節分。一般的には暦が冬から春へと移る日、またはその前日を指す。  
鬼(邪気)に豆(魔滅)をぶつけて払うことにより、一年の無病息災を願う。  
 しかしこの現代、家で豆まきをしない人々も増えていることだろう。  
世に溢れる邪気もあいまって、そういう意味では鬼は生きやすいのかも知れない。  
 
  * * * *  
 
 既に十一時をまわって街灯もまばらな暗い夜道を、疲れた様子で歩く男。  
彼もまた、豆まきなどしてる余裕はない独身男性の一人。  
上司に押し付けられた残業をやっとの思いで終わらせ、帰る途中である。  
 
(くっそ……部長のヤロウ、何が「早く帰って鬼をやると娘と約束したんだ」だ!  
 オレにとっちゃ、そんなアンタこそ本物の鬼だっつーんだよ!)  
 
 男は心の中で悪態をつきつつ、不機嫌な顔で家路を急ぐ。  
今日が節分であることなど、彼にとってはそれこそ何の意味も持たなかった。  
……そう、持たないはずだった。  
 
「……んあ? 何だありゃ?」  
 
 男が住む小さなアパートの前に、何やら白いものがあった。  
彼はそれに近づいていく――まあ、家に向かっているだけなのだが。  
 すると、それは白い上着を着た女だった。  
この寒い夜道の端に座り込んで、その女は一人泣いていた。  
 
「おいアンタ、どうしたんだ」  
 
 腕っ節には自信があった男は、不審に思いながらも彼女に声をかけた。  
もしもヤバイ事態になっても相手は女、どうにかなるだろうと思ったのだ。  
 
「……!」  
 
 ビクリと肩を震わせ、女は顔を上げる。歳は二十台前半というところだろうか。  
泣き腫らしたその目は赤く充血し、黒髪のセミロングもボサボサになっていた。  
しかし、そんなことよりも先に男が思ったこと、それは――  
 
(うわ……スゲー美人じゃねえか)  
 
 吊り上がった大きな目に細い柳眉、すっと通った鼻、薄い唇。  
それはまさに、男の好み直球ど真ん中ストライクを撃ち抜いた。  
 その上、女は今の今まで泣いていたせいで『うるうる』になっており、  
男の目にはその美しさは、倍率ドン!さらに倍!な状態で映った。  
だからだろうか、次に口をついて出た言葉は、男自身でさえ意外なものだった。  
 
「あ、あのさ、オレの家、このアパートなんだけど……よかったら、来る?」  
(っ、何言ってんだオレは! こんなこと言ったらヒかれるに決まってんだろ!)  
 
 しかし、その問いに対する女の答えは、彼にとってさらに予想外なものだった。  
 
「い、行っても、いいの……?」  
「え……あ、ああ、アンタがいいならオレは別に」  
「ありがとう……」  
 
 男は知るよしもない。彼の目が泳いだほんの一瞬、女が口角を吊り上げたことを。  
そして、この数秒のやり取りが原因で彼がこの先どうなるのかを。  
 
  * * * *  
 
 女を家に上げた男は、とりあえず風呂(シャワー)に入れて暖めてやることにした。  
普通に考えれば、女が言われるままに知らない男の部屋へ入る時点で変なのだが、  
女に一目惚れしておかしなテンションになっている男に、その判断はできなかった。  
 
(なんでオレ、自分で風呂薦めといてこんな緊張してんだ?  
 別にあの人がシャワー浴びてんのはそういうアレじゃねえっての!  
 だから鎮まれマイサン! お前の出番はねぇから! ……たぶん)  
 
 彼も若い健康な男である。前の彼女と別れてから一年近くはご無沙汰な状態で、  
好みの女性と部屋に二人きり、しかも彼女がシャワー中、とくれば仕方ないことだろう。  
 そんな調子で男がしばらく悶々としているうちに、女が風呂からあがってきた。  
風呂上がりだからだろうか、その顔はうっすら上気し、色っぽい美しさを醸し出している。  
 
「なぁ、どうしてあんなところで泣いてたんだ?  
 あ、いや、言いたくないなら別に無理して言わなくても」  
「黙れこの下心丸出しの独男。……もう十二時は過ぎたな」  
「な……!?」  
 
 男は自分の耳を疑った。  
さっきまでのしおらしい雰囲気とはまったく違った女の言動。  
 
「貴様は何かを……ナニを期待して吾を家に招いたのだろう? 違うか?」  
「なっ!! なんてこと言ってんだアンタ!?」  
「五月蝿い」  
 
 女の口から突如飛び出した言葉に、男は思わず大きな声を出してしまう。  
すると、その脳天にとても女性とは思えない力のチョップが落ちてきた。  
 
「〜〜〜〜〜〜!!!」  
「大声出しおって。近所迷惑だろうが、この馬鹿が」  
 
 あまりの激痛に悶え転がる男に向かって、理不尽極まりない言動。  
いくら容姿が好みとはいえ、これには彼も勘忍袋の緒が切れた。  
 
「だああっ! アンタなんか拾ったオレがバカだった!  
 もういい、さっさと出てってくれ!」  
 
 男は片手で頭をさすりながらどうにか上体を起こし、もう一方の手で玄関を指差す。  
しかし、女は腕を組み、鼻をフンと鳴らしてそれを拒否した。  
 
「無理だな」  
「何ふざけたこと言ってんだ! 出・て・け!」  
「たとえ吾が出ていきたくとも無理だ、もう節分は終わったからな」  
「ハァ? 節分? だから何だっ……て……」  
 
 男の語気は、尻窄みにどんどん弱くなっていく。  
というのも、目の前で女の黒かった髪がみるみる赤く染まっていき、  
その髪の下からは天を突く二本の角が生えたからだ。  
 
「これでわかるか? 吾は、貴様ら人間が『鬼』と呼ぶものだ」  
「お、鬼……?」  
「もう日付は変わった。『呪』に従い、来年の節分までの一年、吾は貴様に取り憑く」  
「取り憑く!?」  
「最近は躍起になって我々を払おうとする者も少なくなり、過ごしやすくてな。  
 しかも、少し猫をかぶって色目を使うだけで貴様のような馬鹿が家に招いてくれる」  
 
 鬼女は悪の組織の女幹部のような、人を蔑む笑みを浮かべ――男を押し倒した。  
 
「な、何しやがる! 放せ!」  
「断る」  
 
 男は抜け出そうともがくが、鬼である彼女の力の前では何の意味も無い。  
やがて男が脱出を諦めおとなしくなると、彼女は満足げに口を歪める。  
そして、両手で男の頬を包み込み、唇を重ねた。  
 
「んむっ……な、何だってんだ!?」  
「ふぅ、吾も久しぶりに男を味わいたい、協力しろ」  
 
 実はこの鬼女、かなりの好きモノであり、最初からこれが目的だった。  
ちなみに、一年取り憑くというのも人間相手に使うデマカセなのだが、  
霊能力者でも退魔師でもない、ただの一般人の男にそんなことがわかるはずもない。  
 
「ふ、ふざけんな、なんでお前なんかと……」  
「ほう? 体は正直に反応しているようだが?」  
 
 口では強がってみる男だが、相手は(少なくとも容姿は)好みの女性である。  
既に男の股間にはテントが張っており、準備ができていることを示していた。  
鬼女が体を押し付け、腿でムスコを刺激する度に男は顔を歪める。  
 
「ふふ、この程度で反応するとはな……よほど溜め込んでいるか、はたまた初物か?」  
「ぐっ……るせぇ、テメェなんか、っ……」  
「快楽に必死で抗っている、という顔で言っても説得力はないぞ。  
 それにだ、どうせこの先一年間、吾と貴様は離れられん。  
 貴様、一年ずっと吾の誘いに耐え続けるとでも言うのか?」  
 
 鬼女は激しく前後に動き、自らの体で男のテントを擦りあげる。  
服の上からの刺激とはいえ、ここ二週間ほど溜め込んでいた男は敏感になっていた。  
その上、豊満な二つの膨らみが胸で潰れる感触も男にやわやわと快感を与えてくる。  
 そして、男が限界を迎えようとしたその瞬間――突然鬼女の動きが止まった。  
男が何事かと目を開けると、すぐ目の前に鬼女の悪そうな笑顔があった。  
 
「おや、どうしたその残念そうな顔は? 止めて欲しかったのではないのか?」  
「う……」  
「吾としてはこのまま――と行きたいところだが、そちらが拒むのならばしかたない」  
 
 もちろんこの鬼女、仮に男が拒否したとしてもやめる気などさらさら無い。  
それがわかったのか生殺しに耐えられなかったのか、男も抵抗はしなかった。  
 
「……もう、いい。好きに犯せよ」  
「ふむ。言い方は気にいらんが、もう吾も我慢の限界だ。よしとしよう」  
 
 鬼女は立ち上がり、服を脱いでいく。  
女性らしい丸みを残しながらも、適度に筋肉がついて締まった躯が露になる。  
男は何を考えるでもなく、仰向けになったまま彼女の肢体に見惚れていた。  
 
「ふふふ……どうだ?」  
「………」  
「すっかり呆けおって、気の利いたことぐらい言えんのか。  
 まあ、いい。貴様はそこを勃ててさえいれば、吾に文句はない」  
 
 鬼女は男のズボンに手をのばし、ベルトを外していく。  
ズボンとパンツを掴むと、モノに引っかからないようにして一気にずり落ろした。  
 
「さて、貴様はどれほどのモノ……を……」  
 
 男のムスコを見るやいなや、鬼女は絶句した。  
なぜなら、そこにあったのは凄まじい――まさに人間離れの――巨砲だったからだ。  
 この男、人はいいのだが、あまりに巨大なコレのせいで女性と長続きしないのだ。  
女たちの別れの言葉が「死にたくない」だったと言えば、その巨大さがわかるだろうか。  
 
「ば、馬鹿な……人間風情がっ、こ、こんな……」  
(有り得ない……こんなモノ、鬼の男にもいなかったぞ……だが……)  
 
 鬼女はそのとき、自分の中の牝が疼くのを感じていた。  
この女もまた、その性欲の強さ故に鬼の中でも浮いていたのだ。  
これまで、人妖問わず多くの男を食い荒らしてきたが、彼女を満足させる者はいなかった。  
 
(もしかすると、コレなら、こやつなら……吾を……)  
 
 目の前にある企画外のコレなら、という期待に、鬼女の体が反応する。  
息が荒くなって肌も紅潮し、下の口も涎を垂らし始めた。  
彼女は男に跨がると、モノに手を添えて角度を調整し、自らの女に狙いを定める。  
 
「もう、挿れるぞ」  
「なっ……いきなりで大丈夫なのかよ」  
「むしろ逆だ。今すぐシないと吾はおかしくなりそうだ」  
「でもよ……」  
「ええい、黙れ!」  
「ちょっ、おま――うっ!!」  
「んんッ、うっ、くうっ……」  
 
 男の意向などまったく無視で、鬼女は腰を沈めていく。  
内臓を押し上げられるような、という比喩があるが、まさにその感覚を――  
いや、内臓どころか脳天に至るまでを貫かれるような感覚を彼女は感じていた。  
そして同時に、自分がソレの大きさをまだ侮っていたことに気付く。  
腰をどうにか落とし終えたときには、男の巨砲は彼女の中を完全に埋め尽くしていた。  
 
「か、はっ……こ、こんな、の、知らな……」  
「く、あっ……う……」  
「ひあっ!?……ま、また、おっ、きくぅ!?」  
 
 常軌を遥かに逸脱したその大きさに、鬼女は動くこともできずガクガクと震えるだけ。  
しかしその震えが男を刺激し、モノはさらにその大きさを増す。  
 そんな調子でしばらくつながっていた二人だったが、  
やがて鬼女の体からヘナヘナと力が抜け、男の胸へ突っ伏した。  
 
「あ、ああぁ……無、理ぃ、……動け、な、いぃ……」  
「………」  
 
 鬼女は既にヘロヘロだが、実際のところ男はまだ挿れただけである。  
男は鬼女の腰を掴んで起き上がり、繋がったまま体の上下を入れ替えた。  
 
「ひあっ! や、やめっ……」  
「悪い……けど、無理」  
「ちょっ、や、ああ゙――――――ッ!!」  
 
  * * * *  
 
「あ゙ぁ……やぁ……も、やらぁ……」  
「く……そろそろ……出、るっ」  
 
 男は鬼女の腰をがっちりと掴み、後ろから文字通り『犯して』いた。  
 鬼女は男に掴まれた腰だけが上がり、全身をだらりと力なく投げ出している。  
虚ろな目からは涙を、だらしなく開いた口からは涎を垂らし、ほとんど動かない。  
……実はもう七回戦目、彼女が意識も朦朧として言葉すらまともに出ないのも無理はない。  
 
「うぐっ……で、出るっ!」  
「ゔぁ……あ、うぅ……」  
 
 男が七度目の絶頂を迎え、鬼女の中に精を放った。  
鬼女は呻き声とともに二、三度小さく震え、また動かなくなる。  
 
「ハァ、ハァ……あー、その……生きてるか?」  
「ぅ……ぁ……」  
 
 男が自身を引き抜いて呼びかけると、鬼女は小さな声でかすかに反応を示した。  
問い掛けに応える辺り、どうやらかろうじて意識はあるようだ。  
さすがに男も限界を迎えたのかベッドに倒れこみ、二人はそのまま眠りに落ちた。  
 
  * * * *  
 
 翌朝、二人はリビングで向かい合っていた。  
正座で座る男の前、鬼女が腕を組んで仁王立ちになっている。  
 
「……昨晩はよくもやってくれたな」  
「いや、でも元はといえば」  
「やかましい」  
「ぐぶ!?」  
 
 元々はそっちが襲い掛かってきたんだろ、と男が反論しようとしたところで、  
昨晩と同様に凄まじい威力のチョップが彼の脳天を直撃する。  
 
「吾は昨晩、『来年の節分まで取り憑く』と言ったな」  
「そうだな」  
「あれは嘘だ、本当はいつでも出て行ける」  
「あぁ、そうかい」  
 
 頭をさすりながらそっけない返事をする男だが、どこか残念に思っていた。  
心ゆくまでヤりきったのも、最後まで相手に意識があったのも初めてだったからだ。  
 
(もしかすると、コイツなら……オレと……)  
 
 彼はいつの間にか、心の奥底でそんな期待を持っていた。  
 
(でもこんな話するってことは、きっと「死にたくないから出てく」なんだろうな。  
 しゃーないか、昨日のは自分でもやり過ぎたと思うし――)  
 
「だが、お前にはこれからもしばらく、吾の相手をしてもらう」  
「……え?」  
 
 男が呆然としていると、鬼女は男の横に座り、彼の肩に頭を預けてきた。  
その頬に朱がさしているのに気付いて、男は不覚にも鬼女をかわいいと思ってしまう。  
 
「……吾を満足させるどころか、あそこまで壊したのはお前だけだ。  
 誇るがいい、お前のモノは数多の妖怪よりも凄まじかったぞ」  
「あー、そうかい。そりゃ光栄なこって。  
 ところでお前、オレのこと『貴様』じゃなくて『お前』って言った?」  
 
 ささいな変化だったが、何となく違和感を感じた男。  
指摘された鬼女は、頬を赤くして俯き気味になりながら、ぼそぼそと呟く。  
 
「……吾は、お前の名を知らない。だが、『貴様』では……あー、なんだ……」  
「何だよ?」  
「いずれ……お、夫となる相手に、あまりに……」  
「夫ぉ!?」  
「いや、そ、それはだな……わ、忘れろっ!!」  
「ぶっ!!」  
 
 鬼女が真っ赤になって放ったビンタは、これまで以上に力が入っていた。  
あまりの衝撃に、男の体が宙に浮き上がる。  
 
(こんな奴が嫁とか……オレ、いつまで生きられるかな)  
 
 壁に向かって吹き飛びながら、男は不思議と悪い気はしていなかった。  
 
 
 そしてこの一年後の節分、男の側から正式にプロポーズし、二人は結婚する。  
鬼嫁となった彼女は、最終的に七人の子供の母となるのだが――  
それはまだ、先の話。  
 
< 完 >  
 

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