「お兄ちゃん、大好き」
私が言うと兄は笑った。
「ああ、俺も好きだよ」
ソファーに二人並んでテレビを眺めながら、肩を寄せ合って取り留めのない会話をする。
「あ、あのシュークリーム、どうする? とてもじゃないけど食べられないよ」
母が旅行前に買ってきた大量の小さなシュークリームは、未だ冷蔵庫の中で眠っている。私はあまり甘いものを食べないから、一向に減ろうとしない。
「あれはきつよな・・・・母さんも、何であんなものを買い込んだんだか・・・・」
兄は折を見ては口に入れている甘い塊の味を思い出したのか、顔を顰めて溜息を吐いた。
「明日、彼女が来るから・・そうだな、勧めてみるかな」
彼女。私は兄の彼女の顔を知らない。
「紹介してよ?」
私の言葉に、兄は複雑そうな顔をする。
「・・彼女に言ってないんだよな。妹がいるって」
それは驚くというより、呆れる言葉だった。
「もう、何で言ってないのよ。可愛い妹のことぐらい宣伝してよ」
そう言うと、兄は私の顔を見て溜息を吐く。
「いや、やっぱりなぁ・・・・彼女に、妹が可愛いとか、仲がいいとか、進んで言うようなことでもないだろ」
それは確かに、と私は納得する。というよりも、そういうことを言っている兄の姿を想像できない。
「あー・・・・私も彼氏つくろっかなぁ」
ぼやいてみると、兄は苦笑を漏らす。
「焦って変なのと付き合うのはやめろよ。ほんとに心配だから」
私はけらけら笑って兄の背中を叩く。
「大丈夫だって。私の男を見る目は確かだから」
何しろ初恋からずっと、私の大好きな人はお兄ちゃんだ。
「ほんとは、私がお兄ちゃんと付き合えればいいんだけどねぇ」
私がそう言うと、兄は私の髪に手を突っ込んで小さく笑う。
「兄妹だからな。やっぱ付き合うとかじゃなく、今の距離が一番だよ」
私は溜息を吐いて兄の頬を引っ張る。
「ま、いいけどね。私も今の距離感、好きだし」
それにもちろん、兄も大好きだ。
目の前で兄が犯された。
犯された、というのは過剰な表現だろうか? いや、兄は確かに犯された。私の見ている前で、私を見つめて、悔しそうな顔は確かに犯される顔だった。
一体、何が原因なのか?
唐突過ぎて私には全く分からない。果たして兄の彼女がどのような人だったのか、それも分からない。何が原因で兄を犯したのか。
兄を犯すことで私を蹂躙しようとしている、そんなふうに思えた。
でも、何故? まさか近親相姦の可能性でも見て取ったのだろうか? その勘違いが彼女を怒らせたのだろうか?
何故、こんなことになったのか、私にはまるで分からない。
だけど、彼女の行為で、確かに私と兄は打ちひしがれた。確かに蹂躙された。確かに犯された。
もう、癒す方法は一つしかないように思えた。そう錯覚するほど壊れていた。
蛍光灯の淡い光が部屋を照らしている。
彼女は涙を流して、泣いた顔のまま部屋を出て行った。静かに歩み去るその姿からは、やはり彼女の心の内を探ることはできなかった。
「・・・・・・お兄ちゃん」
私が呼んでも、兄は答えてくれない。兄は泣いているのだった。
顔を歪めて、俯いて、涙を流す。兄のそんな顔を見るのは初めてだった。子供の時から、兄は決して泣かなかった。いつも泣いている私を慰めてくれた。
兄の顔を拭ってあげたい。涙を拭いてあげたい。そう強く思っても、私に動かせるのは足首を縛られた両脚だけだ。体を動かせば、倒れて、起き上がれなくなる。なら、脚を動かすしかない。くの字に折り曲げた両脚を持ち上げると、兄は滲んだ瞳で私を捉えた。
求められている。
そう思った。
「・・・・・・・・・・」
腰でバランスを取りながら、両脚を伸ばす。兄の頬に足の指を触れさせる。指先に涙の温かさが触れて、痛さを感じたような気がした。
爪先の柔らかい部分で、兄の頬を押す。涙が足の裏に広がっていく。兄の瞳は揺らがず私を見ている。私は両脚を下げて、兄の唇に足の指を触れさせた。
お互い、もう何も言わない。沈黙の中なら全て可能に思えた。
兄が口を開き、私は片足の指をそこ入れる。指先に、生温さと唇に挟まれる感触が走る。ぬめるようなその感触を味わっていると、兄は舌を出し、指の間を舐めた。
これは、どういった行為だろう。慰め合いだろうか? 傷の舐め合いだろうか? 兄は私の足の親指を口に含み、爪と親指の腹の部分を弱く噛みながら、吸った。
全ての指が兄に舐められ、唾液に濡れ、踵まで唾液が垂れていく。
指はふやけて、熱くなった。
「・・・・・・・・・・」
視線を下ろせば、さっきまで彼女の中に入っていたものが見えた。それは精液に濡れている。しかし、膨れ上がって反り返っていて、硬さを感じさせた。
私は脚を折り曲げて、体育座りのような格好をする。足首を結んでいる、電源コードみたいな細いケーブルを引き千切るように足を開こうとすれば、肌にケーブルが食い込んで鋭い痛みが走る。
それでも開こうとすれば、足首に血が滲んだ。でも、その痛みの代償として、足と足の間に僅かな隙間ができる。
その隙間に兄のものを入れるように、脚を下ろした。
硬い、柔らかい、ぬめった感触が、足を舐めるように広がる。隙間に入った兄のものは震えている。熱い。
脚を上に動かせば、それの皮が先端を覆った。先端から、白く濁ったものを僅かに滲ませる。脚を下ろせば、突っ張った先端から滲んだ液体が垂れた。
脚を上下に動かして、それを扱く。足の間から覗く棒状のそれは、扱かれるたびに膨張して、硬さを増した。
そして、その膨れが弾けるように震えると、先端から勢いよく精液が飛び出した。濁った白の液体が、真上に飛んで私の足にかかる。熱い、粘った感触が足に広がる。唾液で生温くなっている指の間
や、血管の浮いている足の甲に、精液が広がっていく。
兄のものは、途端に今までの硬さを失い、柔らかいものになっていく。
ただ、それだけの行為だった。
行為を終えた私は、兄と視線を交わして、結局、何も言わない。
いつか、この沈黙は破れるだろうか? その時、私と兄の距離はどうなっているのだろう? 自然とキスができるような、そういう関係になっているだろうか? それとも、顔すら合わせない関係になって
しまうのだろうか?
私はこれからを考えながら、ずっと、兄の瞳を見つめていた。
終わり。