「つまり、この電磁加速砲と言うのは、今までの火薬の爆発によって弾丸を飛ばしていた従来の銃などとは違い、磁力によって弾丸を飛ばすんです」  
瓶底の厚いメガネを掛けた猫の少女の言葉に従い、中空に映し出された立体映像が筒型の兵器を映し出している。  
「利点としては、弾丸の速度を上げるために通常なら火薬を増量し、その増量に伴う爆発力に耐えられる強度や銃の口径の増加などが必須となっていた訳ですが、電磁加速砲はそれらの束縛から解放されたという事です」  
グラフと映像に注釈が加えられ細分化される。  
「これにより、発射速度が指数関数的に増大し、全体の軽量化にも成功しました」  
猫少女の言葉に反応するように次々グラフや数式が映し出され、立体映像の上に重ねられる。  
「攻撃力も、貫通力という点に置いては従来の中で最高の物です。エネルギー消費量が多いという欠点もありますが、大した問題ではありません。互換性を持たせるために通常のバッテリーを使っていますが、充分使用可能で―――あの、大丈夫ですか?」  
説明を中断した猫少女は、目の前で突っ伏す自らの雇い主に聞いた。  
「ご、ごめん、ちょっと止めてくれない。なんか拷問されている気がするの」  
「………お前、ちょっと情けないぞ」  
頭を抱えるミリアにシルスが半眼を向ける。  
「だって、こんなの分かる訳無いじゃない。一般人には理解不能よ」  
銃身に使われる金属組成の化学式や銃口内部の力学計算の数式などで埋め尽くされた紙の束など、ミリアにとっては頭痛の原因以外の何物でもない。  
「いや、それは単にお前が理数系に弱いだけだろ」  
兵器の仕様書を指先でこするミリアにシルスの言葉は冷ややかだ。  
「何よ。泣き虫シル坊の癖に」  
「それは関係ないだろう」  
頬を膨らますミリアにシルスの顔が引きつる。  
「―――どう、勉強ははかどっている?」  
ミリアがシルスにさらに何か言おうとした所、唐突に開いた扉からセリスが顔を出す。  
「って、この様子じゃあ駄目だね」  
主の様子を見るなりセリスは嘆息する。  
「ご主人様、脳細胞増やせとは言わないけど、せめて学習能力は発達させてよ。虎の女性は生物学的に猫と同じくらい賢いんだから、努力すれば何とかなるはずだよ」  
「そ、そんなことありませんよ。ミリア様もだんだん良くなってきてます」  
召使いに叱責される主を庇ったのは、今まで兵器の説明をしていた猫の少女だ。  
「エリス、君がそうやって甘やかすから、いつまでもこれは成長しないんだよ。もう少し厳しくしないと―――」  
「冗談じゃないわ。これ以上、厳しくされたら死んじゃうわよ」  
ミリアの抗議にセリスは冷笑を浮かべる。  
「だったら、いっそ死んでもう少し性能の良い脳味噌を持って生まれ変わったら? その方がご主人様のためになる気がする」  
「何ですって!?」  
「………ついでにもう少し理性的でお淑やかになってくれ」  
ぼそっと呟いたシルスをミリアが叩き倒す。  
「ともかく、これ以上勉強の量を増やすならストライキするからね」  
「ああ、別に良いよ。やりたければやればいい。そう言う場合は、勉強が楽しくなる薬とか機械とか用意しておくから、ちょっと脳内麻薬が異常分泌して笑いが止まらなくなったり、頭に電極が生えたりするけど、それでも良いならストライキでも何でもすればいい」  
口調こそ冗談だが、セリスなら本気でやりかねない。  
「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」  
たかが若輩の虎の少女に魔王と口げんかして勝てる通りはないのだ。  
悔しさと怒りに耳を立てる少女にセリスは肩をすくめる。  
「うにゃ〜、どうしたのかなご主人様? 何か凄い悔しそうだけど、もう少し態度を改めないと本気で課題の量を増やすよ」  
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」  
「もう止めろよ。どうせ勝てないんだから」  
歯ぎしりするミリアを、悟った感じのシルスが宥める。  
こういう場合、シルスの方が余程現実的だ。  
 
「それよりエリス、そろそろ機械歩兵のメンテナンスの時間だから一緒に立ち会ってくれる?」  
「あ、はい」  
セリスの言葉にエリスと呼ばれた猫の少女が頷く。  
そして部屋の扉の前まで行くとミリア達の方を向いて、着ている白衣を揺らしながら丁寧にお辞儀した。  
「それではミリア様、今日の授業は此処で終了させて頂きます」  
「ああ、それでいい―――て言うか、やめとけって」  
実際にエリスの返事に応えたのはシルスであり、言われた本人はセリスが扉の方を向いているのを良い事に何やらジェスチャーでセリスの頭を殴ったり足で蹴飛ばしたりしている。  
シルスの言葉の後半も、無謀なる親類に向けた物だった。  
「………追加用の課題は後で持って行くから、それまでの今の課題を終わらせておいてね」  
異界の魔王は無謀なる挑戦者に適切な報いを下し、そのまま部屋を後にした。  
その後ろをエリスがついて行く。  
閉まった扉の奥で何やら酷い罵詈雑言とシルスの宥める声が聞こえるが、少年はもはや関心がないとばかりに歩き出した。  
「あの、ミリア様の課題――もう少し減らしたらどうでしょうか?」  
「うん?」  
唐突に話しかけられてセリスは、きょとんとした顔でエリスを見返した。  
あまり知られていない事だが、彼は親しい者だけの時は意外と無防備なのだ。  
それこそ、急に話しかけると姿通りの子供のような反応を返す。  
「―――何がおかしいのさ」  
「い、いえ、ただミリア様の課題の量を、もう少し減らした方がいいじゃないんでしょうか」  
セリスに半眼を向けられ、エリスは慌てて緩んだ頬を引き締める。  
数秒ほど冷ややかな視線にさらされ、後頭部にイヤな汗をかく。  
「…………仮にも僕の主だよ。高い教養を身につけて貰わないと困る」  
「で、でも、多くすれば良いという物でも無いですし、あまり強制させてやる気をなくされても本末転倒じゃあありませんか――」  
エリスの心配事にセリスは嘆息する。  
「どうせ、七割はシルスお兄ちゃんに押し付けるよ。あの二人の力関係は熟知しているからね」  
「…………た、確かに、そうですね」  
一瞬黙考したエリスの頭にはシルスの机に自分の課題を積み上げ、溜息を付きながらそれを片づけるマダラの少年の姿が思い浮かんだ。  
「まあ、シルスお兄ちゃんの脳味噌は、ご主人様より遙かに性能が良いから大丈夫だよ」  
シルスはその軽そうな見た目とは裏腹に、文武両道の優秀な虎人である。  
専門家には及ばないが、セリスの課題もちゃんとこなし、それなりの知識は蓄えてきていた。  
一時期、本気でシルスとミリアの頭の中身を交換する事をセリスは考えていたが、頭の中を取り替えたら意味がないと気付き、実行直前で取りやめたのはセリスだけの秘密である。  
「それより、今は機械歩兵のメンテナンスだよ。僕直属の暗部以外は、こまめな定期メンテナンスが必要なんだから」  
機械歩兵、生身の肉体を機械に置換したり、投薬によって身体能力を大幅に増強する戦闘増強技術の一つである。  
単純的な能力は従来の兵士の十倍、総合的戦闘能力は五十倍以上に跳ね上がり、王宮親衛隊や、この領地直轄の守備部隊に大量投入される生態兵器だ。  
ただし、体の一部が機械のため定期的なメンテナンスが欠かせないのが欠点の一つである。  
そして通常の機械歩兵のほとんど全ては、この猫耳少女によって作られているのだ。  
 
「そう言えば、もう少し整備の回数を減らした方が良いよ。性能を上げるのは良いけど、それで内部構造が複雑化して整備回数が増えるんじゃあ本末転倒だしね」  
「それは分かっているんですが、なかなか上手くいかなくて」  
整備の頻度や維持用のコストなどが増えれば実戦での運用上色々な問題などが出てくるため、兵器開発ではその所との折り合いが実に難しい。  
一発で国一つ吹き飛ばす大砲を作っても、一発撃つのに国家予算百年分の金額が必要な兵器など誰が使う物か――  
単純な金銭の問題でもなくとも、条約で禁止されているなどの政治的制限や、実戦稼働に耐えられないなどの運用的制限が多ければその兵器は使う意味がない。  
相手以上に自分達に損害を与える兵器など、自爆装置だけでたくさんである。  
どんなに威力を誇る超兵器であっても、それ以上に何らかのコストが掛かるのならとても実戦では使えないのだ。  
生態兵器も同じだ。  
単純に力を上げるために人工筋肉の量を増やせば、質量が増大し一定値で出せる出力を上回ってしまう。  
さらにそれだけの物を動かすエネルギーも供給しなければならないし、摩擦、電気抵抗などの損失も考慮に入れなければならないのだ。  
そう考えると正に性能とコストは相反する物であるのだが、エリスが目指すのはそのような妥協の産物ではない。  
彼女が目指しているのは、そのような常識を遙かに超えた所に存在する領域だ。  
永久機関、人工知能、後天的魔力の増強などだ。  
無論そこへ辿り着くまでの道は険しい。  
エネルギー総量は変化しないというエネルギー保存の法則、質量は不変とする質量保存の法則、生来の魔力は一生そのままという魔力係数保存の法則などの根源的な法則を真っ向から否定しなければならないのだから、普通の科学者達、魔法使い達は鼻で笑うだろう。  
そのような物は不可能だと――  
そんな物はあり得ないと―――  
だが、エリスは違うと思う。  
この世に知らない事はあっても、不可能な事は存在しないと―――  
どんな、法則も理論も何時かは覆される時が来るはずなのだ。  
そう思い、自分はそれを信じ続けた。  
どんなに笑われても、嘲笑されても研鑽し観察し、観測と理論構築を続けたのだ。  
そしてセリスと出会った。  
彼は、自分達より遙かに進んだ技術を持っており、誰も振り向かなかったエリスの理論を初めて認めてくれたのだ。  
「何なら、鈴(すず)の体を少し見せて貰えばいい。参考程度にはなるだろうしね」  
セリスの言葉にエリスは頬が引きつるのを自覚した。  
「えと、それはちょっと―――」  
乱林 鈴(らんばやし すず)、セリス直轄の暗部部隊のリーダーを務める人の少女である。  
人でありながら、その戦闘能力はS級国際犯罪者《トリックスターズ》にも匹敵する超人だ。  
暗部はセリスが自分で揃えた非公式の部隊で、その全てが人であるという前代未聞の構成が行われている。  
その役割は重要人物の護衛から暗殺、諜報などの、表沙汰に出来ない非公式な仕事の多岐にわたっている。  
しかも、暗部の全員はセリスが直々に身体を改造して常識外の力を身に付けているが、鈴はその中でも、さらに別次元の戦闘能力を持っている。  
一般の機械歩兵達は、暗部を真似てエリスが模倣した物に過ぎないのだ。  
「ん、どうしたの?」  
「私、どうもあの子が苦手で―――」  
礼儀正しい少女ではあるが、何というかこう刺々しい物を感じるのだ。  
一瞬で命を刈り取る暗殺者に一瞥されると、気の弱いエリスはそれだけで引いてしまう。  
とてもではないが、体を見せてくれとは言えない。  
「ん〜、まあ、彼女は誤解されやすいけど良い子だよ。真面目だし、責任感も強いし」  
「…………そうなんですか?」  
滅多に人を誉めるという事をしないセリスが賞賛するというのは、自分にとって何となく面白くない。  
少々言葉がぶっきらぼうになっても、無理無い事だ。  
 
「あ、ひょっとしてヤキモチ焼いてる」  
「な――そ、そんなことありません。私はただあの子が苦手なだけです」  
顔を真っ赤にしてムキになるエリスにセリスは悪戯っぽい笑みを浮かべる。  
「あ、鈴」  
「みやぁっ!!」  
背後を指さすセリスにミリアは文字通り飛び上がった。  
急いで背後を振り返ってみると、そこには真っ白な壁があるだけだ。  
同時に聞こえる笑い声の主は言わずとしれたセリスである。  
「本当に苦手なんだね」  
「ひ、ひどいですよ。お師匠様(マスター)」  
余程驚いたのか半泣きの表情でセリスに恨みがましい目を向ける。  
エリスは自らの師である彼の事をマスターと呼ぶ。  
彼女にとってセリスは同じ科学者であると同時に、自らより遙かに高い階梯を歩む上位者なのだ。  
だから畏怖と尊敬を込めてお師匠様と呼ぶ。  
「いや、やっぱり君をからかうのは面白いな。ご主人様と同じくらいに―――」  
「…………それって誉められてるんですか?」  
「誉めてるつもりなんだけど、ご主人様はいつも怒るんだよ。何でだろ」  
「分かる気がします」  
意味不明とばかりに肩をすくめるセリスにエリスは沈痛な表情をする。  
この少年の歪んだ愛情表現は今に始まった事ではないが、それを理解出来る者などそうはいまい。  
さらに本人がそのことを自覚しているので尚のことたちが悪い。  
「ひどいね。君はどっちの味方なんだよ?」  
「限りなくミリア様の味方になりたいんですけど―――」  
「酷い弟子だ」  
ふざけた会話をしながらセリス達はエレベータに乗り込む。  
「話は変わるけど、王都の大規模発電施設の様子はどうなってる? 君の事だから心配ないと思うけど、あそこは事故の一つでも起きたら洒落にならないからね」  
「は、はい、それはもう万全の体勢です」  
エリスは意気込んで返事をする。  
王都にある大規模発電所は猫の国などの魔光によるエネルギーではなく、純然たる電力を供給する施設である。  
これは一般の所領などに配備される電動機による発電施設とは違い、核融合施設や合成生物による生態発電、それに伴う生物科学研究所などが併設されており事故が起こった日には王都が消滅して下手すれば生物災害が発生するだろう。  
「火災、地震、洪水、その他の天災や破壊工作にもビクともしません。絶対大丈夫です」  
「調子に乗るな、未熟者」  
自信をみなぎらせて断言したエリスにセリスの鋭い叱責が飛ぶ。  
「貴様が知っている知識など、全ての内の一片にも満たぬのだぞ。我ですらこの世の何一つとして断言する事など言うのに、戯れ言ならともかく心の底から絶対などと口にするな」  
いつものふざけた口調ではなく、弟子に対する師の叱責は酷く鋭く冷たい。  
「貴様がしくじるだけで、無数の命は消える。それでも、貴様は平気か? 死に逝く者達を嘲笑えるか?」  
「す、すいません」  
自分が背負っている物の重さを指摘され、エリスは即座に頭を下げた。  
自分が作る物は、一歩間違えれば幸運以上の不幸を周りに撒き散らす。  
知恵も力も諸刃の剣、破滅と恵みは裏表だ。  
だからこそ、それを扱う物はそのことを忘れてはならない。  
いや、それを忘れ無責任に力を行使するならばそれが一番幸せだろう。  
力を振りかざし欲望を満たし、何一つ代償を支払わない。  
強者の苦悩を知らず弱者の制限を受けぬ間に居ることこそ、真の幸せなのかもしれない。  
(だけど、私はそうはならない)  
力もそれに対する代償も責任と共に一緒に背負い込む事を決めた。  
自分の無責任さで人が傷付くのはイヤだし、なによりその程度では目の前の少年の横に立つ事が出来ないからだ。  
「ま、分かっているならいいさ。そのまま精進しな」  
冷ややかな表情から一転して、少年は苦笑を浮かべる。  
「念のために暗部に護衛させとくけど、気を付けといてね」  
「は、はい、ありがとうございます」  
エリスの礼を聞くともはや興味はないとばかりに、扉の方を向いてしまう。  
 
「……………………」  
「……………………」  
沈黙がエレベーターの中を支配した。  
象でも運搬な可能な上に半分がガラス張りの巨大エレベーターだが、密室となるとやはり圧迫感がある。  
「―――あの」  
「何?」  
即座に返事を返され、エリスは言葉に詰まったがそれでも何とか言葉を続ける。  
「その…………今夜……何も予定がなければ一緒にお食事しませんか―――――出来れば二人っきりで」  
もじもじとはっきりしない態度で両手の指先を擦り合わせながら、最後の方など頬を染めて蚊の鳴くような声で言う。  
それにセリスは―――  
「僕とセックスしたいの?」  
「……………………な、ななな何言ってるんですかっ!!」  
あまりに直接的な物言いにエリスの頬は一気に真っ赤になる。  
「わ、私はそんなつもりで言った訳じゃあありませんっ!! そんな風に思われるなんて不愉快ですっっ!!」  
半ば怒りの籠もった声にセリスのケラケラとからかうように笑う。  
「じゃあ、聞くけど、今まで二人っきりで食事とかしてその後情事に及ばなかった割合を出してみな」  
その言葉にエリスは、非常に優秀な頭脳をフル回転させて、今までの事を思い出す。  
そして確率計算、  
そうやって出た確率は―――  
「え、え〜と、六十パーセントぐらいかな〜」  
可能な限りセリスから目を逸らし、エリスはさりげなく呟いた。  
「随分サバ読んだ物だね。僕の試算だと二十パーセント程度のの確率なんだけど」  
「う゛…………」  
エリスの試算も大体そのあたりだった。  
逆に言えば実に八割近くの確率で、二人っきりになるとその手の行為に及んでいるのだ  
さらにその数値はプライベートになると、限りなく百パーセントに近くなる。  
「それにさ」  
素早い動きでセリスはエリスの腰に抱きつく。  
運動神経が断絶している彼女に、素早い少年の動きを止める力など無い。  
「お、お師匠様」  
反射的に抱き留めてしまった弟子の腹に、師は構わず顔を埋める。  
そこは、自然な体臭とは違う甘い匂いがした。  
「――何この匂い? いつもなら、平気で三日ぐらいお風呂に入らない癖に、香水なんて付けてどうする気だったのさ」  
「こ、これはその身だしなみのためうひゃあっ!!」  
悪戯を思いついた子猫のような表情を浮かながら、セリスは手を白いシャツの脇から服の中に手を滑り込ませる。  
「や、駄目ですっ!! こんな所で!!」  
「そう言った所で、僕が止めると思う?」  
弟子の抵抗と制止を歯牙にも掛けず、服の中で手を動かす。  
「だ、だってカメラが―――」  
階を示すプレートの上に設置された監視カメラに目をやるエリスだが、セリスは気にしない。  
「警備システムの統括はアリスがやっている。別に見られた所で恥ずかしくないだろう」  
「で、ですけど――」  
「堅い事言わないでよ。ちょっとぐらい、いいじゃないか――」  
そう言いながら、腹の辺りのシャツを露出させてそこに顔を埋める。  
「ん、」  
頬を擦り付けるようにして、エリスの腹が擦られそのまま腕が背中に回される。  
指先が肩胛骨の出っ張りに沿ってすっと走ると、体から力が抜けてしまう。  
少女のように華奢で、ピアニストの如き繊細な手の平が背中の筋肉を揉むように動く。  
 
「少し肩がこっているようだね。研究もいいけど少しは運動しなよ」  
「はい、んあ」  
微乳と言うより、無乳な胸が露出させられエリスの顔が羞恥に染まる。  
「本当に成長しないな。今度女性ホルモンでも打ってみる?」  
「ひ、ひどいです。人の気にしている事を――」  
エリスの胸は文字通りぺったんこだ。  
三次元には進出出来ず、二次元で事足りるぐらいの無乳っぷりだ。  
横に並ぶとあのミリアでさえ優越感に浸れるほどの無乳なのだ。  
「まー諦めたら、この年で全然成長してないんだ。体質だと思って割り切るしかないね」  
「うう」  
エリス自身自分の胸の事は良く分かっている。  
それがかなりの確率でこれ以上の成長を望めない事も―――  
平面な肉壁に出来た二つの突起の片方にセリスの指が触れる。  
「ひゃん」  
「これだけ刺激してるんだから、少しぐらい大きくなってもいいのにね」  
小さな舌が伸ばされ、それが腹を伝って脇へ移動した。  
「ふひゃあっん!! そ、そんな所」  
「やっぱり、ちょっと臭うね。ちゃんと毎日お風呂に入りなよ」  
そう言うとセリスは念入りにそこを舐め始める。  
同時にエリスの体を壁に押し付け、そのまま両足を持ち上げてしまう。  
ちょうど、エリスの両足の間にセリスの体が挟まる形だ。  
「そんなつもりはないって言ってるけど、この下着は何なのかな?」  
エリスの下着は上下とも黒いシルク製で、男の欲望を刺激するようにレースをなどを使って卑猥さを演出している代諸だ。  
普段着ではないと言い切れないが、身嗜みの標準が白衣とシャツとタイトスカートのエリスにしてはおかしすぎる。  
「普段着じゃないよね。誰に見せるために付けているの?」  
「そ、それはたまたま――」  
「たまたまね、ふ〜ん」  
かけらも信用してないセリスの視線に耐えられず、エリスは俯いてしまう。  
「じゃあ、此処がこんなに期待しているのもたまたまなのかな」  
濡れそぼった下着を撫でながらセリスが囁く。  
「……………」  
エリスは今度こそ顔を真っ赤にする。  
何度も情緒を重ねる内にその手の反応はかなり敏感になってきたが、それを認めるのはやはり気恥ずかしい。  
それに対して体の成長が皆無なのはさらに悲しい。  
しかし、エリスに時間は与えられなかった。  
下着に手を入れられ、そこから強引に中に入れられ、一気に掻き混ぜられる。  
「うはあぁあぁああっっ!!」  
何度経験しても慣れない感覚、しかし決して不快ではない。  
熱いお湯につかった時のように、下半身から神経が揺さぶられ全身に鳥肌が立つ。  
本人以上にその体を熟知しているセリスの指が、エリスの体を這い回る。  
「ひっうあう、お師匠様」  
眼鏡越しに視線を向ければ少年が苦笑を返した。  
「どうしたの? そんな物欲しそうな目をして」  
セリスの純真無垢な表情にエリスは恨めしげな視線を向ける。  
(うう、意地悪です)  
自分の心の内を分かっている癖に、セリスはわざわざ聞いてくる。  
他人を焦らせもてあそび、その葛藤や羞恥をあおるのは性技の常套手段だが、彼ぐらいの熟練者になると、やられる方はたまったものではない。  
いつもなら、ここからさんざん焦らして、最後に理性が吹き飛ぶぐらい激しくするか、ゆっくりじっくり愛撫を続け、まるで体が溶け出すようなじんわりした絶頂を味わわせるのだ。  
しかし今回は違った。  
 
「ふぁう」  
中に入れられた指の本数が増えると、エリスは熱い吐息を漏らす。  
そして次の瞬間、その指がバラバラに高速で動き出した。  
「ひ、ひゃうっ!? ああああああああああああああっっ!!」  
体中の神経の端々まで電流が流れ、体中の筋肉が硬直する。  
セリスの指使いは一見乱雑そうに見えて、その全てが楽器の合奏のように緻密に計算し尽くされ重なり合う妙技だ。  
擦り、引っ掛け、抉り、突き刺され、剥き出しにされた神経に快楽を流し込まれる。  
「お、お師匠様、は、激しすぎ、くひゃんっ」  
快楽に震える少女は言葉すら続けられず、それに飲まれていく。  
体内に溜まった熱を僅かでも排出しようと息を吐き出せば、同時に喘ぎ声も出てしまう。  
「さっきの返事だけど、君の部屋にならお呼ばれしてあげてもいいよ」  
「そ、それは」  
「駄目なの?」  
言い淀むエリスに、セリスは無邪気に首を傾げた。  
と、同時に指をさらに深く突き入れる。  
「ふああぁあああっ」  
神経をあぶられるような快楽が脳を叩いて、魂を絶頂まで突き上げる。  
しかし、その手が不意に止められた。  
「お、お師匠様?」  
真っ赤になった顔で突然の愛撫の停止に、エリスは切なげな表情で師匠を見る。  
「君の部屋に呼んでくれるなら、続けてあげるよ」  
「そ、そんな、それは駄目ですっ!!」  
「じゃ、やめるね」  
それまでの激しさとは対照的にセリスはあっさり手を引っ込める。  
「あ、あんまりです此処までしておいて」  
「じゃ、呼んでくれる? それとも、僕を呼べない理由でもあるのかな。たとえばまた部屋の中がゴミ屋敷になっているとか」  
セリスの瞳が非常に冷ややかな視線を帯びる。  
「え、ええと、」  
「いつも言っているよね。出した物は元に戻せ、ゴミは捨てろ、食べた物は片づけろ、服は散らかすなって」  
冷ややかな視線のままセリスは秘裂の周りに指を這わすと、その焦燥にエリスは息を漏らした。  
「で、君の部屋に呼んでくれる?」  
「はぁ、それは――」  
了承しかねる猫耳少女にセリスはゆっくり指を離していった。  
 
「やあっ、やめないでくださいっ!!」  
とっさに叫んだ物の、一瞬後には冷静になり耳の中まで赤く染まる。  
「呼んでくれる?」  
エリスの秘裂から垂れた愛液が、床に敷かれた高級な絨毯をぐっちょり濡らしている。  
こんな状態で愛撫を堪える事が出来る訳がない。  
「わ、分かりましたから、意地悪しないでください」  
「ふふ、ありがとう。でも部屋はちゃんと片づけておいてよ」  
涙を溜めた瞳で懇願する弟子に釘を刺し、セリスは指の動きを再開した。  
「ふはぁあああああああっっ!!」  
水音と共に指が膣内に侵入し高速でかき回し、舌が体を這い回る。  
セリスの愛撫は今まで何度も受けてきたが、いっこうに慣れも飽きもしない。  
まるで麻薬のように受ければ受けるほど溺れていく魔性の愛撫を前に、エリスは絶頂まで駆け上がっていく。  
「ひふぅうっ、イク、イっちゃいます。セ、セリスさん、私イっちゃいますうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!」  
絶叫と共に背筋を仰け反らし、快楽の祝福を受けようとした瞬間セリスの手が素早く離された。  
「ああああああああああああああ、え……………あ…何で―――」  
戸惑う少女にセリスは微笑み、エリスの体を下ろした。  
「セ、セリ、お師匠様何で」  
絶頂の寸前で快楽から引きずり下ろされた少女は、自ら零した愛液の水溜まりにへたり込む。  
しかし、失望の表情で自分を見上げる弟子に、セリスは天使の皮をかぶった悪魔の笑顔で応えた。  
「続きは後でね」  
「…………へ?」  
唐突な宣告に少女が何か言う前にセリスは扉の横の隙間にカードを差し込む。  
軽い電子音と共に扉が開いた。  
「ちょっ、ええ!?」  
気付いたエリスが咄嗟に手を伸ばすが、腰が抜けているために前のめりに倒れ込んでしまう。  
「人の顔を見て笑った罰だよ。しばらく我慢しな」  
ひらひらと手を振りながら師は弟子に背を向けて歩み出す。  
「ま、待ってください。わ、私、腰が抜けて――もう」  
「これも修行だよ〜ん。せいぜいがんばってね」  
そう言い捨てるとセリスは去っていく。  
後に残ったのは腰が抜けて足腰の立たなくなったエリスだけだった。  
 
「うう、酷いです。お師匠様」  
膝をがくがく振るわせながら、エリスは自室の扉をくぐった。  
「もう少し素直になれば、ミリア様だってあんなに怒らないのに」  
師に対する批判を零しながら、エリスはソファーに倒れ込んだ。  
下着の方はぐちょぐちょに濡れてしまったので着替えたかったが、この部屋には着替えがない。  
正確には着られるような着替えがないのだ。  
いや、実際にはしわくちゃになったワイシャツや、脱ぎ捨てられたスカートや、三日ぐらい身につけていた下着があるのだが、そんな物は着れない。  
エリス自身はいいのだが、師であるセリスが許さないのだ。  
別に誰かに見られる訳でもないので構わないと思うのだが、セリスはそんな無精を許さず毎日入浴と着替えを義務づけている。  
初めのうちこそ研究に没頭して、五日ぐらい同じ服を着たままなどざらだった。  
しかし、一度十日間連続で同じ服を着続けたエリスにセリスが激怒した事があった。  
その時は泣き叫ぶ彼女に構わず、セリスはその小さな舌を使ってエリスの全身に溜まったふけやアカを舐め取ったのだ。  
それ以来、エリスは三日に一度は入浴と着替えを行っている。  
さらに問題はそこだけではなく、セリスの愛撫の名残が未だに体の奥でくすぶっているのだ。  
絶頂寸前まで行ったため、不完全燃焼気味の性欲はエリスの体を常に刺激し続けていた。  
こうやってソファーに横になっているだけで、体中に微弱な刺激を受けている。  
快楽にはほど遠いが、無視出来るほど小さい物でもない。  
いっそ自分で慰めてしまおうかと思うが、自分のつたない愛撫ではセリスの快楽以上の物を手に入れる事など無理だ。  
下手に刺激したらよけいに悪化しそうである。  
「か、片づけないと」  
いっそのことセリスが来るまで安静にしていたいが、このまま横になっている訳にもいかない。  
セリスが来た時、部屋が散らかっていたらただでは済まないだろう。  
(ともかく、まず現状を把握しないと)  
エリスは部屋の中を見回した。  
まずは下、厚手の絨毯が敷き詰められている床は、脱いだ衣服に書類とゴミが散らかり足の踏み場もないどころか、絨毯の毛がほとんど見えない。  
しかも、絨毯には変な色のシミとカビが生えていた。  
次に机、上質な黒檀の机の上面はこれまた書類とゴミにまみれ、食べかけのまま放置されたカップラーメンの汁や、ハンバーガーが変な匂いを発している。  
しかも、机の上に置いた服にそれがこぼれて大変な事になっていた。  
最後に壁、埋め込み式の書棚には本が一冊もない。  
出した本を戻さずに積み上げ続けた末、エリスの身長の倍近くある歪なピラミッドを形成している。  
「…………無理です」  
優秀な頭脳は、僅か五秒でそう断じた。  
自分は猫にあるまじき事に運動神経が絶無なのだ。  
その上、家事も苦手と来ている。  
この世にインスタント食品とファーストフードが無ければ、エリスは毎日生野菜をかじっていただろう。  
しかし、出来なくてもやらなければいけない。  
不可能を可能にが自分のモットーなのだ、何よりこの部屋の状態を見たセリスが笑顔で納得してくれるとは思えない。  
「まず本を片づけないと」  
床の面積の多くを占有している本を片づけ、そこから順々に部屋を片づけていく計画である。  
先に棚の掃除をした方がいいかもしれないが、セリスもそこまで言う事はないだろう。  
 
しかし、本のピラミッドの眼前まで来ると自分の愚かさに頭を抱えた。  
ページの合間に書類や付箋などを挟み込んだ本を無節操に積み重ねていった結果、本のピラミッドは非常に不安定な形に積み上げられている。  
下手にどこかの本を動かしたら、今にも崩れて来そうだ。  
数秒黙考して大丈夫そうな場所を探し出し、その本に手を掛ける。  
しかし、  
(ぬ、抜けない)  
周りの本が側面を圧迫し、本が抜けないのだ。  
「く、この、」  
強引に引き抜こうとするが、非力なエリスの腕ではビクともしない。  
「ん〜!!」  
本の山に足を掛け、全身で本を引っ張る。  
「ぐぐぐうぅ〜っ!!」  
数秒の硬直状態の後、唐突に本が抜けた。  
だが全身で本を引っ張っていたエリスは急に支えを失い、そのまま真後ろに倒れそうになる。  
「わひゃあっっ!!」  
咄嗟に前に手が伸びたのは運動音痴のエリスからすれば、正に奇跡的な出来事である。  
しかし、その手が掴んだのがピラミッドの一角だったのはいただけない。  
掴んだ本は一瞬の抵抗の後、簡単に抜けてしまったのだ。  
結局、彼女は後ろに倒れてしまった。  
しかも、抜かれた本のせいでピラミッドのバランスが崩れ連鎖的に全部が倒壊する。  
そのほとんど全てが倒れ込んだエリスに降りかかってきた。  
「きっ」  
悲鳴を上げる前にエリスは本の波に飲まれてしまう。  
 
 
 
 
「し、死んじゃうかと思いました」  
本の海原から這いだしたエリスは自らの後ろを振り返る。  
そこには崩れ去った本のピラミッドの残骸があった。  
よくこの状態で助かった物だ。  
下手すれば体が圧迫されて圧死していただろう。  
「うう、どうしましょう」  
しかし、エリスに助かった命を喜んでいる暇はなかった。  
本のピラミッドが倒壊したせいで、部屋の中に本が散乱し埃やら何やらが舞い上がってる。  
その上、倒壊した時の衝撃で飲みかけのコーヒーなどが絨毯にこぼれ、致命的なシミを作っていたりするのだ。  
もはや片づけなど絶望的な状態であった。  
打ちひしがれたエリスが下を向いた時、一つの書類の束が目に止まる。  
「これは――」  
日に焼けた書類には多数の数式と図面が描かれており、素人にはその内容が遙かに高度な物だとしか分からない。  
「こんな所に有ったんですね」  
かって自分が変人と疎まれ、誰にも顧みられる事の無かった時に書いた物だ。  
ふと、左手の甲を見ると、そこには醜い傷跡があった。  
まるで何か切れない刃物を突き刺したような傷跡だ。  
(そう言えば、お師匠様と出会って私が最初に作ったのも電磁加速砲でしたね)  
エリスは傷跡を愛おしげに撫でた。  
まるでとても大切な物のように――――  
 
 
 
 
エリス(外見年齢十四歳ぐらい)  
猫の少女で、ミリアより頭一つ分背丈が低くつるペタな体型  
髪は肩で切り揃えられた茶髪で、服装は白衣にタイトスカートとシャツを常時装備、  
瞳は青みが掛かった銀眼だが、分厚い眼鏡で遮られ普段は見る事が出来ない。  
ミリアの家庭教師兼セリスの弟子にして助手、  
セリスにその優秀な頭脳を見出され、領地に連れてこられた。  
セリスを除けば、領地のテクノロジーに精通しているのは彼女だけのため、様々な組織や国にその身柄を狙われている。  
性格は真面目だが、同じ服を着続けたり整理整頓が出来ないなどのずぼらな面も存在する。  
 

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