「ま、マズイ以外の感想は受け付けない!」  
 
 ひょっとして、それを言うなら「ウマイ以外の感想は受け付けない」では無かろうか。  
叩き付けられるようにして机の上に振り下ろされた小振りの紙袋に目を遣りつつ、彼は目の前の  
人物に向かって心の中で突っ込みを入れた。  
「言っとくけど、これはアンタへの日頃の感謝を形にしただけであって、断じて本命とかじゃないん  
だからね!」  
初っ端の台詞をリアルで突っ込むべきかを決めかね、半ば呆然と見上げて黙考していた彼に対し、  
発言者も言うだけ言ってそっぽを向いた為、流れゆく無言の時間がイタズラに長くなるにつれて  
彼女はちら、と彼に視線を送るようになり、更に彼が苦悩するが故に沈黙を貫いていると、  
彼の方を向く度に妙にそわそわとした態度をあからさまにし始め、仕舞いには、  
「早く開けなさいよっ」  
と、怒鳴った。  
今、ここで?  
彼は三度見返し、次いで眼鏡のブリッジを押さえながら教室内に視点を移した。  
今日はバレンタインデー。  
男にとってチョコレートが貰えるか否かで幸せな日とも空白な日ともなり得る、凄まじくその境界が  
明確になる日――。  
その明暗がはっきりと出る空気が一緒くたになるこの教室その他諸々の場所は、既に混沌と  
呼ぶに相応しい様相を呈していた。  
先ほど、「チョコレートもらっちゃったぜっ」と教室に入るなり叫んだ本日の天国便チケットを  
手にした男は、厳かな雰囲気を纏った連中に自ら飛び込み手荒い祝福を浴びた後、彼の斜め  
前の席でだらしなく緩む表情を隠そうともせずに包みを抱えて間抜け面を晒し、聖者モドキらに  
舌打ちされている。  
幸せな奴だ、と彼は独りごちたばかりだった。  
「それとも何、……いらないって言うの?」  
「〜〜っ 待て!」  
泣かれるのは困る。  
急落した声のトーンに何かヤバイ展開になりそうな空気を感じて咄嗟に叫び、続く言葉を三秒間  
吟味した後、  
「……いる。…もらう」  
彼は周囲に目を配りながら憮然と答えた。  
 
男には時として袂を分かとうとも、同性の仲間よりも異性の他人を選ばなければならない事もある。  
中々に周囲の耳目を集めてしまった以上、囃されるのは覚悟の上での返事だった。  
「何よ、最初っから素直にそう言えばいいのに!」  
少女は一転して表情を輝かせ、先ほどの表情が演技だと思えるくらいに鼻息荒く、高慢ちきに  
宣った。  
彼は諦めて読んでいた文庫本を机の中に仕舞い、目下のやたらと煌びやかな赤い包みへと  
手を伸ばした。  
彼がその繊細な包みの開封に手間取っている間(何しろ、ちょっとでも雑な扱いをすると烈火の  
如く怒るので)、目の前で眉間に皺を寄せながら髪を撫でたり、何やら口を出したそうにしていた  
小柄なツインテールの少女は、はらりと包装を取り払った途端、目に見えて息を呑んだ。  
その光景を目の端に捉えながら、彼は小箱の蓋を開ける。  
小さな化粧箱に収められた丸い塊は、トリュフと呼ばれる物だった。  
シンプルなココアで覆われたものから上部にチョコレートの線が描かれたもの、刻んだココナツ  
やホワイトチョコレートでコーティングされたものなどそれぞれ工夫が凝らされており、見た瞬間に  
思わず感嘆の声が漏れた。  
「……ウマそうだな」  
「でしょう? この私が三ヵ月も前から準備して完成させたんだから、マズイはずが無いわ!」  
「三ヵ月も前って秘伝のタレじゃあるまいし、腹壊したりってことは……?」  
「違うわよっ! 三ヵ月って言うのは、お菓子の本で何を作るのかを悩んだり、試作して何をあげるか  
を決めるまでの総合的な期間の話で……って、あ、…な、な、何言わせるのよ! 早く感想聞かせ  
なさいよっ」  
怒鳴られるのにも慣れたもので、言われずともその結わえた髪がピョコピョコ揺れている間に、  
彼はココアの塗された一粒を摘んでいた。  
じわりとココアの苦味が舌に広がり、噛むと風味が爆ぜてチョコレート独特の甘ったるい香りが  
鼻から抜けてゆく。  
「……ふむ」  
「ど、どうなの……?」  
彼は今一度、自分へ問うた。  
「マズイ」  
 
 
眼鏡が飛んだ。  
 
 
(おそまつ)  
 

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