今朝早くに隣家の猫、あやめ様が亡くなったと部活から帰ってきたときにお母さんに報告された
あやめ様との思い出を思い出して落ち込んでいく自分、とりあえず着替えるために自分の部屋のある二階に上がる
猫としてはかなり長命だったなぁ、あやめ様
私が生まれる前から隣の家の健兄(相沢健吾)の家族兼親友だったあやめ様、確か今年で18歳、健兄と同じ年齢だったはず
私の記憶の中のあやめ様はまさにあやめ様と様付けで呼ぶに相応しいほどいつも凛とした老猫で、記憶の中の私はいつもあやめ様に淑女とは何たるかを教えてもらっていたような気がする
あやめ様は本当に変った猫で、私が健兄の部屋でだらしなくねっころがっていると必ず私の上に乗って不満そうに顔をしかめるなど、とても礼儀作法にうるさい?猫だった
私が健兄の部屋に行く時はいつもあやめ様がいて何度もあの、しかめっ面を見ていたような気がする
私が生まれてからの16年に渡るあやめ様の教育のおかげで今の私は友達の前で行儀の悪いことをしないで済んでいると言ってもいいかもしれない
思い出に浸りながらも着替えを終えて隣の家の幼馴染の部屋を覗いてみると、もう昼すぎだと言うのにカーテンが閉まったままだった
「やっぱり健兄も落ち込んでるよね…」
健兄ほどじゃないけれど私だって生まれてから16年間あやめ様と一緒にすごしたから今の健兄の気持ちはよくわかる
健兄にとってあやめ様は家族だけど私にとっても家族でライバルで先生だった
あやめ様に一番色んなことを教えてもらったのは私だと思ってるし、あやめ様が後を譲るとしたら私しかいないと言う自信もある
だから、あやめ様が亡くなって一番落ち込んでる健兄を慰めるのは私の役目だと自分に言い聞かせて隣の家の健兄の部屋に乗り込んだ
「健兄入るよ?」
「おう…」
一応返事はしてくれる健兄、でもカーテンを閉め切った薄暗い部屋の中でベッドにもたれかかっている姿は見ていて辛かった
そして、いつも窓から入ってしかめっ面で出迎えてくれるあやめ様がいない、それが悲しくて涙がこぼれそうだった
「あやめ様のことお母さんに聞いたよ…」
「そうか、悪いな心配かけた」
「そんなこといいよ、…。そのなんて言って良いかわからないけど…。あの…」
「あやめは18年も生きたんだ、猫としては大往生だろ?」
「流石にずっと一緒だったあいつと別れるのは辛いけど。何とか立ち直るさ」
「だからそんなに気にするなよ。お前もそんなんじゃあいつにしかめっ面されちまうぜ?きっとさ…」
健兄のことを慰めようとしたのに健兄の落ち込んだ姿を見たら言葉が上手く出なくて、それでも健兄は逆に私を励ますように貼り付けたような笑顔で笑いかける
辛いはずなのに悲しいはずなのにそれでも笑顔で私を慰めてくれる健兄を見るのが辛くて、でも言うべき言葉が見つからない自分が情けなくて、悔しくて、
だめだと思っていても、ここで泣くべきなのは健兄で私じゃないってわかっていても、私は涙を流れるのを止めることができなかった
「ありがとうな…。あいつのために泣いてくれて」
「ごめん…、なさい…。泣きたいのは健兄の方なのに」
「逆に助かる、悲しいのにさ、涙がでないんだよ」
「こんなに悲しいのに涙が出ないなんてさ、俺ってこんな薄情者だったのかって思う、でも泣けないんだ」
「生まれたときからあいつと過ごしてたのにさ、なんで涙も出てこないんだろうな?」
そういいながらベッドに寄りかかって天井を見上げながらあやめ様との思い出を話している健兄は、今にも壊れてしまいそうなほど危うげな顔をして、私はもう我慢できなかった
健兄ぃ! 駄目だよ!」
「おまッ! なにしてんだよッ」
いきなり私に抱きしめられて慌てる健兄、私はそんなこと構ってられなかった、今抱きしめなければ健兄が壊れてしまいそうだったから
「そんなに悲しいのに泣けないなんてうそだよ! 泣きゃなきゃ駄目だよ!」
「なにいってんだ! とにかくはなせ!」
「だって健兄壊れちゃいそうだもん! そんなのいやだもん!」
「んなわけねぇだろ! 良いから離せ!」
「私の前で我慢なんかしないでよ! あやめ様が安心できないよ!」
「だから大丈夫だって言ってんだろ!」
「大丈夫じゃないよ! だって私苦しいもん、辛いもん、あやめ様が居ないが!あやめ様が居なくなったのが!」
「健兄はもっと辛いでしょ!? 悲しいでしょ!? だから泣いてよぉ…。」
自分でも何を言っているのかわからなかった、けど悲しそうで辛そうなのに泣けない健兄に泣いてもらうために抱きしめながら叫んでいた
「あいつはさ、最後俺に甘えてきたんだ」
最初は暴れていた健兄だけど私が叫んだあたりから大人しくなって私の胸の中でぽつりぽつりとあやめ様の最後を語り始めた
「細い声で俺を呼んでさ、近づいて抱き上げたらすげー軽くて」
「あんなにやせてたのに、俺がなでたら擦り寄ってきてさ」
「だんだん動きが遅くなってきて、気がついたら目を閉じてて、でもまだちゃんと生きてて」
健兄がだんだんと涙声になる、それを聞いて私は抱きしめる力を強くする、健兄がちゃんと泣けるように、私がちゃんと泣かせてあげれるように
「俺はずっと膝に乗せてなでてたけど、いつの間にか呼吸もか細くなっていって」
「そのあと…。段々冷たくなってきて…」
「何とかしてやりたいのに…。俺は何もできなくて…」
「俺、おれぇ…、ちくしょう…」
その後、私はすすり泣く健兄をずっと抱きしめて、二人であやめ様のために泣き続けた
「あ〜その、なんて言うか…。ありがとな」
「恥ずかしいところ見せちまった、本当に情けないな俺」
ようやく泣けて少し気持ちが軽くなったのか健兄は私の肩をつかんで引き離しそう言った
年下の私の前で泣くのが恥ずかしかったらしくて、健兄は恥ずかしそうな顔で頬を掻く、そんな風に照れてる姿が可愛くて、いとおしくてもっと抱きしめていたい衝動に駆られるけど我慢我慢
「そんなの気にしないでいいよ。むしろうれしかったし」
「私、健兄の役に立っててよかった」
「そうか…。だけどなんというか複雑だな…。男として」
色々と思うことがあるのか健兄は複雑そうな表情で、年下に甘えるとか、男としてどうよ?とかつぶやいてる
そんな風にちょっとすねたような年上の幼馴染が可愛くてつい笑ってしまう
「んだよ」
「なんでもないよ〜」
「言いたいことあるならはっきりいえよ…。ちくしょう…」
私の態度に憮然としてちょっと強い口調で悪態をつく健兄、ようやくいつもの調子が戻ってきたみたいだった
それがうれしくて少しにやけてしまう私をジト目で見る健兄
「だからなんだよ、その顔は?」
「別に?なんでもないよ〜」
「んだよ…」
「あははっ」
そういいながら顔をしかめる健兄を見て、この部屋でよく見たあやめ様の表情を思い出し、思わず声を上げて笑ってしまう
「健兄が泣きたいときはいつでもよんでね?私の胸の中で泣かせてあげるから」
「いやいや、何でそうなる…」
「だってあやめ様に頼まれてるもん」
「はぁっ!?」
「だから、私はあやめ様に頼まれてるの!」
「私が健吾のそばにいられなくなったら私の変わりに健吾をお願いしますって」
「健吾が悲しいときには泣かせてあげてくださいってね!」
「んなわけねーだろ!大体どうやって意思相通してんだ!」
「乙女のひみつです〜」
「はぁ!?」
そう言った私に面を食らってる健兄の部屋から逃げ出す、実際にあやめ様から言われた訳じゃないけれどこれは正解なんじゃないかと思う
あやめ様は私の先生だから大切な人はちゃんとした生徒に任せたいって思うはずだしね