女は薄汚いもの。  
 いつからか、そういうイメージが俺の頭にあった。  
 何をされたわけでもない。だらだと送ってきた日常の中で、ふと垣間見た打算的な微笑、粘ついた視線。周到なようで軽率で、人気のないところではポロポロとこぼされていく浅ましい本音。  
 それらがそのまま『女』そのものであるかのように感じられたのだった。  
 もっとも、人間なんて一皮むけばだいたいみんなそのようなものだ。  
 小・中・高と真面目に学校の中で過ごしてきたおかげか、そんなことくらいはとうの昔に学べている。  
 男も女も同じ。人間である限りは同じ。……誰であろうと。  
 ただ俺は男なので、女に対していっそう薄汚さを感じずにはいられなかった。  
 それでも……生物の性には逆らえない。  
 毎日をどんなふうに過ごしていても、性欲はじりじりとたまっていく。  
 少しずつメーターが上がるのがわかる。堤防から水が染み出すように、女が欲しくてたまらない時が近づいてくるのだ。  
 それは知識欲と相まって俺の理性を強襲する。  
 どうにもならない倦怠感。自慰にも飽きた。左手も飽きた。グラビアもAVも見飽きた。腹が減った。部屋が汚い。バイトまでまだ時間がある。……女が欲しい。畜生。  
 いつものことだった。  
 こういうときは心の中でひたすら悪態をつき、結局自分で処理するのがお決まりのパターンだった。  
 飽きたとは言ってもとりあえず出してしまえばその場は収まる。そしてまたしばらくはメーターの目盛りを見守るだけですむ。  
 いつものこと。……だったのだが。  
 
「お兄ちゃん、あーそーぼ!」  
 ジッパーを下ろした瞬間、元気な声が響き渡った。  
 このアパートは壁が薄い。子どものキンキン声がよく通る。  
 しつこいくらいに鳴らされるチャイムも、うるさくてしょうがない。  
「お兄ちゃんってばー! いるんでしょ? もうっ! おーにーいーちゃんっ!」  
 玄関の取っ手がガチャガチャ回る。鼓膜にヒビが入りそうだ。  
 俺は仕方なしに立ち上がった。  
 一度限界まで居留守を続けたことがあるが、このうるささは止まるどころかひどくなるのだ。  
「あ、やっぱりいたー! お兄ちゃんいーっつもすぐ出てくれないんだからっ! ね、今日は何して遊ぶっ?」  
 玄関を開けるなり、靴を脱ぎ捨てて入ってくる小学三年生。  
 毎回居留守を使われたら避けられてることくらいわかりそうなものだが、このガキは脳味噌が足りてないのか、いまだに察しようとしない。  
 俺は玄関を半開きにしたまま振り返った。  
「バイトがある。おまえと遊んでる暇なんかない」  
「うっそだー! 月曜は夜からじゃん! まだいっぱい遊べるよ! ね、ね、今日は何するっ?」  
 いつのまにか俺の予定を把握しているあたりは、まるでストーカーのようだと思う。  
 あからさまに顔をしかめてやったが、ガキの視線はもう次に移っていた。居座るように腰を下ろして、勝手にテレビのチャンネルを変え始めた。  
 玄関から入るすきま風が冷たい。  
「お兄ちゃん何してるのー? ねー、テレビ見ようよー! ねーってばー!」  
 俺は苦々しい思いで鍵をかけた。  
 
 子どもの喜ぶ遊びなんか知らない。喜ばせるつもりもない。  
 このガキもたいして期待してないのか、遊ぼう遊ぼうと言いながら毎回だらだらと時間を潰しているだけのことが多かった。  
 テレビの前に一緒に座る。一方的に話しかけてくる。一方的にくっついてくる。  
 何が楽しいのかまったく理解できないが、子どもは大人と知り合っただけでも友達に自慢したりするものだ。  
 『お姉さん』とか、『お兄さん』とかいった響きに弱いらしい。  
 おそらくはこのガキも、俺を『お兄ちゃん』と呼び、妹のようなふるまいをするのが楽しいだけなんだろう。前に一人っ子だという話を聞いたような気がしないでもない。  
 その対象の一人に選ばれたのは不幸でしかないが、子どもは飽きっぽいもの。すぐに優しいお兄さんお姉さんの方に行くことだろう。  
 抵抗し疲れた俺はそんなふうに考えていた。  
 
 それにしても、めまぐるしく変えられていくチャンネルがうるさい。  
 俺は時計を仰ぎ、ため息をついた。  
 ガキが素早く反応する。  
「ああーっ、またため息ついてるーっ! ダメなんだよ! おばあちゃんが幸せ逃げるって言ってたもん! お兄ちゃん幸せ逃げまくりだよーっ!」  
 余計なお世話だ。そもそも今のはおまえにあてつけたため息だ。うるさい。黙れ。失せろ。消えろ。出て行け。  
 言ってもわからないものを心の中で訴えたところで通じるわけもない。  
 俺は眉間にしわを刻み、子どもの煩わしさに改めて深いため息をついた。  
 
 出会ったときからそうだった。  
 このガキはよりにもよって俺の家の前で泣きわめいてやがった。「どけ」と言ったら余計泣いた。  
 仕方なしに理由を聞いてみると、「かくれんぼしてたのにみんなどっか行っちゃった」だ。思わず殴りたくなったくらいだ。  
 そんなものアパートでするな。そんな理由で泣きわめくな。しかも俺の家の前で。  
 理由も聞いてやったっていうのに、ちっともどこかに行く気配がない。無視して玄関に鍵を刺そうとしたら、そわそわした様子で「ね、お兄ちゃんが遊んでくれる?」ときたもんだ。  
 俺はいいかげん相手するのがだるくなって、ポケットに入っていた飴を渡した。  
 管理人のおばちゃんがうざったい世間話のついでに押しつけてきたものだが、ガキには効果があったらしい。「これをやるからどっか行け」と言ったら、ようやく言うことを聞いたのだ。  
 しかし、次の日はダメだった。  
 ガキはそれから毎日来た。しつこかった。うるさかった。よく泣かれた。  
 俺が心底イラついてるっていうのに、ちっとも本気で受けとろうとしない。  
 一度もっともらしく「俺のところばっかり来てたら友達が寂しがるだろ」と言ってやったら毎日は来なくなったが、それでも三日に一度は必ず来た。  
 そのうちこれは一回家に入れてやった方がかえって収まるんじゃないか? と思い始めた。  
 後悔しても後の祭り。  
 
「お兄ちゃん? 何ぼーっとしてるの? 遊ぼうよ遊ぼうよー、あーそーんーでーっ!」  
 
 ……ため息をつくしかない。  
 俺は脱力感に座り込み、ガキの後ろであぐらをかいた。  
 面白くもなんともない子ども番組を形だけは一緒に見る。独特のテンションがうざったい。目をうつろにして、頭の中では晩飯に何を食うかを考えている。  
 それでもガキは満足げに振り返り、俺の胸にぽんと背中を預けてきた。  
「……重い」  
 正確には、うざい。  
「あはは! お兄ちゃん力弱ーい! もっと重くするよ! えーいっ」  
 笑いながら体重をかけてくる。小さい頭がゴツゴツとぶつかる。  
 俺はすっと横によけた。  
「わぎゃっ!」  
 ガキはそのまま倒れて、壁に頭を打ち付けていた。  
「うぅぅーっ、痛い……、痛いよぅ……っ」  
 馬鹿を見て癒される人種もいるが、俺にはそういった部分はまったくない。自業自得だと思うだけで、胸がすくようなこともない。  
 それどころかその素直さに腹が立った。  
 なんだって俺がこんな生き物に自分の時間を食いつぶされなきゃいけないのか。  
 時計の針は亀の歩みよりも遅く進んでいる。  
「うあー、痛いよーっ、お兄ちゃん、頭痛ーい! ねー! 遠くのお山に飛んでけーってしてー!」  
 ガキは恨めしげに口をとがらせて、俺の肩を力いっぱい揺らしてきた。  
 俺は目を細くした。  
「……おまえ、まだそんなことさせてるのか」  
 ガキは火山のように反応した。  
「ち、違うよっ! もうしてもらってないもん! 違うからね! 違うからねお兄ちゃん! ぜーったい、してもらってないからね! けど……けどぉーっ! うーっ、ちょっと言ってみただけだもん……っ」  
 そのうちしゅんとして、大人しくなった。  
 俺は幾分満足し、また晩飯について考え始めた。  
 ……コンビニ弁当にも飽きた。今日は外に食べに行こうか。安くてうるさい客のいないところがいい。この近辺じゃあまりないよな。どこ行っても大学生がたむろしてるしな……。  
 
 ふと、シャンプーの香りを感じた。  
 ガキがこりずにもたれかかってきた。  
 今度はそっと。体重もあまりかかっていない。  
 顔はテレビの方に向いていて、意識的なのかそうでないのかよくわからない。  
 子どもはスキンシップが好きだ。いや、ごく自然にスキンシップを行う、と言うべきか。  
 ほんの数年前まで常に親と手を繋いでいたのだから当たり前かもしれない。  
 俺はその甘えた感じが嫌いなのだが、このガキは何度言ってもしょっちゅうベタベタとひっついてくる。  
 しかしシャンプーの香りを感じたのは初めてだった。  
 銘柄を変えたのだろうか?  
 俺は思わず鼻で笑った。  
 子どもだってシャンプーくらい毎日するだろうが、まるでいっぱしの女を名乗るかのように香りをまとっているのが滑稽だったのだ。  
 凹凸も何もない、ただ騒がしいだけのガキのくせに。髪だって、いかにも子どもらしい光沢を放っている。健康的なばかりで、色気なんてものは微塵もない。  
 ガキのくせに。  
 それでも、女なのだ。  
 そう思ったとき、何かがどくんと脈打った。  
 それはまさしくキーワードだった。  
 煩わしさにかき消され、食欲でごまかしていた欲求が、むくむくと蠢いて起き上がってくる。  
 理性で押さえつけたスペースは、知識欲が凄まじいスピードで埋めていった。  
 多少小さいだろうが、ついているものは同じだ。  
 こいつなら大人と違って面倒な手順を踏まなくても触ることくらいならできるんじゃないか? 性教育は終わったのか? もしかしたら、意味自体わからないんじゃないか?  
 砂糖に群がる蟻のように。ひとつ思い浮かんでしまえば、ぞろぞろと這いだしてくる欲まみれの思考。想像力は都合のいい方にばかり働いた。  
 テレビの中ではちょうど同じ年くらいの子どもが無邪気な笑顔で駆け回っていたが、それは背徳感を呼び起こすというよりも、むしろ今からやることが日常的でなんら特別でない行為のように思わせた。  
 考えてみれば、ほんの数年前まで誰かにオムツを代えられていたのだ。俺が今少しばかり見たり触ったりしたからって、なんの問題があるだろうか。  
 小さな尻に手を伸ばす。  
 意識して見れば、スカートが短い。綺麗に折り畳まれたプリーツの山折り部分が、まるで俺の指を誘いこむかのようにめくれ上がっている。  
 ガキは相変わらずテレビを見ていて、顔が見えない。  
 髪の合間からのぞいている耳が、妙に白く思えた。  
 俺の手はのっそりと床を這った。  
 少しずつ、蜘蛛のような動きでスカートの下に潜り込む。  
 手首の先が完全に隠れた。  
 ガキは無反応。気づいてもいない。  
 手のひらにあるのはまだ冷たい床の感触だが、俺の視界には自分の手がスカートの中にある光景がしっかりと映し出されている。  
 ごくり。喉が鳴った。  
 ここにきてようやく、いきなり叫ばれたらどうするか、とか、こいつの親にバレたらどうなるか、といった思考力が戻ってきた。  
 しかし、遅すぎた。  
 シャンプーの香りが耐えず鼻孔を刺激する。今まで意識したこともなかった薄い体が、華奢な女のラインに見える。  
 引き返すなら今しかないのに、五感にまるでブレーキが効かない。  
「ねっ、お兄ちゃん、見た? 今の。あれ楽し……」  
 ガキがこちらを向こうとした瞬間、俺は抱きこむようにして腕を回していた。  
「おにぃ、ちゃ……っ?」  
 強い力で閉じこめる。  
 人差し指と中指の腹で下腹部をなでる。  
 大人の女ならばこの辺りから毛が生えているのだろうと思うところを、下着越しに包みこむ。  
 ガキはびくりと体をすくませたが、叫んだりはしなかった。  
 
 俺は今までとはうってかわって、無造作に指を進めた。いっそ乱暴とも言える手つきで肉の割れ目を探り当てる。  
 下着の上からでも充分に伝わる、ぷっくりとした感触。ほんの少しの湿り気は、おそらくアンモニア臭がすることだろう。なんたってガキだから。ガキ。  
 俺は何やら笑えてきた。  
 子ども扱いされることに敏感でも、しょせんはまだまだトイレの処理も上手くできないようなガキなのだ。  
 向学のためにちょっくら弄ったあとは、綺麗に拭くことくらいならしてやってもいい。  
 俺はまるでフィールドワークに出た学者のように指を這わせた。  
 ……なるほど、この肉たぶが大陰唇か。ぷにぷにしてやがる。それならこっちの肉ビラが小陰唇で、クリトリスはこの辺か? 穴はどこだ。穴は。  
 やたらめったらつついたが、ガキの体を抱えての不自由な姿勢で、しかも下着の上からだと、思うように位置が特定できない。  
 子どもパンツの感触にも飽きたことだし、そろそろ直接触ろうか。  
 股布の脇から侵入することにし、爪の先までを差し込んだ。  
 そのとき、ガキの体がぴくりと跳ねた。  
 指を止める。  
 目の前のつむじを凝視する。  
 ガキはここまで、まったく声を上げようとしなかった。振り返りもせず、ただ背中を丸めるだけで。  
 ……それはまるで、羞恥に耐えるかのように。  
「お、まえ……」  
 声がかすれた。  
 わかってるのか? これの意味が。  
 子どもらしくわめきたてるわけでもなく、あのうるさいおまえが、何も言わずに。  
 ……そういう意味で、許容しているのか?  
 わからない。  
 俺は激しく混乱した。  
 目の前にいるのは、俺の半分くらいしか生きていないあどけない子ども。常識もなく、遠慮もない。暗黙の了解がまるで通用しない。ほんの数年前までオムツを代えられていた……小便臭いガキ。  
 女の構造はしていても、まだ女とはとても呼べない。  
 そのはずだ。なのに。  
「あ、は、は。こ、このCM、好き、だ、な。おっ、面白い、よね。これ……」  
 長い長い静寂のあと、ようやく口を開いたガキは、そんなことを言った。  
 テレビに映っているのは一発屋としか思えないお笑い芸人の短いCM。笑えないギャグを繰り返し、すぐに次のCMに切り替わる。  
 30秒なのか、15秒なのか。  
 その間も、俺の手はこいつの股に潜ったまま。  
 俺が押し黙っていると、口を閉ざしてまたテレビの方に向き直った。  
 ……遠回しな拒絶、なのか?  
 それでやめると思っているのか? 汚いものには蓋をする大人のように、見て見ぬふりでやりすごせると?  
 それとも単なる逃避で、自分に起こっていることを信じたくないだけなのか?  
 ……こんなことがあるはずがない、『お兄ちゃん』はこんなことをする人間じゃない、ってわけか?  
 俺は笑った。声を上げて笑った。  
 ガキが驚いて振り返ったので、恋人のように抱きしめてやった。  
「お、おにぃ、ちゃ……?」  
「……おまえあの芸人のどこが好きなんだよ。俺にはよくわかんねーな」  
 小さな耳朶をねぶりながら言った。  
 子どもパンツのくいこむ肉の割れ目を、何度も指で擦りながら。  
「あ……っ! だ、だって。面白い、も……っ」  
「ふーん?」  
 単純な一本筋の始まりから、終わりの部分まで。時には二本の指で開いたり、その中心に円を描いたりした。  
「箸が転げても笑える年頃、ってやつか?」  
「な、なに? お、おハ、シ、転がっ、て、な、で、おも、の……?」  
 クリトリスの効力を試そうとして、不意打ちでぐりっとつまみ上げた。  
「わっ、わかんないぃっ、よぅぅぅ……っ!」  
 跳ね上がった体はエビ反りになり、未発達な乳房の存在を一生懸命に主張する。  
 俺は手持ちぶさただった片手を置いて、爪の先でカリカリと乳首を掘り起こした。  
「ふぁ……っ、や……っ」  
「ばあちゃんに教わらなかったか? 今度、聞いてみろよ」  
「ん、う、んぅ……っ」  
 ガキが弱々しい吐息をつくのを見計らい、クリトリスをタップしていた指を、あえてゆっくり、少しずつ下着の中へと差し込んでいった。  
「あ……っ!」  
 
「ん? どうした?」  
 人差し指でゴムの部分をパチンと弾く。  
 テレビと冷蔵庫のモーター。時々聞こえてくる外の喧噪。日常的な音の中に、不自然な音が響き渡る。  
 ……パチン。……パチン。  
「どうした? このCMも好きなのか?」  
 ……パチン。……パチン。  
 小さな体を余すところなく包んでいる俺の腕には、かすかな息づかいもしっかりと伝わってくる。  
 胸に置いた手のひらから聞こえる心音は、弾け飛びそうに高まっていた。  
 俺はただ、耳にささやく。  
「どうなんだ? なぁ」  
 ……パチン。  
 ガキはうつむいた。そして、蚊の鳴くような声で言った。  
「……う、ん。す、……き」  
 俺は口の端をつり上げた。  
 どこまでも馬鹿なガキだ。ここで泣いて許しを請えば、少しくらいなら考えてやったかもしれないのに。  
 滑らかな腹を下にたどる。  
 まだ一本の毛も生えていない恥丘。その下にはクリトリス。弾力のある大陰唇をかきわけて、おそらくは汚れないピンクに輝いているであろう粘膜は、……濡れていた。  
「ハ……ッ、アハハ! アーハッハッハッハ!」  
「お、お兄ちゃん……っ? な、何? どうしたの?」  
「別にぃ? なんでもねーよ? ククッ、テレビ見てろよ。どの芸人が好きだって?」  
「う、うん……あの、ね」  
 ガキは不安そうな面持ちで、それでもテレビに向き直った。  
 俺は何度も喉を揺らした。  
 なんのことはない、泣いて制止する理由などなかったというわけだ。  
 ……ガキのくせに。ガキだと思っていたのに。  
 いつのまにか女になる。  
 生物の性には逆らえない。  
 俺はこみ上げる笑いをくつくつと噛み殺しながら、無性に凶暴な気分になった。  
「……へぇー、あの芸人がねぇ」  
 ぐぷり。  
 乱暴に突き立てた指が穴にはまった。  
「ひぁ……っ」  
「どうした? 気分でも悪いのか?」  
 粘液をかき混ぜる。  
 入り口でずぶずぶと抜き刺ししてから、無遠慮に深く指を埋め込んでいく。  
 やがて、頑なな抵抗が突き当たった。  
 俺はにやりと顔を歪めた。  
 女なんだ、処女膜なんかいらないだろう? 入る前に、取っといてやるよ。  
「あ、あ……」  
 鈍いガキの脳味噌にも、充分に思い知らせることができるように。奥の奥まで蹂躙するための指を、二度、三度、ぐるりと回した。  
「お、に……、い」  
 ああ、そうだな。痛いのは嫌だよな。気持ちよくしてやればいいんだろ?  
 おざなりにクリトリスを押してやれば、びくんと跳ね上がる白い靴下。あまりにも容易い快楽のスイッチ。  
 ……こんなふうに、簡単に終わるさ。  
 
「う、あっ、あぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁああぁぁーっ!」  
 
 その悲痛な叫び声は、まるで空間を切り裂いたかのようだった。  
 甘い吐息も、ピンクに染まった頬も、快楽に打ち震えていた体も、すべて消えた。  
 ゆっくりと振り向いた蒼白な表情。こぼれ落ちそうな瞳は涙で濡れて、渦巻く恐怖の中心にはっきりと俺を映している。  
 
 俺はこのうえなく愉快な気持ちになった。  
「どうした? 学校じゃ教えてくれなかったか?」  
 締めつけられたままの指を引き抜き、したたる赤をぺろりと舐める。  
「気持ちいいだけで終わるものだとでも思っていたのか?」  
 ガキはカチカチと歯を鳴らすばかりで、何も言わない。  
「そうか、可哀想に。大人のすることっていうのが実際はどんな感じなのか、ちゃんと教えてやらないとな」  
「や、だ。いた、い、の。お兄ちゃ、ん。いた、い……の。やだっ、こわい……っ」  
 ガキが正気を取り戻したかのように後ずさったので、俺は指を舐めるのをやめて、小さな頭をそうっとなでてやった。  
「心配するな。テレビでも見ていればいい」  
 見開かれた瞳が、さらに大きく見開かれる。  
 ガキはぎこちなく首を振って、唐突に叫んだ。  
「やっ、いや! やっ、やだぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ……っ!」  
 全身で暴れて。転げ回って。あちこちの物を蹴倒して。俺を蹴り飛ばして。猿のように顔を真っ赤にして。ぎゃあぎゃあと泣きわめいて。言葉も聞き取れないような声になって。喉をからして。ひっくひっくとしゃくり上げて。  
 その頃には、俺はすっかり白けていた。  
「……ガキか」  
 自然とため息がこみ上げる。  
 ガキはびくりと肩を揺らしたが、うつむいたまま振り向かなかった。  
 代わりに。  
「……おにぃ、ちゃ、ごめっ、なさい。ごめ、なさ。ごめ……っ」  
 次第に必死になる小さな声。  
 俺は眉をひそめる。  
「きょ、み、あっ、……の。どっ、どう、な、の、かな、って。……き、もち、よ、かっ、……たし。おに、ちゃ、がっ、……す、きに、なっ、くれた、の、うれし……、かっ、た……の」  
「……は?」  
 よくわからないことを聞いた。  
 途切れ途切れで、聞き違えたのかもしれない。  
 ガキは困ったような顔でこちらを向いて、またうつむいた。  
「やっ、と。……す、きに、なっ、くれ……た、か、ら。うれ……し、かっ、た、……の」  
 唖然とする俺をよそに、ガキは言葉を続けていく。  
「ぎゅっ、て……、してく、れ、た、し。い、いっぱ……い、おはな、し、してくれ……て。も、もっ、と。だま……って、た、ら。も……っと。して、く……れ、る、か……なっ、て……おもっ」  
 しゃくり上げた拍子に、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。  
「で、も、こわ……い、の。わかんな……っ、きゅう、に、こわくな……った、の。いた、く、て。ゆび……。こわ、く、て。ど、して……か、わか、な……っ。きゅうに、いたく、て。ごめ……なさ、おに……ちゃ。こ、ども、で。ごめ……」  
 俺は目眩がした。  
 なんなんだ、こいつは。  
 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。  
 世の中はそう単純にできていない。子どもならば誰にでも欲情するという輩もいれば、憎い相手だからこそ陵辱するというケースもある。  
 このガキは、何も知らない。  
 馬鹿みたいに。何も知らずに……。  
「……出て行け。二度と来るな」  
 ガキは弾かれたように顔を上げた。  
「ど……っ、ど、し、てっ? や。いや。おに……ちゃ」  
 また涙がこぼれ落ちる。  
「出て行け……っ!」  
 俺は叫んだ。  
 これ以上このガキの声を聞いていたくなかった。  
 ひくひくとしゃくり上げる吐息さえ、耳障りでしょうがなかった。  
 見るのも嫌で。  
 顔を背けて何度か叫んだが、ガキは嗚咽をもらすばかりで動こうとしない。  
 力ずくで追い出そうと腕をつかむと、そのまま俺にしがみついてきた。  
「離せ!」  
「やだ! いや! ぜーったい、ぜーったい、やだ、も……っ!」  
「さっさと消えろって言ってるのがわからないのか!」  
 ガキは力いっぱい首を横に振った。  
 
「お、とな、なる! か、ら……っ! すぐ、なる! か、ら……っ! いやっ! ……きらい、なっ、ちゃ、いやぁぁ……っ!」  
「こ、の……っ」  
 俺は腕を振り上げた。とっさに利き腕の拳を握っていた。  
 目の前の大きな瞳は、まっすぐに俺の姿をとらえている。  
 そうだ、こいつはいつだってこんなふうに俺を見上げていた。  
 どれだけ涙に濡れようと、汚い物なんか何も知らない。子どもの目で。  
 俺はこの目が、ずっと嫌いだった。  
 俺はおまえなんか、ずっと嫌いだったんだ。  
 よっぽど口にしてやろうかと思ったが、どうしてか、声にならなかった。  
 振り上げたままの腕が震えた。  
 ガキの瞳が、ゆらりと揺れた。  
「すき」  
 心の中をありとあらゆる悪態が駆け巡る。腕を振り下ろしてやろうかと力をこめる。  
 畜生、指が濡れている。  
 破瓜の血は鉄の味がした。なんら特別でないその苦さが、たわいなさそのもののようでおかしかった。  
 俺は心底嘲りながらその血を味わったのだ。  
「おにぃ、ちゃ……」  
 すがるような声で馬鹿が呼ぶ。  
 俺は腕を振り下ろした。  
「おに……」  
「黙れ……っ!」  
 締めつけて。締めつけて。絞め殺すくらいに抱きしめて。……それから、口で、口をふさいだ。  
 鼻が当たる。鼻息がもれる。しまいには、歯がぶつかる。  
 絶望的にヘタクソなそれは、気持ちよさなんてまったく生まれてはこなかった。  
 か細い腕がおずおずと背中に回り、十の指が俺のシャツをぎゅっとつかむ。  
 必死に追いすがってくる小さな舌。  
 他人と唾を交わすだなんておぞましくて吐き気がする。子どもの唾なんてなおさら、何が入ってるかわかったもんじゃない。  
 それでも。  
 俺からこいつに毒を注ぎ込むような、その感覚は、悪くなかった。  
 いつか、俺を見て、そして、見なくなる。その瞳の透明さは、まだ少しもにごりはしなかったけれど。  
 
 
おわり。  
 

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