右の肩を狙うようにして突き出された拳を、右足を半歩だけ引くことによってかわす。  
 勢いのついた拳は私の肩を掠める際に風を感じさせたけど、その程度の風圧はそよ風でしかなく、こちらの動きに制限を加えるものでは一切ない。  
 相手がかわされたことに驚く表情を見せる中、私は左腕を僅かに引き、右足を引いた反動を利用しながら繰り出す素振りを見せる。その素振りに相手はぎょっとして息を呑み、慌てて顔と腹を防ぐ体勢を作るが、ただでさえ崩れている体の即席仕様、しかも私の拳はフェイクでしかない。  
 拳の振りを活かして体を反転、反動という力を加えて踵を振り上げる。相手は更にぎょっとして両腕で顔面を隠すけど、これも予想通り、どうせ軽い体の反動を利用した程度の踵を顔に当てても、相手が倒れないことは分かっている。  
 私は振り上げた脚を急転直下、回転と振り下ろしの力を加えた踵で相手の太腿を打つ。  
「ぅあっ!」  
 片膝を折った相手の空いた顎を狙って拳を一閃、全体重をかけて放てば石が直撃するようなもので、そうなれば当然だが脳が揺れて、相手は呆気なく気絶した。  
 うつ伏せに倒れた相手を見下ろし、ずきずきと痛む拳をさすって溜息を吐いて、安穏と空を見上げる。  
「・・よっしゃ、勝利」  
 呟いてはみるけど、勝ったからといって嬉しいことは何もない。  
 見回せばお金を取られそうになっていた人も消えていて、もともと寂れた路地には涼やかな風が吹いている。  
 まあ、別にお礼とか気にしてるわけでもなかったけど、それでも少し残念な気持ちになるのは免れない。  
「・・ま、いいけどね」  
 自分を誤魔化して家に戻る道を歩き始めて、早々と溜息を吐く。  
 あんまり家には帰りたくない、という思いが発露してのことだったけど、意識してしまうと途端に憂鬱な気分になった。  
 あまり頭がいいとは言えない父親が再婚したことに対して思うところはない。まあ、新しい母親とうまくやっていけるか、という不安は少しだけあったが、それすらも時間でどうにか解決する問題だと割り切って深く考えなかった。  
 
 でも、まさか再婚相手の母親に息子がいるとなれば、話は別だ。  
 しかも私の三つ上、年齢もあまり変わらない男と一緒に暮らすことになるとは完全に予想外で、更にその男が壊滅的にコミュニケーションを無視するとなれば憂鬱も自然なものだ。  
 一応、義兄ということになるのだし、仲良くとまではいかないまでも、家族らしい関係にはなるべきだと自分に言い聞かせて話しかけたことがある。  
「・・あー、ども。一緒に暮らすことになったそうで・・・・」  
 あまり義妹っぽくない言葉だったけど、それでも私にしてみれば精一杯の言葉だった。  
 それなのに義兄は、緊張した面持ちの私を興味のない熱帯魚でも見るような目でしばらく見据え、それから小さく頭を下げて無言のまま階段の上、自室へと消えた。  
「・・・・・・えー」  
 とてつもなく無愛想、それどころか私の存在など完全無視して生活する気満々の義兄の姿に絶望感みたいなものを覚えて、私は肩を落とした。  
 家の中で義兄と顔を合わせると気まずい空気を味わい、何か話すか挨拶でもしようかと悩む間に義兄は私のことなど見えないとでもいうように自然に無視して通り過ぎ、以来、私は家にいることが苦痛となって無駄に外出しては暇を潰している。  
 毎日のように。  
 まさか夏休みをこのように当てもなく過ごすとは思いもしなかったが、外に出ればお金を取られそうになっている人とかに出くわし、鬱憤でも晴らすように仲裁に入って相手をしばく。  
 なんて不毛な人生だろう、と私は思う。  
 そんな思いが帰宅へ至る道を憂鬱の咲き乱れるものにしているのだけど、それは私ではどうしようもない。全て義兄が悪いのだ。義兄がもう少し、私に対して笑顔を見せるとか、出くわしたら挨拶するとか、そんな人間として最低限のコミュニケーション能力を保有していれば、このようなことにはならなかったのだ。  
「・・・・あー」  
 などと無様で無駄な溜息を吐いて、辿りついてしまった我が家を見上げる。  
 
 この家の二階の部屋では義兄が黙々と何かをしているのだろう。私の部屋は隣だというのに、私は義兄が日々の糧を何に求めているのかすら知らない。それぐらい無干渉が徹底されている。  
 出来れば顔を合わせることがありませんように、と家族に対して不遜とも思える祈りをしながら家に入り、そろそろと階段を上がって自室を目指す。  
「・・・・・・・・・・・・?」  
 フローリングの廊下、スリッパで歩くとぺたぺた鳴る音に混じって、声のような息のような、変な音が聞こえる。  
 その音は兄の部屋から漏れているらしく、扉に耳を寄せれば、はっきりと聞くことができる。  
「・・・・ぁ、ん、ぁ、ぁ・・・・・・」  
 これは、いわゆる喘ぎ声というやつだ。  
 肌を舐めるような、耳に残るような、聞いてるだけで気分の変化する声は、兄の部屋から淡々と流れている。  
(・・・・はー・・・・)  
 なんか意外な感じだった。  
 そりゃ、あんなに無愛想でも性別で類別すれば男、学校でも評判のように男というものは『すけべ』で、部屋で一人、やらしービデオを観賞することなど日常茶飯事なのだ。  
(・・・・でも、あの人がねー・・)  
 見た目は悪くないのに表情で全てを蔑ろにしている義兄は、想像するに『すけべ』とは無縁、霞でも食べて生きているような雰囲気があったのに、まさか日も落ちる前からやらしービデオに耽っているなんて。  
(・・・・・・でも)  
 これって話す機会じゃないかしら、という思い付きが頭を掠めた。  
 
 ただでさえコミュニケーション不全の義兄は、もしや私と一緒で再婚から派生した義妹に戸惑っているだけで、話す切っ掛けさえあれば仲良くなれるのではないだろうか? やらしービデオの観賞を発見されるなんていう恥をかけば、もう話しかけることに躊躇いなど消えて、平和な家族構成が構築されるのではなかろうか。  
 思い立ったが吉日、喘ぎ声の聞こえる部屋にノックを二回、返事も待たずに扉を開ける。  
「・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 部屋にあったのは、気まずい空気と、申し訳なさが針になって取り囲んでくるよな、居た堪れない空気だった。  
 ベッドの上、そこから両足を投げ出すようにして義兄が座っている。素っ裸で、汗に濡れる体は艶めかしくて、驚いた目で私を見つめる顔は初めて見せる表情だった。  
 それは、この際、どうでもいい。  
 問題は・・・・・・義兄の腰の上に載り、体勢が崩れないように義兄が背後から腕を回して胸を掴んでいる女性、股を開いているから繋がっている箇所さえも丸見えの──  
「・・・・・・・・っ!」  
 ショートカットの活発そうな彼女は、顔を真っ赤にしてベッドに倒れ込み、掛け布団を頭から被った。  
 その素早い動作に触発されて、私も勢いをつけて扉を閉める。  
 ばん、と大きく鳴った扉の音に急き立てられるように自室へ走り、自室の扉も勢いよく開けて閉めて、ベッドに飛び込む。  
(・・・・しまった・・・・・・!)  
 もう、それしかない。  
 そうだ、義兄だって人間、私から見ればコミュニケーション不全な人だけど、他の人の前では違うのかもしれない。それなのに勝手に勘違いして、あんな場面に出くわしてしまうなんて。  
「・・・・・・・・あー、どうしよ・・・・」  
 ただでさえ弱々しい繋がりだったのに、もう家族っていうより人間同士の繋がりすら危うくなるような関係になってしまった。  
 義兄は大学生、少なくともまだ二年はこの家にいるのに、私と義兄の緊張を孕んだ空気はこれから二年間もこの家に流れ続けるのか。  
「・・・・・・うあー、欝だぁ・・・・」  
 それって最悪じゃないか。  
 あー、畜生、何でもいいから殴りたい。小学校の頃からずっと習ってた空手を辞めて三年、黒帯を取って大会でいいとこまで勝ち残った実力はなくなったかもしれないけど、それでも喧嘩ならまだまだ負けない。  
 
 また不毛な鬱憤晴らしが始まるのか、というか続くのか、と暗鬱に落ちていく中、ばん、と扉の開く音がして、階段を駆け下りていく音が聞こえた。  
 そして恐らく玄関の扉が大きな音で開け閉めされて、家には静寂、沈黙が戻ってきて、私は喉に詰まった溜息を強引に吐き出す。  
(・・・・謝んなきゃなー・・・・)  
 完全にこちらに非がある以上、いくら義兄との間に冷たい気まずい空気が流れていたところで、謝罪を行わないわけにはいかない。  
 長靴でも履いてるような感覚で起き上がって部屋を出て、義兄の扉の前に立ち、ノックをする。  
「・・・・・・・・・・・・」  
 返事は、ない。  
 もしかして、怒って完全に無視することに決めたのだろうか。それとも、さっきの音は彼女だけが出て行ったのではなく、義兄も連れ立って出掛けたのだろうか。  
 胸の中のもやもやが拡散、広がる勢いを押し殺してノブを掴んで回せば、呆気なく扉は開いた。  
「・・・・・・あ、さっきは──」  
 反射的に言葉が喉を飛び出すけど、その言葉も窓を開けて身を乗り出している義兄を見て止まった。  
「──をぉ待て待て!」  
 膝を落として前傾姿勢、脚のバネを活かしてつんのめるように前に飛び出し、三歩で窓際まで到達、義兄の腰を抱きとめる。  
 義兄は窓枠を両手で掴んで片足を載せて、今にも落ちそうな感じだったけど、私が脚を前に投げ出して背後に倒れ込めば、細身の義兄は耐えられず私の上に倒れ込んだ。  
「ぉあ!」  
 さすがに、背中から落下、尚且つ義兄の落下する体重を受けると、痛い。肺の中の空気が一気に吐き出されて、胸骨に鈍い痛みが走った。  
 でも、どうにか窓から落下は防げたのだから、この程度の痛み、どうということはない。  
「・・・・ったぁ・・」  
 とはいえ、いつまでも義兄を載せたままでは呼吸もままならない、寝返りを打つようにして義兄を転がして起き上がり、深呼吸を繰り返して息を整える。  
 それから義兄を見れば、生気の感じられない雰囲気で上半身を起こし、私とは違った種類の溜息を吐いている。  
「・・・・・・あー・・その、ごめん・・私のせい、でしょ・・?」  
「・・・・・・・・・・」  
 
 義兄は死んだ魚のような目を私に向けて、躊躇いも見せず頷く。  
「・・・・うん、いや、分かってはいたんだけど・・ね・・」  
 こうも正面切って頷かれると理不尽な腹立ちが、とか苛々するのもお門違い、すうはあと深呼吸をして落ち着きを保ち、義兄に向き直る。  
「・・それで、えっと・・彼女は?」  
 最も気になる質問をぶつけると、義兄はあからさまに表情を曇らせ、ベッドに背中を預けて溜息を吐く。  
「・・・・・・別れるって」  
「・・・・・・あー、そう、ですか・・」  
 いや、いやいや、そんな簡単な相槌で終わらせられるほど甘い問題じゃないというのは分かっているが、それ以外に言葉がない。  
 部屋を圧迫するほど膨れ上がった気まずい空気に息苦しさを覚えて、いっそ逃げ出そうかとも思うが、義兄の落ち込んでいる表情を見て気持ちを改める。  
「・・・・ほんとに、ごめん・・」  
 神妙な表情、生まれてこの方したことのないような顔が自然と浮き上がって、胸の中の申し訳なさを吐露するように頭を下げると、義兄は溜息を吐いて首を振った。  
「・・・・・・いや、いいんだ・・昔から、話すのが苦手で・・・・漸く分かってくれる人ができたのに・・でも、俺が悪いんだ・・・・俺が・・・・・・」  
 目の前の空間だけを震わすような、およそ溌剌さとは無縁の声に、私の罪悪感が重みを増して圧し掛かってくる。  
 ともすれば押し潰される予感すらある重圧は深刻で、どうにかこれを、どうにか義兄を立ち直らせる方法はないものか、そうして重圧を解放することはできないのか、と悩んでいると、口が勝手に動いた。  
「・・・・私が、しようか・・・・・・?」  
 数秒の沈黙の後、声が重なる。  
「は?」  
 私と義兄の声はそれは見事に被って、お互い顔を合わせて同じように怪訝そうな表情を見せ合った。  
「・・・・・・・・・・・・」  
 おかしな空気、というよりも妙な気配が立ち込めていく。  
(・・あ、あれ・・? なんか、咄嗟に凄いこと言ったような・・・・い、いやいや、ちょっと待て・・)  
 
 あたふたする脳内を落ち着かせるために深呼吸を繰り返し、まずいまずいと心中で連呼していると、義兄が不意に顔を綻ばせて・・・・・・笑った。  
 思わず笑ったというか、声も出てないから穏やかな笑みなのだが、その笑みは今までの無愛想を打ち砕くのには十分で、心がぼあっと熱くなるという感じ、有り体に言えば、ときめいた。  
「・・・・・・一応、兄妹だしな・・無理だよ、それは」  
「大丈夫、入れなければ問題ないっ」  
 と、否定気味な義兄に食い下がる・・・・って、私も何を言ってるんだ。急にこんなこと言うなんて、変態かよ、とか自分につっこみを入れながらも、私は本気だ。  
 大体、そもそもが私の責任、その責任を取るために私が一肌脱ぐ、なんなら全裸になっても構わないが、どうやらそれは義兄に抵抗があるようなので止めておくとして、私は本気で義兄としてもいいと思った。  
 何で急に? さあ、としか答えられない。義兄の綻んだ顔を見た瞬間、脳と心臓が痺れて、よし、と思ってしまったのだ。  
「・・・・えと、どう?」  
「・・・・・・どう、と言われても・・・・」  
 困った顔をしている義兄を前に、私は胸を高鳴らせる。  
 ただ問題なのは、今までのことを考えるに義兄がはっきりと答えてくれるのか、それ以前に私は今までそういう経験が全くないのだが、と色々で、義兄と同じく悩む私の目に、それが飛び込む。  
(・・・・あ、そっか・・・・)  
 さっき、義兄と彼女は行為の最中だった。  
 そこに私が割り込んだせいで、行為は途中のまま終了、義兄は敢え無く半端な状態で放置されたのだ。  
 それを示すように義兄のズボンは膨れ上がっていて、なるほど保健体育で習った男性器の勃起というのはあれか、という納得に襲われた。  
「・・・・・・あー、シャワー、浴びてきて・・」  
 いつまでも言葉を発しない義兄に駄目でもともと言ってみると、義兄は困った顔のまま立ち上がり、部屋を出て行く。  
(・・・・おっけー・・なのかな・・?)  
 首を傾げて一瞬、あっと思い出してベッドの下を覗けば、数冊のいわゆるやらしー雑誌を発見できた。  
 私はそれを面白く思いながらも、一冊の雑誌を捲り、真剣な眼差しで見つめる。  
 
 そう、何しろ保健体育レベルと友達の話ぐらいしか知識のない行為、それを補完するために雑誌の力を借りて勉強しなければならない。義兄がシャワーから戻る前に。  
「・・・・・・・・ぅあ」  
 そんな意気込みも吹っ飛ぶほど、雑誌は凄まじい、ごくりと喉が鳴るほどの内容だった。  
 ページを捲れば、大人なねーさんが裸で勃起しているものを口に含んでいたり、開脚してあそこが丸見えの体勢をしていたり、あそこに指を入れられていたり、口から精液を垂らしていたり・・・・・・といった具合で、見ているだけで顔が熱くなってくる。  
「・・・・・・・・」  
 やっぱり兄妹、自分で言ったことだけど、入れるのはまずい。確か友達が、避妊具は絶対のもんじゃないから信頼はできない、とか言っていた。  
 そうなると、私が義兄にしてやれることは・・・・・・手、とか、口、とか?  
 雑誌を見る限り、ほぼ半分はねーさんのあれに勃起したものが入ってる写真で、残りの七割が口でしてるとこ、後の三割はねーさんがやらしー体勢だったり、胸に精液がかかってる写真だったり、だ。  
「・・・・・・・・口、かぁ」  
 その選択肢が浮かび上がるけど、でもちゅーもしたことないのに、いきなり口でっていうのは抵抗感がある。  
 うーん、とそんなことで悩んでいると階段の鳴る音がして、私は慌てて雑誌をベッドの下に滑り込ませた。そして何となく正座した瞬間に扉が開き、義兄が姿を見せる。  
 義兄は服装こそ先程までと変わっていなかったけど、髪は濡れて、肌もほんのり朱に染まっている。  
「・・・・あー、ど、どうぞ」  
 何だかそういうお店みたいだな、とまた自分でつっこみを入れながら、義兄をベッドに促す。  
「・・・・・・・・・・」  
「・・・・あー、仰向けに」  
 ベッドに座った義兄の肩を押すと、義兄は特に抵抗するでもなく仰向けに寝転がった。  
(・・・・おっけー・・?)  
 何だか困った顔で天井を見ている義兄の姿は、オッケーというよりも義妹の唐突な要望にどう接すればいいのか分からない、喋るのも苦手だし取り敢えず流れに任せてみるか、みたいなものを感じたけど、私にしてみれば断られるよりはマシだ。  
 
 黙って受け入れてくれるのなら、今はそれに甘えとこう。  
 そう決意してズボンに手をかけて脱がせれば、トランクスだったか、下着は膨れ上がっていて、それも脱がすと雑誌のものより生々しいものが姿を見せた。  
(・・・・うー・・・・)  
 浅黒い、感触を想像することもできない棒に、つるつるとしてそうな先端、先端には割れ目があって、棒の根元には皺だらけの形容しがたいものがある。  
 保健体育の時に見た模型とは随分違うものに指を伸ばし、棒の部分に触れる。鶏肉の皮というか、自分の割れ目を隠している皮膚に近い感触があって、棒を掴むと変な硬さが感じられた。  
「・・・・・・あっと、やっぱり・・・・」  
 と否定的な物言いをする感じの声が聞こえて、私は瞬時、迷いを吹っ切って鈍い赤色の先端に唇をつける。  
 義兄の体がびくっと震えて言葉が止まり、よし、と思いながらも、唇に触れている感触、柔らかいそれを感じながら、複雑な気分に陥る。  
(・・・・・・あー、ちゅーより先に・・うあ、変態くさい・・・・)  
 いや、唇をつけているものが義兄のものであると考えた場合、反論の余地もなく変態だろうか?  
 あー、今のこの状況を父親ないし触れ合いにぎくしゃく感のある母親が見たら卒倒ものだろうなー、と考えながら、唇を開いて先端を銜える。  
 でも、いまいち唇が先端に張り付いて動かしにくく、そこで雑誌の写真の一葉を思い出す。  
(・・・・あー、だから唾を・・)  
 唾をだらだらかけて汚い、とか思ったがそうではなく、唾をかけることで滑りを良くしようという、あれは計算された行為だったのだ。  
「・・・・・・・・ん」  
 なるほどと納得して舌を竦め、口をすぼめて唾液を分泌、口の中にたっぷり溜まったら薄く口を開き、そこから唾液をこぼして義兄のものに垂らしていく。  
 白く泡立った唾は棒の先端から根元へと垂れていき、皺だらけの毛むくじゃらなものを濡らしてベッドのシーツに落ちた。  
 その唾を舐めるように舌先で棒をなぞり、あらかた舐め取った後、舌先を尖らせて浮いている血管をなぞる。そうすると棒が震えて、舌から逃げようとしたので、右手でそれを押さえる。  
(・・・・・・うーん、いまいち分からんなー・・)  
 
 果たして私の行っていることは気持ちいいのか、気になって義兄を見るけど相変わらず困った顔で天井を見ているだけで、益々分からない。  
(・・・・・・むー・・・・)  
 またしても完全無視か、と渋面を作った瞬間、唇を当てていたあれが大きく震える。うわ、と思って唇を離せば、なるほど、どうやら表情を変えた時に私の八重歯が、先端と皮の境界線、窪んでいるとこ  
ろに刺さったらしく、赤い点みたいなものができていた。  
「・・・・・・・・あ、ごめん」  
 義兄の顔を見て言うが、義兄はぼんやりと天井を見るだけで、何も言ってくれない。  
 ああ、さっきの笑みはどこへ失せたんだ、と悲しくなってくるのを堪えて、私は赤い点となった箇所に舌を当て、舌先をねぶるように動かして痛みを和らげようとする。  
 だが、それは痙攣でもするみたいに震えて、よほど痛いのかと訝るけど血が出ているわけでもなくて、あれ、もしかして気持ちいいのかな? という疑問に至り、窪んでいる箇所に舌先を当ててなぞると、思ったとおり、それは喜ぶように震えた。  
(・・・・もう、言ってくれれば楽なのになぁ・・・・)  
 そう思いながら先端、割れ目のある部分を僅かに口に含み、舌先で割れ目を撫でる。そうしながら指先で棒の血管をさすり、皺だらけの柔らかい塊を揉むと、あれは手の中で硬さを増して、今にも弾けそうなほど震える。  
(・・せめて出る時ぐらいは合図してほしいなぁ・・・・)  
 そうでないと、あの雑誌の写真みたく、顔にべたーっとかけられることになる。それはちょっと、抵抗感というか、嫌なものがある。  
(あ、でも、口の中で出されるのも・・粘々してそうだなぁ・・・・)  
 そういう系のものが嫌いな私としては、できれば出そうになったら合図してくれて、手の平で受け止めるとか、穏便な手法で片付けたい。  
 だけど実際はどうなることやら、私は根元の皮を吸うように唇を寄せ、更には未知の領域、皺だらけの柔らかい塊に口をつけ、その塊を銜えて唇で優しく刺激する。  
 噂に聞くとおり、その塊の中には玉っぽい何かが感じられた。  
 その玉を舌先で突付きながら、利き手の左手で棒の皮を上下に扱く。唾液のたっぷりかかった棒はあっという間に白く泡立ち、先程から強く唾の臭いを発している。  
 
「・・・・・・えっと・・まだ、その・・・・」  
 イかないのかなー、と義兄を見やれば、なんと目を閉じていて、しかも答えてもくれない。  
(・・・・ぬー、人が始めてのちゅーも捨ててしてやってんのに・・そこまで私に興味なしですか・・・・・・)  
 うあ、膨れ上がって硬くなっているものを舐めるのも扱くのも虚しく思えてきた。  
 しかし後には引けない、もはや私は義兄のことが大好きだし、何故か虚しさというのも好きな相手に無視されてる時に感じるものになっている。なので、ここで止めるわけにはいかない。  
 間近で唾液の擦れる音を鳴らしているもの、それを半ばまで銜え込み、頭を動かして窪みの部分を唇で擦りながら舌で先端をなぶる。唾液とは違う、口の中に広がるような苦い味を感じながら行為を続け、右手で玉を包んでいる皮を揉む。  
 そうしていると、義兄は無反応ながらも、あれは如実に反応を示した。  
(・・わ、わ、わ・・)  
 膨れ上がって唇を押し広げようとするそれに驚きつつ、これが射精の前触れか、と承知して更に激しく頭と手を動かす。  
 引っ切り無しに響く唾液の音がやらしくて、頭がぼうっとするような感覚に酔ってしまいそうになる。それが災いしたのか、またも八重歯が、今度は先端の膨らみにぶつかった。  
「・・・・・・・・っ!」  
 それと同時、義兄の腰が浮きそうになって、合わせるようにあれが震えて、先端から何か熱さのあるもの、精液が放出された。  
 勢いのある第一波だけで口の中が一杯になって、やばい、と思って頭を引こうとしたら第二波が唇にぶつかってきて、抜いたところで第三波が鼻にかかり、そこで漸くそれは震えるのを止めて射精を止めた。  
(・・・・・・・・ぅあー)  
 凄い、の一言しかない。  
 
 まさか精液というものが、かくも勢いよく飛び出るものとは思わなかった。確かに、こんなことが中に入れられた状態で行われれば、一発で妊娠してしまいそうだ。  
 とか、変な感慨に耽りながら、鼻をつく臭いに顔を顰める。急いでティッシュで拭っても臭いは消えず、口の中のものを吐き出しても粘り気が残って、早くも精液の凄さを再認識した。  
 少し喉に引っ掛かった感があって咳き込みながら後処理を終えて、義兄の濡れているものを拭いてあげると、いきなり義兄が体を起こして私を見下ろす。  
「・・・・え、な、なに・・?」  
 義兄の真面目な顔は迫力があって、ともすれば体が反応して拳を出してしまいそうになるけど、必死にその衝動を抑えて息を呑む。  
「・・・・・・・・あ、と・・・・」  
 義兄は私の顔に手を伸ばして、頬を撫でながら言葉を探っている。  
(・・・・な、な、何だろ・・?)  
 まさか今の段階で怒り爆発、兄妹で何をしてるんだ、とかはないと思うが、油断はできない。  
 何しろ一切合切が不明、その謎めいた中にある綻んだ笑みしか知らない私には、義兄がどのような行動に出るかなど想像もつかない。  
 
「・・・・・・あー・・」  
 やっと言葉を探り当てた・・・・と、いうよりも喋る決意ができたのか、私の瞳を覗き込み、義兄が口を開く。  
「・・・・やっぱ、いいや」  
「だぁ!」  
 なんじゃそりゃ、と激しくつっこみたい衝動に駆られて息を吸い込むが、その息も、ふっと微笑んだ義兄の顔で吹っ飛んでしまう。  
 そんな私を置いて義兄は立ち上がり、部屋を出て行く。私は残されて一人、行き場を失った息を持て余して惑う中、異常に高鳴っている鼓動を感じて頭の芯まで熱くする。  
「・・・・・・ぅあ、やば・・・・」  
 これはまずい、まずすぎる。  
 まあ、でも、時間はあるのだから、何でも可能だ。義兄が私のことを好きになるのも時間の問題だし、両親が私と義兄の結婚のために離婚してくれるのも時間の問題だろう。  
 そのためには長い努力と忍耐と苦労と愛情が必要だろうけど、うん、大丈夫、何しろ義兄の微笑みだけで私はこんな感じなのだから、必ず成し遂げられる。  
「・・・・はぁ、本気でときめいた・・・・・・」  
 私は部屋の中で一人、馬鹿っぽい笑顔を浮かべた。  
 
 終わり。  
 

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