その日、俺は気分よくバイクをかっ飛ばしていた。  
鮮やかに風を突っ切り、心地よい時間に浸っていた。  
 
ふと、昔の光景が頭に浮かんできた。  
子どもの頃の遠い記憶――  
 
「お医者さんごっこしよう」  
 
最初にそう言ってきたのは由美子ちゃんのほうだった。  
由美子ちゃんは、近所の小学5年生の女の子で、時々うちに来ては俺の面倒を見てくれていた。  
当時の俺はまだ5歳で、彼女からすれば単なるガキでしかなかったと思う。そのせいか、お医者さんごっこという秘めやかな遊びにも、どことなく彼女の余裕というものが感じられたのだ。  
 
「どこが痛いですか?」  
「ここらへんが痛いです」  
横になった由美子ちゃんは、しきりに胸のあたりを指差している。  
なぜかいつも彼女が患者の役で、俺が先生の役をやっていた。  
「ちょっと見てみましょう」  
俺はたどたどしい口調で、由美子ちゃんの身体によじ登っていった。小さな体では、馬乗りにならないと上手く見ることができないのだ。  
「早く調べてください」  
由美子ちゃんは自分でシャツを捲り上げ、すでにその部分を露わにしていた。  
目の前に広がる裸の大地。  
微かに膨らんだ胸と、そして、粒のような乳首。  
俺はわけもわからないまま、とりあえず胸に手を這わせていった。  
その時、おそらくその粒に触れたのであろう。  
大きな身体がビクンと揺れた。  
「……そこが痛いです。そこをよく調べてください……」  
絞り出すような由美子ちゃんの声。  
息づく胸が大きく上下に動いている。  
俺は言われるがまま、念入りにその粒を調べた。  
 
摘んだり、引っぱったり、転がしたり……  
 
その度に由美子ちゃんは身体を仰け反らせ、頭を右に左にと動かしていた。馬乗りになってる俺が、何度も振り落とされそうになったのを今も覚えている。  
 
――バイクは間もなく峠に差し掛かろうとしていた。思わず由美子ちゃんのことを思い出し、血が騒いだせいだろうか。俺は無謀なぐらいにスピードを出していた――  
 
その時だった。  
目の前に迫ったトラックに気付かず、俺は真正面から突っ込んでしまったのだ。うかつだった。  
とにかく俺は死んでしまったのだ。  
この世の最後の記憶が、お医者さんごっこというのも変な話だが、それも俺らしいといえばそうかもしれない。  
(由美子ちゃんと……お医者さんごっこを……)  
ピクリともしない体を横目に、俺の魂が必死にそう叫んでいた。  
 
 
こんなことってあるんだろうか――  
 
俺が目を覚ました時、泣いて喜ぶ母親の顔がそこにあった。ただしその顔は異様に若く、とても今の母親とは思えないほどだった。  
「幼稚園から連絡があった時、お母さんは心臓が止まりそうだったのよ」  
泣きながら抱きしめてくる母親を、どこか遠くで感じながら、俺は必死に今の自分を確かめていた。  
 
(俺は助かったのか?)  
バイクで事故を起こした記憶はハッキリ残っている。  
そこが病院であることは、周囲のベッドや看護婦さんの姿を見てすぐにわかった。普通に考えれば、あの事故の後で病院に搬送されたとみるべきだろう。しかし、どうも状況が変だった。  
 
「あんな高い木に登ったりするからいけないのよ。もし打ちどころが悪かったら、これぐらいじゃ済まないんだからね」  
今度は怒り出した母親。  
どうやら俺は幼稚園で木登りをしていたらしい。そこから滑り落ちて頭を打ち、しばらく気を失っていたようなのだ。  
そういえば昔そんなこともあった。軽い脳震盪で大したこともなく、一日で退院したのを覚えている。  
 
(でもなぜ今俺が?……まさか……)  
頭の中で、ありえない想定が渦巻いている。  
よく見れば、周りのベッドには子供しかいないし、病室の天井にはドラエモンの絵まで描いてある。そしてなにより、寝てる俺の体が異様に小さく感じるのだ。  
「病院の人に挨拶してくるから、おとなしく寝てなさいよ」  
母親が去った後、俺は恐る恐る自分の体を確かめてみた。  
 
(……やはり、そうだったか……)  
俺は諦念や達観にも似た感情に包まれた。  
明らかに子供の体になっている。おそらく話の流れからみて幼稚園当時の体だろう。  
近くにあった新聞を手にして日付けを見てみる。  
(これは……なんというか……)  
もう乾いた笑いしか出なかった。  
そこに記してあったのは過去の日付けだったのだ。計算すると俺の5歳当時の新聞だとわかった。それを裏付けるように、当時のTV欄や社会事件の記事が載っている。  
すべての状況を精査して、ようやく一つの結論至った。  
 
今の俺は、5歳当時の俺に成り代わっている――  
 
確かに俺は一度死んだはずだった。  
そう考えれば、生き返ったことはありがたい事なのかもしれない。  
ただ神様のイタズラにしては、5歳という年齢があまりにも過酷に思えたのだ。  
神様に感謝するべきか否か……  
 
「由美子ちゃんがお見舞い来てくれたわよ」  
 
母親に案内されて、ひょっこり顔を出したその少女は、制服姿も凛々しく愛らしい笑みを浮かべていた。  
 
次元を超えた再会の時だった。  
俺は神様に感謝せざるを得なかった。  
 
 
(しかしバカ正直な神様だな。エロイ願いまで叶えてしまうとは……)  
 
俺はそんな現実に苦笑しながらも、視線はすでに由美子の姿をとらえていた。  
 
「元気になったら、また一緒に遊ぼうね」  
 
俺を覗き込み、静かに語りかける由美子。今あらためて見てみると、目鼻立ちのくっきりした実に愛らしい顔立ちをしている。  
おそらく学校帰りに立ち寄ったのだろう。赤いランドセルと附属小のセーラー服が、その愛らしさを一層引き立てていた。  
 
「ありがとう由美子ちゃん。いつもこの子の面倒見てくれて」  
「いえ、気にしないでください。わたしは一人っ子だから弟ができたみたいで嬉しいんですよ」  
母親はしきりに恐縮していたが、由美子は屈託のない笑顔でさらりと返す。  
「また何かあったら呼んでくださいね。いつでも伺いますから」  
5年生とはいえ、とても小学生とは思えぬしっかりした受け答えに、母親はすっかり心酔してるようだった。  
 
「それじゃ失礼します。お大事に」  
ペコリと頭を下げると、つやつやした黒髪がそれに続いて宙を舞った。きっちりと折り目の入ったスカートが、くるっと翻って病室を去っていく。そんな由美子の佇まいを、俺は不思議な気持ちで見つめていた。  
 
この淑やかな少女が、遠い昔に、お医者さんごっこで激しく乱れたことなど、とても想像できないのだ。幼い俺を巧みに誘い、思春期の身体を散々くねらせていたことを――  
当時の俺は、その身悶えがどういう意味なのかわからなかった。なんせ5歳だったのだから仕方がない。異性の裸を見ても特に感じることもなく、ただ言われるがまま敏感な身体を弄っているだけだった。  
むしろそういう俺だからこそ、由美子は身体を開いたともいえる。未知の領域を確かめるには、5歳の俺が都合のいい相手だったのだろう。  
 
(まあ昔といっても、それは今なんだがな……)  
 
そう。今の俺は、あの時の5歳の俺だ。  
もはや遠い昔のお医者さんごっこではない。  
それはまさに今、リアルタイムで起こっていることなのだ。  
おそらく近いうちに由美子と接触することがあるだろう。そしてあの時と同じく、お医者さんごっこが始まるに違いない。  
 
ただ昔と違うのは、俺は大人の記憶を持っているということだ。もちろん性知識やテクニックもそれなりにある。  
それが由美子にどういう結果をもたらすのか――  
その時の光景が頭に浮かび、思わずゴクリと喉が鳴った。  
 
 
それからの日々は、ひたすら5歳児を演じることに費やされた。  
 
どこに行くにも母親の後を付いてまわり、少しでも離れようものならこれ見よがしに泣いて見せた。母親の困った顔を見るにつけ、当時と同じ展開であることに胸の高鳴りを感じるのだった。  
   
(もうすぐ由美子がやってくる……)  
 
俺はすべてわかっていた。  
今から母親が仕事に行くことも。俺の世話を由美子に頼んでいることも。  
そして――お医者さんごっこが始まることも――  
 
「ごめんね。お母さん今から仕事なの……」  
思ったとおり母親はそう切り出してきた。  
おそらく由美子にはすでに連絡してるに違いない。俺の顔をチラチラ伺いながら、いそいそと身支度をしている。  
「出来るだけ早く帰ってくるから、それまでいい子にしててね」  
俺は淋しそうに俯いていたが、内心ニンマリと微笑んでいた。そろそろ玄関のチャイムが鳴ることがわかっていたからだ。  
 
「こんにちわ」  
 
やがて屈託のない明るい声と共に、目鼻立ちのくっきりした愛らしい少女が現れた。思春期の香りと、敏感な身体を携えて――  
 
「ほら、由美子ちゃんが来てくれたわよ。よかったわねえ」  
「わーい!由美子おねえちゃんだあー!」  
俺は白々しいぐらいに駆け寄って、由美子の脚にしがみついた。ミルクに似た香りがふんわりと鼻をくすぐった。  
 
「まあまあ。この子ったらホント由美子ちゃんが好きなのね」  
「わたしも嬉しいですよ。こんなに喜んでくれて……」  
由美子のスカートに纏わりついてる俺を、二人は和むように見つめていた。  
 
しかしこうして由美子のそばに立つと、あらためて身体の大きさに差を感じる。5歳の俺には、11歳の由美子の身体がとてつもなく大きく見えるのだ。  
かなり見上げないと、その愛らしい顔を拝むことさえ難しい。実際には小柄な少女だろうが、この頃の年の差は実に大きいと感じた。  
事実、俺が少し屈んだだけでスカートの中が覗けてしまうほどだ。  
実は先ほどから白いものがチラチラと目に入っているのだが、そこから先は後の楽しみにとっておいた。  
 
「じゃあ行ってくるから。後はヨロシクね」  
「わたしたちのことは心配しないでください。おとなしく部屋で遊んでますから」  
(……おとなしく?……)  
一瞬聞こえた由美子の言葉に、俺は思わず苦笑した。  
この淑やかな少女が、いつもあられもなく乱れていたことを俺は知っていたからだ。  
そして母親を見送り、二人してその部屋に入った。  
 
「ねえ、今日は何して遊ぶ?」  
 
さっそく由美子が聞いてきた。  
いかにも小首を傾げてキョトンとしているが、心はすでに一つのことでいっぱいといった感じだ。  
だがこの少女は決して急がない。  
まるでそんなことは眼中にないかのように、絵本を読んだりゲームをしたり、時折お腹を押さえて笑ったりしている。  
だが次第にそわそわし出して、しきりに唇を舐め始めた。スカートのすそを引っ張ったり伸ばしたり、意味のない動作を繰り返している。  
どうやらようやくその時が訪れたようである。  
   
「あれ?そういえば、まだお医者さんごっこしてないよね?」  
いかにも今思い出したと言わんばかりに、由美子が切り出してきた。俺の顔色を伺いながら、申し訳なさそうに手を合わせている。  
「ごめんね。気がつかなくて」  
「あまり時間ないけど、どうする?もう終わりにする?」  
「どうしてもしたいんだったら、してもいいよ」  
 
俺がまだ遊びたいのを知ってて、わざとそう聞いてくるのだ。結局俺のほうから頼み込むかたちになってしまう。  
これがいつもの由美子の誘い方なのだ。いや精一杯の抵抗といったほうがいいかもしれない。  
お医者さんごっこはあくまでオマケなんだと。自分は決して望んでるわけじゃないんだと。そう思いたいのだろう。  
 
「しかたないなあ……じゃあわたしが患者さんやるから、早く診察して」  
仕方ないと言いながら、嬉々として身体を横たえていく由美子が可笑しかった。  
思春期の少女にとって、身体の変化ほど恥ずかしいものはないだろう。少しずつ目立ち始める胸のふくらみ。しだいに丸みを帯びてくるお尻の肉づき。おそらく由美子にとっても、そのどれもが恥ずかしいものに違いない。  
だが目覚め始めた官能は、そんな恥じらいすら許さないかのように、少女の身体を仰向けに倒していく。  
睫毛をしばたかせ、一つゴクリと喉を鳴らした由美子は、さながらまな板の上の鯉のごとく、俺の手を待っているのだった。  
 
(いよいよ、リアルお医者さんごっこの始まりだ)  
 
ついに実現したその瞬間に、俺の小さな体がブルッと震えた。  
 
 
(さすが5年生だな……もう胸がふくらんでやがる)  
 
当時は気にも留めなかった由美子の身体を、今は食い入るばかりに見つめていた。  
ブラウスの胸の部分がゆるやかなカーブを描いている。  
決して盛り上がってもなく、また平坦でもなく、まさにゆるやかというべき膨らみだった。  
呼吸のたびに大きく上下しているのは、由美子の心が高ぶってるからだろう。  
まるでその動きに吸い寄せられるように、俺はお医者さんごっこをスタートさせた。  
 
「どこがイタイですか?」  
 
当時に合わせて精一杯たどたどしい口調でそう言うと、由美子はいかにも辛そうな声でこう答えた。  
 
「……胸が痛いです……」  
 
言いながら、すでにブラウスのボタンを一つ二つと外している。  
すき間から白い下着が見えた。  
 
「では胸を見せてください」  
「……はい……」  
 
由美子はすでにブラウスを脱ぎ去り、胸のラインもクッキリ浮かばせ、下着姿を露わにしていた。そしてゆるゆると首までたくし上げていった。  
目の前に広がる由美子の裸――  
 
俺はあまりの美しさに思わず声を呑んだ。  
きめ細かな肌の上に、ゆるやかな二つの丘が四方に広がっている。地下のマグマの突き上げを一身に受け止め、大地が精一杯の張りを見せていた。  
そしてその丘の頂点。そこには桜色の米粒が申し訳ないように乗っかっている。  
まさに米粒ほどしかないその突起が、思春期の少女の胸に燦然と輝いていた。  
 
「では診察します」  
 
俺は由美子にまたがり、短い足でしっかり腰を挟みつけた。ちょうど馬乗りの格好だ。これがいつもの診察スタイルだった。チビの俺は、こうでもしないと上手く両手が使えなかったのだ。  
しかも今からこの腰が飛び跳ねるかと思うと、さながらロデオマシーンにでも乗ったような気分だった。  
 
眼下に由美子の裸を見据えながら、まずお腹のあたりに手を這わせた。  
ピクッと身体が動いた。  
 
「どこが痛いですか?」  
 
そう言いながら、次第に手を胸のほうへと這わせていく。これも同じだ。  
ただ当時とは指の使い方が違う。  
今は指を立てて這わせているのだ。それも肌に触れるか触れないかのギリギリの感触で。いわゆるフェザータッチというやつだ。  
 
由美子が目を丸くしてこっちを見ている。  
初めての感触に驚いているのか、それとも俺の変化に驚いているのか。  
それもそうだろう。  
5歳のガキがこんなテクニックを知っているなどありえないのだから。  
まさか目の前の俺が、大人の中身に変わってるなど露ほども思うまい。  
怪訝そうな顔をしながらも、やがて諦めたように身を投げ出していった。  
 

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