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Truc AI FIRE! 前
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どういう顔をすれば良かったのか。
どういう声を出せば良かったのか。
時間が止まる。
いや、まあ、たしかに。あたしが悪かった。
マナーがなっていない。その通りです。
油断もしていました。以後気をつけます。
でも泣かれると・・・。
あたしだって19歳になる今の今までこう言う光景を見るような経験が無かったのだから、どうしたら良いのか判らないというのが本音だ。
頭の中はなんか凄く失敗したぁってのととてつもなく気まずい感情と
なんだか心臓がバクバクするような羞恥心。
いや、この場合にあたしが羞恥心を感じるのは変かもしれないけど。
・・・はあ、でもこれはまずい。
ああ、そんな事を考えるよりタオルを渡そう。
それよりもなんて言おうか。言うべきか。
さすがにあたしにも想定外過ぎてなんていって良いのか判らない。
ガリガリと頭を掻く。
こういうのは沈黙の時間が溜まる分だけ気まずくなるんだから何でも良いから早く言った方がいい。
「あ、あの、別におかしな事じゃないからさ。ほら健康な、証拠だって。」
「うっわあああああああああああああああああん!」
ふわふわの柔らかい髪の毛。義文君の透明感のある顔立ちが青褪めてぐしゃっと歪む。
両手で顔を覆ってすすり泣く。
あぁ、まずい、これは、これはとてもまずい。
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いや、気をつけてない訳じゃなかったの。ホントに。
少しそのHな感じの本とか、こっそり辞書の裏とかお気に入りの模型の下に隠してたりするのも知ってるわけだし。
12歳といえばお年頃よね。女の子にも興味出るよね。少し早いのかな。
どうなんだろ。
ね。
ゴミ箱のティッシュとかもね。
こう、2重、3重に包んであったりするのがあったりするのもそれはまあ、
あたしにだって意味も?判るってものだし。
まあね、だって別にそれは変って事じゃない訳じゃない。
あんまり毎日続くと、そう云うのが普通なのかな?とか思ったりもする事はあるけどね。
だからまあ、最近はあたしなりに気をつけてはいたんだよ。
朝起こしに行く時とか、夜に水とかいる?とか聞くときとかもちゃんと部屋のノックしたりして。
いや当たり前って言えば当たり前なんだけどさ。
あたしにだってノックしないでドア開けるメイドがどこにいるって話なのは判ってるよ。
でもまあ、姉川家の3男の義文様付きって事で長くやってきたってこともあってさ。
両親に捨てられて公園でパン咥えてぼっとしてたあたしを拾ってくれて
美味しいご飯食べさせてくれて、それだけでもうけものの人生ってのは判ってるんだけど、やっぱねえ。
こう、自分で言うのも何だけれど長くいる分だけ遠慮ってのが欠けてる訳。
大体あたしが拾われたのが7歳の時だからえーと丁度義文君が産まれた年になる訳。
こう、ここまで一緒にいるとどっちかっていうとなんか年の離れた弟?みたいな感じにまあ、なる訳だしね。
でもまあ、失敗だよねえ。完全に。
こういうのってさ、こう、義文君の心に傷を与えてしまったかもしれないよね。
何だかんだいって弟みたいってのはみたいっていうだけな訳であって
別に血が繋がってる訳じゃないわけだし。結局の所あたしはただのメイドだし。
いくら懐いてくれてようがこういうのが切っ掛けで気まずくなっちゃったりしたら
あたしどうすればいいんだろうね。
どうもいつも危機感とか色々なものが足りないんだよね。
ある日いきなりクビ、とかならないよね。
お給料もあんまり溜めてないしさ。
あー洋物のギターとか買うんじゃなかったなあ。
あれはあれでとても良いものだったけれど。
お給料溜めておけば良かったなあ。
ご飯は食べさせて貰えるし、使わないで全部溜めてたらもしかしたら今頃、
小さなお店くらい持てる位にはなってたかもしれないのに。
ああ、なんか変な事考えてるなああたし。
きっと義文君も、あたし以上に気まずかったり傷ついたりしてるんだろうなあ・・・。
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「へえ。んで?」
クッキーを齧っていた鈴子が事も無げに言う。
あの悲惨な出来事があってから3日後、あたしは義文君との間に垂れ込める重い空気に我慢しきれず、お休みをとって友人と喫茶店に来ている。
フィッツジェリコという洋風の名前のこの喫茶店は石造りの壁がお洒落で赤みがかったランプの灯りと濃い目のテーブルクロスの取り合わせも悪くなく、
出てくる料理もそれなりに美味しく、食事の気分でなければ紅茶とクッキーのセットも値段の割りに中々という姉川家メイドの御用達の喫茶店だ。
微妙に姉川家と街の中心部とのラインからも外れており、知り合いやなんかにも会い難いというのもポイントが高い。
「いや、んでって。そう云う事だよ。」
「お風呂に顔を出したら義文様が自慰をしていたんでしょ。」
「・・・ん、う、うん。まあ、そうだね。ありていに状況を言うと。
・・・言い難い事を簡単に言うよねあんた。」
「・・・おっきかった?」
「いや、相談したのはそういう事を相談したいんじゃ無くてね。」
「大事な事だよ?」
「多 分 人 並 み だ と 思 う よ!!いい! ?
でね!あたしが聞きたいのはそういう事ではなくてね!」
「これからどうすれば良いのかってんでしょ?」
「・・・そうよ。判ってるじゃない。」
鈴子がうんうんと頷く。
今、あたしの対面に座っている鈴子は越智家のメイドをやっている。
越智家と姉川家は縁が深く、まあ要するに結構行き来が多いので自然とメイド同士も仲が良くなったりする。
特に同年齢の鈴子とあたしは話が会う事もあって、こうやってお休みが合うと一緒に喫茶店に行ったりなんかもする。
因みに鈴子の見た目はボーイッシュで可愛らしいタイプなのだけれど、
その同僚には秋乃さんという何だか形容しがたい位におしとやかな美人さんがいる。
眼つきが悪く、がさつな事に定評があるあたしはその人の事を神の如く崇拝していて、
何気に時間があると仕事、私生活の双方において色々と相談したりもしている。
どちらかというと今回は秋乃さんに相談したい内容だったので
今日も鈴子と一緒にどうですかと誘ってはみたのだけれどお仕事と云う事で断られてしまった。
案の定鈴子は真面目には考えてはくれないし。
「良いじゃん。別におかしなことしてた訳じゃないし。健康な証拠だよ。」
こんないい加減な事を言う始末だ。そんな事はもう既に言っている。
それじゃ済まないからこうやって相談しているんじゃないか。
「あのねぇ。人事だからっていい加減な事言わないくれる?
見たあたしはまだ良いけど、見られた義文君はそうはいかないでしょ。
あれ以来口も聞いてくれないしさ。」
「まあ、確かに私もそんなとこ見られたら当分は相手の顔見たくなくなるかもね。」
「・・・まあ、ね。」
まあいきなりクビとかは言われなかったのだけれども。
あれ以来義文君はあたしの顔を見るたびに真っ赤になって逃げる。
あの調子ではそのうちお付きの仕事も変えられるかもしれない。
他の仕事なんて出来るのかなあ。と、あたしは不安になる。
メイドの仕事は実に多彩だ。
基本理念としてはご主人様がお屋敷において何の不自由も無いように暮らす為のお手伝いだ。
つまり掃除洗濯炊事、それだけじゃない。
お買い物もあればお客様の多いお屋敷ならそれらの準備やあれやこれや。
ご主人様が出かければ付いていって出先でお世話する事もある。
つまり正解や明確な線引きなどメイドの仕事には無く全てを正しく行う事が仕事になる。
いや、正しいだけじゃ駄目で優雅に、作法を重んじて行う必要もある。
姉川家は特に躾に厳しい所があるから怒られているメイドを目にする事もしょっちゅうだ。
そんな中あたしの仕事は楽だった。
基本的には義文君の相手だ。そりゃ勿論やる事は色々ある。
身の回りの世話だから朝は起こして着る物揃えてお弁当作り。
まあ、お弁当はあたしのお仕事じゃ無いんだけれども義文君が仕出しのお弁当を嫌がるからあたしが作っている。
学園に送り出して忘れ物があれば学園までひとっ走り。
学校に行っている間は書類仕事に掃除洗濯、関連部署との連絡。
それからその日の夜に義文君が宿題をしている最中に聞かれた時に答えられるように多少の復習もしておく。
まあこれはそろそろおっつかなくなってきたけど。
学校が終る頃にお出迎え。時には寄り道しつつ一緒に帰って家でご飯。
ご飯の後は基本自由時間なんだけれどあたしは大抵一緒の部屋にいてお風呂に入るまでは宿題を見たりなんやかやと喋ったりする。
義文君が6歳になるまでは一緒にお風呂に入っていたけれど、
あたしのおっぱいが段々大きくなってきて
いかにもな女の子の身体になってきた頃からお風呂は自主的に別にした。
あたしは良かったのだけれど周りのメイドの目もあるしと思って、今日からは入らない。とある日そう言ったのだ。
だから今では勿論お風呂は別々だ。
義文君がお風呂から出たら頭を拭いてやり、明日の授業の準備を一緒にしておやすみなさいをする。
平日はそんな風に過ぎていく。
休日はどこかに出かければ付いていくけれどそれ以外の時間は適当にやっている。
まあ忙しいっていえば忙しい。やる事は常に沢山ある。
でも気は楽だった。他のメイドと働く事も少ないから怒られたりする事もあんまりないし。
さぼる時間は充分に取れたし。基本的に義文君と遊んでただけのような気もする。
これからあたし、厨房係とか接客係とか廻されたらちゃんとやれるのかしらん。
ぼう、と考える。
と、暫くして鈴子がじっとこっちを見ているのに気が付いた。
「何よ。」
「あのさ。若菜さ。」
ちなみに何だか洋風のサラダみたいなのであたしは自分の名前はあまり好きではない。
「何?」
「いっそのこと義文君の筆下ろしとか、してあげたら?」
ぶふぁっと飲みかけていた紅茶を吐き出す。
あたしにも筆下ろしの意味位は判る。
「な、な、」
鈴子がぴ、とあたしに紅茶をかき混ぜたスプーンを持ち上げて突きつけるようにする。
「いや逆にね、私思うわけ。そう云う時は、そう云う事は気にしてないし、
普通の事だし、恥ずかしくないんだよってのをこっちからこう、
教えてあげれば良いんじゃない?」
「・・・」
「いや私話聞いてて思うのよね。こういうのを、
なんていうの、心の傷にしてはいけないって。」
くるくるとスプーンを廻しながら鈴子が続ける。
「いやでも、義文君12歳だから。そういうのはまだちょっと。」
「いいじゃない。何の問題があるっての?機能は十分な事は見て知ってる訳でしょう?」
「あのね、機能って下品な事言わないでくれる?」
そう言いながらあたしは考える。
何だか言われっぱなしで悔しいし鈴子の云う事はどこかが決定的に間違っている気がしなくも無いが
ああいう事態を目にしてしまった際、恥ずかしくない、
少なくとも気にしてないよと教えるという鈴子の言葉は間違ってはいないような気もする。
「いやでもその、筆下ろしってのは。」
「いいじゃない。減るもんじゃなし。寧ろ若菜からそうやっていけば結構あれかもよ。
若菜眼つききついけどすっごい美人なんだし、本当に見られたことなんて忘れちゃうかもよ、義文君。」
しれっと言う。
あたしが美人な訳が無いだろう。背はにょっきりと高いし、
何故だか全体的に身体の色素が薄い所があって髪の毛も茶色い。
眼球がガラスみたいと言われるのはまあ、悪くは無いけれど眼つきは自分でも悪いと思う。
いやいや、そんな事はいい。
いや、しかし。しかしなあ。
「いや、その、鈴子。」
「いいじゃない。そうしなよ。あ、結構本当にいい案かも。
義文君も若菜が最初なんて、女を見る目付いちゃうんじゃないかなあ。
もうそう簡単には変な女の子に靡かなくなっちゃうかもよ。」
「そもそも義文君は変な女に靡いたりはしません。でもね、あのさ、鈴子。」
「何?」
「いや、鈴子の意見は意見として、そうするとも決めてないんだけど。
まあでも聞いたよ。一理あるかもしれない。ただね。」
「うん。何?」
「勿体つけるわけじゃないんだけどさ。経験無くても出来るもんなのかな。それって。
鈴子はあたしの顔を見て、指先で振り回していたスプーンを落としやがった。
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「え、嘘、本当に?え?本当?嘘でしょう?若菜、したことないの?」
鈴子が本気でびっくりした、という顔であたしを見る。
なんだかとても腹が立つ。
こちらもぴっとスプーンを鈴子に向ける。
鈴子がやるからついやってはみたもののこのスプーンを相手に向けるのはなんだかとてもはしたない事をしている気がする。
会話の方がもっとあからさまにはしたないから気にしない事にする。
「じゃ、じゃあ、なに?鈴子、あんたはあるっていうの?」
偉そうに普通はあるよみたいに言ってるけどさ。と思いながらそう言うと
「あるよ、当たり前じゃない。何歳だと思ってるのよ。」
と即答される。
腹が立つと共にショックを受けた。鈴子はあるんだ。そういう経験。あたしと同じ歳なのに。
何だか負けた気分だ。
「えーー。嘘。いやーうちのとこ、若菜は経験豊富に違いないって皆でいってたんだけどなあ。吃驚したなあ。そうなんだ。へえ。」
「ちょっと待ってちょっと待って、皆があたしについて何を言っているのかは知らないけど、適当な事言ったら怒るからね。」
「えー、言わない言わない。えーでも凄いなあ。知らなかった。若菜は見た目大人っぽいからなあ。男連中なんか、高嶺の花で手が出ない、とか言ってたよ。若菜の事。
そうかあ。そうなんだ。疑いもしなかったなあ。」
興味津々といった風情で目を輝かせている。信用が置けない。
「本当に誰かに行ったら怒るからね。大体別にしてるのが偉いってわけじゃないでしょ。
秋乃さんだってこの前、女の子の操はこれと決めた人に差し上げるものなのにねえ、
って置いてあった雑誌読みながら溜息吐いて」
「秋乃も処女じゃないよ。」
「ええぇ・・・」
力が抜ける。
「当たり前じゃない。何言ってるのよ。」
反撃しかけてまたも殴り返すようなショックな言葉を返される。
秋乃さんも?
いや、あれほどの美人なら男の人は放ってはおかないだろうけど。
がっくりと首を折ったあたしに鈴子がいぶかしげな声を掛けてくる。
「え、でも本当に無いの?声とか掛けられない?若菜、お客様とか。」
「いやまあ掛けられるけど。でも別に声掛けられたからそうなるって訳じゃないじゃない。」
「お客様いい所の人ばっかりでしょう?
しかも義文君付きだったら色んなとこも付いて行くでしょうに。」
「まあね。色んな所行くよ。」
「じゃあそういう所で出会った人に誘われたらどこかに行く約束でもすれば良いじゃない。」
「あのね。そういう所には仕事で行くの。義文君のお付で行ってるのに声掛けられて約束なんてできるわけないでしょう?」
あたしがそう言うと鈴子は心底呆れた顔をした。
「だったら若菜、あんたいつ相手見つけるのよ。」
それ、あたしが変なの?鈴子の話を聞いてるとあたしが変みたいだ。
「いつって・・・」
つい口ごもると鈴子が被せてくる。
「普通のメイドは、そういう所で相手を見つけるの。もういいよ。
じゃあさ、私の所で義文君みたいな子、いいなってメイド沢山いるからさ、
そういうのに頼もうか。きっと喜んで」
「駄目に決まってるじゃない。何言ってるの?」
「なんで?」
「だって・・・そういう話じゃなかったでしょ?あたしがその、義文君の・・・」
「自慰をお風呂場で見ちゃって♪」
「・・・鈴子?」
「ね、どんなんだった?手でするんだよね?どんな風にするの?」
「・・・・鈴子?」
「・・・判った。ごめん。で?」
「いやだからそれで、気まずくならないようにって話でしょ?
なんで鈴子のところのメイドが義文君にちょっかい出す話しになるのよ。」
鈴子がスプーンを咥える。夕暮れ時で店内はやや暗くなって、鈴子の形の良い前髪にランプの灯が当たる。
「少なくとも義文君が女の子の事知れば、少しは気まずくなくなるかもよ。
ほら、そういうのって知らない時が一番過敏なんだからさ。
一度経験しちゃえばなあんだって思うかもしれないし。
若菜が気にしてないってさりげなく言ったっていいしさ。
初めての女の子からそう言われれば義文君だって」
「駄目。」
「なんで?」
かちゃんとスプーンを置く。
「駄目。やっぱこの話無し。」
「ねえ、なんで?」
鈴子が変な目をしてあたしの事を笑う。
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ゆっくりと上からなぞる。
「んっ!」
声が出る。シーツを噛み締めて、脚をゆっくりと開いてみる。
ひっくり返った蛙みたいなはしたない格好。
確かに、これは、見られたらとてつもなく恥ずかしいかもしれない。
行為そのものも然る事ながら、格好とかそういうのも含めて。
思い切ってぐっと脚を開く。
自分でやった癖に恥ずかしさであっと声が出そうになる。
シーツに包まれて、その中でこうしただけでもあたしはこれだけ恥ずかしいのだ。
お風呂場で、手を上下させていた義文君を思い出す。
じんわりと濡れてくる。凄く一生懸命手を上下させてた。顔を少し紅くして。
そしてあたしがびっくりしていると、ふとこちらを見て、そして顔を青褪めさせたのだ。
なんだか酷い罪悪感を感じた。
どれだけ恥ずかしかっただろう。
今気が付いたけれど、もしかして、あたしが軽蔑したとか思ってたらどうしよう。
あたしが今これを見られて、そして義文君が固まっていたらあたしはきっと義文君に軽蔑されたと感じるかもしれない。
もし同じようだったら。
ちょっと真面目に考えてみる事にして、シーツを捲くって起き上がった。
灯りを点けて、寝巻きを脱いで、いつものメイド服に着替える。
あたしの部屋は義文君の部屋と隣同士だ。
呼ばれれば直ぐに行ける様、あたしと義文君の部屋を繋ぐ扉もある。
義文君が用があるとベルを鳴らし、そうするとあたしはドアを開けて義文君の部屋へと行く。
あたしとお風呂を一緒にしなくなった頃から義文君がそのドアを開けてこっちにくる事はなくなった。
用がある時にはベルを鳴らしてあたしがその扉を開く。
あたしのおっぱいが大きくなってから。
そして今度はあの日以来、ベルも鳴らされなくなってしまった。
なんだか改めて考えてみるととても寂しい気持ちだった。
昔は良かったなあ、と思う。義文君は怖がりで、雨の日とかは良くこっそりあたしの部屋に来てベッドに潜り込んできたのだ。
一人で寝なきゃ駄目じゃない。なんてお説教をしながらあたしは温かいふわふわの子犬みたいな義文君を抱っこして寝た。
灯りに照らされた部屋の中で、すい、と扉に向けてスカートを捲くってみる。
床に映るあたしの影もスカートを捲くる動きをする。
ほら、今扉を開けたら若菜さんの恥ずかしい姿が見えちゃいますよー。
凄く恥ずかしいですよー。
しん、としている。
はあ、と息を吐く。
こう云う時、どうすべきなのだろうか。
自慰位、だれだってするよ、気にしないで。
全然、あたし、気にしてないから。
どれ言われてもあたしだったら泣きながら「見られた人間の気持ちなんて判るはず無いんだ!」とか言って喚きそう。
思わず鼻から溜息を漏らす。
鏡を見る。
色素の薄い髪、ひょろひょろと高い背。きつく見える目。
まあ、姉御肌とか言われるし、着物は似合ってるといわれるし(賭場にいそうとか言われるけど)、
顔は多少は整ってるのかもしれないけど。
19歳。純潔は守ってきました。
まあ、秋乃さんなんかとは違って守ってきたっていうか、ねえ。
そういうのあんまり考えてなかったな。
毎日美味しいもの食べれて幸せ。とかそんな事ばっかり考えてたような気がする。
どうすべきなんだろうあたし。ここんところずっと、思考がばらばらに乱れている。
頭の中をまとめよう。
少なくとも一つ決まっている事がある。
これはあたしがちゃんとしなくちゃいけないことだって事。
本当に傷ついてるかもしれない。
怒ってるかも。あたしに何が出来る?
少なくとも話は出来る。
それとも口も聞きたくない?
いや、出来るはずだ多分。
きっと。
悩んでいてもしょうがない、と踏ん切りをつけてええい、と扉を叩いた。
「ねえ、義文君起きてる?」
こういう大雑把な自分は、実は嫌いじゃあなかったりする。
<つづく>