「暦」や「一年」などというものは人間が便宜上作り出した単位に過ぎない。  
太陽と地球との位置関係の周期性を元にしているとは言え、  
「うるう年」などというものの存在から分かるとおり少なからず誤差を含んでいるし、  
それに太陽系だけの位置関係で見るならともかく、  
銀河系以上の視点で見れば一年後の地球は全く別の位置にある。  
そして一年の始まりと終わりも、人間が勝手に決めたものでしかない。  
もし人類が違う歴史を歩んでいたら、日本が新年を迎える季節は真夏だったかも知れず、  
真昼間にニューイヤーカウントダウンが行われていたかも知れない。  
「12月31日」と「1月1日」の狭間で、特に物理現象的な激変が起こっているわけでもないのだし。  
人間以外の存在にとっては大晦日と元旦もいつもと変わらぬ一日でしかない。  
 
……ただ、便宜的なものであっても、後付設定であっても、  
意味を与えられたことによって変化する事象というものも、時には存在するのかも知れないけれど。  
 
「ん……く、ぅっ……」  
何処とも知れぬ暗がりの中、柱に縛り付けられた女性が呻いている。  
辺りを照らすのは数本立てられた燭台の揺らめく光だけ、  
その明かりは壁までは届いていないようで、燭光を浴びる範囲の外は深さの計り知れない闇が広がっており、  
部屋の大きさも判然としない。  
床には東洋の宗教的な紋様とも西洋の魔術的モチーフともつかない複雑な模様が  
女性が縛られた柱を中心として描かれ、蝋燭の火が踊るとその模様も生き物のごとく蠢いているように錯覚する。  
 
――ごぉん――  
その不可思議な空間に、遠くから響く音。  
遠雷のように反響する重々しい金属音は、鐘の音……人の煩悩を祓うと言う、108の音、除夜の鐘である。  
「ひっ……ぃ」  
その鐘を聴いて、呻き声に混じり、女性は何かを恐れるように小さく悲鳴のような声を上げ……  
――ごぉん――  
「ぅ、あん……ッ」  
しばらくして次の鐘が鳴ると、何かに耐えるような表情をして、呻く声が少し大きくなった。  
全身を震わせているのは苦痛からか、恐怖からか、それとも……  
――ごぉん――  
「あぅ……うぅっ」  
鐘が鳴るたびに大きくなる声。呻いていると言うより、悶えているというのが近いだろうか。  
着衣の下腹部に濡れたような染みが広がる。その液体は失禁ではなく……  
 
――ごぉん――  
「うぅん……ぐ、ぅ」  
鐘の音が十数回目に差し掛かり、見た目にも明らかな変化が起き始めた。  
床の紋様から墨が染み込んだかのように、女性の足先から体表に黒い模様が広がっていくのだ。  
ペイントではなく、皮膚そのものが変色しているようで、  
脈動するその模様は、まるで伸び茂るツタが古い石像を覆うように女性の肉体を浸食していく。  
 
――ごぉん――  
響く鐘はもう50回を越えただろうか。  
無数の黒い線、あるいは縞と言うべきか、その模様は既に女性の全身を覆っており、  
しかし、黒く染まっていない部分――元々の肌の色は対照的に白さを増しているようだった。  
「色白の肌」という言葉で済まされる範疇ではない、かと言って血色の悪い蒼白でもない、  
人間の肌の色とは思えない純白へと……  
いや、もはや肌ではない、細かい体毛が段々と伸びている。肌と言うより毛皮になりつつあるのか。  
「はぁ、んっ、ぐるる……ぅぐっ」  
歯を食いしばる女性。その歯がぎしりと軋んだ音を立てる。  
強く噛み締め過ぎたせいではない。犬歯が大きく伸び、唇を押しのけてあらわになっている。  
 
――ごぉん――  
既に100回に近い。  
「あぐ、がっ……」  
筋肉が発達していき衣服のところどころが破れる。  
しかし全体的に見るとマッシブと言うよりは引き締まったスマートなフォルムへと変わっていく。  
手足の爪が鋭く大きいものへ変化し、手のひらに残った体毛の生えていない部分は盛り上がっていわゆる肉球のように。  
耳が三角形にピンと立ち上がり、そして……  
 
―― ご ぉ ん ――  
「あぐ、はぁっ、ぐ……ガアァァァァッ!!!」  
108回目の音。  
それと共に、服を破って、ずるりと腰の後ろから尻尾が生え、変化は完了した。  
絶頂に達したようにがくがくと痙攣し、既にぐしょぐしょに濡れた股間から更にぷしゃああっと潮が吹く。  
先ほどまで女性を固く縛めていた縄はもう役目を終えたとでも言うようにするりと解け、  
その生き物は床に倒れ込む。  
「ガ……はぁ、はぁ……」  
 
息も絶え絶え、という様子の生物。  
そこに、部屋の暗がりから何かが近付いてきた。  
それは一匹の獣……いや、「獣」と呼ぶにはその存在はあまりに神々しい気配を纏っていた。  
変化した女性と同じ模様、同じ色の毛皮を纏ったしなやかな肉体。四つ足は力強く地を踏みしめ、しかし足音を立てない。  
虎――白虎である。  
「あ……ああっ!」  
その姿を見て、女性……いや、今や「牝」となった生物は電撃が全身に走ったかのような反応を見せた。  
四つん這いに違和感を持たなくなった身体をくるりと翻し、尻を高く上げる。  
破れた服の裾からしとどに濡れた性器が露出する。  
その表情にはわずかに恥じらいの色も見られるものの、むしろ抑えきれぬ本能に大きな喜びも浮かべているようだった。  
牝の淫猥な姿と、そして甘い獣の匂いに、神聖な白虎の股間からも男根が蛇のように首をもたげる。  
白虎は雄だったのか。いや、その白虎には性別などさして意味のあることでも無いのかも知れない。  
ただ単に、これからの「儀式」に雄のそれが必要だと言うだけのことでしか無いのか……。  
白虎は牝に覆い被さり、その熱を帯びた女陰を貫いた。  
「グガアアアァアァァ!!」  
牝の上げた嬌声は、人間の艶やかな声ではなく、虎の咆哮にも近い荒々しいものだった……  
 
――ふぅ、良かった良かった。……人の煩悩を祓うと言われる除夜の鐘。  
 それに呼応し、辺り一帯の人の邪な欲望を吸い取って集め、神の力で浄化する術……今年も成功のようだ。  
 ……吸い取った欲望を扱いやすい性欲に変換する術も、  
 集めた欲望の「受け皿」になった娘も、相性が良かったようだし、な――  
 
行為を始めた二人――いや、一柱と一匹、と言うべきか?――をよそに、  
部屋の隅、闇に声が響く。空気を震わせる音声ではなく、何か別のものに伝播する波動が。  
 
――さて、これで今年の『お役目』は彼女が受け継いだわけで、君はもうお役御免なわけだけど……  
 ……人間に戻りたいかい?――  
 
「ぶ、ぶもぉぉ……い、いいですぅ。わたひ、うしのままでいい……  
 ううん、うしのままがいいですぅ!!んもぉおお!」  
 
部屋の反対側では、鼻輪をつけた二足歩行のホルスタインが、  
白い牛に後ろから突き上げられつつ、ミルクを撒き散らしていた、とさ。  
 
 
おわり。  
 

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