「え、転科……ですか?」  
 柔らかい午後の日差しが凝った装飾の窓から入りこむ王立魔法学院の豪奢な廊下で、コニーは担当の教授の言葉に首を傾げた。コニーことコーニーリアスはこの魔法学院の1回生で、主に薬学に力を入れている見習いの若い魔法使いだ。  
 ここでは珍しい漆のように黒い髪と瞳が特徴の少年である。   
 「ええそうよ、コニー君。あなた確か進路希望調査には調薬科って書いていたわよね」  
 そしてやや背の低い彼をさらに見上げるように声をかけているのが、シドニー女史。1回生の担当で、コニーのクラスの担任でもある。  
 1回生の後期セメスターを終えた現在、コニーたちはどの系統の魔法を習得していくのかという大事な選択を迫られている。  
 クラスのみんなはウチは代々続く霊媒魔法の家系で云々、白魔法の担当の先生の実技採点がとても厳しくて云々などと各々の進路について何かと騒いでいた。  
 特に有名な家系の出でもなければ別段魔力の扱いに長けているわけでもないコニーは最初から進むべき道を決めていたので、そくささと調査表を提出しては大図書館でのんびりと読書に耽っていた。  
 そこに呼び出しを喰らったので何かと思って来てみれば、進路変更を考えてみろとのことだったのだ。  
  「ええ、そうです。僕は空を飛ぶのと鍋をかき回しているくらいしかできないんです。ウチのクラスのキャロラインさんみたいにドンパチ派手な魔法を使うのはどうも苦手でして」  
 「彼女には困ったものね、こないだ校庭にあるセントリスタ大樹の枝を折ってしまって教頭先生に大目玉くらってたわ。まあそれは別の話よ。……どう、コニー君。考え直してみる気はないかしら?」   
 シドニー先生は榛色の大きな瞳をこちらに向け、凛とした声でそう言った。  
 開いた窓から入ってきた風がカチューシャでまとめた桃色のショートヘアがふわりと揺らした。コニーは先生の端整な顔だちで覗きこまれてわずかにどきりとしたが、それよりも早く頭に浮かんだ質問を口にした。  
 「ええと、なんでですか? 僕は調薬学が得意科目ですし、いま言った通り魔力を扱う大概の事は苦手なんです」   
 「あなたが薬学に長けているから勧めたのよ。最近の子たちはああいう魔力を使わない地味な作業苦手な人が多いから。  
 コニー君に入ってもらいたいところは、最低でも水薬・散薬・錠剤の基本検定準2級、特殊製薬技術認定3級が必要なの。  
 でも条件満たしている優秀な子たちはたいてい有名な家の出でその家の魔法系統の進路を選んでしまうわ」   
 「そりゃそうですね」   
 そんな科があるのは初耳だった。調薬科ですら前者3級のみがラインなのだ。  
 ということは、シドニー先生が自分に勧めているのは相当特殊な学科だろう。それも調薬技能の向上が目的なのではなく、どちらかというとそのレベルの薬を扱えることを前提とした実験や実技がメインなのだ。  
 一体何だろう? 錬金でも召喚でもテイミングでもない。  
 そんなことを考えているコニーを知ってか知らずか、シドニー先生は訥々と説明を続ける。  
 「その科は年々受講者が減ってきていてね、現在は全学年あわせて10人もいないの。さすがに廃科も近いと思っていたけれど、今回の進路指導で来期受講する子が3人もいるってわかったの」  
 「はぁ」  
 3人って……と、さすがにそれしかいないのでは気にかかる。もしかして黒魔術関係だろうか。不穏な憶測が頭をよぎった。  
 「でも女の子しかいなくて、さすがにバランスが悪いし科の方針に触るから男子にも声をかけているんだけど、今のところ成果ナシよ。  
 どう、頼まれてもらえないかしら?」  
 「えっと……それはどんな魔法を扱うところなんですか?」  
 なので最初から疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。  
 「あら、言ってなかったかしら?」  
 すると先生はあくまで淡々と、こう告げた。  
 「……性魔術科よ」  
 

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