「足を捻ったみたいですね、僕が手を貸しますから一度立ち上がってみますか?」
……なんだ、思ったほど年配でもないな。
笑顔の裏側で少年は思った。
遠目ではおばさん主婦に見えたが、近くで見るとせいぜい大学生……もしかしたら高校生の可能性もあるかもしれない。
もう何年も着てくたびれました、といった感じのGパンと綿シャツ。ただひっつめただけの髪型。あろうことか、すっぴん。
女子大生といってしまうには、彼女のメイクとファッションはあまりにお粗末すぎた。
しかし、主婦だろうが大学生だろうが高校生だろうが中学生だろうが、少年の「好み」ではあった。
「じゃあ僕が抱えますから、ゆっくり立ち上がって下さい」
少年が手をさしのべる。
女性はとまどいを見せつつもそれを受け入れようとする。
横断歩道を渡る老人に荷物を持ってやろうかと持ちかけたところでひったくりを警戒されるだけの昨今、善意が受け入れられるかどうかはもはや賭けだが、一度迷いを抱かせてしまえばそうそう無碍にはできないというもの。疑って悪かったかな? と気のゆるんだ状態。
そこに手を伸ばすのが、少年のいわば「趣味」だった。
少年はいつものように、何食わぬ顔で女性の乳房を押し包んだ。
瞬時にビクリと反応されたが、気にもとめない。
そのまま柔らかな感触をもてあそんでいく。
実のところ、乳房にはさほど興味がない。男として惹かれるものは当然あったが、張りだの形だの大きさだのに情熱を傾けるようなことはなかった。
少年がいつも乳房を対象としているのは、単にそちらの方が女性の反応が過敏でないからにすぎない。
──相手の頭が鈍っているうちに、じわじわと。
人というのは、タイミングを逃せばそれだけで怒りを発しがたくなるものである。
少年はそのタイミングをよく知っていた。
ふにふにした感触を思うさま楽しんでいると、頭上の吐息が少しずつ温度を変えてくる。
ぎゅっと詰められていた呼吸が、ほどけるように融解する。
ちらりとうかがった唇がわなないているのを、はたして女性自身は気づいているのかどうか。上気していく頬を確かめ、少年は内心ほくそ笑んだ。
……いい顔をするじゃあないか。
この場に鏡があればさぞかし面白いことができただろう。
都会にありながらまったくあか抜けてない女性。彼女は異性の目を意識していないどころか、同性へのプライドももはや放棄している。ようするに女を捨てている……または、あきらめたのだ。
まれに聞く打ち明け話によると、昔好きだった男に手ひどく傷つけられたとか、これまでの人生で身の程をさんざんにすり込まれていったとか、理由はささやかで、そして、強固なものだ。
彼女たちは総じて臆病で繊細がゆえに、性というものに蓋をして閉じこめている。
──だったら、引きずり出してやろう。
何年も岩戸にこもったままの女たちに男の欲望というものを叩きつけてやろう。
自分たちには関係ないと顔を背けるものの髪を引っ張り、否応にでも思い出させてやる。
そして、可愛らしい顔を見せてくれ。
長年身につけてきた世間への鎧をそぎ落とした、むき出しの部分を。遠い昔、傷つけられる前には当たり前に見せていた……無防備な表情。
王子様をあきらめる前の、「女の子」の顔を。
……自分より年下の、痴漢ごときにね。
少年は乳房の中央で勃ち上がり始めた蕾をぐりぐりと刺激しながら、ひっそりと女性の観察を続ける。
弾む吐息をなんとか閉じこめようとして唇を噛み、耐えきれずに吐き出して、恥ずかしそうに目を潤ませる様。
なけなしの理性に引きつりつつも、夕日のように染まっている化粧気のない頬。
ぴくん、ぴくんと背筋が震え、指から体が外れるたびに、自ずとすり寄ってくる無意識の所作。
少年は緩やかに慈悲を与える。
「あっ、あ……っ」
おそらくは生まれて初めてであろう嬌声を、耳でじっとりとねぶり尽くした。
録音して後で聞かせてやるのも面白いかもしれない、一度くらいやってみようか……。などと思いながら、目の前の表情を堪能する。
もう何もわからないといった顔だ。快楽を受け止めるのに必死で、反発も諦念も自我さえも手放している。
絶妙の間断を縫って、そっと吹き込む。
「……可愛いよ?」
聞こえるか聞こえないかくらいの声だったのに、ビクン、と揺れた。
……ああ、楽しい。
さあ、優しくしてあげよう。
一度愉悦を味わって、なおも岩戸に隠れることができるのかどうか。
この邂逅は、一瞬。
優しくなかった世界がやはり何も変わっていないのだと思い知ったとき、臆病な心は一体どれほど打ち震えてくれるだろう。
──さあ、たくさん与えよう。
少年はほくそ笑み、心ゆくまで趣味を満喫した。