『虫愛ずるメイド』  
 
「いたっ」  
どうやら彼女の主である男は読んでいた書類で指を切ったようである。  
 
サンルームにてジャングル並みの熱帯植物の水さしをしていたメイドは耳聡く、手を止め主人に訊ねた。  
 
「いま、『痛い』と仰いましたね?  
お待ちくださいませ。  
ワタクシ秘伝の妙薬で治してしんぜます!」  
小走りで何か薬を取りに行った模様。  
 
主人はあわて、寝そべっていた体を起こそうとし、その足でソファーの周りに何冊も積み重ねた資料やファイルを散乱させる。  
普段はきちんとしている彼だが、このサンルームだけはこどもの頃からのクセが顔を出し何故か煩雑な状態でいるのを好んだ。  
それが災いし、メイドを追い掛けられない。  
滅多に見ることのできない表情を顔に浮かべ、ため息を吐いた。  
 
痛いと口にしなければよかった…。  
いや、そもそも、彼女の喉に口づけの痕を残さなければよかったのだ。  
あの日から、二週間はメイド服がハイネックになったのをからかわなければよかったのだ。  
 
結果、メイドは主の願いを叶えてくれず、益々、距離を置かれる羽目に。  
 
おっとりとした見た目と違って、彼女は少し気が強いところがある。  
 
「お待たせいたしました。旦那さま!  
さあ患部をワタクシに見せて下さいませ!」  
それはこどもが大好物を食べる時の笑顔。  
それはこどもが虫をいたぶる時の笑顔。  
 
いつもであれば主人を虜にさせる微笑みが、邪悪な色に染まっているようにも見えるのは気のせいなのだろうか?  
 
「千佐都特製の『ムカデあぶらEX』があれば、たちどころに旦那さまの傷を治せます!」  
手にはメイドが庭で捕まえたという、生きながら油に浸けられた百足が瓶の中で怨めしげにこちらを見ている(ような気がする)。  
 
「ちょっと臭いのは我慢してくださいませね?」  
慈愛たっぷりの微笑みが恐ろしい。  
生き生きと通常の三倍は輝く瞳が怖い。  
常よりも強調される言葉使いになんらかの隠れた意図がある。  
メイドはカット綿をムカデあぶらEXに浸し主人の指に塗り込めようと近付く。  
主人はおぞましいムカデあぶらEX(メイドのネーミングセンス)を持つメイドに魅入られたように動けない。  
 
「ご安心下さい。旦那さま。  
これが効かずとも、『ムカデあぶら』は1号2号3号と控えておりますから」  
 
 
冷静沈着、余裕綽綽の主の弱点は「虫」。  
 
これは庚朝顕の常日頃の乱暴狼藉に(と千佐都は思っている)振り回されていることへの仕返し。  
千載一遇のこのチャンス、メイドは反撃のひとときを無駄にはしない。  
 
言葉もなく困惑し固まる姿の主人に、メイドは溜飲を下げた。  
                               
 

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