駅ビルの中にあるカフェのカウンターで、兄と並んでお茶を飲む。
お茶、とは言っても兄はコーヒーで私はオレンジジュースだ。
「受験戦争の勝利、お祝い申し上げます」
仰々しい口上がどうにもおかしくて、私は思わず笑った。
「一度は戦死したけどね、ありがと」
一年の浪人生活を経てようやく第一志望の大学に合格した。
東京に出てくるのは久しぶりではなかったけれど、兄と会うのはそうではない。
忙しい社会人を上京の度に呼び出すのもどうだろう、と連絡するのをためらっているうちに、五年も経っていた。
田舎で生きるのを嫌って、高校を卒業したらあっさり故郷を捨ててしまった兄。兄が家を出て行ったとき、私はまだ十歳だった。
ほとんど一緒に育っていないけれど、私はずっと兄に憧れていた。
「兄と同じ年になったら、私も東京に行く」と思い続けて、そうして一年遅れで上京してきた。
ようやく兄を目の前にして実感がわく。私、東京に出てきたんだ。
「お兄ちゃん、なんか雰囲気変わったね」
そう言うと、そうかな?と首を傾げる。人なつこそうな目がにこにこ笑っている。
基本的に似たような作りをした私たち兄妹の顔だけれど、目だけはまるで違う。
私は切れ長の一重、兄はぱっちりとした二重だ。あの目を女の子に持ってきたら、さぞ美人だろうなぁ。
三十路目前には見えないこのひとは、顔かたちや体つきや佇まい、すべてが本当にきれいで無駄がない。
前に会ったときより少し線が細くなった気がする。細身のジャケットとジーンズが余計そう見せるんだろうか。
「大丈夫?ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ。病気もしてない」
コーヒーカップを持つ長い指に目がいく。薬指にはなにもはめていなくて、ほっとしてしまう。まだ、誰のものでもないんだ。
ブラコン、と地元の友達にはよく冷やかされたけれど、そういうのとは違う、もっと特別な感情を私は兄に抱いている。
好き、というのに近い。
(ちぃ、合格おめでとう)
新幹線のホームに立っていた、記憶の中よりもっときれいになっていた兄のふんわりと笑う顔。あの表情を思い出すと少し胸が高鳴る。
「あのね、お兄ちゃん」
気持ちを抑えながら、私は本題を切り出す。
「しばらく泊めてほしいんだけど、いいかなぁ?」
入学式まであと一ヶ月。それまでに部屋も決めなければいけない。
地元でネットの情報を当たっていくより、実際の土地を見ながら決めたいから、と、心配する両親を振り切ってきた。
それが今回の上京の動機だ。もっともらしいことをこじつけて兄に会う、というのが本当の目的ではあるけれど。
無茶して今朝の新幹線に飛び乗った甲斐はあった。こうやって、兄と一緒にいられるんだから。
「東京ってホテル代もバカにならないでしょ?」
「最初からそうなると思ってました。今朝母さんから電話あったよ」
「え、お母さん電話してたんだ?」
「そうやって俺が断れない状況に追い込むあたり卑怯だな、ちぃ」
「卑怯じゃないもん」
「別にいいけど…俺、同棲中だよ?」
へ、と間抜けな声をあげて、私はプラスチックのカップを取り落とした。
オレ、ドーセーチューダヨ? 私は衝撃を受けた。学生時代から彼女一人紹介してくれたことのない兄が、同棲中?
なによ、彼女がいるなら指輪ぐらいしなさいよ!
理不尽な憤りを覚えたけれど、まさかそれをぶつける訳にはいくまい。予想していなかった展開にさすがに冷めた。
「…じゃあいいです」
「いや、ちぃがいいなら別に構わないよ。新しい家見つけるまで居候したらいいじゃない」
すごすごと引き下がった私を、兄はにっこり笑って引き止める。
あぁ、その顔。血のつながった妹でさえどきどきさせるそんな笑顔で言われたら、もう。
「…泊めてください」
「どうぞどうぞ」
兄はあっさり居候を了承した。本来の目的は達成できたのに、この敗北感はなんだろう。
明らかにテンションが落ちた私のことを知ってか知らずか、兄は「どっかご飯食べに行こうかぁ」なんて言っている。
こうなったら、高いランチをおごらせるしかあるまい。
それから、同棲中の彼女とやらのことも取り調べてやる。
惚気られてダメージを負うリスクも高いが、数日間の居候生活で顔を合わせないはずがない訳で、下調べをしておくに越したことはない。
「…げ、会社から電話だ」
私が変に意気込む隣で、兄の携帯電話に着信がある。兄は眉間に皺を寄せたが、すぐにスライドさせて耳に当てた。
もしもし、後藤です…
急にサラリーマンの顔になった兄をぼんやり眺めながら、兄の彼女という存在について考える。
美人なんだろう、勝手な想像だけれど。というか、美人じゃなきゃ困る。
美女と野獣ならぬ、美形とナントカ、みたいなカップルをよく見かけるが、そんなのは絶対に許さない。
兄と一緒にいるひとは、兄と同じくらいかそれよりきれいでなくてもらわなくては。
私なんかでは太刀打ちできない、と打ちのめされるようなひとでなくてはいけないのだ。
大きなウィンドウに映る自分の顔を見てみる。確かに兄の面影はあるけれど、やっぱり全然違う顔だ。
田舎育ちのせいもあるけれど、いかんせんあか抜けていない。
受験勉強にかかりきりで、格好を気にするなんてすっかり忘れていた。肩より少し長く伸ばした髪がゆらりと揺れる。
そばかすがちらちらする頬をなでてため息をつく。こんなのじゃ、兄と一緒に歩くのも釣り合わない。
「…えぇ?ふっざけんなよマジで」
乱暴な声に驚いて我に返った。兄が目をつり上げて怒っている。仕事でなにかトラブルでもあったのだろうか。
「…わかった、戻ればいいんでしょ」
今東京駅だから、30分かかんないぐらいだと思う。
愛想のない声で言うと、大きくため息をつきながら電話を切った。
「ごめん、ちぃ。会社から呼び出し食らっちゃった」
「ええぇ」
抗議の声をあげるが、今日無理矢理休みを取らせたのは私なので文句は言えない。だがしかし、このあとひとりでどうしろというのだ。
そんな私の空気を察してか、兄は手帳を一ページ裂いて何かメモをすると、その上にポケットから取り出した鍵を置いた。
「部屋、ここだから先に帰ってて。赤い地下鉄に乗れば着くから」
紙切れになった手帳には、簡単な地図と住所、それにオートロックのナンバーが書かれている。
駅から見えるマンションだから、すぐわかると思う。それだけ言うと、兄は席を立った。
「ミユキは明日まで出張だから、家でゆっくりしてなよ。ね?」
ミユキさん。どうやら、それが彼女の名前らしい。まともな紹介もないまま、こんな状況でいきなりその名前を出されたことになんだか苛立ちを覚える。
なんだって、こんなにうまくいかないのかな。
不満を隠さない私の頭を、苦笑してポンと叩くと、慌ただしく兄は店を出て行った。
兄が住んでいるのは、高級、というほどでもないのだろうが、素敵な感じのしゃれたマンションだった。
オートロックを開けるのははじめてで少し手間取ったけれど、中に入ると部屋数は少なくてゆったりした造りになっているのが目につく。
打ちっぱなしの廊下では、いかにも流行のファッションで決めた女の人とすれ違ったけれど、会釈もしていかないあたりが都会らしい。
田舎だとこうはいかないけれど、東京の人はそんなものなんだろうか。とぼんやり考えながら兄の部屋にたどり着く。
後藤、と書かれた表札がかかっている。兄名義の部屋なのだろう、ミユキさんの名前は書いていない。
まさか実は入籍してたりするんだろうか、とも思ったが、「同棲中」という言葉を信じてそれは打ち消した。
「…お邪魔しまーす」
同棲中、という割に、兄の部屋はずいぶんすっきりしていた。物がない訳ではないけれど、モノトーンでまとめられたインテリアは生活感がない。
女の子が好きこのんでレイアウトした部屋には見えなかった。ミユキさんというひとは、少し変わったひとなのだろうか。
こんなに色味のない空間で生活していたら気違いにでもなってしまいそうなものだけれど。
昔から兄は白か黒の服ばかり着ているようなひとだし、ミユキさんもそんな感じのひとなんだろうか。あまり深く考えずに、とりあえずコートを脱ぐ。
夏日寸前まで気温が上がった今日は、じっとりと首周りに汗をかいてしまって実に不快だ。どうしてこんな格好してきたんだろう。
誰もいないのをいいことに、タートルネックのシャツとジーンズを脱いでたたんでおく。ミユキさんは一日不在、おそらく兄も遅くなるだろう。
さっとシャワーでも借りてしまおう。ガサ入れするのは、それからだ。
浴室に向かった。モデルルームか、と思わずつぶやいてしまうほど広くてきれいだった。
シャンプーを済ませ、体を洗う。スポンジやタオルで洗うのは好きじゃない。変なところでデリケートな肌がやたら赤くなってしまう。
ボディソープを泡立てて、両手で丁寧に全身に伸ばす。
こうやって洗っていると、友達は「ちはやの洗い方はちょっとエッチだね」なんていうけれど、これがいちばん楽でいい。
「…相変わらず、ほっそい体ですこと」
我ながらすっきりした無駄のない体をしている。無駄がなさすぎて胸までない。
一応ふくらみこそあるものの、この胸にブラは必要なのかと思わずにいられない。
友達はみんな、胸とかおしりとかふっくらとして女の子らしい体をしている。
脚が太い、とか、二の腕が、と気にしているけれど、私はそういう女の子の体になりたかった。
細くて羨ましい、と言われるが、細すぎるのも考えものだ。裸になってもちっとも魅力的ではないのだから。
泡をきれいに洗い流す。真っ白で血の気のない肌は貧相な体型と同じぐらい不健康だ。
なんで、こんな体なんだろう。
両親はともに細いひとたちだから、兄も私もその血を引いているのがはっきりわかるのだけれど、これはあんまりだ。
「ミユキさんは、違うんだろうな」
ふとしたつぶやきに嫌悪を感じる。どうしてすぐに「ミユキさん」になにもかも結びつけてしまうのだろう。
シャワーを出したまま、横たわっても余りある床の上に寝転ぶ。
なんとなく排水溝を手でふさいだ。バスタブにそうするように少しずつ水を溜めて、そこに身をゆだねる。
寝転んだまま、ぼんやりと天井を見つめる。見たことのない白い天井。知らない家。
そうか、兄はこんなところに住んでいるのか。私の知らない、ミユキさんというひとと、ふたりで、この家に。
「私、兄ちゃんのこと好きだ」
誰に言うでもなく、試しにつぶやいてみる。兄の家で、兄が私の知らない誰かと暮らす家で、口にしてはいけない言葉を口にする。
いいのだ、誰も聞いていないのだから。
だんだん温くなっていくシャワーの水に浸かっていると、なんだか意識が澱んでくる。
セックスの前の高揚感に似ている、この感じは。そう言えば、ずいぶんご無沙汰している。
この一年は本当に余計なことを考えている暇がなかった。
半身がむずむずする。ゆっくり指を伸ばす。人差し指と中指を少しだけ入れると、くちゅ、と音がする。
兄のおっとりとした微笑みを、「ちぃ」と呼ぶ声を、細くて小さな体を、長い指をした大きな手のひらを思い出す。
急に、ぞくぞくとした背徳感を感じた。頭、背中から腰、爪先まで甘いしびれが走る。
兄のことを考えながら、私は私を犯している。水ではない液体が私を濡らしてはじめているのを確かめる。
あぁ、感じているんだ。兄が私を濡らしてしまう。仰向けのまま膝を立てて、ぐっと指を押し込もうとした。
「由貴?帰ってるの?」
その瞬間、人の声が確かに聞こえた。ざっと血の気がひくのを感じた。
誰?まさか、ミユキさん?ミユキさん以外にこの部屋に住んでいるひとの話は聞いていない。
たぶん、誰かが侵入してきた訳でもないだろう。きっとミユキさんだ。おそらく、すぐそこにある洗面所に入ってきている。
あわてて飛び起きようとしたけれど、頭に血が行かなくて力が入らない。
初対面がいきなりこれか。兄の家でオナニーしかけているところを見られるなんて、冗談じゃない。
そんなの見られたら死ぬ。頼むから入ってこないで。祈るようにして、私は体を小さくした。
「由貴?」
願いも空しく、ドアは開いた。私は今度こそ、心底驚いて声を失った。
ミユキさんと思われるそのひとは、とてもきれいだった。すらりと背が高くて、こんな状況でなければ見惚れてしまうほど。
ただ、そこにいるのはとてもきれいな男のひとだった。
「いやあああぁぁぁっ!?」
反射的に私は叫んでシャワーをそのひとに向かって噴射した。向こうも、うわっ、と叫んですぐさまドアを閉める。
ドアが閉まると、今のが嘘だったかのような沈黙が下りた。ごぼごぼと水が流れる音だけがやたら大きく聞こえる。
力の入らない体を起こす。ここはバスルームで、私は裸で、まったくもって逃げ場がない。しかも、すぐそこにいるのは見知らぬ男だ。
息を殺して気配を探ろうとするけれど、外の様子はわからない。
どうしたらいいのかわからなくて座り込んだまま、途方にくれる。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「…これ、使う?」
もう一度ドアが開いて、今度はバスタオルを持った手だけが差し出された。配慮はありがたいけれど、体が本当に強張ってしまって動けない。
あ、ぁ、と返事にもならない上ずった声をあげるだけの私を訝しく思ったのか、「入るよ?」と一応断ってそのひとはドアを開けた。
怖くなって、とっさに背中を向ける。
なにもしないよ、と苦笑する声がして、バスタオルで肩から背中がすっぽり被われる。
やわらかいタオルにくるまれて、ふっと緊張が解けたような気がする。
恐る恐る振り返ると、べったり濡れたスーツの彼は「よいしょ」と座り込んだ。
「由貴に似てるけど…君、だれ?」
ユタカというのが兄を指しているのは茫然としていてもさすがにわかる。
私はカラカラになった口を金魚みたいにぱくぱくさせて、妹です、と小声でつぶやいた。
「…君が妹さんなの?」
彼は少し驚いた顔をしたけれど、
「由貴から話は聞いてるよ」
アーモンドみたいな形の、色素の薄い目が人懐こそうに笑った。
「はじめまして、御幸瑛一郎です。お兄さんの、同僚」
僕のことは知らないでしょ? 少しだけ上がった口の端がちょっといたずらっぽく笑っている。私は脱力するのを感じた。
えぇ、あなたを知ったのは数時間前だし、ましてミユキエイイチローっていう男性だなんて知りもしませんでしたわよ!
元気だったらそれぐらい言ってやりたかったけれど、今の私はポカンと口を開けたままの間抜けでしかない。
「…あなたが、ミユキさん?」
「あれ、知ってたの?」
「同棲してるって聞いたから…」
御幸さんは、あぁ、そう言ってたの、と驚いたような声をあげて笑った。
そして、小さく「まぁ、そういうことになるね」とつぶやいた。ということは。
「御幸さんと…お兄ちゃんは、その…ゲイってこと…?」
呆然とした私のつぶやきを、御幸さんはさらりと拾った。
「由貴はそうだね」
なんてことだ。兄がゲイだなんて衝撃の事実を兄の恋人から直接聞かされるなんて。ショックというか、びっくりして何も言えない。
両親が「早く彼女を連れてきなさい」とせっついているのを笑って流していた兄を思い出す。彼女なんて紹介してくれる訳がなかったのだ。
黙って俯いた私を覗き込んで、御幸さんは少し心配そうな顔をした。
「…ショック?」
「いや…なんていうか…なんとも反応できなくて」
よく、こんな告白をされた家族はショックを受けて云々、という話を聞くが、それが自分の身に起きるなんて思ってもみなかった。
でも、ゲイであることを気持ち悪い、とか、兄がそうだったことが嫌だ、という気持ちより、何も知らなかったことの方がよほどショックだ。
私、お兄ちゃんのことなにも知らなかったんだ。でも、このひとは兄ちゃんの恋人で、私が知らないことをきっともっと知っていて。
なんだかすごくモヤモヤした気分になる。変なことを言わないように、考えながら口を開く。
「…本人じゃなくて、あなたから聞いたことに、戸惑ってる…んだと思う」
兄が女の子を愛せなくても、たとえ女の子が好きだとしても、私には関係のない話だ。妹の私は、逆立ちしたって兄には選ばれないのだ。
だから、兄の嗜好にショックを受けた訳ではないはずだ、決して。何度も自分に言い聞かせる。
「本当は由貴の口から言うべきなんだろうけど、こんな状況じゃ僕から言わざるを得ないから」
ごめんね、嫌な思いをさせちゃったね。
彼はそう言うが、彼が謝まることではないし、私はショックを受ける立場にはない。私は頭を横に振った。
「いいんです、妹には、関係のないことですから」
自分にも言い聞かせるように一言一言強くつぶやく。
妹だから、関係ないんです。そう言うと、彼は「そう」とだけいって、ぽつりとつぶやいた。
「…弟かと思ったんだけどね、最初は」
その意味がわからなくて、私は首を傾げた。すると、御幸さんは苦笑した。
「男の子かと思ったんだ、ごめんね」
胸がないから。そう言って、胸の辺りでなだらかに指を上下させ、それを示すジェスチャーをした。
さすがに馬鹿にするにも程がある。むっとして睨んだけれど、
「そういう顔似てるね、由貴に」
私をいなすようにポンポンと頭をなでた。そして、いきなり抱きすくめてきた。
「…へ?」
抱かれている、それだけの状況を理解するのにずいぶんかかったような気がするが、実際はそうでもなかった。
ぽかんとした私のあごを指先で軽くあげると、御幸さんはすっと顔を近づけて、唇に唇でふれた。
…なんで?兄の恋人が、なんで、私に。
呆然とした私から数秒もしないうちに彼は顔を離すと、やんわりとタオルを取り去った。
「僕はゲイじゃなくてバイだからね、女の子でも構わないよ?」
御幸さんは男のひとの目をしていた。はじめて見る、大人の男の表情に、体が竦んでしまう。動けないでいる裸の私を、彼はきつく抱きしめる。
「君の、名前は?」
その声に、どこか熱っぽい吐息が混ざっている。息が詰まりそうなほど強い力に包み込まれて、心臓がぎゅうっと痛くなる。
こんなに水が近くにある空間なのに、妙に渇いた喉を叫ばせるように、私は口を開いた。
「…ち、はや」
名乗るだけで、もういっぱいだった。
「やだ…っ!」
やんわりとした手つきをしているけれど、にっこり笑って強引に事を進める。
あっさりと膝の上に乗せられ、いいようにされてしまう。
耳に舌をねじ込みながら、手のひらで胸を包む。立った乳首を指先でいじりながら、御幸さんは笑った。
かわいいね。囁かれると、ぞくぞくして力が抜けた。崩れるようにしてもたれかかる。
濡れたスーツが肌に当たる。違和感が気持ち悪くてシャツを脱がせようとすると、「ずいぶん積極的だね」と笑った。
「…っ、ん、ん…」
御幸さんの太腿にまたがる形の私は、さっきからいちばん弱いところを刺激されている。
目眩がする。自分でも知らないうちに腰を小刻みに振って擦り合わせていた。
「あぁ、だめだよ。大事な妹さん傷物にしたら殺されちゃう」
ぐっ、と腰を捕まれて動けなくされた。余計にきつく押しつけられて、思わずのけぞった。
「ぃやあぁ…っ!」
触られるだけでこんなに気持ち良くなったことあった?頭の片隅で自問しながら、私は目の前の男にしがみつく。
ベルトを外そうとしたけれど上手くできなくて、もどかしくなってズボンのファスナーを無理矢理下ろした。
喘ぎまじりに息を荒くして、必死になっている自分に呆れる。なにをやってるんだ、私。なんだっていきなりトップギアなのだ。
こんなに求めている自分に戸惑いながらも、強い力で捕まれた腰を震わせ、御幸さんを見つめる。だめだ、焦点が合わない。
口の端から勝手に垂れてくる涎を手のひらで押さえ、それでも疼く腰を振ろうと一生懸命になっている。彼の太腿は私の体液でべったり濡れていた。
御幸さんはしばらく微笑んでいるだけで、なにも言わないしなにもしてくれない。試すようにうっとりと目を細めて私の醜態を眺めている。
長い沈黙の後、御幸さんは私の腰を抱えて浮かせると、おしりの下に手を入れた。
「そんなにしたいなら、こっちでしようか」
指先が割れ目を丁寧になぞって、まともに触ろうと思ったこともない穴をぐりぐりと撫でた。
妙な違和感があって、体がびくんとはねる。普段なら絶対に拒んだだろう。そんなところでするなんて、考えたこともない。
それでも、とにかくめちゃくちゃに扱われたくなってしまった私は、もうどこでもなんでもいいから入れてほしくて、何度も首を縦に振った。
「兄妹同士、似てるんだねぇ」
笑った御幸さんの声が、浴室に響いた。
肉付きの少ないおしりをゆっくり撫でながら「やっぱり男の子みたい」とつぶやいている。
どうやっても女の子としての魅力に欠ける体が恥ずかしくて俯いた。
「でも、こういう体の方が僕は好きかな」
穏やかな声はフォローのつもりなのだろうか。でも、やっぱり女としては実に微妙な気分だ。
「…別に、嫌いでも、いいです…」
むくれた私の髪をぐしゃぐしゃとかきなでると、「好きになっちゃうかもよ」と笑って、ゆっくりと私の体をうつぶせに横たえる。
ひんやりとした床のせいで意識が一瞬冴えたけれど、すぐに理性は溶けた。
御幸さんは指先を丹念に洗うと、石鹸をたっぷり泡立て、私に塗りつけていく。泡だけで丁寧におしりを洗う。
男のひととは思えない繊細な動きが焦らしているようで興奮する。自然と腰が浮いて、ゆらゆらと揺れた。
たまに、つつ、と内腿をなでられて、びくりと体を震わせると、くすくすと笑う声が聞こえた。
温めのシャワーで泡を洗い流しながら、
「ちはやちゃんは、アナルセックスってしたことある?」
ずいぶん直接的な質問を彼は投げかけてきた。もちろんしたことはないから、首を横に振って答える。
「じゃあ、今日は慣らすだけしかできないかもしれないね」
そう言って、シャンプーが置いてあるラックに、実にさらりと置いてあるローションを手に取った。
さっきは気づかなかったけれど、なんてものを浴室に置いてるんだ。つまり、このひとと兄はここで事に至っている訳だ。
穏やかに微笑む兄の顔を思い出して恍惚となってしまいそうな私を、御幸さんはさらりとした一言で現実に引き戻した。
「四つん這いになって、おしりをあげて」
え、と思わず振り返った。なんで、そんな恥ずかしい格好をしなきゃいけないんだ。
いきなりの指示に戸惑っていると、肘で体支えて、と言って無理矢理その姿勢にさせられる。
「ちょっ…恥ずかしいんですけど、これ…!」
「そうだねぇ、恥ずかしいね。でも、この格好がいちばんやりやすいから」
ふっと笑って、私の腰をしっかり掴んだ。
ローションで濡れた手がおしりをなでる。ぬるりとした感触が、私をぞくぞくさせる。皮膚が粘膜で包まれていくみたいだ。
そう錯覚すると、全身がいやに鋭敏な感覚を持ちはじめて、触れられたところすべてがじくじくと感じるような気がする。
「ちょっと気持ち悪いかもしれないけど」
御幸さんの指が、私のおしりの穴を刺激する。
「ひ、っ」
引きつった声が浴室に大きく響く。触られたときのダイレクトな感覚がよみがえる。
さっきは違和感を感じながらも快感に流されて許してしまったけれど、いざ触られるとひどい羞恥心を覚えて体をよじった。
「そんなとこ、さわらないで…っ!」
逃げようとする私の腰をしっかりと捕らえた御幸さんの手は、
「やめてもいいけど」
ゆっくりと下腹部を通って、前の割れ目に触れた。つぷ、と指がめり込んだ。そこを触られたら。
「ふあ…ぁあっ!」
指先できつく摘まれて、全身に電気が走ったように体が跳ねた。そこを触られることの気持ちよさは痛いほど知っている。
じゅくじゅくと愛液が染みだして御幸さんの指を濡らしていく。
「ぁ、あっ…ん」
快感にどっぷりと浸かって腰を振る。もっと先まで、と思った瞬間、御幸さんは指を抜いた。
「でも、僕はこっちがいいんだよね」
物足りなくて振り返った私に笑いかける彼は、やっぱりおしりの方がいいらしい。
指の腹を押しつけて、私の穴がぎゅっと閉まるのをこじ開けようとする。
なんて卑怯なひとだろう。中途半端に気持ちよくして、高揚した私を無理に望まない方へ引きずり込んでいく。
快楽を求めてしまう私は、おとなしく身をゆだねて弄ばれるしかない。悔しくて目をつぶった。
御幸さんの指が、丁寧にローションを塗った穴の周りを、少しずつほぐしていく。
ずっと触られていると、凝り固まった気持ちが解けていくような気がするから不思議だ。それと同時に快感を覚えはじめる。
「ん…っ」
「まだ、気持ち悪い?」
「…わかんない…っ」
触られたところが勝手にひくひくと動く。不安、というより、それは期待に近い感情がそうさせている気がする。
じっくりと時間をかけられることに理性が耐えきれない。
「もっと…して…」
こぼした声の熱っぽさに気づいて恥ずかしくなる。この先を望んでしまった自分が嫌になるけれど、与えられるのは快楽だと信じるしかない。
御幸さんは私を抱きかかえるように覆いかぶさると、耳たぶを舐めてかすれた声で囁いた。
「指、入れるよ。力は抜いて」
それだけ言うと、あっさりと体を離した。その重さが名残惜しくて振り返った瞬間、ぷつ、っと指先が入った。あ、と反射的に出た声は震えている。
自分の指だって入れたことはないのに、ついさっきはじめて会ったばかりの「兄の恋人」という微妙な立ち位置の男の指に、こじ開けられてしまった。
拒むように、穴はきつく締まる。御幸さんはローションを足しながらゆっくり、でも容赦なく私を抉る。
出すことはあっても物を入れることはまずしない器官は、とにかく指を嫌がって勝手に締まってしまう。
「ぅ…」
「締めつけないで、入らないよ」
おしりを掴んでぐっと広げるようにしながら、御幸さんは少し強く指を押し進めた。
「いやあぁぁっ!?」
なにが起きたんだろう。私の体は、明らかに戸惑っている。第二関節まで一気に入れられたことなんてわからなくて、怖くなって逃げようとした。
「動くな」
低い声で私を制する御幸さんは笑っていなかった。ぞくっとした。まるで、犯されているみたいだ。
「ぅくあっ!!」
強張った隙をついて、御幸さんは根元まで指を突き立てた。ローションにまみれた指はたやすく私を押し開く。
奥まで押し入って、くっ、と指先を曲げたままゆっくり引き出す。その繰り返し。
たかが指一本にかき回されているだけなのに、体の内側にあるものがすべて引きずり出されるんじゃないかと思うほど強烈な力に襲われる。
私が、私じゃなくなる。
「あ、ぁ、あ…やだ、なんか、変なかんじ…」
声が震えているのが自分でもわかる。溢れてくる涎がぼたぼたと落ちた。
「大丈夫?気持ち悪いなら無理には続けないけど」
半端に指先だけが入った状態で、御幸さんは手を止める。淡々としていかにも現実めいた声は、余計に私を追い詰めた。
振り返った視線の向こうで、私を犯す御幸さんの指先がローションにまみれていやらしく光っている。
気持ち悪い。その指を入れて。吐きたい。引き裂くようにかき回して。
やめて。めちゃくちゃにして。嫌。気持ちよくさせて。おかしくなりそう。イかせて。
怖くて仕方ないのに、好奇心よりもっと本能的な快楽には勝てない。涙がこぼれた。
「つ、づけて…、…ほし、ぃ、です…っ」
だらりとこぼれた唾液と一緒に出た声は、これ以上ないぐらい追い詰められている。
御幸さんの顔は歪んでよく見えないけれど、
「ちはやちゃんは、いい子だね」
ユタカとは、大違いだ。
笑って頬にキスをくれた。ふわっと胸が熱くなる。唇で涙を拭うその仕草に見惚れてしまう。が、すぐに目を剥くはめになった。
「うぁっ!」
御幸さんは急に指を突き入れた。今度は二本に増やしている。
「う、…うぅ…!!」
ローションと体液が混じりあって、ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てている。
セックスの音だ。兄の恋人と、セックスしている。今は指しか入れられていないけれど、たぶん、もっと先までいってしまう。
「いいよ、だいぶほぐれてきたね」
御幸さんの口調は穏やかなのに、どこか熱っぽい声をしている。このひとも、感じているのだろうか。
「この調子だと入れちゃうかもしれないな、ちはやちゃんの中に」
熱いものが突っ込まれるのを想像してぞくっとする。
奥深くまで押し入られて、突き動かされて、ぐちゃぐちゃに溶かされて、どろどろの液をぶちまけられて。
おしりでイかされるんだ、私。こんな恥ずかしい体勢で、汚い場所に入れられて気持ちよくされるんだ。
想像すればするほど惨めになるのに、早くそうしてほしい、とどこかで思っている。
余計なことを考えなくていいように、もっともっと、めちゃくちゃにしてほしい。
「…て…」
「え?なにか言った?」
振り返ると、御幸さんは意地悪く口の端をあげていた。
なんでそんな意地悪するの。私はただ、気持ちよくしてほしいだけなのに。
じわっと涙がこみあげてきて、目に映るすべてがにじんで見える。頬を伝って落ちる涙がやけに熱い。
「いれて、ください」
泣き声まじりの言葉を吐き出した瞬間、御幸さんの手が止まった。
よく見えないけれど、さっきまで笑っていたのに、急に雰囲気が変わったのははっきりわかる。
私の中をまさぐる指が深いところから一気に引き出される。お腹の中をかき分けていく指先の圧力に目眩がする。
「うあぁぁぁっ!!!」
乱暴に指を抜いた御幸さんはせき立てられるような目で私を睨むように見下ろした。その目で見られるだけで体が震えた。
「そういうこと、言っちゃだめだよ」
本当にしたくなるから。そう言って、御幸さんは私の体を引き寄せてきつく抱いた。
こんなにめちゃくちゃにされて、とろかされて、抱きしめられたことなんて、今までなかった。
怖い。怖いけれど、もう戻れない。壊して、なにも考えられなくなるように、高いところまで導いて。
床の上にゆっくりと倒される。背中にひんやりとした床の感触がする。真正面から私を抱きしめる男を見上げる。
さっきまでの余裕が少しなくなっているような気がした。どこか浮かされたような眼差しをしている。
抱き込められた腕をなんとか這い出させて、その顔に触れた。少しザラリとした男の膚だ。
紅潮した唇に指を置く。温い舌が指を引き込むようにして這っていく。
くちゅくちゅと音を立てて、私の指を舐める。くすぐったさに思わず笑った。私を見下ろす目も、ふっと笑う形になった。
「み、ゆき、さん」
はじめて名前を呼んでみた。きゅっと胸が苦しくなる。兄の恋人とこんなことをしていいはずがないのに、その罪悪感が私を昂らせる。
御幸さん、御幸さん、みゆきさん。抱かれたまま、何度も何度も名前を呼ぶ。
お腹の上に押しつけられた彼のものは、私の中に入れたくて仕方ない、という風に固くなっている。
「ホントに、入れるよ?」
兄よりずいぶん低い声が降ってきて、私はそれに頷いた。所在ない手が、そばに投げ出されたシャワーホースを掴む。
いいの。あなたをちょうだい。固くなったあなたで、私を貫いて。私が嫌がって逃げようとしても放さないで。
いちばん恥ずかしいところに入れて。ぐちゃぐちゃにかきまぜて。私をイかせて。
「いきたいの、私の中でいって」
高熱か悪い夢か私にそうさせているんじゃないかと思う。うなされるようにつぶやいた。
そして次の瞬間、私は本当に悪い夢でも見ているんじゃないかと思って愕然とすることになる。
「ずいぶん盛り上がってるね」
確かに兄の声がした。心臓が止まるかと思って体を起こそうとするけれど、御幸さんに押さえつけられてそれはできなかった。
が、すぐそこで開いたドアの向こうに兄が立っているのがちらりと見える。
なんで?なんでお兄ちゃんがここにいるの?
もちろん、ここは兄の部屋だから、兄がいることになにも不思議はないのだが。
どくどくと心臓が脈打つ音が聞こえないはずなのに大きく大きく聞こえるような気がする。
「…御幸、出張明日までじゃなかったっけ?」
「今日帰るって言ってたでしょ」
さっきまでの獣っぷりが嘘のように、御幸さんは素になっていた。平然とした顔と声で兄を見ている。
兄もいつもの調子で、そうだった?とつぶやくだけで、
「…お前は手ぇ早いとは思ってたけど、まさかこんなに早く食っちゃうとは…」
苦笑すると、御幸さんも同じように顔をくしゃっと崩した。
「食ってない、食おうとしたけど」
「いいよ、止めやしないって」
そう言うと、兄は遠慮せずに浴室に踏み込んできた。そして、私のすぐそばでしゃがみ込む。
いつものように微笑んでいるだけで、その顔から怒りは読み取れなかった。
けれど、実際のところはわからない。だって、自分の恋人と妹が、自分の目の前でセックスしているのだ。
「おに…いちゃん」
頭がパニックになっている。萎えかけているけれど、萎えきってはいない体の疼きだけが痛い。
ちぃ、といつもと変わらない穏やかな声で私を呼ぶ。こんな状況で名前を呼ばれるのは当然はじめてで、ずきり、と体の奥が痛くなる。
相変わらずの微笑みを浮かべて、兄は首を傾げるようにして言った。
「いいよ。御幸のこと貸してあげるから、ここでイっちゃいな?」
その言葉が兄のものとは信じ難くて、私は呆然として見上げるしかできなかった。
「お兄ちゃん…」
「イってみせてよ、ね?」
兄の指が私の頬に触れる。この感触は現実のものなんだろうか。悪い夢を見ているだけじゃないのか。
お兄ちゃんはこんなひどいことしない、言わない。
ぐるぐると頭の中で、目の前の兄を否定する言葉が渦巻く。でも、まばたきを何度繰り返しても、確かに兄はそこにいる。私を見ている。
「イってよ、ちぃ。俺の前でイって」
妹に頼むにはあまりにも鬼畜じみたその内容に、私は心底寒気を覚えた。
兄の前でイかされる想像に快感を覚えなくはないが、それより、兄がなにを望んでいるのかがわからなくて不安の方が先立った。
急に、目の前がゆらゆらと歪み出す。
私がこのひととセックスするのを見て、あなたはどうしたいの。
「なんで…、なん、で、そんな…こと、いう、の…?」
つぶやいた声は喉でつかえてうまく出てこない。最後のあたりはもう、涙まじりでまともに聞こえなかった。
あれだけぐちゃぐちゃにされた体が痛い。突き放されたような気持ちになって、ただただ涙が出てくる。
それでも、兄は私を見下ろして笑っている。兄の考えていることがわからなくて、考えようとしても頭がうまく回らなくて、結局泣くしかできない。
「鬼だね、お兄ちゃんは…」
御幸さんは苦笑して私の上から退いた。
「そんなかわいそうなこと、できないでしょ」
私の体を抱き起こして、ごめんね、と耳元でささやいた。ぎゅっと抱きしめられたまま、私はわぁわぁと声をあげて泣く。
ひどい。お兄ちゃんはひどい。
どうしてこんなことするの?私、そんなに気に障るようなことしたの?
自分のことはさておき、兄の言動が許せないと思った。
ひとしきり泣き止むまで、御幸さんはずっと私を抱きしめたまま背中をなでてくれた。
「もうおわり。こんなひどいお兄ちゃんのいいようにはしてやらないよ」
御幸さんの言葉に、ひどいお兄ちゃんですか、と兄は笑った。
「今日からしばらく居候するから、妹」
「あぁ、そうなの?別に僕は構わないけど…お前みたいな鬼畜とひとつ屋根の下っていうのはかわいそうだねぇ」
「いきなりヤろうした奴が言う よ
しか 、お前は 当に人でなし ね…
んなこ ない て…
兄と御幸さんが話す声がだんだん遠くなる。疲れきった私は御幸さんに体を預けて目を閉じた。
現実逃避をしたかったのもあるが、追い詰められた体を動かす気力が残っていない。
あぁ、どうしてこんなところに来ちゃったんだろう。
一度ぐちゃぐちゃにされたこの体はどうなってしまうんだろう。
ぐったりとした体から意識が離れる瞬間、痛烈な後悔が頭をかすめた。
けれど、先に立たないから後悔なのだ。
私、こんなひとたちと本当に一緒にいていいんだろうか。
想像したこともない快楽と背徳がこの家には満ち満ちている。
目が覚めたとき、私は私でいられるんだろうか。