「とうとう、あいつまで出てっちゃったね…。」
右隣に座る女の子に話しかける。
今は夕暮れ時。僕らは村全体を見下ろす丘に腰掛け、二人してぼんやりと夕日を眺めている。
「あんな薄情者、東京でもなんでも行っちゃえばいいのよ。…むしろいなくなって清々したくらい。」
口ではそういうが、夕焼け色に染まる彼女の横顔は、どこか暗い。
ここは過疎の山村。今日の午前中の電車で、幼い頃からの友人がまた一人、村を出て行った。
村に残る若者は、もう僕らしかいない。
「東京のどこがいいってのよ…。あんなとこ、ただ人とゴミが多いってだけじゃない。」
と毒づくその口振りにも、やはりどこか覇気がない。
彼女は小学生の頃に、東京からこの村に引っ越してきた。
後で彼女の母親に聞いた話では、彼女は東京でいじめられていたそうで、
母親の実家があるこの村に越してきたということだった。
一度彼女が、その時のことを少しだけ語ったことがある。
「私は、あの街に合わなかったのよ、きっと。でもこの村に来れて、本当によかった。本当の自分を思い出せたから…。」
そう語る表情は、非常に照れくさそうだった。
その後、「今じゃ、村でダントツに勝ち気で逞しいもんね」とからかうと、顔を真っ赤にしながら追いかけ回されたが。
実際、この村に越してきてからの彼女は元気一杯で、その溢れんばかりの行動力で、
僕らを含めた村の子どもたちを引っ張り回していた。
そしてそんな彼女を、僕はその頃から憎からず思っていた。
…彼女はきっと、僕以上に村を愛している。
だからきっと、僕以上に寂しいんだろう。
村を否定し、村を出て行く友人たちを見送るのが、悲しいんだろう。
「ねぇ…」
彼女の横顔を見ながらそんなことを考えていたら、彼女が前を見据えたまま話しかけてきた。
「あんたも、いつか出て行くつもりなの?」
僅かに震えた声で僕に問う彼女の横顔は、いつもの強気で、
自信に充ち満ちたそれからは考えられないぐらい、弱々しいものだった。
傾きかけた日が作り出す陰翳と相まって、その姿は神秘的なまでの儚さで…。
僕は不謹慎にも、それを美しい、と思ってしまった。
と。いつまでも見とれている訳にはいかない。
しおらしい彼女もたまにはいいけれど、彼女を不安と寂しさのただ中にいつまでも置いておくのは、僕の本意ではない。
それに、僕の答えは、考えるまでもなく、とうに決まっていたから。
僕は彼女の横顔を見つめながら答える。
「…たぶん僕は、君が思っている以上に、この村のことが好きだよ。僕がいて、君がいるこの村が。」
「っ!」
最後の部分を特に強めて言うと、彼女が何か言おうとこちらを振り返ってきた。
当然、さっきから彼女の方を見ていた僕と思い切り目が合って、正面から見つめ合う形になる。
彼女は一瞬ビクッとして、開きかけた口はそのまま止まってしまう。
そんな彼女の手を取って、少しだけ強く握ってみる。
はっと息を呑んだ彼女だったが、それ以上の言葉は出てこなかった。
僕は彼女の瞳を見ながら、自分の気持ちを伝える。
この強くてか弱い、僕の大切な人に。
「僕は離れないよ。絶対に。この村からも、君からも。」
彼女はそれを聞くと、驚いた様に目を見開いて、その後少しの間俯いた。
さらに、僕が声をかけようとした途端、ぷいっと顔を背けてしまった。
彼女はその後しばらく顔を背けたまま、何も言わなかった。
だけど、むこうを向いた彼女の頬と首筋が真っ赤だったのは、夕日のせいだけではなかっただろう。
そして、彼女の肩がほんの少し震えていたのも、彼女が僕の手を強く握りかえしてきたのも…。
きっと僕の気のせいではなかっただろう。
僕らは手をつなぎあったまま、夕日が沈んでもその場に座り続けていた。
「…絶っ、対…、絶対、一生、離してやんないから…。」
彼女がしゃくり上げながらそう言って、僕に抱きついてきたのは、日もとっぷり暮れた後のことだった。