「密猟者」  
 
 傭兵達は背と背を合わせて震えた。怯えの震えだ。部隊の生存者はわずか  
しかいない。残りは全て、得体の知れない何かに殺された。今は視界の死角を  
減らし、得体の知れない何かを見逃さない体制で安全地帯に逃れるのが目標で  
ある。だがしかし、見逃さず見つけたとしてどうするのか。この残りわずか  
になった人数で逃げながら追い払えるのか。それよりも残る限りの体力で、  
追撃を受ける事を覚悟で逃げる事に専念するべきではなかったか。しかし半  
ば本能的に生存者は見張りながらの撤退を続けた。  
 
 諸大国は遠く離れた外国の凄惨な内戦の鎮圧に人手が足りなかった。その足  
りない人手を埋める為に傭兵の手を借りる事が決まった。傭兵達は損害を出  
しながらも着実に任務を果たして行った。敵は内戦の間に素人から熟練の戦  
士へと変わっていた。しかし苦戦はしても敗退は無い。傭兵は契約相手  
と世界の期待に応えて任務を果たして行った。  
 賊が集結しつつある村に傭兵の部隊の一つが迫った。しかし村に賊の姿は無か  
った。代わりにあったのは武器を抱えた死体だった。村には生き残った人間  
がいた。生き残った死体のような病人は言った。わけのわからない死に方だ  
ったと言った。事実わけがわからなかった。突如として起きた仲間割れ、自  
殺、どこからかわからない何かもわからない武器、理解を超えていた。  
 部隊は村での任務を終えて立ち去った。襲撃は帰路で起きた。突然アルプ  
レヒト隊長が発狂して暴れだした。それを抑えようとしたラーべが同じく発  
狂した。殺害を始めた二人をやむなく残りは殺害した。地に伏した死体を遠  
巻きに見ながら連絡を取っていた傭兵が同じく狂い出した。思いついた別の  
傭兵がそれを突き倒した。まもなく発狂は消えた。立っていた空間に人を狂  
わせる何かがあった。生き残った傭兵達はそこを足を速めて去った。フリッ  
ツが死んだ。死因は何かわからないが、恐らくは武器による物だった。村の  
死体と同じだった。傭兵達は理解した。敵は自分達を次の標的にしていた。  
更に一人、更に一人武器で死んだ。生存者は集まって周りを凝視した。敵を  
探した。  
 
 移動手段は発狂した隊長たち二人の蛮行で破壊された。救援は要請した。  
おそらくはそれが安全地帯まで届けてくれるはずである。発進した方角へと  
生存者は警戒しながらの移動を続けた。汗が生存者の肌を伝う。生きている  
証だ。警戒するにしても、遅すぎるとあの人を狂わす何かに捕捉される恐れ  
があった。動きの向きを一定にしても捉えられる恐れがあった。敵を探しつ  
つ傭兵達は救援の来る方へと動く。待望の救援はついに迫った。追伸の要請  
で強力な武器で辺りを一掃してまでくれた。快哉を叫んだ生存者達の見守る  
前で、救援は炎上墜落した。駆け寄ったミュンツァーを巻き込んで爆発し、  
生存者は更に減った。涙が頬を伝った。今までも傭兵は死んできた。だが絶  
望は今日が初めてだった。  
 
 「取り乱せば、助かるものも助からなくなる」  
 古参兵ダシュナーの低い声が、切れかけた緊張と冷静の糸を確かな強さに  
した。  
 「誰か見なかったか。何でもいい。撃墜の瞬間に」  
 誰も見ていなかった。前兆も何も無い完全な攻撃にダシュナーは低くうな  
った。  
 「まず、地上にいるとは思えない。さっきのあれだ。生きてるとすれば、  
人間並みの小ささでちょっとした戦車並みの頑丈さだ。と言う事は」  
 一斉に見上げた。しかし影も形も見えない。  
 「もうたくさんだ!!殺しに来い!!殺してやる!!」  
 耐え切れなくなったハイネマンが手榴弾を取っては投げ出した。何も無い  
空間に、何も無い焼け跡に向かって次々と投げた。手榴弾の尽きた後は更に  
銃を乱射した。  
 「ハーニッヒ!!グラウェルト!!ハイネマンを止めろ!!クンテは連絡だ」  
 その時救援の残骸がひときわ大きく爆発した。衝撃で5人は吹き飛ばされて  
倒れた。  
 
 ダシュナーはゆっくりと目を開けた。信じられない光景だった。3人の部下  
が不可思議なあの武器で既に死んでいた。生き残ったグラウェルトが丁度  
殺された。ダシュナーは見た。グラウェルトの間近の空間になにかが間違い  
なくいた。一呼吸置くと飛び上がったダシュナーは銃を連射した。その何か  
は、はっきりと倒れた。  
 ダシュナーは辺りを見回した。見慣れない、何かがあった。本で読んだラ  
イト兄弟以前の飛行研究に使われたグライダーの様な形に見たことも無い機  
械が組み合わさっていた。振り返って、何かが倒れた所を見た。ダシュナーは  
目を見開いた。空間に色が浮かび上がった。現れたのは奇妙な鎧だった。恐  
る恐る近寄ってダシュナーは眺めた。頑丈そうな鎧だった。銃創は、どうや  
ら急所を偶然破壊したらしかった。どうみても、尋常の鎧ではなかった。  
 ダシュナーは当然の欲求に襲われた。鎧であるからには誰かが着ている。  
ダシュナーは中身を見たくなったのである。ダシュナーは鎧のあちこちを  
調べた。継ぎ目の様に見えた隙間の周りをいじっていると、金属音とともに  
鎧が外れた。息を呑んでダシュナーは鎧を持ち上げた。中身は、女、に似  
ていた。兜を外した。緑色の髪と、風変わりな髪飾り、褐色の肌に赤のアイ  
シャドウが引いてある。生意気な蛮族への怒りにも、恐怖にも見える表情  
が浮かんでいた。美しかった。  
 
 貿易商社の経営者として活躍する彼女の趣味は戦争である。発展途上の  
知的生命体を見つけては攻撃を仕掛け、理解不能な技術で相手を翻弄して  
嬲り殺しにしていた。彼女の友人の地方法廷長を誘ってまた遊びに出かけ  
た。二人は禁じられた遊びに熱中していた。発覚すれば地位を失う事は確  
実だった。しかしその危うさが更に二人を燃え上がらせた。そうして訪れ  
たのがここだった。  
 追い詰めた生物達は爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた。気になって地  
上に降り立ち、一体づつ様子を見ては殺害した。そこへ予想外の反撃が加  
わった。破損するはずがない軍用の強化装甲服の動力が故障し、装甲服は  
鉄の棺おけとなった。それをあの生物が開けてしまった。見るからに喧嘩  
慣れしていそうな生物だった。驚愕の目で見ていた生物は、刃物を取り出  
して服を切り裂いた。  
 
 女、に見えるそれは抵抗してきた。普通の女よりははるかに強い力だが  
たやすくねじ伏せた。服の下はまるで女と変わりが無かった。ダシュナー  
は押さえ切れなかった。女の唇を奪った。  
 
 胸を揉まれている。押しのけようとするが敵わない。強烈な刺激が走る  
。生物は唇を重ねながら片方の手で胸を揉んでいる。顔を背けても相手は  
追ってきた。相手の手が揉むのを止めた。離れた手は刃物を握ると、さら  
に服を裂いた。  
 
 女の胸の感触はひさしぶりだった。場違いでもあった。死を目前にした  
直後の甘美な感覚は、戦地から遠く離れてのそれとは全く比べ物にならな  
かった。直前の恐怖と絶望が悦楽を盛り立てた。いつまでも触っていたい  
感触だったが、ダシュナーは更に冒険した。女を完全に裸にした。下の毛  
はやはり緑色をしていた。聞いた事の無い言葉を女は発した。多くの言語  
を理解できなくとも聞いてきたがどれとも合致しない言葉だった。  
 (異星人か)  
 その想像もダシュナーを思いとどまらせなかった。震える女にダシュナ  
ーは突き入れた。  
 
 彼女は苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げた。恐怖だけではない。痛みが  
あった。それも構わずダシュナーは引いて押した。塩梅は文句無しだった。  
 
 気配を感じた。いる。仲間がいる。ダシュナーは彼女を放り出して駆け  
出した。横たわった彼女に救出が遅れた友人は平謝りに謝った。  
 
 ダシュナーは逃げた。ひたすらに逃げた。隊長の上司のクネッパーとの  
連絡をしようにも機材を取りに帰れない。カンを当てにダシュナーは走っ  
た。  
 (了)  
 

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