、お姉ちゃんはアキくんを殺さないよ? ……むしろ、アキくんの魅力にめろめろで、お姉ちゃんドキドキしてそのまま心臓止まっちゃうかもしんないから、そのせいで死んじゃうかもしれないよ?」  
「なるほど。どんな葬式がいい?」  
「アキくん葬がいい!」  
 受け入れられた。ていうかなんだ、俺葬って。  
「説明しよう! アキくん葬とは、棺の中に一面アキくんの写真がプリントされてて、しかも中には等身大アキくん人形があるの。念仏はアキくんが普段歌ってるアニソンを流して、もうこうなったら飾る肖像画もアキくんの写真でいいよね?」  
「それはもう俺の葬式だ」  
「アキくんが死ぬなんてダメッ! 5000歳くらいまで生きなさい!」  
 それはもう一種の妖怪だ。  
「まあいいや、頑張って超長寿になるよ。それよりゆずねえ、クリスマスなんだけど」  
「お姉ちゃんと一緒に過ごしたいんだね? えへへ〜、お姉ちゃんも〜♪」  
「いや、そういうわけでは」  
 にへにへしながら近寄ってきた姉が面白かったので、思ってもないことを言ってみたら、ゆずねえの表情が凍りついた。  
「……どういうことっ! はっ、まさかお姉ちゃん以外の姉と一緒に過ごす気!? お姉ちゃん、そんなの許さないよ!」  
 かと思ったら、突然俺の肩を掴み、がくんがくん揺さぶってきた。ていうか誰だ、ゆずねえ以外の姉って。姉って増えるものなのか?  
「いませんいません、俺にとって姉はゆずねえ一人だけだよ」  
「アキくん……お姉ちゃん、超感動!」  
「負けるか、超振動!」  
「びびびびび〜。……アキくん、なんで対抗したの?」  
「それが分かったら苦労しないんだ」  
「どうしてこんな変な子になっちゃったんだろ……育て方間違えたかな?」  
 真顔で言われるとアンニュイになるのでやめてください。  
「じゃなくてぇ! ……もー、アキくんと話してるといっつも脱線するよ」  
「それはもう俺が相手なのだから諦めてもらわないと」  
「…………頑張ろうね、アキくん」  
 力ない笑顔で言われると、悲しくなってくる。  
「でね、クリスマス。アキくん何が欲しい?」  
 
「ゆずねえのパンツ」  
「……ど、どうしてもって言うなら、お姉ちゃん、あげてもいいけど」  
 ゆずねえは顔を真っ赤にしながらつぶやいた。嗜虐心に火がつく。  
「ゆずねえが今はいてるパンツ」  
「いま!? ……ど、ど、どうしても? 他のじゃだめ?」  
「ダメ。どうしても」  
 本当はそんなことないのだが、半泣きでおろおろしてるゆずねえを見てると、いじめたくなってしまうので、そう言ってしまうのもしょうがないだろう。  
「……う、うう〜……あ、アキくんのため、アキくんのため」  
「待てゆずねえ、冗談だ! スカートに手を突っ込むな!」  
「じょうだん……?」  
「ていうかだな、仮に本当だとしても、今ここで脱ぐ必要もないと思うのだが」  
「だ、だって、すぐ使うのかなーって思って……」  
 使うとか言うな。  
「そ、それよりアキくん! お姉ちゃんに嘘ついちゃダメでしょ! お姉ちゃん怒るよ!」  
「ほう。果たして姉の怒りは俺に届くかな?」  
「ばかにしてぇ……もー、アキくん! めっ!」  
「うっうっ……ごめんなさいゆずねえ。俺が悪かった」  
「あっ、ああ、あああ……アキくんっ!!!」  
 泣きマネでこの場をやり過ごそうと思ったら、ゆずねえがすごい勢いで俺に抱きついてきた。  
「アキくん……ごめんね、ごめんね。泣かせちゃってごめんね。叱ったりして、悪いお姉ちゃんだったね」  
「い、いや、そんなことないぞ? そもそも嘘をついた俺が悪いわけだし」  
 ゆずねえはじーっと俺を見た。そして、俺の頬をゆっくりさすった。  
「……アキくんが優しい子に育ってくれて、お姉ちゃん、大満足♪」  
「い、いやあ。そもそもさっきの泣いたのも嘘泣きだし、あまり喜ばれると心が痛み申す」  
「……うそ?」  
「うん」  
「……も、もーっ! お姉ちゃん、アキくんを悲しませたーって思ってドキドキしたじゃない!」  
「いやはや。ごめんね、ゆずねえ」  
「ふんだ。お姉ちゃんを騙すアキくんなんて知らないもん」  
 機嫌を損ねてしまったのか、ゆずねえはあさっての方向を向いてしまった。怒ってるんだぞ、と分かりやすく頬を膨らませているのが可愛い。  
「えい」  
 その膨らんでるほっぺを指で押す。  
「ぷしー。……も、もー。お姉ちゃん、怒ってるんだよ?」  
「知ってる」  
「じゃ、じゃあ、しおらしいこと言わないと。……お姉ちゃん、許すタイミング図れないじゃない」  
 ゆずねえは俺の手を取り、困ったように眉を寄せながらつぶやいた。  
「ゆずねえが相手だと、つい意地悪しちゃうんだ。ごめんよ、ゆずねえ」  
「むー……それって、お姉ちゃんが特別ってこと?」  
「いやあ、どうだろう」  
「そこはもう特別だよーでいいじゃない! もー! アキくんの鈍感! 女心知らず! 千人針!」  
「待てゆずねえ、最後の意味分からん!」  
「そんな失礼なアキくんは、クリスマスにお姉ちゃんと過ごさなければなりません。罰です。決定です」  
「罰にはならないと思うが……うん。じゃあ、一緒にクリスマスな」  
「……へへー♪ じゃねじゃね、アキくん。ちゃんと何が欲しいか考えておくんだよ? お姉ちゃん、何でも買ってあげるからね?」  
「ゆずねえのパンツ」  
「……あ、アキくんのため、アキくんのため」  
「だから、スカートに手を突っ込むなッ!」  
 ままならない姉と一緒に登校するのだった。  
 

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