「・・・・・・ん? あれ、どうなった?」  
 瞬間、全て失ったような光がぶあっと押し寄せ失踪、あれっと首を傾げてみれば目の前が変化、いつの間にか俺は学校の教室の椅子に姿勢よく座っていた。  
「・・・・ありゃ? っかしーな・・」  
 見回せば暗闇、どうやら宵闇の時間らしく窓の外は真っ暗、教室の電気も消えている。  
 それなのに何故か教室の中だけは視界良好で、窓の汚れ、雑多さを感じる机の並び具合、黒板のつやつやさなど鮮明に見て取ることができた。  
「・・・・・・・・んー?」  
 おかしい。  
 大体、俺はもう二十歳も過ぎてるってのに何で教室、と疑問に思って見下ろせばびっくり、俺が着ているのは学生服で、これは俺が高校時代に着ていたものだ。  
「・・ま、待て、待て、待てよ・・・・?」  
 混乱するな、しっかりしろ、自分を大切に。  
 確か俺は車で通勤、朝の日差しも眩しくて寝不足の目が痛い、あーだっりぃなー、とかいう具合だったはずだ。  
 それが気付けば、というか光の奔流を見たような気がするけど、その後に訪れたのは学校の教室、何故?  
「・・・・・・・・夢か?」  
 もしかして居眠り運転中か?  
「違います」  
「うおあっ!」  
 凄まじく冷静な声に突っ込まれて驚愕、声の聞こえた隣を見れば、いつの間にか忽然と現れたのか最初からいたのか、さっぱり思い出せないがともかく、誰かいた。  
「・・・・・・だ、誰だ?」  
 同じく制服、背筋を伸ばして涼やかな顔を見せる知らない彼女は俺を見て頭を下げる。  
「どうも、水先案内人です」  
「・・はあ、どうも」  
 取り敢えず俺も頭を下げたところで、ん? と疑問に駆られる。  
「・・・・水先案内人?」  
「はい」  
 無表情で頷いた彼女に対して俺は瞠目、いやいや意味が分からない不明が多勢に無勢、さっぱり混乱何がなにやら。え?  
「簡単に言うと、あなたは死にました」  
「・・・・・・え、死んだの?」  
 
「はい、運転中、トラックが突っ込んで、ぐちゃぐちゃです。幸いトラックの運転手は軽い鞭打ちで済みました。良かったですね」  
 そう言って表情を一転、にっこり笑った彼女に湧き上がる殺意、いやはやそれは置いて軽く深呼吸、え、死んだ、そうなの?  
「・・・・えっと・・それで・・」  
「それで、私が来ました。では、これから確認をしますので、しっかりと聞いておいてください」  
「・・・・・・はい」  
 はい、いや、いいえ、いやいや、何を言えばいいのかも分からないままに頷いた俺を見つめ、彼女が口を開く。  
「まず、あなたは死にました。これはいいですね?」  
 改まって言われても実感皆無、そもそも現実感ねー、いや今の現実感はしっかりあるが言葉に現実感がない、虚言の妄言、彼女の言葉も軽すぎる。  
 それでも真実らしく彼女は俺の頷きを見ると手帳に何やら書き込んで頷き、それから再び俺を見る。  
「次です。あなたは地獄行きです、いいですね?」  
「待ったぁ!」  
 思わず上がった一声、それは意識してのものではなく反射的なもので、言った後に考えればやっぱり『待ったぁ!』なので問題は何もない。  
「・・・・何ですか」  
 途端の顰められた彼女の顔、あからさまに苛々しているのはカルシウム不足か、確かに細い体は栄養不足を否めない、否、そうでなく、問題はそこじゃない。  
「何で地獄行きなんだっ?」  
 そりゃ、君子もびっくり善行三昧ってことはない、しかしどっこい、殊更に悪いこともしなかった、幼い頃に万引きすれば心を痛めて二度とせず、常に良くあれ、常に良くあれ、なるべく笑顔を絶やさず誰とでも付き合って気遣いだってしてる、そんな俺が、何故に地獄行き?  
「俺は・・・・まあ、天国に相応しいとも思わんが、しかし地獄ってのは・・理由とか、あるの?」  
 彼女は面倒そうな表情で尚且つ溜息を吐いて更に舌打ちまでして手帳を捲って確認する。  
「・・・・あー、普通の行い・・特に悪いこともしてませんね」  
「ですよねっ?」  
「だから、です」  
「は?」  
 
 当然とばかりに頷いた彼女の真意が理解できず怪訝にすると、彼女はこれもまた面倒そうな顔で言う。  
「だから、普通なんですよ。普通の人が天国に行けたら、天国なんてすぐに満杯です。正直、人口密度高くなると争いが生まれやすいですからね、普通程度の人は地獄行きですよ」  
 それは余りに意外で意外に分からんでもない理論だったがやっぱり納得いかず首を振る。  
「ま、待て、それじゃ、普通に生きてた奴らは地獄に落ちて、そんで極悪人どもと同じ仕打ちを受けるってことか?」  
「そうなります」  
「理不尽だろ、それっ?」  
 思わず声を荒げる俺に迷惑そうな顔を向けて彼女は溜息を吐く。  
「そんなこと、私に言われても知りませんよ。神様が決めたことです」  
 なら、と俺は意気込んで体を乗り出す。  
「その神様と話させてくれっ。いくらなんでも地獄は嫌だっ」  
 俺の心の込められた言葉、こんな気持ちで何か言うのは初めてかもしれない言葉に彼女は溜息、尚且つ捻くれた目で俺を見て一言。  
「却下」  
「何故にっ?」  
「あー、正直、めんどいです」  
 と本当にめんどそうに口にする彼女は心底からめんどがっているのだろう、溜息も表情も俺の言葉なんて受け付けない感じがひしひし推し量れて押し黙る。  
「この仕事も大変なんですよ。大抵は混乱してるから話も通らないし、説明しても納得いかないってごねるし、それに神様にあなた達の言葉なんて通りません。無駄です。神様は決断するだけ、私たちはそれを決行するだけ、それだけなんです。だから駄目です。はい、地獄行き。決定です。いいですね?」  
 はい、異議なし、受諾します、それら言葉が渾然一体、ぐるぐる回って頭を支配して口が勝手に開き言葉が漏れる、その瞬間、正に天啓のようにびかーっと光に襲われて俺の意識を取り戻したのは、あの日、高い金を払って買った、あれの力だった。  
「待った!」  
 手帳に何やら書き込もうとしていた手を俺の叫びで止められ、彼女は不愉快満点、舌打ち混じりで視線を寄越す。  
「・・・・・・何ですか」  
「これ、これだ、これを見ろっ」  
 
 そう言って制服のポケットを探れば財布の手ごたえ、よっしゃとそれを取り出して札入れに差し込んでいた一枚の切符を彼女に突きつける。  
「・・・・何です?」  
 唾でも吐きそうな表情に向けて俺は言い放つ。  
「天国行きの切符だ!」  
「・・・・・・・・は?」  
 目をまん丸にしてきょとん、何言ってんだこいつ、みたいな顔を見ながら俺は不敵に微笑、遂にあの金が報われる日が来たのだー、と興奮絶好調。  
「いや、俺って通販とか好きで、ある日な、街を歩いてる時にティッシュ配りのおっさんからティッシュ貰って、そのティッシュに切符のことが宣伝されてて、俺はもう飛びついた、買ったね、ちょっと高いとは思ったんだけどさ、俺は思わず買ったんだよ、な、分かる? この気持ち?」  
「あー、うるさいです、黙ってください、むしろ黙れ」  
 彼女の言葉がぐさっと胸を一突き、ああ俺って興奮すると口調が馬鹿になるんだよなーと反省自省、意味おんなじじゃんと笑ってる間に彼女は俺の手から切符を奪って眺めている。  
 消しゴムぐらいの大きさの長方形、表がオレンジ裏は黒、自動改札も楽勝だぜって感じのそれを彼女は繁々と眺めて溜息、表の『行き先:天国』の文字を見て舌打ち、それから俺に目をくれた。  
「・・・・・・本物ですね」  
「・・・・・・・・え、そうなの?」  
 最後の悪あがき、冗談半分にこれでも食らえ、俺はこんなもの買っちまったんだぞー、とかいう腹積もりのつもりが起死回生、彼女はめんどいめんどいとばかりに溜息を連呼している。  
「・・・・時々、あるんですよ。神様の悪戯っていうか、完全な運によって引っ張り上げようっていう目論見が」  
 その言葉には疲労困憊が滲んでいてお疲れ様、という感じで俺はこの子も色々と大変なんだなーと思いながら気になるのは自分のこと、咳払いを一つして彼女の注意を引く。  
「えっと、それで、俺は天国に行けるのかな?」  
「・・・・まあ、行けますよ。切符ありますし」  
「よっしゃ!」  
 完全に起死回生、歓喜に震えて拳を握れば、死んだという実感もないのに天国行きに喜ぶのもどうなんだろうという疑問に駆られるが、まあ死んだと確信も持てないのに地獄行きを宣告されるよりはマシだろうと自分に言い聞かせて取り敢えず安堵に浸る。  
 その側で彼女は手帳を見やって溜息ばかり吐いている。  
 
「では、確認します。いいですか?」  
 面倒そうなその口調に心に余裕のできた俺は心配を覚えるが、一先ず頷いて話を促す。  
「えー、あなたは天国行きです。いいですね?」  
「はい、了解です」  
「ですが、徳が足りません。何しろ本来は地獄行きを切符で無理やりに覆すわけですから。分かりますね?」  
「・・・・・・あー、まあ、うん」  
 要は天国に上がるための善行が不足している、ということだろう。俺は頷きながらそう考える。  
「というわけで、切符のため時間は無制限に与えられるので、適当に徳を集めてください」  
「・・・・・・あー、方法は?」  
 いまいち話を掴めないながらも聞くと、彼女は溜息で憂鬱、さながら吐息で全て解決を図るように息を吐く。  
「自由です。まあ、この世界で三百年もいいことしてれば、天国ぐらい簡単に行けますよ」  
 なるほど、たった三百年の善行で天国への道も開けるのか。  
「え、三百年? 三年じゃなくて?」  
「はい、ここには基本的に困ってる人なんていませんからね。あなたのような半端さんがいるだけです。だから適当に馴れ合ったところで徳は溜まらないんですよ」  
「・・・・・・あー、そうなんだ」  
 え、それって希望反転、絶望ってわけでもないが三百年はいくらなんでも長すぎる、というか二十年と少ししか生きてないのに?  
「・・いや、いやいや、他に方法ってないの?」  
 駄目でもともととかではなく、とにかく三百年を回避する方針で聞くと彼女は溜息、ひねた目で俺を見つめて更に溜息舌打ち、渋々と言った具合に口を開く。  
「・・まあ、なくはないですけど、あまり言いたくはないですけど、でも仕事だから言わないと駄目なんで言いますから聞き流してほしいんですけど、あれですよあれ、性的絶頂の力と水先案内人の役目というか、有り体に言えば射精、それも水先案内人を使っての射精を行えば楽勝ですよ」  
「・・・・・・・・・・・・」  
 
 その適当もいいとこの説明に俺は首を傾げて疑問表現、さっぱり意味不明の紆余曲折で結論は導き出されない。  
「・・・・なんか、全く結びつかないというか、伝わってこないんだが・・・・・・」  
 それを聞いて彼女は溜息、短めの黒髪を撫で付けるようにして気分を変換か、それでもまた溜息を吐く。  
「・・まあ、私、というか水先案内人は天使みたいなものですから、うわ、天使とか大嫌いなんですけど、寒気がしますよね、まあいいんですけど、それで天使の体を使って射精、天使の許しを受けた者、そんな感じじゃないですか? 神様が決めたことなので詳しくは知らないんで憶測ですけど」  
「・・・・・・はあ、なるほど」  
 つまり今の発言は全て彼女の考え、信憑性は彼女の思考能力の高さのみ、しかしそれを知らない俺にしてみれば信じる要素が欠片もない言葉、ということが分かった。  
「・・・・んじゃ、取り敢えず、君とすればいいの?」  
「いえ、駄目です」  
 瞬間の連続、早々と即答、見事に真っ向から拒否された。  
「・・・・え、いや、今の話を聞く限り、そうしないと三百年もさ迷わないといけない気がするんだが・・・・・・」  
「さ迷ってください」  
 そんな少し歩いててくださいみたいな軽い口調で言われても困る、さすがに三百年は迷いたくない。  
「・・あー、何だろ、一つ目の案は絶対回避、二つ目の案は今のところ有効、それで次の案とかは・・・・・・」  
「ないです」  
 これもまた即答、思考の必要ない回答は素晴らしいが、この場合はどうなんだ?  
「・・・・あー、じゃあ、二つ目を」  
「嫌です」  
 なるほど、どうやら俺は堂々巡りというやつに遭遇したらしい、こういうのは結局はどちらかの妥協か問題の却下か双方の諦観で終わりを告げるものだが、俺には却下と諦観の果てに三百年が待っていることを考えると彼女に妥協を求めるしかない。  
「そういうわけで、仕事だと割り切って一つ、どうか」  
「嫌です」  
 
 駄目だ、事は見事に順繰り回転、永遠の停滞を惜しげもなく披露している。  
「・・あーっと、俺も引けない、君も引けない、この現状を打破する案って何かない?」  
「・・・・・・仕事上、聞かれると答えないといけないんですよ」  
 彼女はそう言うと、しかめっ面も極まれり、唇をひん曲げて嫌々そうに言った。  
「あなたが無理やりに私を使えば打開できますね」  
「・・ああ、なるほど」  
 俺が合点もばっちり、と頷くと同時、彼女は素早い動作で立ち上がり逃走傾向、俺はその手を掴んで状況打破計画、引っ張り合いの果てに俺も彼女も倒れ込んで俺が上になった。  
「・・・・痛い、頭痛がします、重いです」  
 彼女の小さな体をクッションに使った俺は痛くはなかったが、動くことをしない。  
「・・あー、ごめん」  
「いえ、別にいいんで離れてください」  
「え、でも、離れたらどうする?」  
「取り敢えず三百年ほど旅に出ます」  
 なるほど、答えないと駄目というのも辛いなー、とか思いながら俺は彼女の顔を見つめる。  
 生意気そうではあるが、それは表情を作っているからで、客観的に表情を削ってみれば年相応、まあ二十歳は迎えてないぐらいの顔で、可愛らしさがある。  
「・・・・あーっと・・」  
 しかし俺にも理性はある、突発的な衝動で動くのはやぶから棒、阿呆というやつで、とにもかくにも言葉が通じる人間同士? 何かしら承諾なり受諾なりのやり取りがあるべきだ。  
「えー、もう俺にはこの方法しかないんで、やらしてください」  
「死ね」  
 うん、そう言われても仕方ない、何となく納得する俺を置いて彼女は身を捩るが体重差、動くこともままならない。  
 
 あー、それにしても罪悪感、やはり無理やりはよくない、天国に行くためには方法が限られている、これしかないとはいえ、だからといって罪の意識で立つものも立たない、そこで俺は思考を切り替え、すうと息を吸ってはあと息を吐いて、憎悪を燃やす。  
 憎悪といっても軽いもの、そういえばよくよく考えるに目の前の彼女の態度は怒りに値するものがなかったか? あった、という展開で罪の意識を殺す。  
「・・と、いうわけで、やります」  
 俺は宣言して彼女の両手を自身の両手で縛、強引に脚の間に腰を入れて股を開かせる。  
「やっ」  
 嫌がる彼女を怒りで押し殺して罪悪感消滅、それを心掛けて彼女の首に唇を寄せ、白い肌の匂いに漸く勃起したものを擦り付けるように腰を動かす。  
 ああ、これも運命、ごめんなさいごめんなさいと弱い心の囁きが不意に発露、その時、彼女が深く長く溜息を吐いた。  
「・・・・? ・・あーっと」  
 高飛車な態度、怒れる心、嫌がる生意気女、それら様々なシチュエーションによって成り立っていたものが崩れ、顔を上げると、彼女は醒めた目で俺を見ていた。  
「・・・・・・分かりました、仕方ありません」  
 そう言われると行為も止まる、俺はやや体を上げて溜息を吐く。  
「・・いや、そういうふうに言われると・・・・」  
 困惑する俺に、彼女はひねた目を見せ、そして万事解決、誰もが納得、全てが幸せ、そんな妥協案を言った。  
「・・一応、まだ処女なんで、そういうのは勘弁なんで、手とか口とか、まあ初めてなんで拙いですけど、それでどうです・・?」  
「・・・・・・あー、なるほど」  
 別に入れる必要はないのか、それならば彼女の妥協によって俺も天国行き、事なかれ主義万歳、俺に反対する要素は一つもない。  
「・・・・うん、それでいいけど」  
「なら、どいてください」  
「・・あー、もう一回だけ聞くが、どいたらどうする?」  
「逃げませんよ、やります、仕事ですから」  
 
 さっきはその仕事を投げ捨てて逃げ出そうとしたわけだが、という嫌味を言う必要もないので頷き、体をどけて、木製の薄っぺらい椅子に腰を下ろす。  
 彼女はそんな俺を見て溜息連呼、もう彼女のアイデンティティーは溜息なのではと疑るほで、まあそれはいいとして彼女は両脚をくの字、膝を突き出す格好で床に座り込み、その膝をスカートで隠して俺の膨れている股間を真正面に見つめる。  
 漏れるのは当然だが溜息で、その溜息に背中でも押してもらうように彼女は溜息を更に吐き、手を伸ばして学生ズボンのチャックを開放、そこに指を入れてトランクスの上からあれに触れる。  
 感触を確かめるようなその行為は新鮮で、しかし彼女の仏頂面というかしかめっ面がどうにも今の感触と比べるに違和感たっぷりで、むず痒いような妙な感覚に陥った。  
「・・・・・・取り出します」  
 わざわざ宣告して彼女はトランクスの中に手を入れ、脇から宣告通りに棒状のそれを取り出し、先端を目の前にして目をぱちくりさせた。  
 まあ、確かに、あまり間近で見るようなものでもない。  
「・・・・では、始めます」  
 またしても宣告、彼女は目の前のものを五本の指先で握り、親指を雁と皮の境界線に触れさせ残りの四本の指を棒状部分に触れさせて、手を上下に動かした。  
 特に速いでも遅いでもない、やわやわとした快感が広がる行為が、彼女のしかめっ面を前に淡々と続けられる。  
「・・・・・・あの、駄目なんですか?」  
 片方の眉を顰めた彼女に微妙な表情、いや別に駄目ってわけではなしに、といった感じで俺は首を捻る。  
「・・・・あー、取り敢えず、今のままだとイけそうにはない・・・・」  
 ここでやっぱり、と思ったら予想的中、彼女は溜息を吐いて気分転換か気分一新、薄く口を開き、手で俺のものを床と水平、先端に唇をつけた。  
 柔らかい感触、それに伴う彼女の息が先端にかかり、寒気がぞくっと走って息を呑む。  
 彼女は上目遣いで俺を見ながら口を開き、先端の皮のない部分を唇で挟んで、割れ目にはおずおずといった感じで舌を触れさせてくる。  
「・・・・・・・・あー、いい感じ、です」  
 
 何となく敬語、やはり施しをしてもらっているのだから、とか考えながら彼女の黒髪に指を滑らせ、耳の穴に触れ、頬を撫でる。  
 彼女は俺の行為など無視で更に口を開け、雁まで含み、その窪みに唇を引っ掛けるようにして固定、舌で割れ目や先端の丸みを帯びた部分を舐め回し、指先で皮を扱く。  
 しっかし冷静な視点になってみれば、今さら学生服、彼女も微妙に似合わない学生服姿で俺ら何してんだ、とかいう気になったが、そんな気も彼女の生温かい息が唾液で濡れる先端に触れればあっという間に吹っ飛ぶ。  
「・・・・・・」  
 気持ちよさに負けて彼女の頭を引き寄せれば、俺のものは彼女の口内に更に含まれ、気付けば半ばまでが生温い感触に包まれている。  
 彼女はそれを知ってか知らずか舌を蠢かし、含んだまま頭を横に動かして頬の内側に先端を触れさせたり、そうした状態で棒の横部分を舌で上から下になぞるようにしたりして、確実に射精を促していく。  
「・・・・あー、ちなみに、出す時は、どこに出せば・・・・」  
 そう言うと彼女は顰め面、そのまま頭を引いて口内の唾液のためか口の中をもごもご動かし、唇と先端を繋いでいる糸を指先で切って喉を動かしてから言う。  
「・・どこって、何ですか、あなたは口の中で出して飲ませようとか、もしくは顔にかけて被虐心を満たそうとか、そんなこと考えてるんですか・・?」  
 彼女の口が見せびらかすように開いて歯を覗かせたが、その綺麗な歯で噛まれたら洒落にならないが、ともあれ慌てて首を振る。  
「・・・・そうでなく、そうではなく、確認しとこうと思っただけです」  
 そこで漏れるのは当然、彼女の溜息、もはや慣れたものだ。  
「・・床にでも出してください」  
「・・・・・・はい」  
 それは味気ないなー、と思いながらも何も言えず、そうしていると彼女が再び口を開けてあれを含み、割れ目から滲むものを舐め取るように何度も舌を先端の下から上に走らせながら、皮を扱く速度を上げる。  
 快楽が高まっていく。  
 彼女は硬さを確かめるように唇を窄め、指の動きと合わせるように頭を動かし、奥まで含んだところで舌を先端に押し付ける。  
 
「・・・・ああっと」  
 そろそろ射精に至りそうな気がするが、いや、もしかしたら勘違いかもしれない、もし出てしまった場合は、まあ、事故、うん、とか思っていると上目遣いの彼女と目が合った。  
「・・ぁずの・・?」  
 脳内変換、出すの、か?  
「・・え、あ、うん」  
 あ、しまった反射的に答えてしまった、と思ったその時には彼女は頭を引いていて、唾液の糸が伸びて指の扱きが鮮明に感じられる、うあ、と思いながらも咄嗟に小さな頭を掴んだ。  
「え、ちょ、ちょっと」  
 彼女は頭を動かして逃れようとするが、俺は必死に固定、そのまま彼女の指に導かれて、全てを吐き出すように射精する。  
 あれの震えに伴って盛大に飛んだ精液は、逃れようとした彼女の頭の頂、黒髪にかかり、艶やかなその黒色をべったりと汚した。  
 そして射精が終わってみれば彼女の顰め面、いやはや恐ろしや、しかし彼女の黒髪を汚して張り付いて離れない精液は見ようによっては天使のわっかのようで、俺は余韻を味わいながら微苦笑する。  
「・・・・・・何を笑ってんですか」  
 彼女はお馴染みの溜息、俺のものを扱いていた手、精液の付着している手を髪に突っ込み、またも溜息、溜息、溜息の連続を笑いながら見ていると、俺の体が不意に現実感を無くす。  
「おわ?」  
 見れば俺の体は薄れて向こうが見えていて、彼女は溜息を吐きながら顰め面、その顔のまま立ち上がる。  
「・・・・まあ、仕事は完了です、精々、天国で爛れた日々を送ってください」  
「・・・・・・ああっと」  
 なるほど、いよいよ死が現実のものになるのか、と簡単に死を認めながら一息、彼女の溜息に笑いの発作を刺激されて笑みを浮かべる。  
「・・・・あー、その、ありがとう」  
 俺は消える瞬間、彼女の、俺と同じような微苦笑を見て、やたら幸福感に包まれた。  
 なるほど、確かに彼女は天使だ。  
 まあ、死ぬ間際に見るものが彼女の微苦笑と、溜息をする仕草ならば、それなりに幸せな人生だったのではないだろうか、などと思った。  
 
 終わり。  
 

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