「こんな物出来る訳ないじゃないっ!!」  
本日五回目の叫びと共に、ミリアは黒檀製の机にペンを叩き付ける。  
「何でよ。何で毎日毎日こんなに勉強しなくちゃいけないのよっ!!」  
「ご主人様が課題をさぼってたからだよ」  
机を叩いて自らの待遇に異議を唱える主を、セリスは優雅に紅茶に口づけながら一刀のもとに切り捨てる。  
「か、課題ならちゃんとやっておいたじゃない」  
「あれはシルスお兄ちゃんにやらせたんでしょう。筆跡でばれるよ」  
「そ、そんなの証拠にならないわ」  
苦し紛れのミリアの弁明にセリスは非常ににこやかな笑顔を向ける。  
「ああ、そうなんだ。やったんだ。ふ〜ん、じゃあ僕が即席で問題出すよ。課題をあれだけ完璧にやっていたら絶対に出来る問題をね。でも、もし間違えたら、課題の量を倍にするからよく考えてね」  
「な、ちょっと待ちなさいよ」  
心底慈愛に満ちあふれた表情で、絶望的な試練を与えようとする奴隷をミリアは慌てて制止する。  
「何、ご主人様、やる気になったの? だったら僕の気が変わる前に早くしてね」  
「あ、あのマスター、何もそんな風に言わなくても―――」  
それまでシルスの勉強を見ていたエリスが口を挟む。  
彼女は他人の前ではともかく、普段はセリスに自分の事を師匠(マスター)と呼ぶように言われているため、素直にそれに従っていた。  
新参者のネコの少女の言葉に、途端にミリアの顔が希望に輝く。  
「ミリア様も一生懸命やってるんですし、今日はこのぐらいでお開きにしませんか」  
「………まあ、君がそう言うなら良いけどね」  
驚くべき事に数秒の逡巡の後、セリスはあっさり了承した。  
ミリアやシルスがいくら文句を言おうが懇願しようが、彼は全く頓着しないが一週間ほど前にやって来たこのネコの少女の意見は重要視しているのだ。  
「それじゃあ、ご主人様、復習はちゃんとやっておいてよ」  
「分かったわ。ちゃんとやっておくわよ」  
上機嫌に返される返事は、しかし今まで一度も実行された事はない。  
「……………エリス、この後僕の部屋で講義するけど、時間は大丈夫?」  
「は、はい大丈夫ですっ!!」  
冷ややかな視線で主を一瞥した後、セリスはエリスと今後の予定について話し合う。  
ここ毎日ミリアやシルスの家庭教師をした後に、彼はエリスに自分の知る知識と技術を伝授しているため、必然的にミリアの勉学の時間は減少する。  
セリスとしては、主にもう少し知能を増強してもらいたいのだが、ここの産業を発達させるためにはエリスの方もおざなりには出来ないのだ。  
規模が小さい内はよいが大規模な事をやるとなると、見た目はヒトである自分が表に出るのはまずい。  
セリス自身、肉体を変質させたりして姿を変えられない事もないのだが、彼はその程度の事情で己の身体を変えるつもりはない。  
精神操作や幻影などの方法がない訳でもないが、それも一長一短だ。  
何よりも物理的に手が足りないのだ。  
今現在、資金の運用から裏組織との交渉、産業機器の開発とその全てをセリスは一人でまかなっているが、やる事が大きくなれば一人では手に余る。  
さらなる発展を望むためには早い内に才能ある者を見つけ出し、セリスの代わりが務まるぐらいまで育て上げなければいけない。  
そうしなければ、何よりミリアをおちょくる時間が減る。  
 
「…………エリスの時だけは、都合を聞くのね」  
ネコの少女を自分より遙かに優しく、好待遇で迎えるセリスにミリアの表情はどこか不満げだ。  
「それはそうだよ。エリスの脳味噌はご主人様のを千個直列接続するのより高性能だから、無理する必要なんてどこにもないからね」  
セリスは当然とばかりに断言し、その次にうんざりとしたように嘆息する。  
「て言うか、本来ならエリスにこんな仕事はさせたくないんだよ。こんな、アホなご主人様の脳味噌増量のために、わざわざ引き抜いてきた人材を使うなんて無駄以外の何物でもないね」  
「な、何よっ!! あたしだってこんな勉強やりたくてやってるんじゃないわよっ!!」  
嘆かわしいとばかりに肩をすくめ嘆息する召使いに、主は憤然とした足取りで席を蹴って部屋から出て行く。  
「あらら、おこちゃったね」  
「………………後でフォローしておけよ。俺は知らんぞ」  
心の底から愉しげに笑うセリスに、シルスが嘆息しながら自分の課題をまとめ部屋から出て行く。  
「あの、もう少しミリア様に優しくしてあげた方が良いんじゃないんですか?」  
二人きりになった部屋で、エリスは遠慮がちにセリスに意見するが彼は苦笑を返しただけだった。  
「大丈夫だよ。ご主人様って脳内構造が単純だから、三歩も歩けば忘れるよ」  
「そ、それはちょっと酷くありませんか? 鶏じゃないんですから―――」  
確かに三角関数のコサインを新種のスパイスだと言ったミリアの頭は少しあれだと思うが、セリスの教え方もまずい。  
何せ、一時間に約教科書百ページの速さで進んでいく授業を理解出来る者などそうは居ないのだ。  
シルスはついて行っているが、彼曰く『一度見て聞けば覚えるだろう』なんぞど何げに一般人の感覚から大きく逸脱しているため、一般人の中でも底辺の辺りにあるミリアの頭脳に理解出来る授業になる訳がない。  
「もう少し優しくすればミリア様もきっと勉強が好きになってくれるはずです」  
エリスが来てからはミリアに対する授業内容は改められゆっくり丁寧に教える事を主眼に置いて進めているが、セリスが事あるごとに主をからかいその神経を逆撫でするためか、ミリア自身の勉強嫌いに拍車が掛かっていまいち効率が上がらないのだ。  
「ふ〜ん、優しくね」  
話半分という態度で呟いたセリスだが、次の瞬間その表情が悪戯を思いついた幼児のようになる。  
「そうだね、うん、優しくすれば――ね」  
「あ、あのマスター」  
心底愉快そうな表情で何かを考えるセリスは、声を掛けられて初めて気付居たように顔を上げる。  
「え、ああ、ゴメン――じゃあ、移動しようか」  
「は、はいっ!!」  
師の誘いにエリスは必要以上に力を入れて返事をする。  
彼女にとって、セリスの講義は何よりも楽しみな時間だ。  
無論、彼の教える内容はネコの少女にとっても難解な内容であり、気の抜ける物ではないが、元々何かを学ぶ事が好きな彼女にとってはたいした苦にはならない。  
 
 
「さてエリス、数日前までこの部屋は完全な空き部屋だったよね」  
「は、はい」  
我慢ならない事を無理矢理押さえ込んでいるような沈痛な表情で、セリスは自らの生徒に確認を取った。  
「さてエリス、此処は君の部屋だよね」  
「は、はい」  
認めたくない現実と向かい合うような厳しい表情で、セリスは再び自らの生徒に確認を取った。  
その後、数秒虚空を見つめ、再び視線を戻す。  
「………………一体どうやったら、僅かの間でこうなるんだよ?」  
「えーと、その……………」  
セリスの視線の先にある自らの部屋、書類や本に混じり食べかけのインスタント食品が散乱している部屋を一瞥、  
「普通に生活していれば、これぐらいには「ならないから、絶対に―――」  
ネコの少女の弁明をしかしその師はただ一言で遮る。  
事の起こりは実に単純だ。  
エリスが自分の部屋に今回提出するはずのレポートをうっかり忘れ、それならば彼女の部屋でやろうという事になった。  
無論エリスは反対したのだが、他人の嫌がる事を進んで行うのがセリスだ。  
しかし、いかに魔王の彼とはいえこの部屋の惨状は予想外だったらしい。  
「と言うか、あの隅っこにある黒いゴミ袋から何か変な匂いがするんだけど―――中身は一体何? いくら何でも腐敗の進行速度が速すぎるよ」  
正に理解不能という顔をする師にエリスは必死で言葉を紡ぐ。  
「えーと、その、食べかけのインスタント食品とかですけど―――適当に放り込んでおくと不思議な事にいつの間にか、あんな風に――」  
 
「エリス、その言葉は本気で言ってるの? そしてそれは事実なの?」  
あまりにいい加減な生徒の言葉に、セリスは半眼を向けるがエリスの方は必死だ。  
「ほ、本当です。何も特別な事をしなくても、いつの間にか緑色の汁とかが出てくるんですっ!! 魔法金属とかもすぐに溶けちゃうんです」  
その言葉を聞くたびにセリスの目が嘘くさい物を見るような目つきになるが、それは事実だ。  
彼女が研究所にいた時、その中身を普通に研究所のゴミ捨て場に捨てたら翌日、ゴミ捨て場のゴミ全てが溶けていて異臭を放っていたのだ。  
その時は、どこぞの魔法士に火炎系の攻撃魔法をぶち込んで処理したのだが、以来エリスが出したゴミは焼却処分する事になった。  
未だに金属やプラスチックを短時間で腐敗させるそのメカニズムは不明で、何か強大な存在の力が働いているとしか思えない。  
「………まあ、それはともかく、掃除ぐらいしなよ。見た目も悪いし、何がどこにあるか分からないし、何より危ないから――」  
「だ、大丈夫です。気にしませんし、どこに何があるか分かりますし、全然危なくありません」  
果たしてどうやって積み上げたのか、自分の身長より高い本の山を叩いてエリスがそう保証した。  
 
バシャ  
 
こちらもどうやってその上に乗せたのか、本の山の頂上にあったカップ麺の食べ残しが衝撃によって落下、狙い違わずセリスの頭で中身をぶちまける。  
「「……………………」」  
二人とも何も言わない。  
と言うか言えない。  
エリスはあまりの間の悪さに言葉を失い、セリスは自分に起こった事を理解出来ずに呆然としている。  
数秒後、セリスが自分の絹のような髪に触れ、引っ掛かったメンマを指先で摘んで匂いを嗅ぐ。  
そして、それが食後数日経っている物だと確認するとエリスに熱のない視線を向ける。  
「…………………………………………………………………………エリス」  
「…………………………………………………………………………はい」  
全ての表情が漂白された顔で、セリスは全く温度を感じさせない声音で言葉を発する。  
「即座に清掃して」  
簡潔にそれだけ言われた言葉にエリスは逆らう事など出来なかった。  
 
 
「うう、もう駄目です。動けません」  
本と書類を整理し、食べ残しとゴミを片づけ、脱ぎ散らかした服を洗濯してエリスは精根尽き果てていた。  
体力が基準値を大きく下回る彼女にとって、掃除は重労働だ。  
全て終わった時には、それこそ何もする気が無くなっていた。  
「あのさ、とっても疲れているみたいだけど、半分以上は僕が担当したんだよ。しかも、君がやったのは仕事を増やしただけのような気もするけど――」  
「そ、それは―――」  
セリスの言う通り、エリスは掃除の邪魔しかしていない。  
本の整理で山を崩し、床の掃除でモップを脚に引っ掛けセリスを巻き込んで転倒し、ゴミを捨てればあろうことか中身をぶちまけ汚染範囲を拡大したのだ。  
「まったく、本来なら君が僕の世話をして当然なんじゃないの、何で僕が君の世話をしないといけないんだよ」  
「うう」  
嘆息するセリスにエリスは返す言葉もない。  
普通、召使いであるセリスがエリスの世話をするのだろうが、彼はミリアの召使いであり、エリスの師である。  
確かにそれなら彼の世話をしたり手伝いをするのは、自分の役目だろう。  
「まあ、ひとまず落ち着いたししばらくは大丈夫だね。これでも食べて一息入れよう」  
そう言いつつ打ちひしがれたエリスの眼前に山積みになったクッキーの皿を置く。  
「これは――」  
「焼きたてクッキー、僕の特製だよ」  
熱せられた生地特有の匂いがエリスに届き、その食欲をそそった。  
その横ではセリスが紅茶を入れている。  
「あんなファーストフードばかりじゃ体に悪いよ。しかも、食事の時間も不規則で夜食とかも食べるなんて、ただでさえ栄養が偏ってるのに、そんなんだから小さいままなんだよ」  
「ち、小さいって―――な、何がですか?」  
「まあ、色々と――ね」  
セリスは目を逸らし言葉を濁したが、その視線が自分の首から下を一瞥した事は鈍いエリスにも分かった。  
「な、どこを見ているんですかっ!!」  
「小さい所」  
「小さいって、言わないでくださいっ!!」  
彼女とて人並みの願望はある。  
同年代の少女達に比べて胸や身長、その他色々な部分の発達が遅滞していることはエリスにとってコンプレックス以外の何物でもない。  
「これから大きくなりますっ!! 私はまだ成長期ですっ!!」  
「………………本気で言ってるのそれ?」  
「…………………」  
生物学上、ぎりぎり成長期の端に引っ掛かってる少女にセリスが半眼を向けると、即座に言葉に詰る。  
そんなエリスを見ながらセリスは人の悪い笑みを浮かべる。  
 
「と言っても人の好みは千差万別だからね。君みたいな小さい人に欲情するヒトとかも居るんじゃない。意外と――」  
「な、何度も小さいって言わないでください」  
エリスの抗議を平然と聞き流し、セリスは苦笑を返す。  
「だけどさ、実際に人の好みなんて人の数だけあるからね。例えどんな美人だって、好きな人に好かれる容姿じゃないと意味がないと思うけど―――」  
例えどのように大多数の者が美麗と評価しようとも、自分がもっとも振り返って欲しいと思う者の評価が得られなければそれは意味がない。  
もっとも、他人から美しいと評価されるのが目的ならばその限りではないが―――  
「セ、セリスさんはどんな人が好みなんですか―――」  
「身体が発達して大人っぽいお姉様タイプ」  
何となく聞いてみた答えはエリスの容姿と真逆を即答する。  
「そ、そうですが―――」  
少年の言葉にネコの少女は厳しい現実を再認識する。  
「う〜ん、でも君もなかなかいい線行ってると思うんだけどな」  
呟くのとほぼ同時にセリスの指がエリスの眼鏡を奪い取る。  
「へ、ああっ!!」  
「顔立ちはまあまあだし、化粧とかすればそれなりに見栄えも良くなるはずだよ」  
眼鏡を外したエリスの頬をセリスは無遠慮に撫で回す。  
無遠慮と言っても、その手付きは年代物の骨董品を扱うように繊細だ。  
「か、返してくださいっ!!」  
視界がぼやけて不安になるエリスに構わず、セリスは指を這わせる。  
男とは思えない白魚のような指先が頬から顎を伝って首筋に到達する。  
「ひぁっ―」  
背筋を羽で撫でられるようなくすぐったい感触に、エリスはおかしな声を上げてしまうがセリスの指は止まらない。  
首の後ろやうなじを滑り、喉元を撫で回して顎を上げさせる。  
 
「セ、セリスさん」  
視覚がないが、その分他の感覚が鋭敏になり、セリスの顔が間近にあるのが感じ取れた。  
男性関係の経験が皆無なエリスの血圧は急上昇する。  
「綺麗だよ。君は――」  
「ふ、ふぇっ――」  
幼い声には不似合いな熱の籠もった甘い言葉にエリスの背筋が泡立つ。  
あまり感じた事のない感覚に全身から力が抜けていく。  
セリスの体温の籠もった吐息が頬に届いた瞬間、エリスの頬は硬直した。  
「まあ、冗談はともかく」  
それまでの口調とはうってかわって、言葉の重さが一気に軽くなりエリスの視界が元に戻った。  
金縛りのようなに固まった体が元に戻り、セリスの顔が完全にある事を再認識した。  
「はへ、ああっ!!」  
大慌てでセリスを突き飛ばすが、実際に吹き飛んだのはエリスの方で床にに盛大な尻餅を付く事になった。  
「本当に君は可愛いな」  
心底愉しそうなセリスの笑顔に見た時、エリスは初めて自分がからかわれた事に気付いた。  
「な、何するんですかっ!!」  
半分涙目で身を縮こまらせて叫ぶ。  
一瞬、変な気分になってしまい、あと少し遅かったらそのままセリスに身を任せていただろう。  
「こんな悪質な冗談をするなんて、マスターの事を軽蔑しますっ!!」  
「おや、それは大変だね。じゃあ、このクッキーで許してよ」  
憤然とする弟子に、師は欠片も悪びれた様子もなく手製の菓子を突き出す。  
 
「……………」  
納得出来ない表情でクッキーを摘むが、その味は極上だった。  
干した果物やハーブが練り込んであるためか、単純な甘みだけでなく複雑な甘さがある。  
もっともそれがどのような物であるかまでは、インスタント食品に侵されたエリスの舌では判別不可能だった。  
「お、美味しいです。とっても―――」  
「それはよかった。今回は君の食生活を考えて味の濃い物を揃えたんだよ」  
「……………それって私が味音痴って事ですか?」  
「事実だよね」  
「…………」  
エリスは言い返せない自分がちょっと悲しかった。  
「それはともかく、これからは少し生活に気を付けてよ。君の身に何かあったら僕が困る」  
「うぇっ!?」  
我が身を気遣うその言葉に、エリスは一瞬ぎょっとなる。  
「何せ君は将来的にはこの地のために働いて貰わないといけないからね」  
「…………………そ、そうですか」  
セリスが心配しているのはエリス自身ではなく、その能力なのだ。  
一瞬何かを期待したエリスの心は一気に落ち込む。  
セリスが彼女をこの地に連れてきたのは、その頭脳を生かしてこの領地を発展させるためだ。  
その代わり自由に研究出来る環境と比類無き知識が与えられると言う条件で、その事についてはエリスも了承し納得している。  
だがしかし、全て簡単に割り切れる物ではない。  
セリスが求めているのはエリスの能力であり、彼女自身ではないのだ。  
逆に言えば能力さえあれば、誰でも良い事になる。  
それはエリスの能力以外に何の価値も見出していないのと同義だ。  
(結局、マスターが大切なのは私じゃなくて、優秀な人材なんですね)  
分かっていたはずだが、しかしエリス自身その認識を完全に受け入れられた訳ではない。  
結局その日の講義は心ここにあらずという風に過ぎていった。  
 
 
 
草木の眠りも迫ろうとした深夜に近い時間、エリスは暗い廊下を歩いていた。  
なぜ彼女がこんな時間に屋敷の中を徘徊しているかというと、翌日に提出するための課題に必要な資料を忘をセリスの部屋に忘れていたからだ。  
普段の彼女ならばそんな事はないが、今日は色んな事に身が入らずぼうっと過ごしてしまった。  
何とはなしに溜息が漏れる。  
(…………私は本当に必要なんでしょうか)  
おそらくセリスにそう聞けば、『必要だ』と即答してくれる事だろう。  
そしてそれは事実だ。  
彼にはエリスの能力が必要で、エリスにはセリスが必要だ。  
相手が欲する物を差し出しそれによって対価を得る。  
商業活動の基本だ。  
結局、彼は誰でも良かったのだ。  
それこそ、ウィネッサでも―――  
エリスが此処にいるのは彼女より、セリスが求める物が秀でていただけの事だ。  
「……………」  
何とはなしに考えがネガティブな方向に傾いてしまい、エリスは再び嘆息する。  
気付いた時にはセリスの部屋の前間出来ていた。  
こんな夜中に訪問するのは些か礼儀を欠くかと思うが、セリス自身に分からない事があったらいつでも来てくれればいいと言われているので問題ないだろう。  
「一体何のようよ。呼び出して―――」  
部屋から聞こえてきた声にエリスの腕は止まった。  
 
「シルスお兄ちゃんに頼まれてね。ご主人様の機嫌をとれってさ。それで一度謝っちゃえば、ご主人様って単純だから機嫌を直してくれるだろうなって思って――と言う訳でゴメン」  
「…………ふ〜ん、そうなんだ」  
セリスの正直な説明に付きの謝罪にミリアの額に分かりやすい青筋が浮かぶ。  
いくら彼女でも、この召使いが欠片も反省していない事ぐらい分かる。  
「あれ、ひょっとして怒ってる。僕は謝ったはずなんだけど―――」  
「…………あんた全然悪いと思ってないでしょう」  
「当然」  
「あたし帰るっ!!」  
欠片も悪びれた様子がない奴隷の言葉に、ミリアはそう吐き捨てて回れ右する。  
しかし無論、セリスはそれを大人しく許したりはしない。  
「ちょ、離しなさいよ」  
「そのご命令には従えません。ご主人様」  
恭しく丁寧な言葉であるが、背後から主の両腕を掴んでその自由を奪っていては皮肉にしか聞こえない。  
とても無邪気な笑顔のままセリスはミリアの背に頬ずりする。  
「言葉で誠意が伝わらないなら、体で伝えないとね」  
「な、何をふざけて、ひゃっ!!」  
寝間着の上からセリスはミリアの敏感な部分を撫でる。  
「僕は本気だよ。だからこんな事もしちゃうんだ」  
セリスはミリアの脚を払い、そのままうつぶせに引き倒しその背に馬乗りになった。  
即座にそのうなじに優しく手を這わせて、顔を寄せ息を吹きかける。  
「や、止めなさいよ」  
背筋を走る快感に気付かないふりをしながら制止の言葉を上げるが、そんな物でこの召使いが止まるはずがない。  
「ひ、ひあっ」  
小さな舌が首筋を一舐めし、その後首の横側に軽く歯を立て、同時に自分の体温の移った息を吹きかける。  
主の全身が快楽に反応するのを確認しながら、体温の低い手を使って首に付いた唾液を顔まで伸ばしていく。  
「しばらくご主人様と会えなかったから、こうすると何だか感慨深いね」  
「な、何言ってるのよ。帰ってきた日の夜にあれだけ―――」  
そこまで言ってその夜の事を思い出したのか、ミリアの顔が一気に赤く染まる。  
「そうだね。ご主人様、なんだかんだ言って凄く感じてたよね」  
「そ、そんなことひぅっ」  
唾液に濡れた小さな手が襟首から側にあった髪の幾らかを巻き込んで寝間着の中に入り込み、ミリアの背中を這い回り出す。  
本人以上に主を知り尽くした奴隷の指が、背筋を滑り唾液を塗り付ける度にミリアの体が小さく震える。  
 
「ねえ、ご主人様僕に呼ばれて、実は期待してたでしょう」  
「ば、馬鹿、期待何かしてないわよっ!!」  
小悪魔的な笑みを浮かべるセリスに、即座に否定を返すがしかし奴隷の笑みは変わらない。  
腕に巻き込んで背中に入れた紅髪に指を絡ませ、そのまま背筋を撫でさする。  
「へぇ、じゃあ何でわざわざ二度もお風呂に入ったのかな? 髪が湿ってるけどね」  
「た、だの偶然よ。そんなの――」  
湿った髪の感触に鳥肌を立てながらも、ミリアはそう断言した。  
「なるほど、ただの偶然ね。ご主人様がそう言うならそうなんだろうね」  
ミリアにすら欠片も信用していない事が分かる笑顔でセリスは大仰に頷く。  
「じゃあ、せっかく偶然綺麗になったご主人様の体を見てみようか―――」  
ミリアの背から体を浮かせ、そのまま仰向けの姿勢に直すと前を開ける。  
肌の色が赤く染まっているのは、果たして湯上がりのためかセリスの愛撫のためか――  
主が何か言う前に、セリスは唇を合わせてその言葉を封じる。  
両腕はもう離してあるが、ミリアは抵抗らしい抵抗を見せない。  
セリスが舌を差し入れれば、主はほぼ反射的にその舌に応えておずおずと舌を差し出す。  
奴隷の舌が主の舌に絡み付き、そのまま口内を舐め回す。  
性感帯を舐められるたびにミリアの体がビクリと痙攣するのを感じながら、セリスは主の体をまさぐる。  
「ぷふあぁっ」  
口を離すと苦しそうに息継ぎをする主とセリスの間に垂れた唾液の橋が架かった。  
「ふぁ、ふぁっ―――」  
「ご主人様、キスぐらいで惚けてちゃ駄目だよ。これから、もっと凄い事するんだから」  
そう囁きながら再び口を付けようとしたが、ミリアは顔を横にしてセリスの口づけを避けた。  
「…………どうしたの、ご主人様?」  
ミリアがセリスの愛撫を嫌がる事は常々とは言え、しかし、此処までハッキリした拒絶は珍しい。  
「…………あんたなんかエリスと一緒にいればいいじゃない」  
どこか拗ねたようにそっぽを向いてそう呟く。  
「…………」  
一瞬、虚を疲れたような表情になったセリスだが、次の瞬間には全てを理解したような顔になった。  
「へぇ、ご主人様、エリスにヤキモチ焼いてるんだ?」  
「な、あんたの事なんかどうでも良いわよっ!!」  
ミリアがそう叫んだ瞬間、セリスは我が意を得たとばかりに微笑む。  
「誰も僕の事で何て言ってはいないと思うんだけど―――そうなんだ。ご主人様は僕がエリスと居るのがイヤなんだね」  
「ち、ちがひゃうっ!!」  
咄嗟に否定の言葉を言おうとするが、少し強めのタッチで胸を揉み、ハッキリと自己主張した突起を弾かれて言葉が止まる。  
 
「だけどご主人様、それは誤解だよ。エリスとは師匠と弟子の関係で、それ以上の事はないよ」  
「嘘よ。あんた、エリスと居る時はとっても楽しそうじゃない」  
「それは否定しないけどね」  
正直な話、セリスはエリスと居る時間が嫌いではない。  
エリスは優秀な生徒であり、遊びがいもあるためついつい目を掛けてしまうのだ。  
しかし、彼女をミリアより遇した覚えはない。  
「どうせ、あたしの頭は悪いわよ。あの子みたいに勉強出来ないし、難しい話も出来ないわよ」  
「酷いね、ご主人様は」  
完全にへそを曲げた主の言葉にセリスは少し拗ねたように嘆く。  
「僕があんな小娘に入れ込むと本気で思っているの?」  
「………ちょ、何を―――」  
いつにも増して真剣な表情で真っ正面にあるセリスの表情に、ミリアはいい知れない不安を感じた。  
この召使いが真剣な表情をする事など、災厄の前兆以外の何物でもない。  
そして、その災厄のほとんど全てがミリアに降り掛かるのだ。  
もっとも、ミリアはその災厄の多くを幼なじみのマダラの少年に転嫁しているのだが―――  
しかし、この部屋にシルスはおらず彼女とセリスの二人っきりだ。  
逃げ場も囮も何もない。  
「そう思われてるなら、ちょっと心外だな―――だから、ご主人様の誤解を解くために誠心誠意ご奉仕させて貰うよ」  
「ご、ご奉仕って――」  
「勿論体でね♪ 最高の快楽をあげるよ♪」  
予想通りの最悪の応えにミリアの顔が引きつるが、もう遅い。  
逃げる間も避ける間も与えず強引にセリスはミリアの唇を奪い、口に貯めた唾液を送り込む。  
その唾液を一度口内中になすりつけ、そして再び自らの口の中に舌を使って汲み入れる。  
一旦ミリアの唇から離れ、口に含んだ唾液を開いた胸元に垂らしその手で塗り付けていく。  
「や、やあぁっ!!」  
ミリアの弱々しい抗議などには耳も貸さず、幼き奴隷の指が主の体を走る。  
首筋、脇腹、腹、へそ、  
今まで発見した場所と開発した場所を微細なタッチで責めあげ、主の快感のボルテージを上げていく。  
 
くちゅり、、、  
 
「もうびしょ濡れだね。ご主人様」  
指が下腹部のさらに下に到達した時、セリスは獲物を捕獲した猛獣のような笑みを浮かべる。  
その言葉通りミリアの太ももの間の寝間着は、水でもぶちまけたかのようにびしょ濡れになっていた。  
 
「ひゃあゃっ、そんな所障るなああああああああああああああああああああああっっっ!!」  
上がる制止の声に、しかしその指は冷酷に服の上から固くなった突起を正確に掴む。  
今までとは次元が違う快楽に、ミリアの体がびくびくと痙攣するがセリスは構わず服越しに愛撫を続ける。  
その間にも寝間着越しに溢れ出る蜜はセリスの指の間で粘着質な糸を引く。  
「ほらご主人様、こんな濡れてる」  
「な、舐めるんじゃないわよ。そんな物――」  
自分の指に絡み付いた愛液を舐める淫らな少年の姿に、ミリアの興奮も高まるが本人は決して認めない。  
そっぽを向いてセリスから顔を逸らすが、召使いはそんな主を逃がさず片手で顎を掴んで自分の方を向かせた。  
「いいじゃない。ご主人様の愛液は美味しいよ」  
口の中に含んだミリアの物を、そのままに、セリスは主の唇を塞ぐ。  
口が完全に防がれているために唾液と共に流れ込む愛液は、吐き出す事も出来ず飲み込むしかない。  
ごくごくと嚥下するために動く喉を、セリスの手が愛おしげに撫で上げると、ミリアはくすぐったそうに身を捩った。  
合わせた唇が首筋、胸、腹と伝っていき、最後にはぐっしょりと濡れた場所に到達する。  
そのまま大きく口を開けると、一気にそこに食らいつく。  
「ひ、ひゃああぁぁああぁああぁああっ!!」  
口を大きく開き唇を服に密着させ、そのまま舌を突き出して舐め回す。  
時にはそのまま吸い付き蜜を吸い出し、時には咀嚼し肉を愛撫し、時には歯を引っ掛け肌を刺激する。  
「んあっ!!」  
服越しに秘部を刺激され、嬌声をあげるミリアはもはや抵抗らしい抵抗などしていなかった。  
体を弛緩させ、セリスにその身を任せている。  
 
「ご主人様、今すっごい顔してるよ。僕の一番好きな顔」  
顔を真っ赤に紅潮させ、涎と鼻水とで顔を汚し、瞳は快楽に潤んでいる主のその表情にセリスは喜悦を見出す。  
このおおよそ美とは縁遠そうな表情がセリスの一番好きな表情だった。  
普段気が強いだけにそれとのギャップが面白いのだ。  
「どうする。そろそろ、入れてあげようか? 我慢出来ないでしょう」  
「い、要らないわよ」  
セリスの甘い囁きにしかし、ミリアは拒絶する。  
どれだけ嫌がっても、最後にはセリスの愛撫に反応し喘ぎ感じさせられてしまう少女は、しかしとても意地っ張りなのだ。  
自分から、決して求めたりはしない。  
もっとも、その拒絶は言葉面だけの物で、態度やその目はとっても物欲しそうな物なのだが――――  
「そう、ならもっと気持ちよくなって貰おうかな」  
「………………勝手にしなさいよ」  
拗ねたようにそっぽを向きながら、しかし先程とは違い拒絶の色はない。  
「じゃあ、遠慮無く」  
言葉通り微塵の遠慮もなく、セリスは主の寝間着を剥ぎ取るとその体を持ち上げた。  
背中と膝裏に手を回し、俗にお姫様抱っこと言われる姿勢だ。  
さすがに恥ずかしい格好にミリアが何か言う前に、セリスは彼女をベットに下ろす。  
「一応聞くけど、何かリクエストはある?」  
「………どうせ、何言ったって聞かないでしょう」  
「良くお解りで、ご主人様」  
主の察しが多少は良くなった事に感激しつつ、セリスはミリアの胸に軽く噛み付くと、そのまま手を回してミリアの全身をまさぐる。  
「………う、ん」  
さっきまでの激しい愛撫とは違い、もむ程度の軽い愛撫だが高まった体には充分な物だった。  
二の腕や肩、もしくは背中に手を這わせるとミリアは気持ちよさそうに目を細める。  
決して慌てず、ゆっくりと穏やかに加えられる刺激は眠気を誘うかのように心地よいが、眠りに落ちる事は決してない。  
全身をまどろみの中に漬け込まれながらも、噛み付かれた胸の部分からの刺激はハッキリ感じているため意識がそちらに集中する。  
そのため、セリスがどんな動きをしているか全く注意を払っていなかった。  
体格的には上のはずのミリアを軽々と持ち上げ、そのまま一気に落とす。  
 
「ひぃぐうっ!?」  
突然下腹部を襲った衝撃で寝ぼけていた意識に活が入る。  
そしてその原因がすぐに分かった。  
不本意ながらもあまりに慣れ親しんだその感触に、その原因を起こした召使いを涙目で睨む。  
「い、いきなりしないでよ」  
「ふふ、ご主人様がぼさっとしているのが悪いんだよ。それに強引なのは嫌いじゃないでしょ」  
主の下腹部を撫でながら、その体を軽々と上下に動かす。  
「だ、だけど、は、激しすぎひぃうっ!!」  
主の言葉など聞いてはいないかのように、セリスの動きに容赦はない。  
単純な上下の動きだけではなく、微妙にずらされたそれはミリアの中を突き回し擦りあげる。  
激しい衝撃に文字通りミリアの目の前で火花が散るが、決して苦痛ではない。  
それどころか全身が快楽を感じ取り、体が震えるのだ。  
こうなってしまうとミリアに出来る事は何もない。  
歯を食い縛ってセリスに抱きつき、喘ぎ声を堪えるぐらいだ。  
「………ぅっ……ぃ………ひぃ」  
「声ぐらい出しなよ」  
召使いは服に噛み付き必死に声を押し殺す主の髪を弄りながら、そう囁くがしかし意地っ張りな主は余計に歯を食い縛って声を出さなくなる。  
だからと言って、全身の筋肉の硬直や痙攣がミリアの高まりをセリスに伝えてくるため、声など大した意味を持っていないのだが―――  
「ふぎぃうぅっ!!」  
何の前置きもなしに秘裂の上に乗っかっている突起を一気に摘み上げた瞬間、ミリアの手足がピント張りつめビクビクッと震え達する。  
 
「少しは堪えなよ。ご主人様♪」  
「だ、だって―――ひぃいっ!!」  
「だってじゃないよ。僕はまだ全然なんだよ。それなのにご主人様だけ先に達しちゃって、本当に酷いね」  
快感に翻弄される主の不甲斐なさを叱咤しつつ、その指は秘所の辺りを行ったり来たりしている。  
その度にミリアは小さな絶頂に達するが、セリスは容赦なく刺激を加え続ける。  
抑えていたはずの喘ぎ声もいつの間にか漏れだし、最後には部屋の外まで聞こえるような大きさになっていた。  
「も、もうやめ――ひぃぅうううううううううううううううううううううっっ!!」  
「ヤダ」  
ご主人様の哀願を即座に拒否すると、召使いは一気に動きを加速する。  
「ひぎぃっ!! ひぃっ!! うぃいっ!!」  
もはや悲鳴とも言えない獣のような喘ぎ声、しかしそれが悲鳴でなく嬌声である事はその姿を見れば一目瞭然だ。  
痙攣する手足が、快楽に惚けた目が、だらしなく開いた口から溢れる涎が、仰け反った体が、その全てが虎の少女が苦痛ではなく快楽に溺れている事を示している。  
「いぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」  
一際大きな絶叫と共にミリアの体が伸びきり硬直し、数秒後には力が抜けきったかのように弛緩する。  
「ねえ、ご主人様、これで僕がご主人様の事をどんなに大切にしているか分かってくれた?」  
「わ、分かっらから、分かっらから、もう―――ひぐうぅっ!?」  
快楽で惚けた呂律の回らない弱々しい声、しかしそれは秘裂を鷲掴みにされた衝撃で途切れる事となった。  
「本当に分かってくれたか心配だから、もう少し御奉仕しようかな。だから頑張ろうねご主人様、朝まで最後まで――」  
「そ、そんなはひゃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」  
本当に愛おしそな表情で小さな舌を胸の間に這わせるセリスだが、その指は自分の物が入っている主の秘裂を広げて無理矢理ねじ込まれていく。  
結局、ミリアの嬌声が消えたのは明け方も近くなった頃だった。  
 

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