私の家の領地は、冬の寒さが厳しい山がちな土地だ。  
 農耕には適さないが、質の良い毛と肉が取れる牧羊が盛んに行われている。  
 私が住む城は、そんな牧羊地よりも奥、岩山の中腹にそびえている。  
 そこに、私と母様と、私たちに使える侍女たちが暮らしていた。  
 父様は私が幼い頃に戦争へ赴き、命を落としたという。  
 以来、母様が領主の座を受け継ぎ、再婚もせずに私を育てた。  
 母と娘だけになった城は、いつの間にか、使用人も女性のみを使うようになった。  
 私たちは、そんな土地で修道女のように慎ましくも静かに暮らしている。  
 
 
 
   
 それは母様を探して、玉座の間に行った時だった。母様が、誰が来るわけでもなく、玉座に腰をおろしている。口元が緩んだその顔には、ほのかに酒に酔ったような笑みが浮かんでいる。私は首を捻った。母様は、酒を飲まないからだ。  
 
「母様。そのようなところで、何をしていらっしゃるのですか?」  
 
 私は尋ねながら、玉座の上の母様に近づいた。  
 
「えっ? あ……エリーゼ」  
 
 母様は、その瞬間、初めて私に気がついたようにも見える。  
 
「なんでもないのよ。そう、なんでもないの」  
「でも、母様。少し、ご様子が……」  
 
 張り付けたような微笑みを私に向ける母様。私は、母様の傍へと歩み寄る。悪い風邪でもひいているなら、大変だ。その時……  
 
「……ッ!!?」  
 
 私は、思わず後ずさった。玉座の下で“何か”が蠢いたのだ。  
 見えたわけではない。ただ、禍々しい気配が、はっきりと感じられた。  
 
「どうしたの? エリーゼ」  
 
 呆けたような表情の母様が、今度は逆に私に尋ねる。  
 
「なんでも……ありませんわ。母様」  
 
 私はそう言い残すと、逃げるように玉座の間を後にした。  
 
私は、玉座の間以外の場所で、母様を問い詰めるつもりだった。  
しかし、母様はその日以来、玉座の間にひきこもるようになった。  
私は「具合が悪い」と主張して、食事を自室に運ばせて、自分自身も自室に籠城した。  
城の中に、得体の知れぬものが入り込んでいる……それが、たまらない恐怖だった。  
 
信用できる侍女を何人か呼びつけ、玉座の間の様子を探るように言いつける。  
調べに行った侍女たちは、決まって「何もありませんでした」と報告する。  
玉座の間に行く前と後では、別人のように雰囲気が変わってしまうことも全員共通だった。  
顔に浮かんだ笑顔が作り物の人形のようになっているのだ。  
 
そうしているうちに、城には、私の味方となってくれる人がいなくなっていた。  
そんなある日、部屋に二人の侍女がやってきた……  
 
 
 
「いや!やめて!離してよ!!」  
 
私は叫び声が、城の石造りの廊下にむなしく響く。  
じたばたともがくが、私の両脇にいる侍女が私の腕を押さえつけて動けない。  
 
二人の侍女が私の身体の自由を奪う力は、細腕の女性とは思えないほどに強い。  
彼女たちの顔には花弁のような笑顔が浮かび、その身体からも花の蜜のように甘い香りが漂ってくる。  
ただ、その笑みも、甘い香りも、どこか冷たく、作り物じみていて、毒々しかった。  
書物で、遠い国の森に蜜の匂いで虫をおびき寄せて食べてしまう草花が存在すると読んだことがあるが、それもこんな感じだろうか。  
 
「あぁ、もう。暴れないでください、姫様」  
「姫様。怖くないですから。大丈夫ですよ」  
 
二人の侍女が優しく私に語りかける。私は思わず、顔を伏せる。  
すると、二人の足下が目に入る。  
侍女たちが身につけているメイドの衣装、そのスカートの裾からは、毒々しい赤色をした蛇のような肉の管が一本、伸びている。  
その肉管は石床を這い、廊下の向こうまで伸びている。  
スカートの中に繋がる肉の鎖は、時折、生々しく脈打ち、その度に侍女は小さく恍惚のため息をこぼしている。  
私はおぞましさを感じて、顔をそむけた。  
 
抵抗に疲れて脱力した私を引きずるように、二人の侍女は城内の廊下を歩いていく。  
やがて、私たち三人は玉座の間の前の扉までたどり着く。  
荘厳な装飾を施された大きな扉は、わずかに開いていた。  
その隙間から、何本かの赤い肉管がはい出しており、そのうち二本が私の両脇の侍女のスカートへと伸びている。  
彼女たちから漂う甘い香りと同じ匂い……ただし、それよりもはるかに濃い蜜の霧のような瘴気が、扉の隙間からあふれ出してくる。  
私の背筋が凍りつく。この部屋に入ってはいけない。本能が警鐘を鳴らす。  
 
「助けて!お願い、助けて!!」  
 
私は力を使い果たしたはずの身体を暴れさせて、最後の抵抗をする。  
侍女たちは、全く動じる様子もなく、子供をたしなめるように、私の身体を押さえつける。  
その時、扉の隙間から聞きなれた声が聞こえてくる。  
 
「あら?エリーゼを連れてきてくれたの?」  
 
優しく、それでいて凛とした良く通る声が、私の耳に届く。  
それは、玉座の間で得体の知れない“何か”に囚われた母様の声だった。  
 
「母様!ご無事だったの!?」  
 
二人の侍女が、私の身体を手放す。  
自由になった私は、懐かしい声に向かって走り出した。  
扉に近づくと、むせ返るほどの匂いが鼻を突くが、構うことなく扉を押し開く。  
「母様……!!」私は、唯一の肉親の無事を確認したい一心で、玉座の間へと飛び込んだ。  
 
 
 
「エリーゼ……よく来てくれました……」  
 
母様が、私に優しく声をかける。  
私は、思わずたじろぎ、後ずさりしそうになる。  
私の背を、遅れて入ってきた二人の侍女が支えていた。  
母様は、白い肌を紅潮させて、玉座に座っている。  
いや、母様が腰を下ろすそれはもはや玉座ではなかった。  
侍女たちのスカートの中に潜り込む、赤肉の蔦がそこに集まり、茨のように絡み合い、玉座の形となっている。  
玉座の間の両脇には、数名の侍女が直立して控えているが、彼女たち全ての股間に肉の鎖が伸びている。  
 
「どうしたのです?エリーゼ」  
 
上気した表情で、母様が少しけげんそうな顔をする。  
私は、心が冷たく凍え、それでいながら頬が熱くなるのを感じる。  
かろうじて玉座の形をした異形の上に座る母様は、まぎれもない母様の姿だった。  
年齢を感じさせない、私の自慢の美しい母様は、異形の上で全裸になっている。  
この城の当主であることを示すのは、代々この城の女性に受け継がれてきた煌びやかなティアラだけだ。  
私が幼い時に一緒に湯浴みした、母様の美しい身体……豊かで柔らかい乳房、彫刻のように滑らかな腰のくびれ……は媚びるように弾み、くねっている。  
玉座から延びる幾本もの肉茎が、露わとなった母の股間へと消えている。  
 
「はぁッ! ああぁぁぁ!!」  
 
母様の秘所へと頭をうずめる肉の管たちが、突然グネグネと蠢くと、母様の腰が跳ねて、甲高い嬌声をあげる。  
その様を見た周囲の侍女たちは、うっとりとしたため息をこぼす。  
 
「あぁッ! 素敵!! ご主人様ぁ、素敵ですぅ!!」  
 
母様の絶叫が響いたかと思うと、母様の太股と太股の間から、ぷしっと粘液質の液体があふれ出す。  
途端に、母様はぐったりとして、柔肌を這いまわる肉の触手に身体を支えられるままとなる。  
娼婦でもこうはならないだろうというほどに乱れた母様は、気だるげに眼を開き、私を見つめる。  
それは私の知っている母様の笑顔で、だからこそ私は恐怖する。  
 
「エリーゼ……これから貴女に、当主の座を継承しようと思うの……」  
 
うっとりとした声で母様が、唐突に言った。  
私は、思わず「えっ?」と聞き返す。  
母様は、にっこりと私に微笑み返す。  
 
「あのね、エリーゼ……私はご主人様の妻となれなかったのよぉ。ご主人様は処女でないと、ダメだってぇ……だから、だから、私はご主人様にお願いしたのぉ」  
 
母様は、玉座の形をした肉の塊を愛おしげに撫でながら、知性まで蕩けてしまったような声で私に話しかける。  
 
「私の娘を……エリーゼ、あなたを、ご主人様の妻にしてください、って……お願いしたのよ!!」  
 
狂乱したように叫ぶ母様。私の背筋が凍りつく。  
逃げ出そうとする意志が脳裏をよぎるが、身体がまるで別人のものをなったように動かない。  
その隙に、二人の侍女が私のドレスを脱がしにかかる。  
侍女の手がドレスの内側に伸びて、肌に触れる。  
 
「ひぁ……ッ!?」  
 
それだけで、私の背筋に未知なる電流が走り抜ける。  
神経が昂ぶり、異様に甘いしびれが身を蝕む。  
侍女たちも、いやらしく弄るように私の肌を撫でまわしながら、私の衣装を肌蹴てしまう。  
部屋を満たす媚毒の瘴気が、知らぬ間に私の身体に染み込んでいた。  
 
「いやぁ……お願い、やめてぇ……」  
 
私は、頭を振り、幼児のように弱々しく拒絶することしかできない。  
 
「うふふ。何を嫌がっているのですか、姫様。ここはもう出来上がっていますよ?」  
 
侍女が私の下着に手をかけながら、秘裂をすっと指でなぞる。  
私の大事な場所からは、興奮と欲情の証である愛蜜があふれ出していたのだ。  
 
「さぁ、エリーゼ?」  
 
母様は、異形の玉座から立ち上がる。  
何本の肉の鎖が母様の秘裂を押し開いて潜り込んでいるのが、よく見えるようになる。  
ぶじゅぶじゅと肉茎が蠢くと、母様の蜜があふれ出す。  
前からは見えないが、多分後ろの穴にも同じだけの肉が入り込んでいるのがうかがえた。  
母様は、触手が這いまわる床に愛液を滴り落としながら、私のもとに歩み寄ってくる。  
 
「来て……?」  
 
一糸まとわぬ姿となった私の手を、母様がそっとつかむ。  
母様は私をエスコートするように、ゆっくりと異形の玉座に導いていく。  
その後ろに、二人の私づきの侍女がつき従う。  
 
「いや……お願い、やめて……」  
 
玉座を形作る肉の塊が吐き出す甘い瘴気が、間近に来てより一層濃く、強くなる。  
媚毒は私の理性を侵し、意志の力を奪っていく。  
おぞましく蠢き続ける異形の上に、母様と侍女たちは、私の身体を腰掛けさせる。  
 
「はぁっ! ああぁぁぁ!!」  
 
瞬間、触手たちの先端が一斉にどろりとした粘液を噴き出させる。  
粘つく液体が肌に触れると、そこから身体が熱くなり、その熱は全身へと広がっていく。  
悦ぶように私の肌を這いまわる肉の鎖たちは、瘴気として蒸発する前の濃厚な媚毒液を私の肉体に塗りたくっていく。  
 
「ひあっ! ひあぁぁ!!?」  
 
私が身をよじり、逃れようとすると、触手が手首と足首に巻きついて、無理やり歪な玉座に腰を密着させられる。  
私は腰の下で脈打つ玉座に、永遠に結びつけられたような絶望感に貫かれる。  
 
肉の茨が、私の身体を舐めまわすように蠢く。  
なすすべもなく、私はびくびくと身体を痙攣させる。  
触手は、執拗に私の秘裂を撫で続ける。  
だが、母様や侍女にしたように、いやらしく蕩けた穴に侵入し、蹂躙しようとは決してしない。  
ただただ、焦らすような快楽が私の脳を狂わせていく。  
 
「素敵な顔よ。エリーゼ……」  
 
母様は、無数にある肉の鎖から特に太いものを選ぶと、それを掴む。  
白く濁った粘液をあふれさせる肉鎖の先端を、私の目の前へと持ってくる。  
脈筋と瘤が浮き、蠢くたびに汚らしい液と泡をまき散らす異形の存在。  
化け物の男性器は、もしかしたらこんな感じなのだろうか。  
母様が、異形の先端にある濁液の噴出し口となっている裂け目を、優しく、それでいてえぐるように、白い指でなぞる。  
異形が歓喜するように身を震わせると、ぶじゅっと濃い液体があふれ出す。  
あまりに濃いため、滴り落ちることもできずに、白い濁液が母様の指に絡みつく。  
 
「舐めてみて?」  
 
母様が、粘液を絡めとった指を私に差し出す。  
身体が甘すぎる蜜を求めようとしてしまうのを、砕けかけた理性で必死に抑え込み、顔をそむける。  
母様は、少しだけ笑うと、私が固く結んだ唇に、無理やり指を割り込ませてくる。  
 
「強がってはダメよ、エリーゼ。素直になるの。カラダが求めるままに、貪ればいいのよ……」  
 
思った通りに、いや、思った以上に、汚らわしい濁液は甘かった。  
脳髄がしびれ、味覚が壊れてしまうほどの甘味が、舌の上で暴れ、喉を滑り落ち、胃袋まで落ちるとカッと熱くなる。  
途端に、全身を這いまわる異形に対する嫌悪感が薄れ、肌を焦がす快感だけがその強さを数倍に増す。  
 
「あまぁい……」  
 
私の意思とは無関係に、私の口から言葉がこぼれる。  
母様と侍女たちは、満足げに私に頷き返す。  
母様は掴んだ肉茎の頭を、私の目前に改めて差し出す。  
びくびくと狂喜するように頭を振るそれは、噴き出る濁液をまき散らし、私の顔を汚す。  
 
「エリーゼ、接吻なさい。あなたが未来永劫お仕えし、愛を誓うことになるご主人様に……」  
 
慈愛に満ちた母様の声が、私の耳に心地よい。  
それでも、私は……必死に顔をそむけた。  
 
「いやよ……」  
 
小さく、しかしはっきりと私は拒絶する。  
私の大好きな母様を、侍女たちを、この城を狂わせ、壊してしまった存在にそんなことは、決してできなかった……  
 
 

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